098 パスポート、スマホ、衛星電話、現金、クレジットカード、着替え
由緒正しい大名庭園といえば、駒込にある六義園だ。
東京メトロ駒込駅から隠し通路を通り、エレベーターで地下深く降りていく。そして到着したのは、随分古そうな地下施設だった。かなり大きな空間だ。
それに、見たことが無い新型兵器っぽいものがたくさん見えて「まさかこんなとこで兵器開発してるのか」と思い舌を巻く。
深夜なのに、施設内では自衛隊員が忙しそうに公務に励んでいる。ただ、ここの自衛官からは、ほんのりと変った魔力を感じる。おそらく門田のような忍者とかだろう。
「キョロキョロするな」
門田を先頭にして、施設内を進んでいく。ファーギ、マイア、エレノアの三人も、もの珍しそうに周囲を観察している。
巨大空間から通常の通路へ入り、しばらく進むと立哨のいるドアが見えてきた。
門田がドアを開けて、俺たち四人を中へ招き入れると、ビシッと敬礼した。
「岩崎一翁一等陸佐! 確保した四名を連れて参りました。が、本当によかったのでしょうか?」
俺が爆弾の話をしたことで、門田は上司に連絡を取った。それはこの施設の責任者である岩崎の耳に入り、俺たちと直接面会することとなった。
門田はそれが危険ではないかと危惧しているのだ。
「六義園では、六義園のやり方で行く」
岩崎一翁一等陸佐と呼ばれた人物。ほかでは大佐という階級になるのだが、見た感じ、四十そこそこに見えて若い。相当優秀なのだろうな。
ここに敵か味方なのか判らない異世界人が三人いるのに、平然と対面したのは、何かが起きても対処できるという自信があるのだろう。
「座ってくれ」
岩崎は自身の机に向かったまま、俺たちに座れと勧める。コの字に置かれたカウチは、五人座っても余裕のある大きさだ。
「板垣くん、君から大事な話があると聞いたんだが……聞かせてもらえるかい?」
魔石電子励起爆薬を取りだしてみせる。もちろん基底状態で魔法陣も無しのやつだ。
「魔石かな? これが爆薬?」
「魔石を粉末化して成形したものです。今は爆薬ではありません」
岩崎と話を進めていくと、魔法や魔術、魔石に魔力、異世界と地球、互いに争いが起きつつある、等々、俺より状況に詳しい人だと判った。
だから話は楽に進んだ。励起の部分で説明が必要かと思ったが、既に通常の火薬を励起状態にする技術があると言われてしまった。
「ここは統合情報部と呼ばれているんだ。通常の自衛隊任務ではなく、特殊作戦群と呼ばれる部隊に属し、特殊な任務をこなす。今回は欧州セルンのおかげで、異世界への対応を任されているからね。……ただ、その爆薬の件は異世界うんぬんは関係なく、軍事的なゲームチェンジャーになりかねない話だ。確信を得たい。証明してくれるかな?」
直球で話す人だ。魔石電子励起爆薬を疑うとかではなく、本当にどれくらいの威力になるのか知りたがっている。
だけど、ここで爆発させるわけにもいかないしな……。どうやって証明しよう。
「場所ならこちらで準備しよう」
「待ってください岩崎一佐!!」
門田が慌てて止めようとしたが、ゲートを開く岩崎の方が早かった。
部屋の中を冷気が舞う。卓上の書類が舞い上がり、額縁が壁から落ちる。岩崎は何処の世界にゲートを開いたんだ。部屋の中が吹雪いて滅茶苦茶になってしまった。てか自衛隊にこんな人物がいるんだ。すげえな。
「すまない。この先は世界中で争奪してる異世界に変わりないんだけど、我々統合情報部は運悪く、南極にゲートが開いてしまってね。あっちの気候が悪いと、こうなっちゃうんだ」
岩崎が話している間に、入ってくる雪風が少し収まった。
「さ、行こうか」
ばつの悪そうな顔で岩崎がゲートをくぐる。門田は不満げな顔で後に続いた。
歩哨の二人はゲートをくぐらず、俺たちを監視している。
「……行くしか無いか」
ファーギ、エレノア、マイアに視線を送り、ゲートをくぐった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
あまりの寒さで、障壁を張る。他の三人にも、と思ったら、既に障壁を張っていた。たしかマイアは障壁を張れなかったはずだけど、練習したのかな。
「すごい吹雪いてるね~」
「そうですね……」
「ここは周りに何もないから、板垣くんのいう爆弾を使っても平気だよ。あ、一応使う前に合図してね?」
陸佐とは思えない軽い口調の岩崎。
予備動作無しでゲートを開いたことといい、しれっと障壁張って防寒してるし、相当な使い手のようだ。
「岩崎さん、あっちの方向、十キロメートルほど先に投げるので見てて下さい」
「えっ? 風に流されないかい? というか、ニンゲンって十キロメートルも遠投できるの?」
