082 怒れるシチューメイカー
俺たちの小隊は、リアムが操縦する十本脚を先頭にして進んでいく。ここが最後尾なので、なんで前方が沈黙したのか伝わってこない。獣人自治区にどでかい城壁があるのは知っているけど、あそこを突破して攻め込んでいるのだろうか。
「止まるっす」
魔導通信機で連絡があったのだろう。リアムの声で俺たちの小隊、十本脚九機、六本脚九機が止まる。窓から前方を見ると、全ての兵站部隊が止まっていた。
リアムが操縦席から外に出て、十本脚の上に登っていった。双眼鏡を持っていたので、先の方を観察するのだろう。
「おかしな気配がしないか?」「妙な音も聞こえる」「ソータ、何か分からないか?」
「さあ? とりあえず、いつでも動けるようにしとこう」
俺はまだ何も感じていない。だから先輩冒険者たちに、一応の注意喚起をしておく。
ドワーフの冒険者たちは、俺が異世界人だと知っている。おまけにこの小隊でヒト族は俺だけ。もしかしたら彼らと壁ができるかも、なんて思っていたけど、みんな人なつっこくて肩透かしを食らった。ここまでの行軍で、だいぶん打ち解けているのだ。
「一から三番機、偵察に行け。冒険者は物資の護衛を厳とする」
リアムの口調が変わった。表情もキリッとしている。ただ事ではない何かがあったのだろう。
指示された二人乗り六本脚が前に進んでいく。
専用の多脚ゴーレムが作った道は、かなり幅が広い。とはいえ、完全に整地されているわけではなく、木を切って両脇にどかしているだけ。切り株がそのままなので、馬車が通れるような道では無い。
多脚ゴーレムでようやく進める程度なのだ。
偵察に行った六本脚は、しばらく経っても帰ってこなかった。
魔導通信機で確認出来るのに、リアムがわざわざ偵察を出した意味も分からない。
そもそもの話、森の中を行軍する兵站線はものすごく長い。ドワーフ陸軍は三つに分かれているけど、それでも俺たちの前に一万人弱の兵士がいるのだ。
長い兵站線。それなのに偵察に行かせたという事は、……魔導通信機が使えない、あるいは繋がらない状況になってるのだろう。
リアムが操縦席に戻って、ドアを閉めた。俺たちに聞かれないように魔導通信機を使うのだろう。
耳をそばだてるも、周りがうるさい。さすがの地獄耳でも、リアムの声を聞き取ることができなかった。
「取り敢えず待機だな。周りに危ない気配もないし」
「そうしよう」
ファーギに応えて足を伸ばす。俺たち冒険者は、九機の十本脚に分散したので、伸び伸びできるのだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
黒い八本脚、ミートグラインダーから顔を出したニコラ・ニコラス大佐――通称シチューメイカーは、難しい顔で前方を見つめている。
しばらくすると、一機の六本脚が戻ってきた。
「他の六本脚は? 戻ったのはお前一人か?」
「五機全てやられました! 我が軍の兵がデーモン化、意味が分かりません! いまは同士討ちの真っ最中です! あっ、ああああああああ、あれ? 今意識が飛んだぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ。はっ! ここは何処だ? まてまてまてまてまてまて。こここころすころすころすころす」
シチューメイカーの難しい顔がさらに難しくなる。
目の前の兵士が、ワニのような顔に変化したからだ。
シチューメイカーは魔導銃を抜き、兵士の眉間を撃って即死させた。動かなくなったことを確認し、魔導銃の機能を切り替えて火炎を放射。六本脚ごと焼いていく。
魔力を帯びた炎は、死体をあっという間に灰に変えた。
シチューメイカーはすぐに号令をかける。
「十本脚は物資を守りながら後退しろと伝達せよ! 集合地点は昨晩宿営した草原! 護衛部隊、前に出て壁を作れ! 空軍に爆撃要請! この部隊より先は全て敵だと伝えよ!」
ミートグラインダーから魔導通信で連絡が飛ぶ。
十本脚の両脇を守る六本脚が前に出て行くと、操縦している兵達が一斉に降り、少し後方に下がって待機する。
六本脚すでに自動操縦状態で、敵と判断したものに攻撃をするよう設定されている。
両脇に倒れている大きな木を、歩兵たち数人がかりで抱え上げ、六本脚の手前に積み上げ始めた。地球の人が見たら驚く光景だ。二十メートル近い長さの生木を持ち上げるなんて信じられないだろう。
