078 ミッシー
謁見の間で頭を垂る俺たち。
ここには、ファーギ、モルト、メリルが居合わせる。ファーギたちが連行したドワーフはロストという名で、いまは地下牢で拘束中だそうだ。
今回の火ネズミの騒動は、モルトの双子の兄であるロストが一枚噛んでいて、獣人たちと協力していたらしい。それでわざわざ地球にまで捕まえに行ったのだ。
皇帝はというと、涼しい顔で玉座に鎮座している。さっきまで戦闘していた場所には、元からいなかったみたいだ。城に攻め入られたばかりなので、皇帝の周囲に金色の鎧を纏った近衛兵たちが大挙して警護に当たっている。
「メリル、ソータ、今回の働き、感謝する。モルト、ファーギ、お前たちも見事な働きだった」
おお? 皇帝が労いの言葉を述べるとは驚きだ。ファーギはSランク冒険者だけど一市民だし、俺なんてこの世界のニンゲンですら無いというのに。
「帝都がこのような形で襲撃されたのは、ロストの責任が大きい事は承知している。罪状が山積みで、処分が確定するまで少々時間を要する。その前にだ、現在も続く獣人たちの攻撃を何とかしてくれるか? これは皇帝としての命令でもある」
ファーギ、モルト、メリルが迅速に応諾する。俺は返事に一呼吸遅れてしまった。
「……ソータ、お前に頼み事がある」
「何でしょうか」
「先ほど報告を受けたのだが、バーンズ邸も襲撃されたそうだな。ソータ、サラ姫をここに護送してくれ。城に軍を呼び戻しているから、恐らくこちらの方が安全だ」
「承知致しました」
「よろしく頼む。……皆の者、帝都は未だ獣人の卑劣な手段で蹂躙されている。早急に事態を収拾するのだ!」
皇帝の号令で解散となった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
モルトとメリルは城に残った。彼女たちは密蜂として、城の警備に当たるそうだ。ファーギは冒険者ギルドで状況を確認した後、テイマーズの様子を見に行くという。
道中で聞いた話によると、皇帝の影武者が地下へ向かったのは、魔石の多い場所なら魔道具の性能が向上するからだそうだ。
ドワーフも魔法を行使できるが、ほとんどが魔道具を重視する。その為の策だったらしい。
しかしそれでも、獣人たちの襲撃は苛烈を極め、皇帝の影武者まで討ち取られてしまった。
城に侵入した獣人は五十人程度。これが意味するのは、デーモン憑きの獣人が一騎当千の強さを誇るということだ。
そいつらが帝都各所でテロを引き起こせば、このような事態に陥るのも納得がいく。
俺の視界に映る帝都は、大火に包まれていた。
建物の大半が石造りだが、屋内には木材が使用されている。倒壊した家屋に獣人が放火したのだろう。
水球を打ち上げて可能な限り消火に努める。
見渡す限りで火事が収まったのを確認し、バーンズ邸へ急ぐ。
道端には無数の遺体が横たわっていた。
惨憺たる光景だ。だが周囲に獣人の気配はない。
屋敷に到着し、三階のパニックルームをノックする。
「俺だ、開けてくれ」
しばらくするとボリスが顔を覗かせ、中へ案内してくれた。
サラ姫殿下が再び脚に抱きついてくる。
グレイスは目覚めており、防護の中で大人しくしていた。
「みんな無事ですか?」
「ああ、問題ない。ここは気配や音が漏れることもないから、発見されていない。ソータはどうじゃ?」
ここを出てからの出来事を一通り説明し、皇帝が城で庇護すると申し出があったと伝える。すると部屋の人達全員一致で、テーベ城へ向かうことに決まった。
エレノアが近づいてくる。
「ミッシーは見かけなかったか?」
「いいえ」
「そうか……」
エレノアが著しく憔悴している。あいつはSランク冒険者だし、そう易々と敗れはしないだろう。しかしどこに行ったんだろう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
