079 大艦隊
サラ姫殿下たちと、屋敷の使用人ご一行、それに障壁に閉じ込めたままのグレイスをテーベ城に送り届ける。迎えてくれたモルトとメリルが部屋に案内すると言って、グレイス以外を連れていった。
ここに来るまでグレイスの障壁を解除しろと、屋敷の生き残りに何度も言われたが、俺は断固拒否した。グレイスの体調が悪いから、なんて言い訳も通用しなくなり、かなり反感を買ってしまったものの、理由を言うわけにもいかない。
他国の貴族――つまり「グレイスが獣人自治区に通じていた」という事態を収められるのは皇帝だけ。そう考え、謁見を申し出た。緊急だと伝えると、すぐ謁見の間に通された。
皇帝と俺でサシの話し合いは、すぐに終了した。
獣人自治区へ攻め入るため尽力してきた修道騎士団クインテット。その中に裏切り者がいた。しかもグレイスはサンルカル王国、バーンズ公爵家の長女である。
だから、皇帝陛下だとしても「君は悪いことをしました。処刑します」というわけにも行かない。三ヶ国の軍事同盟もあるし。
結果、ロストと同じく、地下で幽閉されることとなった。
屋敷の使用人も取り調べを行なうそうだ。外交問題になって同盟にヒビが入らないよう、慎重に対処すると言われた。
異世界の政治はよく分からないので、プロに任せよう。
謁見が終わって城の廊下を歩いていると、かなり大人数のドワーフ軍が到着していた。
大型の多脚ゴーレムに城内の遺体を積み込んでいる。倒れて割れた石像や、血糊が付いた絵画なども運び出されていた。
ここはもう大丈夫だ。とりあえずファーギと合流しよう。
「おう、大変だったみたいだな」
「そりゃあもう……」
フラワーガーデンを歩いていると、シチューメイカーに声をかけられた。負傷したようで、包帯を巻いた腕に血が滲んでいる。ヒュギエイアの杯で作った水は、行き渡っていないのだろうか?
ちょっと付き合えと言われ、ガゼボのベンチに腰を下ろす。
「大活躍だと聞いたぞ」
「頑張ったんですよ」
「そうか。あまり無理するなよ? それとさっき連絡があったのだが、貴様の連れが帝都を出たそうだ。何か聞いているのか?」
「俺の連れ?」
「エルフのミッシーだ」
「へ? ミッシーが? どこに行ったんですか?」
「東のトンネルを抜けたそうだ。エルフの極秘作戦だと報告が入ってな。ボリスに確認したが、そんなものは無いと言われた。母親が狼狽えていたし、黙って出ていったみたいだな……」
あいつ何を考えているんだ?
ファーギは皇帝の命で地球に行ってきたみたいだけど、ミッシーは誰にも言わずに姿を消している。俺にくらいこっそり言ってくれてもよかったのに。
「その顔は……、貴様も知らないみたいだな」
「そうですね……」
「分かった。そろそろエルフ軍の本隊が到着する。帝都の混乱も収まりつつあるし、休んだらどうだ?」
「はい。心配していただきありがとうございます」
かと言って休むわけにもいかない。
さっき出来るだけ火事を鎮火したけれど、まだ収束したわけではない。風にはまだ煙の匂いが混じっている。散発的に爆音も聞こえるし。
シチューメイカーと別れて、冒険者ギルドに向かって走り始めた。
到着すると、職員から上階へ行くように案内された。街はまだまだ大変だというのに、何やら会議をやっているらしい。部屋に近づくにつれ、言い争う声がだんだん大きくなっていく。職員が会議室のドアを開けると、大乱闘が起こっていた。
「会議じゃないだろこれ。ガキの喧嘩かよ……」
魔法や魔道具を使っていないので、一線は越えていない。
職員はスッと下がり、ドアを閉める。巻き込まれたくないのだろう。その中から、顔の腫れあがったオギルビーが出てくる。
「おう、きたきた、なんとかしてくれソータ!」
「そう言われても……」
ファーギ対冒険者、という構図だ。だからあいつが何かやらかしたというのは分かる。
オギルビーに話を聞くと、Sランク冒険者なのに依頼も受けず今までどこに行っていたのか、ということが原因らしい。
会議中にそれを追及され、頑として口を割らないファーギ。それに苛立った冒険者の一人が、野次を飛ばしてこうなった。
そりゃそうだ。皇帝の勅命で地球に行っていたのだから言えないだろう。
しばらく観戦していると、ファーギがぶっ倒れた。この会議室にいる冒険者は五十名近くいるので、仕方がない。全員と殴り合っていたので、体力が尽きたのだろう。
ファーギに回復魔法だけ使って起こす。治療魔法を使うと腫れあがった顔が治ってしまうので、そのままにしておいた。完全に治すと、第二ラウンドが始まりかねない。
「いつつ……」
「我慢しろ。ほら、他の冒険者たちも殴り飽きたみたいだぞ?」
