083 攻勢に転ずる
リアムは、シチューメイカーの息子だった。
ファーギは帝都ラビントンを出る前、シチューメイカーから息子を頼むとお願いをされていたそうだ。リアム小隊と、そのメンバー、つまり俺たち冒険者は、シチューメイカーが意図して最後尾に配置したという。
思えばこの小隊の冒険者は精鋭揃いだ。そんな冒険者を集めた理由は、シチューメイカーの息子を死なせないため。
今は十本脚の後部座席で、喧嘩していた二人を介抱している最中だ。
「落ち着いたか?」
「……ああ」
いつにも増して不機嫌そうなファーギ。顔がボコボコに腫れているので、そう見えるだけかもしれない。
リアムは気を失ってぶっ倒れているので、水筒の水を掛けておく。
「ファーギも飲んどけ」
「ワシはいい」
「何がいいのか知らんけど、治しておかないと戦闘に影響がでる。さっさと飲めクソボケ」
「……」
ようやく水筒を受け取って飲み始めた。
「あれ? 寝てたっすか?」
「ワシの勝ちだクソボケ」
「やめろっ!」
リアムが目を覚ました途端、俺の口癖を真似て喧嘩を売るファーギ。また殴り合いになる前に止めておく。
ファーギってたまに子供っぽいんだよな、俺よりずっと年上なのに。
「現状を聞いてくるっす」
ファーギを押し止めていると、リアムは逃げるように操縦席に入っていった。
前線の状況は、はっきり分からない。唯一の情報源であるリアムがあの調子だからだ。
「ファーギ、みんな作業中だから、手伝いにいくぞ」
「……分かったよ」
土砂降りはまだ止んでいない。雨に打たれながら物資を運んでいると、エルフ軍の将校っぽい人物に声をかけられた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
リアムたちドワーフ兵三十人と冒険者五十人。俺たちの小隊八十人が、エルフの巨大空艇の格納庫に立っている。
十本脚の無骨な感じと対照的な内装だ。金属の内壁に木製の装飾が施され、とても豪華に仕上げられている。艦載機や物資が積み込まれていなければ、お屋敷のエントランスホールだと言っても通用しそうだ。
キョロキョロしていると、一人のエルフが出て来た。彼は新たな編成を伝えると言って直立不動となった。
すると奥からエレノアが出てきた。すかさず敬礼をするドワーフ兵。冒険者たちは、……エレノアに見とれている。戦闘用の装備をしているのだが、その美貌まで隠しようがない。
「楽にして」
そう言ったエレノアは現状を伝え始めた。
前線のドワーフ兵、一万六千人がデーモン化。同士討ちを始めて半壊。生き残ったデーモン憑きドワーフ兵が、三カ所の補給地に向かっているという。
その一つがここだ。
それを抑えるために、三カ所の兵站線は全て後退。この兵站線は、シチューメイカーたちが殿を務めたらしい。ただ、デーモン憑きドワーフ兵が到着する前に、獣人と交戦。その後、エルフ軍が知らない兵器で大爆発が起きたそうだ。
「加圧魔石砲は、ワシらが作ったやつだ」「俺も手伝った」「俺もだ――」
ファーギを筆頭に、冒険者たち数名が申し訳なさそうに名乗り出た。
彼らはドワーフ軍に協力して、新型兵器を作っていたらしい。さっきの大爆発は、加圧魔石砲によるもので、シチューメイカーたちはおそらく全員死亡したという。
「それは今関係ないっす」
表情が抜け落ちたリアム。彼はファーギたちの言葉を止める。
「話を続けてもいいか?」
「はっ!」
エレノアが逸れた話を戻す。
この草原と同じような補給地が、他に二カ所。そこには、エルフの里の生き残りたちが巨大空艇で派遣されている。前線のドワーフ兵が壊滅したのなら、ベナマオ大森林に詳しい人材が率いればいい、ということらしい。
小隊のみんながめちゃくちゃ驚いている。そりゃそうだ。森に詳しいといっても、エルフがドワーフ軍を率いるのだから。
だけど俺的には納得出来る話でもある。
ベナマオ大森林に詳しいドワーフ軍の人材は前線にいたはずで、彼らは既にデーモン化しているのだから。
「はい!」
「なんだい、ソータ」
「撤退しないんですか?」
「するわけがない」
「……了解です」
何かで読んだことがある程度だけど、自軍が三十パーセント損耗すると、全滅判定になるとか。今回はそれどころではない。前線のドワーフ兵、約一万六千人がデーモン化したのなら、こちらの地上兵力を半分近く失い、その人数がそのまま敵となっているのだから。