東の城門を抜け、かつては森だった街道を馬型ゴーレムが疾走していた。それに跨がっているのはミッシーだ。
ソータとは合流せず、彼女は単独で東の砦に辿り着いた。スクー・グスローたちがデーモン憑きの獣人を一掃しているが、砦のドワーフ軍は全滅している。
現在は帝都ラビントンから到着したドワーフ軍が、遺体の回収などを行なっていた。
「どこへ行く?」
「トンネルの先に用事がある」
ドワーフ兵の問いに、ミッシーは馬上からそっけなく応じる。
「ダメだ。この先にはまだデーモン憑きの獣人が潜んでいるかもしれ――」
「エルフ軍の指示で行動している。通行を許可してくれないか?」
「……確認を取る」
ドワーフ兵が魔導通信機を取り出すと、ミッシーがそれを制止するように言葉を続ける。
「極秘任務を帯びている。黙って通してくれ」
「分かった。……命を大切にな。念のため名前を教えてくれ」
「気遣い感謝する。名はミッシー・デシルバ・エリオット」
「……通行を許可する」
冒険者証を提示するミッシーの装いはこれまでと一変し、革鎧の上にミスリル製の防具が装着されている。全てに魔法陣が刻まれており、何らかの魔法的な効果が付与されているようだ。
背中には祓魔弓ルーグを背負い、レイピアとマインゴーシュを携行。ファーギ特製のポーチが腰に下げられている。
完全武装のミッシーを見送りながら、ドワーフ兵が呟く。
「あんな目立つ格好で極秘任務……?」
すると近くで作業中のドワーフ兵が話しかけてきた。
「どうした、トンネルの先はまだ未確認だぞ? 通すのは危険じゃないか?」
「どうだろうな? 極秘任務らしいが念のため確認してみよう……。気が進まないけどな」
「バーンズ公爵邸か……、あそこでエルフの第二王女が匿われてるんだったな。軍の上層部に掛け合って、あ、ニコラス大佐から連絡してもらえ」
「シチューメイカーか!」
話がまとまるときには、既にミッシーの姿はトンネルの奥に消えていた。
帝都ラビントンの東側にはオークの里が存在する。ドワーフとの交易に従事していた彼らの里も山岳地帯にあり、南側はベナマオ大森林に接している。故に、食料の調達などは森での狩猟が中心であった。
「壊滅か……」
トンネルを抜けたミッシーは、破壊し尽くされたオークの里を目の当たりにした。ドワーフ特製の石造家屋は崩れ、至る所から煙が立ち昇っている。帝都ラビントンへ侵攻する前に、獣人たちが襲撃したのだろう。
彼女はオークの生存者を探そうとして思いとどまる。馬型ゴーレムで歩を進めると、辺りは白骨の山と化していた。ミッシーの脳裏に蘇ったのは壊滅したエルフ軍。生き残りは皆無だった。
「ソータの足を引っ張ってばかりで、……私は余りにも脆弱すぎる。ベナマオ大森林にいるエルフの戦士、スリオン・カトミエルの下で修行をしようと決意したのだが、獣人どもはもう居ないようだ」
気配を探りながら進軍していくと、馬型ゴーレムを停止させる。ミッシーが感知したのは、オークの微弱な気配。瓦礫の下から微かに聞こえる泣き声。もう少し風が強ければ気付かぬ程度のもの。ミッシーはそれに気付いて、馬型ゴーレムから降り立った。
けれども家屋が倒壊した瓦礫は、容易には動かせない。一つ一つ石塊をどかし、泣き声の発信源を探し求める。太陽が中天から少し移動した頃、ミッシーはようやく気配の主を発見することが出来た。
「まさか――――!?」
ミッシーの声は、爆発と共に掻き消される。
瓦礫を組み上げた小部屋に、オークの赤子と爆裂魔法陣が刻まれた魔石が置かれていたのだ。
障壁を展開する暇も無く吹き飛ばされたミッシーは、身体中に突き刺さった小石で血まみれ。そして宙を舞い、無残に地面に叩きつけられた。
ぴくりとも動かなくなったミッシー。
しばらくすると、周囲の瓦礫に身を潜めていた獣人たちが姿を顕した。
「おいおい、こりゃギルマスじゃね?」
「バカだなこいつ。あっさり罠に嵌まりやがって」
