087 狂気の妹
八本脚は中で操縦するので、誰が乗っているのか分からない。もしかすると、あれも自動操縦の可能性がある。
「ファーギ、俺たちの前にいる八本脚は見えてるか? あれってドワーフ軍?」
『三機はっきり見えてるが……識別魔法陣に反応が無い。あれは敵だ。攻撃するから全員伏せろ』
識別魔法陣なんてあるんだな……。味方を誤射しないために必須なんだろうけど。
『ゴブリン軍、衝撃に備えろ!』
俺とファーギの魔導通信を聞いたゴヤが、即座に念話で指示を出す。
そして――。前方で閃光が見えると、大爆発が起こった。みんな地面に伏せていたので、吹き飛ばされることは無かった。それでも顔を上げることができないほどの衝撃だ。
しばらくして目を開けると、……前方にいたはずの八本脚は鉄くずになっていた。
どうやら撃退できたようだ。
『こちらファーギ。敵の殲滅を確認。そっちは無事か?』
「助かった。けどさ、なんでドワーフの八本脚が敵対してるんだ?」
『おそらく……裏切り者がいる。そいつは我々ドワーフで何とかする。ソータはゴブリンたちを頼むぞ』
リアムの叫び声がちらっと聞こえたけど、通信が切れたので内容は分からなかった。それと、グレイス、ロストに続き、やはり裏切り者がいるってことが分かった。
隣にいるゴヤを見ると、少し不安な顔で口を開いた。
「ドワーフ軍の落ち度だな」
「だよなあ……。どうする?」
「どうするとは?」
「いや、多脚ゴーレムが来たら、こっちが不利になるだろ? ゴヤたちは撤退しなくていいのか?」
「まさか。我々ゴブリンも、デーモンを何とかしようと思っているからな」
再びニヤリとするゴヤ。キマってるけど顔が怖い。
それから何度も八本脚から襲撃を受けたが、スワローテイルからの援護射撃で全て難を逃れた。
「――っ!」
突然目の前が暗くなった。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ!」
くず折れそうになった俺をマイアが支えた。
「あ、ああ、平気だ」
「ほんとですかー?」
膝の力が抜けたような感覚だ。
昼飯を抜いただけで、魔力がおぼつかないなんて初めてだ。これまで割と燃費よかったはずだけど……。
しかしこんなところで弱音を吐くわけにもいかない。マイアが俺に回復魔法を使おうとしたが、丁寧に断らせてもらった。代わりに、魔導カバンからワイルドボアの串焼きを出して頬張る。十本ほど食べてようやく一息ついた。
「ふふっ。いっぱい食べましたね」
「……朝から何も食ってなかったし」
みんな張り詰めた面持ちで進軍しているのに、立ち止まってがつがつ食べていたのが滑稽だったのだろう。マイアがクスクス笑っている。
しばらく座って休憩。一息ついたあと、ゴヤがいる先頭までマイアと一緒に走った。
前方はファーギの攻撃で瓦礫の道ができていた。
庁舎の近くまで進むと、ゴヤが進軍を止める。
「あそこから多脚ゴーレムが出てきてる。どう思う、ソータ」
ドワーフ軍が庁舎への攻撃を徹底的にやったのか、周囲にある家屋は全て瓦礫の山になっている。けれども、庁舎自体は半壊程度のダメージ。完全に破壊されたわけではなく、地下へ続くトンネルがむき出しになっていた。
「ゴヤたちは、区長のドリー・ディクソンが標的なんだよね?」
「……そうだ」
「これに入ると、危険すぎない?」
トンネルの奥に何かあるのは間違いない。だからと言って、ゴブリン軍三千が突入するような広さでもない。中に入って挟撃でもされれば、あっという間に詰んでしまうだろう。
「さて、こんなトンネルは情報になかったが、どうするか――」
「俺一人で行ってくる。ゴヤ、ここで安全地帯の確保をお願いしてもいい?」
「それは構わないが、大丈夫か?」
「ああ。スクー・グスローもここを頼む」
「わかったー!」
グローエットが胸ポケットから飛び立ち、ゴヤの頭の上にとまった。
「マイア、このトンネル知ってた?」
「いえ……庁舎には来たことがありますけど、こんなトンネル見たことが無いです。おそらく隠してあったのだと思います。 ……ソータさん、あたしも行きます」
「ダメだ」
「ダメよ」
マイアの「あたしも行きます」という声に、俺と近くに居たニーナの声が重なる。するとニーナにすごい顔で睨まれた。何もしてないんだけどなあ……。
「マイアは回復魔法ができるだろ? ここにいるゴブリンたちの助けになってくれ」
「……でも、一人で行っちゃったら――」
不安な顔をするマイアに、大丈夫だと視線で合図を送る。
「――大丈夫ですよね!」
「ああ、任せろ」
「分かりました」
マイアの説得に成功。ゴヤたちゴブリン、スクー・グスローもこの場で待機に納得してもらえた。ニーナだけは、さっさと行けという態度だ。
「ファーギ」
『なんだ』
「怪しいトンネルを発見。俺がそこに突入するから、ドワーフ軍にこの場所を確保するように伝えてくれない?」
『伝えなくても、もうすぐドワーフとエルフの空艇がその辺りに降りる予定だ。すぐ突入するのか?』
「ああ」