会議室の冒険者たちは各自席についている。オギルビーが壇上に上がり、会議の続きをするようだ。
ファーギを立たせ、俺たちも席につく。
「帝都内の獣人と虫型デーモンは、あらかた片付いた――」
今現在はドワーフ軍が対応しているそうだ。どうやら演習に出ていた部隊が戻り、一気に形勢逆転となったらしい。それで冒険者に、別の依頼が出たそうだ。
エルフ軍が到着次第、獣人自治区に反転攻勢をかける。Aランク冒険者以上は、任意で参加。
この件で話し合っていたようだ。
そんなのはじめっから分かっていただろう? とも思ったが、少し条件が変わったそうだ。
冒険者はドワーフ軍の下について、指示通りに動け。
依頼書にこの一文があったことで、冒険者たちが反発しているのだ。
傭兵扱いされるとは聞いていたけれど、冒険者は臨機応変に遊撃する予定だったはず。そこが変更されているということは、それなりの理由があるのだろう。
まあ、臨機応変を言い換えれば、出たとこ勝負だしなあ……。冒険者がバラバラに動いて、同盟軍の作戦に支障が出る可能性も捨てきれない。
依頼を出しているミゼルファート帝国にも一理あるってことだ。
だけど、俺は軍規なんて知らないし、割と自由に動いてきたから、ちょっと不安になる。長年冒険者をやっているドワーフたちが、軍規に縛られて本来の能力を発揮出来るのかと考えると、そうではないのだろう。彼らの反応を見ればそれくらい分かる。
国の考えと冒険者の考え、一長一短だな。
俺はこの世界に来て二十七日目の小童だ。意見を出すこともなく時間が過ぎていく。議論が煮詰まってきたので、オギルビーが結論をまとめ始めた。
「帝都の冒険者ギルド全体で、遊撃に変更するように要望書を出してみよう。しかし変更は無いだろう。俺たちは冒険者だ。依頼を受ける受けないは自由、よく考えてくれ」
そこで解散となった。
すると待っていましたとばかりに、職員が会議室に入ってきた。
どうやらエルフ軍が到着したらしい。
どうやって来たのだろう? たしか三万人も居るはずなので、トンネルを通ってくるには相当な時間がかかるはず。
会議室の冒険者たちは、ファーギを中心にして引き続き話し合っている。今回の依頼を受けるかどうかと。俺は参加すると決めているから傍観だ。
「ソータ、ちょっと付き合え」
「えっ?」
オギルビーは俺を会議室から連れ出して、カウンターまで連れて行く。何事かと思っていると、オギルビーが冒険者証を差し出してきた。
「何ですかこれ?」
「見て分かるだろ? 今持ってるやつを出せ」
Sランクの冒険者証を渡されたのだ。
「早いと思うんですけど」
「何を言ってる……。お前がSランク冒険者にならなきゃ、他の冒険者がやる気を失くしちまう。ソータみたいに活躍してもランクが上がらない、ってなるだろうが」
「そうですか……」
「そうなんだよ。何だそのシケた面は? 報酬が格段に上がるってのに」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
顔に出ていたか……。
オギルビーの、他の冒険者がやる気を失くす、という言葉に引っかかりを覚えたからだ。
――ミッシーはおそらくそれで姿を消した。
Sランク冒険者という看板で見ていたが、ミッシーが危ない場面は何度かあった。俺が出しゃばって何とかしてきたけど、それがいけなかったのかもしれない。
だからと言って、今から追いかけて俺が何か出来る話でもない。
「待つしかないか……」
併設されている酒場に移動し、フルーツジュースを注文する。
気持ちを切り替えようと思ったけれど、なかなか上手くいかない。思えば初めて冥界に行ったときから、ミッシーとほとんど一緒にいたもんな。
あまり美味しくないジュースを飲んでいると、冒険者が駆け込んできた。
「エルフ軍が到着したぞ!!」
えらく興奮しているな。外に出て見てみろ、と促している。
俺も釣られて外に出てみると、周囲の冒険者は全て空を見上げていた。
「すげえな……」
空を進んでくる半透明な戦艦、いや空母だ。はっきり見えないのは、たぶん何かの魔法陣だろう。
『隠蔽魔法陣と、防御魔法陣が使われています』
『さんきゅ』
全長四百メートル、全幅六十メートルってところかな。
それが十隻。はるか上空にいるので、サイズが間違っているかもしれない。それでも大迫力の船団だ。
エルフ軍三万だと聞いているので、一隻平均で三千人も乗っていることになる。
それがどんどん大きくなってくる。帝都に降りてきているのだ。
しばらくすると十隻の巨大空挺は、ドワーフ軍のドックの中に消えていった。




