086 快進撃?
エレノアが巨大空挺――エルフ軍に残れと言ってきたけれど、丁寧に断った。
空挺を持つ冒険者は、エルフの巨大空挺から飛び立っていく。空爆の邪魔にならないよう、空対地の攻撃機として参加するために。俺はスワローテイルに乗せてもらっているが、もう少ししたら単独で獣人自治区に降りるつもりだ。
エルフの軍服が目立つので、ファーギの革鎧を借りた。サイズは空間魔法で調節したので、ちょうどいい感じになっている。
獣人自治区の上空は雲ひとつない。この高さから見るのは二度目だ。前回は夜だったので随分とイメージが違う。後部座席で外を眺めながらしばしの休息を決め込んでいると、ファーギから操縦室に来いと声が掛かった。
「どうした?」
「一般の獣人は避難したのか? 全然見かけないが、ほれ、あそこ」
この街は百五十万の住人が住んでいる。しかし、空軍からの爆撃で避難しているのか、人っ子一人見当たらない。そんな中、移動している一団が見えた。
「んー? ……ありゃ、ゴヤが率いてるゴブリンだな」
「ものすごい勢いで進軍してるな……」
「そりゃそうさ、スクー・グスローがいるし、ゴブリンも精鋭揃いだ」
「……帝都のスクー・グスローは全滅したのに、どこから湧いて出た? 妖精はよく分からんな」
「あれはゴブリンの里で増えたスクー・グスローだよ。帝都の方はなんで全滅したのか聞いてる?」
「緊急召集で砂漠の民を追い返しに行ったとき、片っ方のスクー・グスローが全滅しただろ? あれと同じ感じだったみたいだ」
「リアットってデーモンが来たときのやつか。あのデーモンは神威結晶に閉じ込めてるから動けないはずだ。別のデーモンが帝都に来たってことかな……?」
「全滅したとしか聞いてないな。しかしソータ、お前デーモンを神威結晶に閉じ込めたのか」
「ああ、倒せてないけどね」
「……相変わらず出鱈目だな」
「いいじゃんよ」
「うおっ! スクー・グスローが半分くらい消えたぞ!?」
「あいつは……ちょっと行ってくる」
「お? 一人で行くのか?」
「そうだ。援護できるか?」
「これ持ってけ」
「魔導通信機か」
「たのむぞ」
ファーギ特製ゴーグルをつけながら、スワローテイルの一番後ろに移動。ドアを開けて貨物室へ入る。
「……」
「……」
リアムとバッタリ会ってしまって、互いに動きが止まった。
「密航?」
「違うっす。オレも攻撃に参加するっす」
「いや、俺たちは冒険者、リアムはドワーフ軍の兵站部隊でしょ? あと、密航は密航だろ」
「そっすけど……」
「ファーギに謝ってこい。俺は急ぐからさ」
「分かったっす……」
後部ハッチを開けて、スワローテイルから飛び降りた。
リアムも外に吸い出されそうになっていたけど、大丈夫だろう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
絶え間なく響く爆音。獣人自治区は、ドワーフとエルフ空軍の爆撃で見るも無惨な姿に変わっていた。倒壊した建物は燃えさかり、広場にある噴水は底が割れて水が涸れている。
ゴヤ率いるゴブリン軍は三千。彼らは獣人やエルフと同じく、森を知り尽くしているので、ベナマオ大森林の魔物を狩りつつ、滞りなく行軍ができていた。
ドワーフとエルフの軍が、ベナマオ大森林側の門を破壊したのち、そこから獣人自治区へ潜入。現在は首級であるドリー・ディクソンを殺害するため、進軍中である。
『随分うまくなったな』
『ゴヤもうまくなったねー』
ゴヤとスクー・グスローは、互いの念話を褒める。
しかし、ゴヤが言っているのは、スクー・グスローの念話攻撃で、範囲調節が上手くなったことを指している。