『……まっ、お前なら大丈夫だろう! 空から監視しておくぞ』
トンネルから出てきた八本脚は、片っ端からファーギの攻撃で破壊されている。しばらくすると、エルフの巨大空艇が着陸。格納庫から八本脚と六本脚がゾロゾロと出てきた。
十分な戦力が揃った。この周囲はもう大丈夫だ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
空爆のせいなのか、下っているトンネル内部はヒビが入って、今にも崩落しそうになっている。暗闇の中、たまに通り過ぎていく八本脚。申し訳ないけど、ここで戦うと間違いなく生き埋めになるので、地上にいるドワーフ軍とゴブリン軍、スクー・グスローたちに処理を任せよう。
幅二十メートル、高さも二十メートル、かなり大きなトンネルだ。良くも悪くも、この街はドワーフの国と違い、中世ヨーロッパ程度の建築技術だった。なのに、こんな直線トンネルを掘れるとは思えないし、開通させるのにかなりの歳月が掛かっているはず。庁舎の建築技術も周囲の家屋と一線を画すものだったし、随分前から、獣人ではない誰かの手引きがあったのだろう。
気配遮断、視覚遮断、音波遮断、魔力隠蔽、四つの魔法陣を使っているので、俺が多脚ゴーレムに見つかることは無い。しばらく進んでいくと、このトンネルが、かなり深い場所へ通じていると分かった。
どんどん進んでいくと、トンネル沿いに鉄のドアが見えてきた。
鍵が掛かっていたので、ドアノブを引きちぎって開ける。
奥に誰も居ないことは気配で確認済み。素早く入って奥へ進む。
かなり進んできたので、この上は既に庁舎ではない。記憶と照らし合わせると、ここはジョン・バークワース商会の地下だと気付く。階段を降りていくと、広い部屋に出た。
何だここは……?
パソコンなどの電気を使う機器がないだけで、地球の研究施設とさほど変わり無い。魔法陣を使った精密機器が、ファーギの工房を彷彿とさせる。そんな部屋に出た。
『治療魔法陣を確認しました』
『あの脳は生きてるって事?』
『……そうなります』
『本来なら死ぬところを、治療魔法陣で無理矢理生かされている……ということか』
魔法陣が彫られたガラスの円筒容器に、人間の脳が浸かっている。百や二百ではきかない膨大な数だ。そこで動き回っている白衣を着た獣人から、デーモンの気配を感じた。
以前エリスの自宅に潜入したとき、事務所を通り抜けた。そこに居た事務員の姿もある。となると、ジョン・バークワース商会の獣人たちは、この施設でも働いていたことになる。
忙しそうに動き回る獣人たちとぶつからないように部屋の奥へ進んでいくと、奥のドアから出てきた獣人から濃密な血の臭いを感じた。こっそり中に入ると、様々な種族の人間が台の上で横になっていた。
全員頭部を切り取られ、脳が無くなっている。
いたたまれない気持ちになり、部屋を出た。彼らはどんな経緯でこうなってしまったのだろうか……。
すると、ストレッチャーで、ヒト族の男が運ばれてきた。四肢を拘束され、大声を出して暴れている。本人の意思で来たわけではなさそうだ。彼は俺が出てきた部屋に連れ込まれ、しばらくすると静かになった。
すまない……。今は助けることができない。
脳が入った円筒容器を十五本、荷台に載せて運び出している獣人についていく。
廊下の突き当たりにあるドアをくぐると、巨大な地下空間に出た。天井まで五十メートルはありそうだ。格納庫かな?
そこには、六本脚と八本脚が数えきれないほど置かれていた。全て骨組みだけのコンテナに入れられ、うずたかく積み上げられている。戦況がひっくり返りそうなほどの数……。
デーモン憑きの獣人が、コンテナの多脚ゴーレムを整備している。
ここの地上部分は、ジョン・バークワース商会の裏手、倉庫がある場所だ。
円筒容器を運ぶ獣人が奥のドアをノックすると、中から白衣を着たドワーフの女性が出てきた。珍しいな。こいつはデーモン憑きじゃない。
「イオナ博士、お持ちしました」
「ご苦労様。そこに置いて次を運んできてね。旧型の多脚ゴーレムが次々にやられてるから、どんどん移していくわよ」
「はい、急ぎます」
獣人が部屋を出ていくと、イオナと呼ばれたドワーフの女性は口角を上げ、目を三日月のように細めた。
「人間の脳を使った多脚ゴーレムの制御も最終段階。この新型が世に放たれれば、ドワーフ軍もエルフ軍もおしまい……」
イオナは円筒容器を丁寧に運び、銀色の四本脚に装着していく。
十五本すべて装着し終わると、呪文を唱えた。
すると、多脚ゴーレムの赤いセンサーが灯り、デーモンの気配が混じる強烈な殺戮衝動を感じた。これまで遭遇した多脚ゴーレムとは桁違いの気配、あの脳にはデーモンが憑依しているのだ。
『結合魔法を確認。解析します……。解析と改良が完了しました。無機物と有機物を結合させ、操作できます』
『つまり、あの十五人分の脳で、一機の四本脚を動かすと?』
『そうです』
ふむ……。
この四本脚は、以前討伐に行ったワイバーンと同じだ。脳にデーモンを強制的に憑依させているのは、このドワーフ――イオナの仕業なのか?
