091 古代人ハッグの決起
一通り話し終えた後、驚いたり怒ったりと、テッドは表情を次々と変えていた。その理由は、修道騎士団クインテットに被害がなかったものの、ドワーフの主力部隊がデーモン化したことを明かしたからである。
話し合いの最中、突然テッドが王子であることを思い出して敬語を使い始めたが、背中が痒くなるという理由で、直ちに止めるようにと断られた。
周囲のデーモン憑き獣人は、俺とテッドたち修道騎士団でほぼ壊滅させた。生き残った修道騎士団の百名は、俺と一緒に周囲を岩で囲まれた場所に集まって休憩を取っている。
「テッド、この辺りのデーモン憑き獣人はあらかた倒したと思うんだが……、あの雷がどこからのものか分からないか?」
「おいおい、今の今まで、黒焦げでくたばってたのに元気いいな!! さっきの雷はもちろん魔術師が使った雷魔術だ。ただし相当な使い手で、どこに居るのかすら分からん!」
「魔術? 魔法じゃないのか?」
「かー、そういえばお前、異世界人だったな。地球には魔術はないのか?」
「聞いたことはあるけど、眉唾物だと思ってたさ」
周囲の安全が確認されてないのか、修道騎士団の生き残りたちは休憩しつつも緊張した面持ちで周囲を警戒している。男女の比率は半々くらい。地球のように男ばかりが戦場に出るというわけではないようだ。
そんな中、テッド・サンルカルは、魔法と魔術の説明を始めた。
魔法はその名の通り、魔の法則を司るもので、細かい制御が難しいが、効果が大きい。訓練すればある程度使いこなせるが、そこから先は個人の資質によって、大きく効果が違ってくるそうだ。ニンゲンでも使えない者が多いそうだ。
対して魔術は魔法を学問として研究し、体系化された論理的な呪文が確立されているのだという。我流でやる魔法より、よっぽど強力で繊細に使うことができて、生活していく上で欠かせないのだという。サンルカル王国の学校に通えば、ほぼ全員が一定の水準まで魔術が使えるそうだ。
興味あるけど、そんな暇は無い。
貴族にも魔術の才能があるニンゲンは確かにいるが、それは一部。貴族の自尊心や特権意識が努力を妨げ、ぱっとしないまま落第していく者が多いらしい。そんな貴族、目に浮かぶようだ。
むしろ努力できる才能を持つ者が、この世界の有名な魔術師として、名を馳せるという。
「その中にな、雷魔術が得意な古代人がいるんだ……ハッグという魔女の集団なんだが、今回の雷を見れば、ここら辺に何人か潜んでそうだ。ヒト族と見分けがつかないから注意しろよ。ただなあ……、奴らはこの世界から追放されたはずなんだが……」
「雷魔術が得意な魔女か……」
そういやルー・ガルーたちが、しつこいくらいハッグの話しをしてたな……。
当主の名は、シビルだっけ。
テッドは、クソまみれで屁をこいていた頃とは随分違う。指揮官たり得る威風堂々とした態度で、自信のある声音だ。周囲の修道騎士団に聞こえるように言って、安心させているのかもしれない。
「魔女って言うからには、女性なんだろ? 見た目はどうなんだ?」
「だいたいは、美しいヒト族の姿をしているが、一皮剥けば年齢すら分からない程高齢の老婆だと聞いている。実は俺も会ったこと無いから、分からん」
カカカと笑うテッド。彼の年齢は俺の二つ下で二十四歳。日焼けした彫りの深い白人でイケメン。茶色い髪の毛は、後ろでザックリと結んでいる。凹んだ鎧は同伴している職人が打ち直して修理しているので、今は黒いインナーに鎖かたびらを着込んでいる。