「大丈夫です」
念動力で掴んだ魔石電子励起爆薬を、どんどん遠くへ伸ばしていく。TNT1キロトンの爆発だからな……。距離を取らないと危ない。十キロメートルほど先に持っていき、準備完了。
「準備出来ました」
「うん、いいよ」
その声で、時間遅延魔法陣の効力を消した。
最初は風向きが変った。
向かい風が追い風になったのだ。
すると吹雪いて視界がほとんど無いのに、遠くで鈍い明かりが見えた。
一瞬風が止むと、全身を衝撃波が通り抜け、地響きと轟音が聞こえてきた。
雪雲に届くキノコ雲が見えると、丸い形で雲が消え青空が凄い勢いで広がっていった。
雲が熱で水蒸気に変化したということだろう。
「……」
岩崎、ファーギ、エレノア、マイア、誰も何も言わない。
門田だけが障壁を張れず、ガチガチと歯を鳴らしている。
ビー玉一つ分の魔石電子励起爆薬で、この威力。
「板垣くん、統合情報部が全面協力する。何としても今の爆薬の拡散を防いで欲しい。国防大臣にも掛け合って、国で支援できるように何とかやってみるからさ」
岩崎一佐は、正直半信半疑だったのだろう。
ところが、実際の威力を目の当たりにし、気持ちが切り替わったようだ。さっきまでの、のほほんとした目ではなくなっている。
「寒いんで、戻りましょう」
俺の声で、その場は全員撤収となった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夜も遅いという事で、戻ってすぐ解散となった。俺たち四人は六義園の宿泊施設に泊まることになった。見張り付きだけど。
この地下空間は、注ぎ足して改築されてきたのだろう。新しい箇所と古い箇所がはっきりと分かる。風呂場と寝室、女性用だけがきれいに改築され、男性用は数十年前のものだった。
自衛隊の宿舎なので、ホテルのような場所では無い。個室ではないのだ。だから二段ベッドの上で寝ている、ファーギのいびきがうるさい。
寝ようと思えば眠れるけど、その前に確認しておこう。
全神経を集中して周囲の気配を探っていく。
平面で広げていき、半径十キロメートルの円で探る。全員人間だ。次は俺を軸にして円を回転させていく。
『負荷が掛かりすぎています』
『サバイバルモードに切り替え』
『了解しました』
半径十キロメートルは広げすぎたかな? 東京の人口密度をなめていた。
だけど、全ての気配は人間だ。ファーギとエレノア以外にも、ドワーフとエルフがいることに、少し驚いたけど。
元から地球に来ていたんだろうな。日本人があっちの世界に行って、カツカレーを広げたように。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
翌朝になると俺たち四人のパスポート、スマホ、衛星電話、現金、クレジットカード、着替え、全て用意されていた。自衛隊のバックアップがあるって、割とすごいな。
俺たちは大勢のオペレーターがいる、通信施設のオフィスへ来ている。何の操作をしているのか分からないよう、すりガラスのはまった小部屋に案内された。連れてきたのは門田だ。
どうやらここは世界中の情報が集まってくるみたいで、夜通し魔石電子励起爆薬に関する情報を探していたらしい。
「アラスカとスウェーデンはどうだ?」
「いえ、動きはありません」
俺の耳だと通話内容が丸聞こえだ。門田が内線電話でオペレーターと連絡を取っている。世界各国からの情報を細かく聞いているが、ハズレばかりだ。
「コロンビア?」
「はい。昨晩ボゴタ南南東の山中で、原因不明の大爆発が起きていますが、報道されていません」
「……ふむ」
門田は考え込んでしまった。親米国家のコロンビアが、アメリカの依頼で魔石電子励起爆薬の研究を手伝った可能性を考慮しているのだろう。
だが、謎技術で最新鋭の爆薬を、アメリカが他国で調べさせるだろうか。
いや、アメリカ中心で考えるのではなく、実在する死神が中心にいるはずだ。それならアメリカがどうとかいう話では無くなってくる。
「門田、ビンゴじゃ無いの?」
「何がだ」
「ボゴタの爆発って話。ニュースになってないなら、情報を操作できる国や組織が関わってるってことだろ?」
「貴様、なんでその話を知っている」
「俺の前で内線なんて使うからだ。全部聞こえんだよ」
「くっ! どこまで人外なんだこいつは……」
「へいへい、人外ですよっと。んじゃさ、俺たち行ってくるから、後は頼む」
ファーギ、エレノア、マイアに視線を移して頷く。準備はいいみたいだ。
「門田、ゲート開くけど、入ってくるなよ? 空に繋げるから、飛べないやつは落ちて死ぬから」
「あ、おい、ちょっと待て! 勝手に行動するんじゃ無い!!」
そう言うけど、ちんたらしている暇は無い。