一番前に自動操縦の六本脚が三十。その後ろには、雑に置かれた生木。これは前から来る敵の足を遅らせるための策。その後方でミートグラインダーを先頭にし、十本脚の歩兵が全員降りて魔導銃を構えている。
道幅いっぱいに防御線が出来上がって、更に時間が経過。
この場に残ったのは、連結から切り離された十本脚が五機、ドワーフ兵站部隊の二百五十人、六本脚の六十人と、ミートグラインダーの四人をあわせて、三百十四人となる。
兵站部隊の後退は完了し、この場から見えなくなっていた。
真上に昇った太陽に雲がかかった。空気に混じる匂いは雨のもの。風が強くなり、森がざわめく。急激に悪化していく天候は、時を待たず大雨となった。
「……おい、囲まれてるぞ」
土砂降りだ。兵士の一人が右の森の中を見つめて声をあげた。別の兵士は左の森を見る。大雨のせいで、近づかれるまで気付けなかったようだ。
「獣人か! 全員攻撃開始!」
シチューメイカーの声で、歩兵たちの攻撃が始まった。
自動操縦の六本脚が、森の中に潜む獣人に狙いを定め、魔導銃を放つ。
十本脚の銃座に座ったドワーフ兵が、大口径の魔導銃を放つ。
周囲のドワーフ兵は、様々な魔道具で攻撃を始めた。
しかし、ドワーフの攻撃は木々に阻まれ、さして効果がない。
森の中から、大きな火球が飛んでくる。
ドワーフ兵たちは、障壁を張ったり際どいタイミングで避けたりしているが、火球の数があまりにも多く、徐々に倒されていった。
「昨晩の獣人と違う! 十本脚の中から攻撃するぞ!」
ドワーフ兵が声を上げた。森の中から狙い撃ちにされているので、さすがに不利だと感じたようだ。火球が当たって爆発しても、防御に極振りしている十本脚の装甲は焦げ跡が残る程度。
そのはずだった。
大きな火球が小さくなり、魔力が圧縮された爆裂火球が飛んでくると、十本脚の装甲を破る大爆発を起こした。中に入った兵は全員死亡して、積み荷も焼け焦げていく。
後方の十本脚も次々と撃破され、ドワーフ兵たちが死んでいく。そんな中、一人の兵が気付いた。
「こいつら帝都に潜入してきた奴らだぞ! 気を抜くな!」
そう、この場に来たのは、ブレナの指示で動いているトライアンフのメンバーたち。
ブレナはフィリップが死んだと聞き、何が何でもソータを殺害しようとしているのだ。
ただ、昨晩の嫌がらせ部隊から、兵站部隊にソータがいると聞いて来たものの、最後尾だとは思ってもみなかったようだ。
シチューメイカーが魔導通信機を手に取った。
「リアム」
『はっ! ご用件は何でしょう?』
「草原で合流だと聞いているな? 今はお前の小隊が先頭だが、こんな時のためにファーギとソータをそこに配置した。すぐに空軍が来る、何とか耐えろ」
『えっ? 父さん何を言って――』
「大佐として話している」
『はっ! 了解しました!』
「生き残れ。以上だ」
通信が終了する。
ミートグラインダーの天井から武器がせり上がってきた。
空間圧縮魔法陣を使い、百キログラムの魔石を親指程度まで小さくして撃ち出す加圧魔石砲。攻撃力は高いが、一発あたりのコストが高すぎて開発が中止されたものだ。これにはファーギも開発に関わっている。
「森を狙え」
シチューメイカーはミートグラインダーの兵に指示を出す。
「……近すぎます」
「このままだと全滅だ。後ろが生き残ればいい」
「はっ! 了解しました! 少々お待ちを」
シチューメイカーはミートグラインダーから降りて戦闘に参加。魔道具を使い、爆裂火球の軌道を曲げ始めた。
空に打ち上がって爆発するそれは、雨の中で咲く黒い花。空の爆音は遠く離れた場所にも聞こえていた。
「大佐! 準備完了です!」
「どこでもいい。近くの森を撃て」
「はっ! ニコラ・ニコラス大佐、これまでお世話になりました!」
戦闘中なのに、生き残りのドワーフ兵がシチューメイカーに敬礼を始めた。部下の敬礼に答礼で応えるシチューメイカー。
「天に昇って、酒でも酌み交わそう」
「楽しみです!」
加圧魔石砲が森に着弾すると、TNT1キロトン分の爆発が起こった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
いまだに動かない兵站線に飽き飽きしていると、突然の大雨だ。冒険者のみんなが、やる気を無くしている。ついさっきまで晴れていたのにね。
十本脚の天井から聞こえる雨音は激しくやかましい。耳がいいのも考えものだ。
なんて考えると、ちょっとだけ音量が下がった。
こんな事ができるのは、君だけだ!