部屋を出て、八本脚と六本脚を確認していく。こっちは円筒容器が一つ入るようになっているので、これまで会った殺戮衝動を持つ多脚ゴーレムと同じだろう。その新型が銀色の四本脚だ。こいつは十五人分の脳を使う。
イオナってドワーフは、人の道を踏み外した外道だ。
ファーギが言っていた裏切り者はこいつで間違いないだろう。
――――ドン!
「きゃっ!?」
今まさに動き出そうとしている四本脚に、質量を増やすヒッグス粒子を纏わせて自壊させる。
イオナはそれを見て腰を抜かした。
積み上げられた八本脚と六本脚も、全て押し潰していく。ついでに念動力で天井を破壊して落盤させた。すると瓦礫と共にジョン・バークワース商会の倉庫の部分が落ちてきて、多脚ゴーレムを埋め尽くしていった。
風魔法で粉塵を吹き飛ばすと、日の光が差し込んでくる。空を見上げると、ドワーフの冒険者たちが乗る小さな空艇が集まってきていた。
俺は魔導通信機を取り出した。
「ファーギ、ジョン・バークワース商会の倉庫が陥没したの見えるか?」
『見えてるが……何をどうすればそうなるんだ?』
「地下に巨大な空間があったんだよ。多脚ゴーレムが集められたから破壊した。イオナって奴に心当たりは?」
『――っ!? 裏切り者はそいつだ! 生かして連れてきてもらえるか?』
『そいつは俺の叔母っす! すぐに殺してください!』
『だーっ! 操縦室に来るなって言っただろ!』
ファーギとリアムが揉め始めたので、通信を切る。訳ありみたいだけど、話は後だ。
瓦礫を見渡し、デーモン憑きの獣人と、多脚ゴーレムが全て埋まったことを確認。
ここで多脚ゴーレムを製造している風ではないので、別の場所に設備があるのだろうけど、今はこの施設を破壊せねばならない。
けたたましく鳴り響く警報は、この施設を封鎖する合図なのか。各所にあるドアが勝手に閉まってロックされていく。さっきも思ったけど、ここって地球の研究施設っぽいんだよな……。電気を使ってないってだけで。
「研究施設に攻撃を受けています! 誰か来て――」
部屋に戻り、イオナの魔導通信機を念動力で握り潰す。俺の姿が見えていないので、イオナは恐怖で顔を歪め、視線が泳ぎ始めた。
俺たち以外誰も居ないことを確認して姿を見せる。
「ひっ!? あ、あなたは誰?」
「一介の冒険者だ。ここに連れてこられる人間はどこに居る?」
さっき見たヒト族の男性は別の部屋から運ばれてきた。他にもいるのなら助け出したい。そう思って聞いてみたけど、はい分かりましたって言うはずがないか。
リアムの叔母みたいだから、あまり痛め付けるような真似はしたくないんだけど……。
「う、上の階にいます」
「え……、そうなの?」
「は、はい。案内します」
「後ろを振り返らず、いつも通りに行け。妙な動きをしたら殺す」
「ひっ! わわわ、分かりました!」
荒事と無縁な研究者だからなのか、あっさりと俺の言うことを聞き始めた。
俺の方が悪党みたいになっちゃってるけど、どうでもいいや。魔法陣で姿を消して後を付いていく。
獣人の研究者たちは大騒ぎで、ロックされたドアをこじ開けて逃げようとしている。
俺は衝撃波を飛ばし、ドアごと白衣の獣人を吹き飛ばす。元々体が柔いなのだろう、すぐに灰となり滅んでいく。
階段を上がり、右へ左へ曲がりくねった通路を進んでいくと、イオナが立ち止まった。
「こ、ここです」
「本当に?」
「はいっ!」
念動力で頭を締め付けて脅すと、イオナはお漏らしをしてへたり込んでしまった。
目の前に、石で組まれた階段がある。
俺の方向感覚に間違いが無ければ、この上はトライアンフの本部だ。
「結構いるな……」
上の階では、フランス語で喋る人間が多数。その中に一人だけデーモン憑きがいる。
「おとなしくしとけよ?」
「はっ、はい!」
イオナを連れて行くと面倒なので、障壁に閉じ込めて逃げられないようにした。
俺は階段を上がりながら、頭上の開口ハッチを衝撃波で吹き飛ばした。