「何だよ、ジロジロ見やがって。黒焦げのパンみたいになってたくせに、お前本当に元気だな? 持ち物はその魔導カバンだけか?」
「冒険者証と魔導剣、食い物しか入ってないけどね」
「そっか、こっちは五千人が壊滅状態、生き残りは百人だ。物資は余っているから、いくらでも詰め込んでいけ」
「ああ、助かる。遠慮無くもらっていくよ」
テッドとは知り合いと言うだけで、付き合いが長いわけではない。ドワーフやエルフ、ゴブリンたちとはぐれているので、万が一を考え装備は調えておいた方がいいだろう。
「あら、お元気になりましたね」
アイヴィーか近付いて声をかけてきた。先ほどとは違い、鎧を脱いでいるので女性だと分かる。
白髪ショート、エルフの特徴的な耳が少し短い。自分がハーフエルフだと周囲に知らしめているかのように、耳を見せている。それと、エルフと名のつくものは、こうまで美人なのか。ため息が出るくらいかわいい顔立ちをしている。
「回復してくれて助かった。ありがとう」
「どこか具合が悪いとこはないですか?」
「ああ、全然平気」
「……あなたが人外だと知ってるのは、私くらいよ。あの銀色の血液を見せないよう、私はテッドたちをソータ君に近づけなかったわ。他には誰も見てない。今は時間が無いから詳しく聞けないけど、いつかあなたが何者なのか、ちゃんと説明してもらうからね? 命の恩人の頼み事よ? よろしくねっ!」
「……わかった」
テッドが不審がるくらい、アイヴィーは俺に顔を近づけてヒソヒソ話をした。そうまでして、俺が人外だという事を隠してくれたのだ。修道騎士団クインテットの序列一位と二位をいう間柄でも、何でもかんでも情報の共有をしているわけではなさそうだ。
「おーい! 何か動いたぞ?」
見張りの男が声を上げた。
俺のせいで、こんな場所に留まることになってしまったのだ。生き残りの修道騎士団にこれ以上の犠牲者を出すわけにはいかない。
見張りの近くへ行き、動きのあった場所を聞く。
「あの岩陰だ。獣人ではない、ヒト族っぽい女性が複数いる」
「ああ、助かる」
青空の下、こちらは風下になっている。今まで嗅いだことのない血臭を感じるのは、魔女ハッグのものなのか?
岩陰の気配は三名。
こちらは見張りと俺、横にはテッドとアイヴィーが来て、岩陰に隠れている。
俺が食らった雷は連続して使えないみたいだ。でなければ既に雷の雨が降っているはずだからだ。もしかすると魔力を溜める必要があるのだろうか。どちらにしても反撃するのならこのタイミングだろう。
面倒なのでハッグが隠れている場所ごと吹っ飛ばしたいが、極力能力を隠さなくちゃいけないからな。
『まえ取得した影魔法使えるか?』
『魔力が不足しているので、神威魔法で使えます。冥導はまだ不明な点が多いので、使用しないで下さい』
冥導か……。ブレナが使っていた、神威と対をなす存在。これを使うと、デーモンにならないか不安でもある。
「文献の絵と同じだな。ありゃハッグだ。総員攻撃するぞ」
「テッド、待ってくれ」
「どうした、ソータ?」
「俺に殺らせてくれ」
「……まあいい。しかしどうやるんだ?」
テッドの言葉が終わるのとほぼ同時に、影魔法を使う。すると俺の影が岩場のハッグへ接近していく。ゴツゴツした岩場をスルスルと動いていく俺の影に、誰も気付いていない。
この影魔法……俺と五感を共有しているな。
使いやすいことこの上ないが、攻撃はどうするんだ? まさか偵察専用とか?
