094 獣人自治区制圧
あれから更に十日過ぎた。
その間に獣人自治区の制圧は完了。多大な犠牲者を出しながらも、俺たちの辛勝となった。
獣人の犠牲者も出たが、人口に対してあまりにも少ない。ドワーフ軍は数万の死者を出したが、獣人は数百といったところだ。
獣人自治区の住人が消えてしまった原因は不明、ハッグという魔女が消えたゲートも、行き先が分からない。
予定調和感が強くて釈然としない。
今はドワーフの旗艦、イノセントヴィクティムの他、十五隻の巨大空艇が獣人自治区に着陸し、調査を行なっている。
エルフの旗艦サッドネス率いる、インビンシブル艦隊は空から地上の異変を見逃さないよう警戒態勢を敷いている。
そんな中、俺はゴヤとテッドの殴り合いを観戦中である。キックボクシングや総合格闘技、そんなスマートなものではなく、目潰しや急所も狙うガチ喧嘩だ。
ゴヤはホブゴブリンという種で、一般的なゴブリンより身体が大きい。対するヒト種のテッドが、身長百八十センチ程。ゴヤと変わりない大きさなので、いい勝負になっている。
もちろん、いざこざからの殴り合いではない。念話で意思の疎通ができるようになったので、森の覇者がどれくらい強いのか知りたいと、テッドがゴヤに挑んだのだ。
もちろん武器や魔法、スキルの使用は一切禁止。肉体のみでの戦いで、負けを認めるか、意識を失うかというルールで勝敗が決まる。
死んでもおかしくない勢いで闘ってるけどさ。
要は力比べがしたいのだ。
「いつもこんなの?」
「そうですね……」
「第二王子なのに?」
「そうですね……」
隣にいるアイヴィーが疲れた顔で応える。修道騎士団クインテット序列二位も形無しだ。
ゴヤもテッドも、戦争で暴れ足りなかったのだろう。
有り余る力を使い切るが如く、二人とも顔をボコボコに腫らして殴り合いを続けている。
「そろそろやめさせませんか? 死にますよ、二人とも」
マイアがヒュギエイアの杯で作った水を持ってきた。横に付き添うように立っているのはニーナ。ここに修道騎士団クインテット四人が勢ぞろいした。グレイスは……帝都ラビントンで幽閉中、サンルカル王国のバーンズ公爵家には、家宅捜索が入っているという。どうやらバーンズ家は、テッドが奴隷落ちした件にも関わっているようだ。
ただし、グレイス自身はバーンズ家の厳しい教えに反発して、家を飛び出している。ミゼルファート帝国に住んでいたのは、そのせいでもある。つまり今回の裏切りは、個人での犯行と見られているのだ。
なので御家騒動にはならない可能性が高いと聞いた。ただし、公爵家の取り潰しのうえ、領地没収になるとも聞いている。
グレイスが何故裏切ったのか、という理由はまだ判明していない。
今回の制圧戦で、裏切り者が三名出た。
修道騎士団クインテットの、グレイス・バーンズ。サンルカル王国公爵家の長女。
ミゼルファート帝国の暗殺部隊、密蜂のロスト・ロー。同じ密蜂で執事をやっている、モルト・ローの双子の兄だ。
ミゼルファート帝国、ゴーレム開発の第一人者イオナ・ニコラス。陸軍大佐シチューメイカーの妹である。
三人とも別々の考えで裏切り行為に至っている。何処の世界でも同じなのだろうね。百人が百人同じ考えで動くわけではない。各々の目的や利害によって、その行動が決まる。それは大義名分より優先されるのだ。
「よーし、そろそろいいだろう」
エレノアも観戦していたが、立ち上がって止めに入った。テッドもゴヤも、骨折が多くなってきたからだろう。
マイアが走っていき、ヒュギエイアの杯で作った水をぶっ掛ける。
すると瀕死の二人が、見る見るうちに回復していく。
折れた顔の骨が元通りにつながり、裂けて出血していたまぶたが塞がる。ゴヤのだらんとしていた右腕の骨折も回復。テッドの切れていた膝の靱帯も修復が済んだ。
この光景を見ているドワーフ、エルフ、ゴブリン、修道騎士団クインテットは、全員ぴんぴんしている。もちろんヒュギエイアの杯の水を飲んだからだ。
皇帝エグバート・バン・スミスは、神威結晶を大量破壊兵器に使う気はないと言った。しかしこの光景を見ると、ドワーフと戦争しても、怪我人なんてすぐ治すことができるよ、と知らしめているようにも見える。
要は、政治利用しているわけだ。
その証拠に、ヒュギエイアの杯を、エルフのルンドストロム王国、ゴブリンの里、修道騎士団クインテットに進呈することになった。
本気で怪我人を治したい気持ちもあるのだろうけど、あの皇帝のことだ、何か打算があるはずだ。
地下通路から出てきた一団がエレノアに報告をする。俺たちから遠ざかって話し始めたが、すまんな、聞こえちゃってるから聞かせてもらうよ。
聴覚に集中し、エレノアたちの会話を盗み聞きする。
「ここの地下通路は、かなり昔から街中を網羅していたようです」
「つまり?」
「広すぎなんです、この地下通路。調査人員を増やしてください。終了するまで、かなり日数が掛かると思われますので……」
「分かった。回せるだけ回すように手配する」
「はっ! ありがとうございます! それと……」
「何だ?」
「おそらくこの地は、獣人王国の主都があった地です。証拠となるものが、既にいくつか発見されていますので……」
「……そうか。その件は他言無用だ。これが知れ渡れば、最悪の結果に繋がるやも知れぬ。この世界にいる獣人たちの一斉蜂起という。それだけは防がなければならない。ビーストキングダムは、ブライトン大陸のほぼ全土を手中に収めていたからな」
獣人自治区といっても、この世界中の獣人が全て集められているわけではない。こんな政策をしているのは、この国サンルカル王国くらいだ。
てか、ブライトン大陸のほぼ全土がビーストキングダムだったのか……。この大陸って、どれくらい広いんだろ?
