088 エリスの正体
獣人自治区のトライアンフ本部ホールでは、少し毛深い人間たちが慌ただしく動き回っていた。元々あった大きな会議用テーブルは撤去され、地下へ続く隠し扉がいくつか開いている。そこから拘束されたニンゲンたちが続々と出てきていた。
「ナブーさん、人数揃いました」
「ユーゴ、フランス語はやめろ。こっちの言葉で喋れって、何度も言ってるだろ」
「……ちっ」
配下の若い男――ユーゴに舌打ちされたナブー・クドゥリ・ウスルは顔をしかめた。それでも様になっている彼は、青い瞳に黒い短髪で、がっちりとした体躯の高身長。映画俳優のようなイケメンである。
「こっちが戦場になるなんて聞いてねえ。さっさと帰りたいんだよ!」
他の男も愚痴を漏らす。
ナブーはそれをスルーしつつ、手首を結束バンドで結ばれ、おとなしく整列したニンゲンをチェックしていく。
「獣人がいるな……あいつらの仲間じゃないのか?」
「イオナ博士が構わないって言ってるみたい」
ナブーに話しかけたのは、エマ・ランベール。彼女も青い瞳だが、ナブーと違って髪の毛は金髪。
パリコレのランウェイを歩いているモデルっぽい雰囲気の女性だ。
二人ともスーツ姿で、この世界ではあまり見ない格好をしている。
「そっか……同族まで犠牲にするって、俺たちルー・ガルーの一族じゃ考えられねえな……」
「異世界の考え方は、いまいち分からないわ。みんな納得してないし、早めに帰って、いつものようにクラブで踊ろうよ」
「だな。さっさと片付けて帰ろう。……おっ、そろそろ案内人がくる頃だ。おい、こいつら研究所行きの通路に押し込めろ!」
腕時計を見たナブーの指示で、配下のルー・ガルーたちが拘束されたニンゲンを突き動かす。総じてやる気が無さそうに見える配下たちは、エマと同じく地球に帰りたいのだ。
――ドン!
「うおっ!?」
「きゃっ!」
突如、床下へ続くハッチが吹き飛び、ナブーとエマが飛び退く。
そこから出てきたのは、黒眼黒髪のアジア人。
「よっ、チャラ男たち! お前らどこから来たんだ? ルー・ガルーって人狼って意味だよな?」
フランス語で話しかけられ、ここにいるルー・ガルーたちの動きがぴたりと止まった。
いち早く再起動したナブーが、ソータに問いかける。
「アジア人か……? お前も実在する死神に言われて異世界に来たのか?」
「……そんなとこだ。ここに並んでるニンゲンはどうすんの?」
ソータはピクリと眉を動かした。実在する死神の存在は、彼の祖父、板垣兵太から聞いている。
ソータは眼を細め、拘束されたニンゲンに視線を移していた。
「いやいや、名前くらい教えてくれないか? 誰の指示で異世界に来たんだ?」
「俺の名前かぁ……。ソータって呼ばれてるけど。指示したのは、えーと誰だっけ?」
正直に名前を言うソータだったが、その場しのぎの嘘がさっそく綻びを見せる。すると、エマが何かを思い出し、写真を取り出してソータと見比べた。
「ナブー! こいつ、シビルが殺せって言ってた、日本人の魔術師よ!」
「俺がやる! お前ら、手を出すなよ!」
ここにいるルー・ガルーは三十人ほど。拘束されて連れてこられたニンゲンは十五人ほど。ホールが広いとはいえ、少し窮屈に感じる人数がいる中、ソータとナブーが向かい合う。
「あっさりバレて、笑いそうなんだけど……。というか俺は魔術師じゃねえ」
「いや、魔術師だと聞いている。お前、実在する死神から狙われてるって知らないのか? まあ、殺しはしないが、生け捕りにさせてもらうぜ」
狙われている? と呟き、首を傾げるソータに、拳を振りかぶって肉迫するナブー。
ソータは軽くステップを踏み、近くにいるルー・ガルーの背後に回り込んだ。
「実在する死神から狙われるような事はやってないけど」
ナブーも負けじと回り込み、ソータに再度肉迫する。
周囲のルー・ガルーは、邪魔にならないよう輪になって広がっていく。
「あんたアラスカの件で、当主のシビルに目を付けられてんだよ」
ナブーは前蹴り、膝蹴り、上段回し蹴りと、連続で打撃を繰り出していくが、ソータはすべて躱していく。