対してスクー・グスローは、ゴヤの念話が、人間の言葉で伝えることが出来るようになったことを指している。
互いに意思の疎通が出来るようになり、細かいやり取りが出来るようになっているのだ。
それを可能にしたのが、修道騎士団クインテット序列五位、ニーナ・ウィックローの存在だ。彼女は念話と言語魔法を駆使し、ゴヤたちゴブリンにみっちり教え込んでいた。
『作戦通り、あたしとマイアで右に回り込む。スクー・グスローは正面、ゴヤたちは左から回り込むんだよね?』
ニーナから確認の念話が飛ぶ。この念話は、ゴブリンの里から来た者たち全員で、会話ができるようになっている。
ゴブリンは森に詳しいが、獣人自治区に入るのは初めて。土地勘のあるマイアが念話で道案内をしていた。
『今日総攻撃だとバレてたみたいね。ドワーフ陸軍が半壊したって……。今ドワーフの空挺が、援軍で来るみたい。このまま進めば区長がいる庁舎、あの黒い建物よ!』
マイアは魔導通信機を片手に、念話で状況を伝えている。
獣人自治区に入ってきたものの、衛兵や冒険者を含む、街の住人が誰も居なくなっている。獣人の声は聞こえず、聞こえてくるのは空爆の音だけ。ゴブリン軍は、無人の廃墟を進んでいるような感覚に陥っていた。
獣人自治区の庁舎は、空からの爆撃で真っ先に攻撃されているが、完全に破壊するまでには至っていない。その他冒険者ギルドや、レギオンの本部や支部、衛兵の詰め所や、練兵場に到るまで、戦争に関係する場所はほとんど空爆で破壊されていた。
民間の家屋などは空爆の対象でないのに、そこに誰もいないという状態。無差別に攻撃されると
思い、別の場所に避難しているのかもしれない。マイアはそう考えつつ、細道を進んでいく。
『ちっこいデーモン見つけたー! 私たち散開するよー!』
真ん中の大通りをパタパタ飛んでいたスクー・グスローの念話で、ゴヤたちゴブリンと、マイアたちが足を止める。彼らは自らを囮として動き、デーモン憑きの獣人が出てきたところを、スクー・グスローに叩かせるという戦法をとっていた。
ゴヤたちとマイアたちが大通りに向けて走り出す。
それと入れ替わるようにして、空を飛ぶスクー・グスローたちが輪のように広がっていった。
そして、見つけた子どもの獣人に向けて、躊躇いもせず指向性のある念話を放つ。
以前の念話攻撃は、一人のスクー・グスローから同心円状に広がっていた。しかしあれから随分と練習したようだ。扇状に広がっていく念話攻撃は、獣人の建物をパウダー状に破壊し、隠れていたデーモン憑きの獣人も滅ぼした。
彼らはソータたちが発った後、連日の訓練で練度をかなり上げているのだ。
散発的に続く獣人との遭遇戦は、さして被害もなく順調であった。
「族長、どうしました?」
「さすがに少なすぎると思わんか? ドワーフ陸軍は半壊したと聞いたが、獣人兵はどこに居る?」
ゴヤが足を止め、部下に話しかける。
兵士ではない獣人が避難しているとはいえ、この街は百五十万人の都市。住民全てがこつ然と消え去ったような空虚な街並みに、ゴヤは違和感を覚えているのだ。
『斥候部隊、異常はないか?』
『異常なしです』
『スクー・グスロー、デーモンや獣人の気配は?』
『なーんにもー』
『ニーナ』
『さすがにおかしいわ』
『マイア』
『区長は庁舎にいると思うんだけど……』
『全軍止まれ。陣形を維持しつつ、周囲の状況把握に努めよ』
散開した全員に聞こえるよう、念話を使うゴヤ。
空爆も一段落ついたようで、あたりを静寂が支配する。
ゴブリン軍、スクー・グスロー、マイアたちは緊張の面持ちで周囲を探る。