「はっ! 肝に銘じておきます!」
「秘匿回線の魔導通信機を準備してくれ。この件は、エグバート・バン・スミス皇帝陛下と、アリステッド・ラーソン・ルンドストロム・クレイトン女王陛下、エルドン・サンルカル国王陛下に伝えねばならぬ。テッドとゴヤには、あたしから直接言っておく」
皇帝が言ってたな。過去の戦争で獣人王国がデーモンと手を組んで、世界征服を目論んだと。
獣人自治区は、その獣人王国の主都があった場所だったってことか。だからなんだって話だけど、各国首脳へ連絡するという緊急事態のようだ。
だけど手遅れだろうな……。
この地には、ドワーフ、エルフ、ゴブリン、修道騎士団クインテット、その他に冒険者が大勢いる。
あたりを見渡すと、当初からいたドワーフの冒険者以外に、知らない顔ぶれの冒険者たちが大勢闊歩している。ヒト族の割合が異常に多いので、ここを制圧した後に来た新顔たちだ。使えそうなものを分捕りに来ているのだろう。
もしくは、周辺国家の冒険者ギルドから、何らかの依頼が出ているのかもしれない。
つまり、ここが獣人王国だった、という話はあっという間に広まる。
そうなれば、エレノアが危惧した「この世界の獣人が一斉蜂起する」という事態が現実化する。
その際、誰が御膳立てをして、誰が音頭を取るか。
草莽崛起を唱え、在野の獣人たちを立ち上がらせるのは、エリス・バークワース、君かもしれない。
とりあえず義理は果たした。これ以降は政治の話、俺の出る幕はない。
佐山たちの動向も気になるが、じーちゃんを助けに行かねば。
「おっと、どこに行くんだ?」
「は? じーちゃん探しに行くんだよ」
立ち上がると、ニヤけ顔のファーギに肩を掴まれた。
「冷たいなおい。俺たちパーティーだろ?」
「そうだっけ?」
そうだっけ、としか言わざるを得ない。
ファーギだけならまだしも、後ろに、リアム、マイア、ニーナがいるし。
冒険者として組んだのはファーギとマイアだけだ。リアムはいつの間に戻ってきた? イオナ・ニコラスの取り調べは済んだのかな? それに、ニーナ・ウィックロー。そんなに睨み付けても、何も出さないからな?
「そう変な顔すんなって。お前が地球人だとしても、この世界を守ろうとする気持ちは皆解っている。だから何をするにせよ、俺はソータに付き合わせてもらう。そもそも、お前との冒険は楽しそうだしな!」
「ありがたい話だ……。だけどな、マイアとニーナは修道騎士団クインテット、リアムは軍人だ。勝手に抜けるわけにもいかないだろ?」
「オレは除隊して冒険者になったっす! ソータさんについて行くっす。メカニックとして雇って下さい」
「……雇う?」
何言ってんだこいつ。と思いながらファーギを見る。パーティーって会社なの? お給料出さなくちゃいけないの?
「下積みって事だ。リアムは兵站部隊で実戦経験もあるし、Cランクで登録できたみたいだ。スワローテイルの整備も手伝ってもらうから、頼むわ」
「そっか……。そうか……。そうなんだ……。ああ、分かったよ」
ファーギとリアムの目が同じだった。スワローテイルの整備なんて、後付けの理由だな。この二人は、シチューメイカーの敵討ちを望んでいるのだ。
シチューメイカーが大爆発で亡くなったとき、獣人を指揮していたのはブレナ・オブライエン。こじつけ感あるけど、敵討ちするなら彼女だと思う。
でも、ファーギとリアムは、ブレナの事なんて知らないんだよな。
俺がここでブレナの名前を出すか?