「アラスカかぁ、心当たりしかないな……。つまり米軍と実在する死神は、組んでるって事か?」
「組んでる訳じゃ無いみたいだぜ?」
ソータは上半身を右へ左へと揺らし、左右の拳を連打。ガードを抜けた右フックが、ナブーの顎をかすめた。
「くっ!」
脳が激しく揺らされ、膝から崩れ落ちそうになるナブー。背後のルー・ガルーに支えられ、どうにか持ちこたえた。
「ナブー、当主のシビルって何だ? あんたらは、そいつと協力して異世界に来てんのか?」
ルー・ガルーの輪の中心でソータが問いかけた。その瞳は、暗く静かにナブーを捉えている。周囲のルー・ガルーはソータに手を出さず、成り行きを見守っていた。
「いやな、俺たちの先祖は、異世界の生まれでさ、ルー・ガルーも、その中のいち種族なんだ。だから協力させられてるんだけど、正直あんま気が進まない……報酬はいいんだけど」
「ふうん……、ってことは、人狼もこの世界を追放されたのか?」
「さあな? そんな昔のことは知らねえ。俺たちは生まれも育ちもフランス。年寄りのルー・ガルーなら知ってるかもな。だが、こっちを追放されたのは、魔女の一族だと聞いている」
表情の無いソータは、周囲を見渡す。デーモン憑きが一人いることを確認しつつ、結束バンドで拘束されたニンゲンたちで視線が止まった。
「そこのニンゲンが、これからどうなるのか知ってるか?」
「さあ? 俺たちはここまで連れてきたニンゲンを、そこの通路に入らせるまでが仕事だ。その先は知らん」
「……どこからそのニンゲンを連れてきてるんだ?」
「知らねえよ。シビルっていけ好かねえ魔女が仕切ってんだ。何度も言うが、俺たちは正直こんなクソダリい事やりたくねえんだ。ボワットで踊ってた方が楽しいしな!」
ナブーは、ソータに全然敵わないうえに、山盛りの質問を浴びせられて苛ついているようだ。
「そこのニンゲンはな、……こいつの実験で、脳をくりぬかれる運命なんだよ」
ソータが地下通路に視線を移すと、床を壊しながら障壁に包まれたイオナが浮かび上がってきた。それを見たナブーたちは、目を見ひらいて驚いている。
「イオナ、何の実験をしていたのか話せ」
ソータはフランス語をやめ、こちらの言葉で話しかける。
障壁を解除したソータは念動力でイオナの頭を掴み、嘘をつけば握り潰して殺す、と言外に仄めかす。
「わ、私はニンゲンの脳で、多脚ゴーレムを自律行動させる事に成功したの。こ、これは凄い事よ? それで獣人たちに協力しているのだけど……」
またしてもあっさりと自白するイオナ。そんな姿を見て、ソータは苛立ちを隠せない。
「あんたさ、ドワーフなのに、国を裏切って獣人に付いたんだろ? 脳みそくりぬいて酷たらしい実験をしてるくせに、微塵も罪悪感が無いよな。そんなちんけな理由じゃ無くて、それなりの理由があるんじゃねえの?」
「……わ、私は兄に復讐したいだけなの。だから、裏切りじゃ無い!」
尻上がりに声が大きくなるイオナ。ソータの言いようが気に入らなかったのだろう。目をつり上げ歯をむき出してソータに向かって行く。しかし、イオナはもう一度障壁の中に閉じ込められてしまった。すると、障壁を殴って、ここから出せと叫びはじめた。
こっちが本性か、とソータは呟き、声が聞こえないようにするため、イオナの障壁を三重にする。
それを見たルー・ガルーと拘束されたニンゲンは、全員顔を青くして黙りこくっている。
「……お前ら、こっちの言葉が解るみたいだな。もっかい言うぞ。そこで拘束されてるニンゲンは、これから脳みそをくりぬかれるんだ。だけど、お前ら人狼は、誰もこの事を知らなかった。……知ったからには、悪いことしていたと解るよな? 投降する気はあるか? これは警告だ。拒否するならまた殴り合いに付き合うぜ?」
ソータはナブーに向き直って問いかけた。
「……こいつらの脳をくりぬくって話は本当なのか?」
ナブーは額から汗をたらし、拘束されたニンゲンを見ていた。ナブーをソータにけしかけたエマを含め、他のルー・ガルーたちも、動揺が隠せない。
一般的なルー・ガルーは、人社会に溶け込んで生活をしている。特に彼らは、クラブで遊び惚けるパリの若者でもある。今回は古の為来で、半ば強引に協力させられているだけなのだ。