「フィリップとは連絡取れてないのか?」
「何にせよ、こいつはいい土産になる……。長い時間待たされたし、頂いちまうか?」
狼、犬、狐、熊、四人の獣人は下卑た笑みを浮かべ、ミッシーを裸にしようと手を伸ばす。
狼獣人がミッシーの鎧に指先を触れると、突如十本の指が何かの力で切断された。
「ぐああぁぁっ――――」
仰け反って絶叫を上げた狼獣人の声が途絶えると、首に一条の紅が走る。そして、身体から首が離れて、冗談のように転がり落ちた。
あまりの出来事に、残りの獣人たちが一斉に飛び退く。
「ごほっ……」
この騒動で、ミッシーが意識を取り戻したようだ。
上体を起こすと、首から血を噴出する狼獣人が視界に入る。全身の激痛を堪えつつ周囲の気配を探ると、獣人に憑依したデーモンを察知。速やかに起き上がり、レイピアとマインゴーシュを構えた。
「カミソリアーマーが役立ったようだ……」
ミッシーが装備している胸当てだけの防具は、ミスリル製の魔道具。指先が触れたものを自動で斬り裂く切断魔法陣が刻まれているのだ。装着者の魔力を消費し、ウインドカッターを放出するという代物である。ただし、周囲に味方が居ると事故の危険が極めて高いものでもある。
身体中から血を流し、よろめきながら立つミッシーは弱々しく見えた。獣人自治区に居た頃の毅然たる風格は微塵も感じられない。
「貴様ら見たことがあるぞ。トライアンフの幹部だな……、オークの里で何をした?」
ミッシーの声に、獣人の三人は動きを止め、一拍置いて大笑いしだした。
「アロルド! フレデリク! イェルド! 貴様らトライアンフの幹部三人で、何をしたと聞いている!!」
今度は名指しで呼びかけるミッシー。元ギルマスでも、さすがに名前まで記憶されているとは思っていなかったのか、獣人三人の笑い顔がひきつる。
ミッシーは負傷の余波が残っているのか、肩で息を弾ませている。
それを見た獣人たちは、ここぞとばかりに攻撃を仕掛けた。
犬獣人アロルドは、大剣で斬りかかり。
狐獣人フレデリクは、短剣で突きを放つ。
熊獣人イェルドは、鉤爪で殴打してきた。
三方向からの攻撃で、為す術もなく獣人の餌食に。
そう思われた瞬間、ミッシーの姿が視界から消失する。
戸惑う獣人三人は、同士討ちを回避するため急ブレーキをかけた。
すると、犬獣人の首がいとも簡単に吹き飛ばされる。
「くそっ、何かスキルを使いやがったぞっ!」
「聞いてねえぞ、こんなスキル!!」
ミッシーのスキル〝同化〟は、周囲の景色に溶け込んで敵の視界を攪乱する。気配や足音を遮断すれば、気付かれずに行動できるのだ。
狐獣人と熊獣人は闇雲に攻撃を開始した。仕掛け爆弾で大ダメージを与えたのに、既に仲間二人が死亡したのだから。
しかし、どこに潜んでいるのか分からないミッシーの動きを捉える事は叶わず、二人の獣人はあっさりと首を刎ねられた。
スキルを解除して姿を露わにしたミッシーは膝をつき、荒い呼吸を整える。獣人が完全に死亡したのを確認すると、腰のポーチから回復薬と治療薬を取り出し、一気に喉に流し込んだ。
「やはりこいつらは、里に来たデーモンとは異なる……。獣人と完全に同化しているようだ」
エルフの里で獣人を倒しても、憑依したデーモンが分離して立ち上がってきた。しかし今回の獣人は、混じり合ったデーモンの気配ごと消滅した。
武器を所持している事を忘れたかのように突進してくるデーモンとは対照的だ。獣人の意識がはっきりと残存し、動きが洗練されているのだ。
その事態を認識し、ミッシーは危機感を募らせる。
「だが、こいつらと互角に渡り合えないのなら、私はソータの隣に立つ資格は無い……。スリオン・カトミエル、あなたは一体、ベナマオ大森林のどこに潜んでいるのだ」
そのままオークの赤子の元――爆心地へ赴き、ミッシーは黙祷を捧げる。
しばらくするとミッシーは馬型ゴーレムを呼び寄せ、ベナマオ大森林へ向かっていった。