八本脚は前線に集中していたので、攻撃のメインがいない。兵站部隊の戦力でどうにかしろって言われて出来るものなのか。
そんなことを考えていると、追加で説明があった。
この草原に向かっているデーモン憑きドワーフ兵は、およそ二千五百強。
友軍の兵站部隊六千と、エルフの増援五千、あわせて一万一千で、デーモン憑きドワーフ兵を叩くそうだ。
デーモンを約四倍の兵で殲滅し、ベナマオ大森林からドワーフの国へ侵攻させない為らしい。
エレノアは続ける。
「何も持ってきてないわけじゃないぞ? それに、デーモン憑きドワーフ兵の集団と、獣人自治区の内部、二カ所に空爆を開始した」
今ごろになって街中に爆撃? 初めからそうしなかったのは、デーモン化していない獣人たちに配慮するという、人道的なルールがあるということだ。ドワーフ兵がデーモン化したことで、方針を変更したのだろう。目には目を歯には歯をってことか。
一同不安な顔になっていると、格納庫の奥から八本脚と六本脚がゾロゾロ出てきた。巨大空艇が二隻着陸しているので、エルフ軍五千人もどんどん降りてきていた。
エルフは三万人動員していると聞いているので、半数を陸に回したこととなる。
「ドワーフとは長年の交易があるんだ。軍事同盟も結んでいたからな」
ドヤ顔のエレノア。エルフ軍操縦の多脚ゴーレムが外に出ていく。
「空軍も前線の支援を行なう。この草原のドワーフ兵に全て連絡が行っているが、諸君には直接伝えたいと思ってね。この兵站師団はあたしが率いる。物資を降ろし終わったら反撃開始だ。以上、解散!!」
リアム小隊の面々は、微妙な表情を浮かべながら降りていった。やはり、エルフの軍が指揮を執ることに対しての抵抗があるのだろう。しかし、エレノアがこの小隊に直接話を持ちかけたのには、それなりの理由がある。それは、リアムの父、シチューメイカーが亡くなったことを、直接伝えるためだった。
「……ソータ、ちょっと残ってくれ」
「はい」
エレノアはやっぱりというか、心配で仕方がないのだろう。俺を引き止めて、ミッシーの行方を聞いてきた。正直に知らないと答えたが、納得いかないらしい。しばらく押し問答を続けた後、ようやく解放された。
ほんと、あいつどこ行ったんだろうな……。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
リアム小隊は十本脚の護衛の任を解かれ、前線に再配置された。俺たちはエレノアが乗る八本脚を背にして待機していた。
巨大空艇は空から援護する予定だが、あまり期待できないらしい。雲が低く、かつ豪雨もあいまって、高高度からの攻撃が難しいそうだ。昼過ぎだというのに、ベナマオ大森林は薄暗く、見通しが悪い。
草原と森の境目から続く切り株だらけの道。その先からデーモン憑きドワーフ兵がこちらに向かっていると、エルフ空軍が確認している。
その道へ突撃するような真似はしない。道の出口を包み込むように兵が配置され、草原に出てきたところを囲んで攻撃するのだ。
「全員構え!!」
『拡声魔法を感知しました。解析します……改善が完了。音波魔法として使用可能です。使用――』
『使用しないでいいからね?』
雨煙る草原に、エレノアの声が拡声魔法で響く。
最前列では、自動操縦になった六本脚が待機している。兵站部隊の六本脚全機が集まっているので、なかなか壮観な眺めだ。
そこから距離を開けて八本脚。その隙間を埋めるように、ドワーフ軍エルフ軍、両軍の歩兵が遠距離武器を構えている。ドワーフ軍は魔導銃、エルフ軍は弓、俺は手ぶら。なので、同じ小隊ではない兵からジロジロ見られている。まあ気にしない。
その後に、十本脚が横陣で並んでいる。
「っ……!? 攻撃開始!!」
デーモン憑きドワーフ兵が現われた。エレノアの顔が引きつっているのは、デーモン憑きドワーフ兵がワニ顔になっているからだろう。エルフの里が滅ぼされたときの記憶が蘇ったのかもしれない。
自動制御の六本脚から魔導銃が連射され、デーモン憑きドワーフ兵がグズグズの肉塊に変っていく。そこから起き上がってくるのは、ドワーフの形をした黒い粘体。それもまとめて六本脚が滅ぼしていく。
六本脚めちゃくちゃ優秀だな……。憑依したデーモンが抜け出ても、ドワーフ兵の死体は残る。その死体が積み重なるように誘導して倒しているのだ。
おかげで死体の壁が出来て、デーモンたちの行進が遅れている。性能に個体差があるように感じるのは気のせいかな?