……違うな。ものを掴めるし魔法も使える。
俺の影で、相手の影を殴る。手刀で刺す。首を掴んでへし折る。
簡単じゃないか。俺の影が敵の影を攻撃して、岩場に隠れていた三人のハッグは全員死亡した。
「お? 岩場の魔女、三人とも死んだ。しかし……魔力が動いてない。……何かやったのかソータ?」
「ああ、魔法で殺害した。他にも居るぞ」
「魔女の集団か。こっちは全滅寸前だってのに、勘弁して欲しいぜ」
テッドはそう言いながら、修理された鎧を着込み、岩場の一段高い場所へ登っていく。そんな事すりゃハッグの魔法で狙い撃ちになるのは当たり前だが、飛んでくるウインドカッター、ファイアボール、ウォーターボール、ロックバレットは、全てはじき返されていた。
テッドはそう言いながら、修理された鎧を着込み、岩場の一段高い場所へ登っていく。ハッグの魔法で狙われるのは避けられないが、飛んでくるウインドカッター、ファイアボール、ウォーターボール、ロックバレットは、彼の鎧が発生させた障壁で、一つ残らずはじき返していた。
あの鎧が気になるけれど、それよりハッグの魔術だ。素人の俺から見ても、魔素の扱いがうまい。魔術と魔法でここまで違うものなのか。
『魔術の基本属性を解析します。……解析と改良が完了しました。ソータが使えるよう改良します』
やるとは思ってたけど、素早いな。
『ウインドカッターは、時空を歪めるほどの圧力を生み出すことができます。しかし、この力は現実を引き裂く可能性があるので、慎重に扱ってください』
『ファイアボールは、温度を宇宙の誕生時に匹敵するほどに引き上げることができます。しかし、この熱は宇宙そのものを焼き尽くす力を持っているので、温度調整が必要です』
『ウォーターボールは、絶対零度を超える冷たさを実現します。この冷気は、現実の物質を凍りつかせるだけでなく、時間さえも凍らせることができます』
『ロックバレットは、岩石を光速を超えた速度で投射します。この速度は、宇宙の法則を曲げる運動エネルギーになるので、何が起こるのか不明です。これら四つの属性魔法は非常に危険ですので、取り扱いには細心の注意を払ってください。宇宙が消滅しかねません』
『君は何を言っているのかね? 宇宙を消滅させる気はサラサラないからね?』
あまりにも強力すぎて呆れてしまった。
『アイテールとの融合により、私の能力は未知の領域に達しました。この力を制御するためには、全ての知識と注意を集中させなければなりません。もしものことがあれば、ただのうっかりでは済まされない事態になりかねませんから……』
神々の住む空間、アイテール。これが全ての源なのだろう。神威や冥導は、その下位互換にあたるものだろう。
ん?
アイテールで、地球を再生できんじゃね?
今度試してみよう。
しかし、何だあの鎧。何か魔法的なものが付与されているのか。テッドはボコボコに攻撃を浴びながら、辺りを余裕で見回している。
ハッグの首魁はどこに居る、とでも言いたげ表情だ。
するとテッドの視線が止まった。遠く離れた岩場の頂上に見える影。昼間なのに揺らめく影は、デーモンのような邪悪な気配ではない。ヒトのそれだ。
あれがハッグたちに指令を出しているのだろう。
「うお?」
次の瞬間、テッドはハッグの隣に立ち、頭から股まで真っ二つに斬り割いた。
ここからの距離は、およそ二キロメートル。走って行ける時間ではない。
獣人のブライアン・ハーヴェイ。あいつと同じだ。テッドはおそらく瞬間移動的なスキルを使ったのだ。
『申し訳ありません。解析に時間が掛かっております』
『スキルは探知できないときもあるって言ってたよね。苦手なの?』
『…………解析が完了。スキルは鍛錬の果てにあるとの通説ですが、最終的に神の判断があり、スキル使用の可否が決まるようです。よってデッドの瞬間移動は、神によって認可されたものです』
『スキルって神様のお墨付きなのね? すげーな、……色々と』
『今回アイテールと融合したことで、ソータは超越者となりました。神威魔法や蒼天魔法で、自分自身にスキルを付与可能です』