「さっき見てきたから、本当の話だ。信じてもらうしか無いが」
「わ、分かった、投降する……。ただし条件がある」
「なんだ」
「この仕事は、俺が受けたんだ。こいつらは俺が無理矢理連れてきた。だから全ての罪は俺にある。仲間は解放してくれないか?」
「見上げた心意気だが、……俺に決定権は無い」
途端にがっかりするナブー。他のルー・ガルーたちも肩を落とした。
「そんな……。ナブーは悪くないの! わたしが一族に声をかけたんだから、他は解放して!」
ナブーを庇うエマ。
「……できるだけ口添えはする。軍に引き渡すから、おとなしくしてろ」
ソータはファーギに連絡を取り、事情を説明しはじめた。それはエルフ軍のエレノアに伝えられ、地球に住所を持つルー・ガルーたちは一旦事情聴取を行なう事となった。
ニンゲンたちの結束バンドを引き千切って解放していくソータ。すぐ逃げようとしたが、ソータが板状の障壁を張り、行く手を阻んだ。
「さてと……、空艇が到着するまで少し時間がある。ナブー、ちょっといいか?」
「な、何だよ……」
「お前らが、獣人やシビルって奴に従っている限り、こうなる可能性があるって事を教えてやる」
ソータの言葉と共に、一人のルー・ガルーが苦しみ始めた。
「うぐっ!?」
「ユーゴ!?」
ユーゴはいつの間にか障壁に閉じ込められていた。それを見たエマが駆け寄ろうとするも、間に入ったソータが通せんぼをする。
「ユーゴは仲間よ! あんた何してるの!」
ソータを睨むエマ。他のルー・ガルーたちも、ソータに向かって牙をむき始めた。
「狼に変身するなよ? 言っただろ、どうなるのか教えてやるって」
ソータは障壁の中の空気を抜いている。気圧が下がって空気が薄くなると、中のユーゴが更に苦しみはじめた。
「ぐぅぅぅぅぅ……るぅぅぅぅぅぅぅ」
すると、ユーゴが唸り声を発し、身体中に鱗が生え、顔がワニのように変化していく。
「ワニ顔か……。神威障壁はいらんな」
「なっ――なんだよこれっ! おい、ソータ! てめえ仲間に何しやがるんだ!」
ユーゴはナブーがデーモン憑きだと知らなかった。その勢いでユーゴはソータに詰め寄っていく。
「俺はなんもしてねえ……。この件に絡んでいるのは、獣人と、お前がさっき言ったシビルって奴と、そこにいるイオナだ。お前らがどんな話で唆されたのか知らない。だけど見ろよこれ、デーモンが憑依するとこんな姿になって、ニンゲンを喰うんだぞ?」
ソータを殴ろうとしたナブーは、腕を掴まれ、関節を極められる。その体勢のまま、ユーゴを見るようにと、ソータは強制的にナブーの向きを変えた。
「ウ、ウソだっ! ユーゴ! お前なんでそんな姿に!?」
他のルー・ガルーたちがユーゴに駆け寄るも、障壁に阻まれて触ることができない。
時を経ずしてユーゴは死亡。倒れた身体から、ユーゴの形をした黒い粘体が起き上がった。それを見て、ルー・ガルーたちは悲鳴をあげながら下がっていく。
「この黒いデーモンに力を借りれば、とてつもなく強くなれるぞ? いまからでも遅くは無い。いまからシビルに頼んで、デーモンを憑依すればいい」
「えっ!? ちょっと待って、ち、違うわ!」
ソータの言葉に反応したエマが、デーモンを憑依させているのはシビルではないと言い始めた。障壁の中にいるデーモンを獄舎の炎で焼き尽くしたソータが先を促す。
「シビルはいたけれど、彼女じゃないわ! デーモンを呼び出したのは、隣にいた猫獣人のエリスって子よ! 悪魔を支配するものって呼ばれてたから、間違いないわ! まさか、ユーゴにデーモンが憑依してるとは思ってなかった! ねえ、何なのこれは!」
半狂乱になって話すエマ。
「……」
それを聞いたソータは、眉間にしわを寄せ黙りこくってしまった。
しばらくすると、彼は重い口を開いて説明を始めた。
それはデーモンを召喚して、憑依させる手順。
召喚師とデーモン、デーモンと憑依者、この関係を説明すると、エマたちルー・ガルーは泣き崩れてしまった。
トライアンフのホールが静まり返ると、外からエレノアの声が聞こえてきた。