その壁を乗り越えてくる者は、火球を放つ余裕すら与えられず、片っ端から六本脚によって滅せられていた。
「あのデーモン、また違うタイプだな」「なんだあの顔は?」「元は同胞だけど、早めに楽にしてあげよう」
ドワーフたちがヒソヒソと話し出す。彼らはワニ顔のデーモンを見たことがないみたいだ。
俺がこれまで遭遇したデーモンは五種類。
リアットのように、個で強力な力を持つデーモン。
デーモンと獣人が一体化した、トライアンフの連中。
昨晩嫌がらせをしてきたデーモン。こいつらは少し賢そうだ。
憑依が不完全で、ワニ顔に変化するデーモン。いまいち頭がよくない奴ら。
そして虫型デーモン。
どうしてこんなに違ってくるのか、まだはっきりしない。
しかし、予想は付く。
『召喚魔法陣を解析して、何でも呼び出せるようになったよね?』
『はい』
『解析する前の魔法陣って、デーモンを憑依させるとき不完全になったりする?』
『そうです』
『やっぱりそうか』
『召喚魔法は、術者の技量で結果が左右されます。技量が高ければ、完全にでも不完全にでも、大物でも小物でも、様々な形で憑依させることが出来ます。これまでのデーモンを見ている限りでの推測ですが、小物のデーモンは意思に関係なく憑依させられているようです』
ふむー。そいつらが、虫型デーモンってことか。
ワニ顔は、不完全に憑依したもの。
ちょっと賢い奴らは、意図的にやっているのだろう。
完全版がトライアンフの奴ら。
リアットはデーモン本体って事になる。アリスとは比べ物にならないくらい強かったし。
とりあえず、獣人の中に居る召喚師が、かなり優秀だと分かった。
「両翼の森から獣人が侵入! 背後に回り込まれました!」
エルフの将校が、近くの八本脚から顔を出して大声を出した。
「よしっ、予想通り!! 作戦開始!!」
シチューメイカーは、獣人に襲撃されていた。この事実は、他の兵站線でも同じだったらしい。撤退してきた兵站部隊の最後尾は、獣人に挟撃される場面を目撃していた。
その報を聞いたエレノアは、デーモン憑きドワーフ兵と獣人は、連携して動いているのではと考えた。
獣人が姿を見せなかった場合、背後から攻撃してくる可能性がある。そう予測したのだ。それは的中し、獣人たちはまんまと罠に掛かった。
森から出てくる獣人たちは、隙間なく並べられた十本脚の壁伝いに移動している。
「獣人ども、ここに来たきゃ、ワニ顔と一緒に来なきゃ無理だよ。八本脚、撃て!!」
八本脚に搭載されているはずの大型魔導砲は換装され、連射出来る魔導砲に変更されている。その前には壁としておかれた十本脚。
それをまたぐような形で、魔導砲が発射されていく。
「ソータ、上がってこい」
「はい」
俺は、エルフの里と帝都ラビントン、この二カ所で獣人と戦った。それでエレノアから指示が出ているのだ。獣人を率いているリーダー格を捜し出して殺せと。
獣人たちは、八本脚の連射を、障壁や盾で弾こうとして失敗している。魔導砲はそんなもん障子紙のように突き破って、獣人たちを仕留めていた。
目を凝らして探してみると、一人だけ妙な獣人がいた。というかあれ獣人か?
雨でボンヤリ見えているのか。こういう時はだいたい汎用人工知能が調整してくれるんだけど。
『はい、あれは水ですが、獣人とデーモンの気配が混じった水です』
『は? ……水に化けてるってこと?』
『表現としてはそれが一番近いです』
『そっか、さんきゅ』
距離は二千メートル。草原と森の境目に、獣人の形をした水が佇んでいる。
攻撃に加わらず、何かを探しているように見える。
一線越えちまった感があるな、ブレナ。
ほかの獣人は草原で反撃しているけど、大雨の中で放つ火球なんて、さしてダメージは無い。盾代わりに置かれた十本脚を突破するには到らなかった。
すると、火球が圧縮されたように小さくなり、十本脚を吹き飛ばすほどの爆発が起きた。ただし三列並んでいるので、壁を突破するには到らない。
『爆裂火球を確認しました。解析します……。解析完了、すぐに使用できます』
『うーん、今はまだかな』
『はーい』
『……』
いまさら爆裂火球といわれても、もっと強力な魔法や魔法陣が山盛りあるしなあ。
「全員上がってこい!」
爆裂火球を連発されると、さすがに突破される。だからエレノアは全軍を八本脚の上に立たせた。
「構えっ!」
ドワーフ軍が魔導銃を構え、エルフ軍は弓を引き絞る。俺は水に変化しているブレナを握り潰すため、念動力を使った。
「撃てっ!!」
エレノアの声で一斉攻撃が始まった。