それもちょいと違うな……。ああ、この違和感はあれだ。戦争で亡くなった人の敵討ちって考えが、俺には無かったからだ。
戦争での殺しは合法、平時での殺しは違法、無意識に俺はそう区別していた。
もっと分からないのがこの二人。マイアとニーナだ。修道騎士団クインテットの仕事や、ゴヤたちゴブリンの方はもういいのか?
そんな事より、俺はニーナに命を狙われている。人前だとそんな行動を取らないからいいけど、今回ここで過ごした十日間のうち、夜中に八回も暗殺しに来たのだ。全部撃退しているけど、マジでだるいわ……。理由も分からないままだし。
「ソータさん、どうかお願いいたします。貴方から学びたいことが山ほどあるのです」
と言ってもなぁ……。
「おい。ソータ」
「いいか、ソータ」
ゴブリンの族長ゴヤと、修道騎士団クインテットのテッドに話しかけられる。そして二人とも、マイアとニーナを連れて行けと言い始めた。理由は俺との連絡要員として。お前とはマジで連絡がつきにくいからと言われてしまった。
そう言われるとぐうの音も出ないんだよな。
俺は考えが自己完結するので、人に連絡して相談するとかほとんどない。
スマホすら持っていなかったくらいだ。
「何かあったときに、ソータが必要になる、だから連絡したらすぐに来て欲しい」
テッドとゴヤはそう言って譲らない。
俺は政治とか人付き合いとか、てんでダメだ。しかしながら、武力に関してはヤバい域に達していると思う。つまり、何かあった場合の、援軍として期待されているわけだ。
「分かった。そっちからも連絡してくれよ?」
「ああ、もちろんだ。また酒を飲もう」
「今度王城を案内するぜ?」
「まとまったみたいだな。獣人自治区は、こっちに任せろ。徹底的に調べて、デーモンがこの世界に来れないようにしてやる!」
話を聞いていたエレノアが、鼻息荒く宣言している。
デーモンの件がいまいち分かっていないのは、獣人がいなかったことが大きい。ここの住人が少しでも残っていれば何か情報が得られたはずなのに……。
「おーい! 正面の城壁にハッグの集団がいるみたいだ! 既に戦闘中で、援軍を要請してるぞー!」
魔導通信機を持ったエルフが大声で知らせた。緩くなっていた空気が、ピリッとした戦場の空気に戻った。
ここから城壁まで、まあまあ距離がある。飛べばすぐだけど、色々言われているので自重する。移動手段がないかと辺りを見回すと、エレノアが銀色の四本脚に跨がって手招きしていた。
こいつはあれだ……イオナが研究していた新型ゴーレム。人間の脳を十五個搭載している奴だ。
鹵獲したんだろうけど、エレノアはこの機体の事をどこまで知っているのか分からない。この世界に人権という文字はあるのだろうか。
「早くしろ、ソータ!!」
倫理観は後回し。いまはハッグの対処を優先させよう。テッドとゴヤの試合のおかげで、ここにいる兵士たちの初動が遅れている。
他の部隊は、六本脚や八本脚、小型空艇などで先行して向かっていた。
エレノアの後に座ると、四本脚は急加速を始めた。
「は? 言うことを聞け! ポンコツが!!」
エレノアの言うことも、ごもっとも。四本脚は、城壁と逆方向へ移動し始めたのだ。
「エレノアさん、これの操縦ってできるんですか?」
「イオナ博士が造った機体だ。操縦できるし、かなり高性能だと聞いている」
そんな事を話しているうちにも、城壁から遠ざかっていく四本脚。
「何かから逃げているように見えますね」
「いやいや、それは自動操縦のときだけだ。今はちが――」
その時、城壁の方で巨大な魔力を感じた。
「拙い!?」
味方を助けるために、半径二十キロメートルの神威障壁を十枚張った。
城壁は、神威障壁の外。
その刹那、城壁が真っ赤になり、大爆発を起こした。両脇の切り立った岩山が崩れていく。巨大な岩石や小さく尖った小石。城壁に使われていた岩も吹き飛んでくる。
そこまで見えたところで、粉塵にまみれて視界不良となった。
その他、音、衝撃波、すべて神威障壁で防御に成功。
「なんて事だ……。ソータ!! 頼むぞ!!」
エレノアは俺がすることを分かっている。
直ちに気配遮断、視覚遮断、音波遮断、魔力隠蔽、四つの魔法陣を使って、空へ舞い上がった。
ハッグたちは自爆攻撃を仕掛けたのだろうけれど、こちらの被害はほとんど無し。
俺が張った障壁を中心に、城壁が歪な形で残ることになってしまった。城壁の向こう側や、ベナマオ大森林に多大な影響が出ている。
障壁を張るタイミングが少しでも遅かったら、獣人自治区に駐屯していた軍は壊滅していたほどの爆発だ。
「む……」
粉塵が晴れると、空間の歪みが見えた。
ハッグはこのゲートから逃げたんだろう。俺は迷わず、そのゲートに飛び込んだ。