『わーっ! 大物デーモン来たよー!』
スクー・グスローの念話が聞こえてくると、ゴヤの前方で大きな土煙が舞い上がった。前方に展開していたスクー・グスローの一部と獣人の家屋数軒が、何かの力で叩き潰されたのだ。
『全軍突撃っ!』
『待って待って、こいつヤバいやつー! 来ちゃダメ!』
ゴヤが指示を出すと、スクー・グスローが危険を知らせる。
『ヤバいやつって何だ?』
『砂漠にいたデーモンだよー!』
『砂漠? とりあえず全員止まれ! スクー・グスロー大丈夫か?』
『いーやー! 念話攻撃が効かないいい!』
慌てふためくスクー・グスローの念話。
『簡単にいかないとは思っていたが、デーモン憑きの獣人ではなく、デーモン自身が出てくるとは……』
全軍に聞こえてしまった念話は、ゴヤのもの。彼はまだ念話に慣れていないので、思わず呟いてしまったのだろう。
そんな呟きを聞いてしまい、ゴブリン軍やマイアたちが不安になる。
『スクー・グスロー、そのまま動くな』
『わっ! ソー君ひさしぶりー!』
ゴブリン軍全員に聞こえたのは、ソータの念話。
ゴヤたちは、その念話が何処から聞こえてきたのかと辺りを見回す。
『空よ! 空挺から落ちてくる!』
マイアの念話でゴヤたちが空を見上げると、ソータが真っ逆さまに落ちていた。自由落下どころではない、とてつもない速度だ。
そして、地上に到着するや否や、大爆発が起こった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
リアットは、影のようにあやふやで不定型な存在。神威障壁に閉じ込め、竜神オルズに預けたはずなのに、なぜここに居る。
しかし、スクー・グスローに攻撃したのは奴で間違いない。
障壁で身を包み、浮遊魔法で地上に向けて加速。スクー・グスローは全員まとめて障壁の中に避難させ、念話で警告した。
リアットは実体を冥界に置いたまま現世に現れている。ゴーグルのおかげで丸分かりだ。神威障壁に閉じ込めても逃げ出すことができるのなら、冥界にいる本体に攻撃をしなければならない。そうでなければ、こいつを滅ぼすことができないだろう。
リアットが俺に気付いたようだが遅い。視界を奪うため、周囲に爆裂火球をばら撒くように放ち、神威障壁にリアットの影を閉じ込める。同時に探知魔法で座標を設定。時空魔法でゲートを開き、神威障壁で身を守りつつ冥界に突入した。
「貴様――」
「喋ってる暇はねえぞ!」
神威を使った衝撃波をぶち込んで吹っ飛ばすと、リアットは冥界の家屋に叩きつけられて崩れ落ちた。
ここは相も変わらず陰気な世界で気が滅入る。
『神威魔法って、属性魔法みたいに使えるんだよね?』
『はい。いつでもどうぞ』
『さんきゅ』
神威を使ったからなのか、リアットは起き上がれない。
その隙を逃さず、神威の火魔法を使った。
「……」
しかしそこにリアットの姿はない。素早さは前回と変わらずか。
「うおっと」
近付いてきたのは、炎の形をした黒い影。頭部に白い目が二つ、手や足はなく、宙に浮いている。
「ソータ、お前のせいで――っ!?」
「あんた喋れるんだ」
リアットを神威障壁に閉じ込め、神威魔法で獄舎の炎を使った。
「――――っ!?」
供給する神威の量を増やし、一気に火力を上げる。すると声も上げることができず、黒い影は障壁の中で燃え尽きていった。今度こそリアットを滅ぼすことに成功した。
神威障壁の中には、灰すら残っていなかった。
周囲に異常が無いか確認し、探知魔法と時空魔法を使って元の場所に戻るようにゲートを開いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