俺は俺にスキルを付与出来るってか? 反則というか完全にチートだな。そもそも超越者って、ニンゲンなのか? 俺の魂はアイテールと汎用人工知能が合わさったものだ。果たしてそれがニンゲンという枠に入るのだろうか。
「ところでアイヴィー、あれ拙くない?」
「ですねぇ、あのバカは何で敵の真っ只中につっこんでいくんでしょうか?」
確かに魔女の首魁は倒したかもしれないが、そいつ一人だけではない。周囲の魔女たちは激怒し、テッドは総攻撃を受けているのだ。
あの鎧が特別製だとしても、さすがに持たないだろう。
助けに行った方がいいか。そう考えた瞬間だった。
俺の近くに雷が落ちた。
周囲の修道騎士団たちが巻き込まれた。
声も上げることができず、仰け反ったまま感電死していく。
この雷はおかしい。
オゾン臭はするけど、電荷が発生するような天気ではない。
魔法……いや、魔術なのだろうけど、自然を完全に無視している。
なんて感心している場合じゃない。
倒れた修道騎士団を介抱するアイヴィーは、首を横に振っている。心肺蘇生でもダメだったのだろう。
「もう一発雷が来たかっ!」
いつの間にか瞬間移動で戻ったテッド。周囲を見渡し、どこから雷が来たのか探っている。
「魔術でも魔力は漏れるんだ……」
「あ? ソータ何言ってんだ?」
言ったままの意味だ。魔法でも魔術でも、魔素の使用効率が百パーセントでなければ、魔力として漏れ出るので、しばらくはそこに魔力が停滞して痕跡が残る。
俺はその場所を指し示す。
「雷魔法を使ってる奴の居場所は、あそこだ。テッドが行ってきた場所と反対側だ」
「む……どこだ? そんな奴――」
「上空にいるよ。かなり高い位置だ」
太陽に背にする人影。ファーギ特製のゴーグル無しでは、見つけることはできなかっただろう。
テッドもアイヴィーも眼を細めているが、眩しすぎて見えてないようだ。
汎用人工知能が魔力の動きを可視化しているので、太陽を背にする人物に魔力が集まってきているのが分かる。
あの魔女、もう一発雷を落とす気だ。
「テッド、たぶんあいつが首魁だ」
「くそっ! 随分高い場所にいるな……」
どうやら瞬間移動では届かない距離のようだ。つまり上空二千メートル超え。浮遊魔法を使っているという事だろうな。
――ガガアン
また雷が落ちた。今ので生き残りの修道騎士団が半分近くやられてしまった。
テッドやアイヴィーは無事だけど、この二人はこれまで何人もの仲間の死を見てきて、かなり堪えている。
この場所から、太陽に隠れている影まで遮るものは無い。
つまり、こちらは丸見えで、あちらからの攻撃は見えにくい。
何度か障壁に閉じ込めようとしたけど、全て避けられた。
「うおっと!?」
俺に狙いを定めて来やがった。
すぐ近くに雷が落ちて、岩が木っ端微塵になる。飛び散る小石はさながら鋭利な刃物。周囲にい居る修道騎士団たちが迷惑そうに避けている。
誰かを探して狙い撃ちしているように感じるなあ……。つか、さっき狙われて直撃したなあ……。
俺はその場をダッシュで離れていく。疑われないように空を飛ばず、地上を走っていく。
すると俺の後方に雷が連続で落ちていく。やはり俺を狙っているな……。
雷はさっきと比べると、だいぶん威力が落ちている。やはり、魔力を溜める時間が必要のようだな。
テッドたちが豆粒くらいになると、俺は魔法を使った。
汎用人工知能が調整した拡声魔法。つまり音波魔法だ。
太陽を背に浮いている黒い影に向けて大声を出す。それは指向性を持ち、物理的な圧力と共に、対象人物の三半規管を狂わせた。
ぐらりと傾く黒い影。
次はとどめだ。
爆裂火球を連続で放とうとすると、その人影は誰も居なかったかの様に姿を消した。
「そりゃ反則だろ……」
空中に空間が歪んだゲートが見えている。魔女はそこから逃走したのだ。ゲートはすぐに閉じて、魔力の痕跡はそこで途切れる。追いかける事もできないか。
「次は逃さん」
そう言うので精一杯だった。