俺はゲートを開き、夜のコロンビア上空、三千メートルの空中に踏み出した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
月の明かりに照らされる中、ファーギ、エレノア、マイアの三人は、俺が障壁で囲って浮かばせている。
眼下には、ベナマオ大森林を彷彿させる森が広がっていた。だが、一カ所茶色になっている部分がある。直径二百十メートル、深さ五十メートルほどのクレーターだ。
あそこで魔石電子励起爆薬の実験をしたのか、あるいは事故が起きたのか分からない。しかし、周囲に驚くほど人がいない。本来なら野次馬や警察、軍関係やマスコミが殺到しているはずなのに。
北にコロンビアの首都ボゴタ、距離は六十キロメートル程。
東にビジャビセンシオの街、距離は五十キロメートル程。
このクラスの爆発なら、五~六十キロメートル離れても音が聞こえるし、大騒ぎになっているはずだ。
しかし、その爆心地に到るまでの道が、何者かによって封鎖されている。
クレーター近くに人がいないのは、そのせいだろうな。
誰が封鎖しているか。
「三人とも、言語魔法は完璧? あそこに見えてるクレーターに降りてみよう」
そう聞くと、昨晩からのやり取りで、言語魔法の精度が上がっているという。日本語だろうとコロンビアのスペイン語だろうと、関係なくやり取りが出来そうだ。
クレーターへ行くことにも賛成。どれくらいの爆発が起きたのか、三人ともやはり気になるようだ。
クレーターの中は、ガラスだらけだった。土や石が溶けてそうなったのだろう。
「魔力は全然残ってないな。加圧魔石砲と同じだ」
ファーギたちが開発した加圧魔石砲も、魔石を利用した炸裂弾。爆発の反応は魔石の魔力を使うので、反応は残らないという。
周囲の環境を見ると、事故ではなくやはり爆発の威力を確認するためにやったように見える。
「ソータさん、あれ……」
マイアが指差した方に、監視カメラが一つある。この爆発の後に設置された物だ。魔石電子励起爆薬で爆破した後、どんな変化が起こるのか観察していた。もしくは俺たちみたいに、調べに来る者がいないか見張っていた、どちらかだろう。
「ソータ!」
エレノアの声と共に、飛んできた銃弾を板状の障壁で弾き飛ばす。
俺たちがいる場所は、クレーターの中心部。周囲は森の泥が溶けてガラス質になっている場所で逃げ場は無い。
警告無しで撃ってきたので、何が何でもこの現場を調べさせたくないという意思を感じる。
射撃している場所は、クレーターの縁から。距離は約千メートル。月夜だけど、この距離で狙えるなんて上手いな。
俺がスナイパーをガン見しているので、射撃位置がバレていると分かったようだ。走って逃げず、うつ伏せのまま交代していった。
「あっ!?」
スナイパーの首が、斧で斬り落とされた。やったのはファーギ。
「はぁ……」
ため息が出る。捕まえて、情報を聞き出したかったんだけどなぁ。
「きゃっ!?」
かわいい声で、弾丸を障壁で弾くマイア。他にもスナイパーがいるみたいだ。
どうやら俺たちは囲まれている。クレーターの縁から、次々に弾丸が飛び交い始めた。ここに居る四人に気配を察知されず潜んでいたとなると、相当な力量の持ち主たちだ。
エレノアが足元をガシガシ踏んで、ガラス化した地面を割っている。こんな時に何やっているのかと思っていると、風魔法でガラスの破片を一緒に飛ばしていく。
縁から顔を出しているスナイパーたちは、顔面をガラスでズタズタに斬り割られていった。
マイアは収束魔導剣で、クレーターの縁にいるスナイパーたちを横に薙いでいく。前に見た光る剣ではなく、俺と同じ黒い刀身に変わっていた。彼女もさすがに、夜間時の使用は危険だと考えたのだろう。
ファーギは縁沿いに移動しながら、潜んでいるスナイパーの首を刎ねまくっている。
三人が暴れ始めたので、やることが無くなった。
潜んでいた気配は、さすがにもう隠すことが出来ず、慌てていることが伝わってくる。人数は四十人くらいか。
んー、というか、四十人ものスナイパーを、クレーターの縁に配置するか? 相当大きな組織じゃないと、これだけの人数は揃えられないはず。
それに、無関係の人が外側から来たら「あんたたち誰だ」って怪しまれるし、下手をすれば大喧嘩になる。いや、スナイパーを守る別部隊も配置しているのか。とはいえ、ここは森の中で、民間人が簡単に入って来られる場所ではない。
そうなってくると……。
この爆発とクレーターは、俺たちを誘き寄せるためにやったのか。
「ぐおっ!!」
それなら策が張り巡らされているはず。そう思って魔導剣を出したところ、背後から誰かに刺し貫かれてしまった。