『えへっ』
『ありがとね』
「ん?」
前から爆音が聞こえてくる。
「さっき聞こえた音より近くないか?」「そうだな。ちょうど兵站線の先頭あたりか?」「シチューメイカーがいるとこだな」「そこで戦闘してるのか?」
冒険者が騒ぎ出すとリアムの声が聞こえてきた。
「前線で混乱が起きてるっす。兵站部隊は昨日の草原まで移動し、物資を守れと厳命が出たっす」
心なしかリアムに元気がない。
しかし後退か。こりゃ何かあったに違いない。
冒険者たちもヒソヒソと臆測を話している。全部聞こえていけど、あまりよくない推測だ。
大雨の中、俺たちの小隊が先頭になって進んでいく。背後から聞こえてくる音は、雨では無く爆音だ。戦闘が起きているのは間違いない。
「ん? うぉぉおっ!?」
窓から後ろを見ていると、雨雲が光った。
そのあと、衝撃波が通り過ぎて爆音が轟く。
雷ではない。大きな爆発で、黒いキノコ雲が立ち昇っているのだ。
冒険者たちも何事かと、窓から顔を出して眺めている。
何だ今の爆発は……。
「……クソッ!!」
ファーギが十本脚の壁面を殴った。拳から血が出るほど力を入れているので、周りの冒険者もビックリしている。
「おいコラ小僧! 前線の状況をはっきり教えろ!」
続けてファーギが怒鳴った。
しかし、操縦席からは何も返事が無い。
防音というわけでもないので、大声で話せばリアムに聞こえるはずなのに。
「ファーギ」
「なんだよ!!」
「いや、俺に当たるな。何があったのかさっぱり分からんし」
「……すまん」
操縦席のドアをこじ開けようとしていたので、肩を掴んで止めておく。
ファーギが何に苛立っているのか知らないけど、リアムがずっと出てこないって事はない。しばらくすれば出てくるさ。
兵站線の先頭になった俺たちが草原に到着すると、既にエルフの大型空艇が着陸していた。
敵に見つかりにくいよう、隠蔽魔法陣は解除されていない。半透明というか、殆ど透けて見えるので、以前より効果を強めているのだろう。
はじかれた雨が、巨大空艇の形を朧げに見せている。
俺たちが近づいていくと、大きな後部ハッチが開いた。そこから出てきたのは、つなぎを着たエルフ軍人。こっちに向かって手招きをしている。
「……凄いな。いや、別に凄くはないか!」「ドワーフのよりでかいんじゃ? と言うとでも思った?」「大きさだけじゃないけどなー!」
冒険者たちが誰かと微妙に張り合っている。
「大変な状況になりましたね……。補給物資を運んできたので、積み替え作業を始めます」
大変な状況とか、何も聞いてないけど……、前線で何かあったのは確実だ。だけど詳細が分からない。おそらくリアムが知っているはずだが、あいつはまだ外に出てこない。
「すいません、ちょっといいですか?」
「はい、なんでしょう?」
十本脚に積み込みが始まるタイミングで、つなぎを着たエルフに話しかけた。性別不明のきれいな容姿はエルフの特徴なのか。
土砂降りが続いているので、空艇の奥に行って話す。
「この空艇にサラ姫殿下は乗ってます?」
サラ姫殿下のサラのところで、エルフが険しい形相に変わり、腰の剣を抜こうとする。
騒ぎになる前に、俺は慌てて小細工を実行した。
「や、知り合いなもんで。確認してもらっていいですか? ソータ・イタガキって言います!」
現状がまったく分からない。だからサラ姫殿下の名前を出して、あわよくば現状を聞きたいと思ったのだ。
「こんな所に、姫殿下の知り合いがいるかボケ!」
「……」
「さっさと出ていけ。変な顔するな」
「……分かりました」
うーむ。コネ使って情報を聞き出そうとしたけど大失敗。エルフの巨大空艇から追い出されてしまった。そもそもサラ姫殿下が前線に出てくるはずがない。
小隊に戻っていると、声援と大きな物音が聞こえてきた。
声援? 何やってんだ?
「お前が親父を殺したんだ!」
急いで戻ってみると、ファーギの顎に、リアムの右フックがきれいに決まったところだった。