粉塵が残っていて見通しが悪い。これでゲートを開けたことや、俺の力うんぬんは追及されないだろう。
「ソータさんっ!」
粉塵から出ると、マイアが飛びついてきた。そして耳元で、ちゃんと力を隠してくださいね、と念押しされた。
ものすごく顔が近いマイアに戸惑いつつ、ゲートに集まっているメンツを見渡す。ゴヤたちゴブリン兵や、スクー・グスローたちが、突然現われた俺に驚いている。
だけど肩越しに見えるニーナは、俺を睨んでいる。この子がなんで俺に敵意むき出しなのか、いまだに分からん。暗殺しに来るくらいなので、相当な怒りを買っているはずだが、それが何か見当も付かない。
「ひさしぶりー!」
スクー・グスローたちが、虫のように群がってくる。
「いやいや、ここ敵地のど真ん中だって。ちょっと落ち着こうか」
スクー・グスローたちを摘まんで、ぽいぽい投げていく。ついでに抱きついているマイアを引っ剥がした。
落ち着いたところで、移動開始する。
俺たち冒険者が遊撃隊に変更になったことを伝え、ゴヤたちに同行してもいいかと確認を取る。
ゴヤは大歓迎だと言い、俺は彼らに同行することが決まった。
彼らは、ドリー・ディクソンの首を狙っているそうだ。そんなの聞いてないけど、今回の作戦で元々決まっていたことらしい。俺たち冒険者に入ってくる情報の少なさに不満を感じつつ、歩みを進める。
本当ならここにドワーフ兵が雪崩れ込んでいるはずなのに、と思うと少々不安になる。攻撃部隊は正面の城壁を突破できず、デーモン化して全滅。多大な犠牲者を出している。
ゴブリン軍が生き残っているのは、スクー・グスローのおかげだろう。
「さっきはありがとー! ちょっと疲れちゃったー!」
「どういたしまして。念話攻撃のやりすぎ?」
「そうそう。ちょっと休憩!」
またしても胸ポケットに収まったスクー・グスロー、いや、グローエットか。他の個体は、ゴブリンの頭や肩で休んでいる。
「ソータ、敵が出てきたぞ」
「こいつら貫通力の高い武器を使ってくる。いけるか?」
「当たり前だ」
大通りの先、崩れた庁舎の方から、以前見た殺戮衝動を持つ六本脚が出てきた。誰も乗っていないので、自動操縦なんだろうけど、これってドワーフの技術だよな。
グレイスやロストのように、こちらを裏切って技術供与をしている人物がいるはずだが……。
『ゴブリン軍、盾を構え! スクー・グスローはそのまま待機! 斥候部隊は隙があれば攻撃。魔法使いは後方より攻撃と支援、マイアとニーナはわしの側に来い!』
「あれ? ゴヤの言葉」
「人間の言葉を練習した」
ニヤリとするゴヤ。
他のゴブリン兵も言葉が解ってるので、かなり勉強したっぽい。
そんな事より、六本脚だ。
『障壁!』
大通りを埋め尽くす六本脚。先頭にいる奴らが魔導砲を発射したと同時に、盾を構えたゴブリン軍が板状の障壁を張った。
彼らを以前見たとき、素人ながらにものすごく練度が高いと感じたけれど、更に洗練された動きになっている。一糸乱れぬ、とはこういう事なんだろう。
ゴブリンたちは盾を斜めに構えているので、魔力のエネルギー弾を空に跳ね返していく。その間に接近している六本脚に、側面からの攻撃が始まった。
おそらく斥候部隊。
投擲武器で先頭の六本脚を転ばし、後続が玉突き事故を起こす。
次はゴブリンの魔法使いだ。
俺の背後から飛んでいく尖った石は、六本脚の装甲を撃ち抜いて穴だらけにしていく。
「ゴヤ……?」
「ああ、あれはちょっと厳しいな」
順調だと思いきや、大通りの先に殺戮衝動を持つ八本脚が姿を現した。




