076 火ネズミ飼育所襲撃
跳ね橋の上がったテーベ城の中から、争う気配を察知した。周囲にある高級住宅からは人の気配がせず、道に人影もない。みなすでに避難したのだろう。
街の混乱により、テーベ城は孤立した状態となった。
この隙に乗じて、テーベ城を襲撃。皇帝を殺害する。
フィリップの狙いが何となく見えてきた。
これが成功すれば、ドワーフ、エルフ、修道騎士団クインテット、ゴブリン、四つの勢力の足並みが乱れるだろう。もっと言えば、獣人自治区への攻撃そのものが中止になるかもしれない。
フィリップとは少しの間だけ一緒にいたが、人の良さそうな熊獣人だったのに……。手の込んだことをしやがって。
周囲に気配がないことを確かめ、風魔法で姿を隠す。俺は浮遊魔法を用いて、城内へ忍び込んだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「大丈夫か?」
フラワーガーデンで倒れていたドワーフのメイドを抱き起こす。意識はなく、背中に大きな切創を負い、かなりの出血があった。
だがメイド服の下に鎖かたびらを着込んでいるおかげで、致命傷には至っていない。
回復魔法と治療魔法を使うと、傷口が塞がっていく。
お城に勤めるメイドも大変だな……。こんな武装を普段からしているとは。
というか、このメイド見覚えがある。
「……あなたは」
「この前ぶりだな」
先日、モルトという女執事と一緒についてきたメイドの一人だ。
もう一人の方は、近くで首のない死体となって横たわっていた。花壇の中に頭が転がっている。
「助けていただき、ありがとうございます。私はメリル。…………相棒が命を落としてしまいました」
「ソータだ。ここで何があったのか教えてくれ」
メリルの話は、あらかた予想通りだった。フィリップたち獣人の一団が城に乱入。その集団には獣人だけでなく、ドワーフもいたそうだ。
ドワーフの方は密蜂という秘密部隊の元部隊長、ロスト・ローが率いる反逆者の集団。ロストは先日見かけた女執事、モルトの双子の兄だ。
妹のモルトは、地球で火ネズミを繁殖させている兄のロスト・ローをファーギと共に追跡中だと聞く。
「そうか……、だからファーギがいなくなっていたのか。君の傷の具合はどうだ? 立てるか?」
「はい、おかげさまで大丈夫です」
「ファーギの野郎、黙って行きやがって……」
「あの三人は、幼い頃からの付き合いだと聞いていますので。……隊長とファーギは、旧友の後始末に向かったのでしょう」
「……とりあえず城の方を何とかしよう。俺も同行させてもらえるか?」
「もちろんです。ご助力に感謝いたします」
メリルは息絶えた相棒を見つめながら立ち上がる。一瞬弱気になったように見えたが、視線を城に移した時、瞳は既に決意に満ちていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
城内に入ると、濃密な血の匂いが鼻をつく。あちこちに死体が転がっているためだ。グレイス邸の惨状とは違い、獣人たちの遺体も数多く目に入る。陽動で城の守りが手薄になっているとはいえ、それなりの戦力があったのだろう。烈しい戦闘があったと容易に想像がつく。
「どこに向かっているんだ?」
「もちろん皇帝陛下のもとへ」
城内を駆ける俺たちは、地下へ向かっている。相変わらず入り組んでいるが、階段を何度か降りたので間違いない。
そして大きなドアの前に到着。ドワーフの立哨二人が息絶えていた。
ここに来るまでに多くの遺体を目にした。俺には彼らを蘇生させる力がある、という考えが何度も頭をよぎったが、アスクレピウスの戒めを何とか守り通せた。
「中は広いです。すぐに戦闘に突入すると思われますので、ご注意ください」
「ああ。ここに皇帝陛下がいるのか?」
「はい。もっと奥だと思いますが、……おそらく」
気配を探るまでもなく、扉の奥から剣戟の音が聞こえてくる。かなりの人数が争っているようだ。
メリルが大きな鉄のドアを押し開けると、隙間から炎が噴き出した。誰かが火魔法で攻撃したのだろうが、お互いに障壁を張ってそれを防いだ。
中に入ると城の地下とは思えない、広大な空間が眼下に広がっていた。幅広の階段の下では、三つの勢力による殺し合いが行なわれていた。守るドワーフと、裏切ったドワーフ、それに与する獣人だ。
というかここは何なのだ?
スライムたちがいた人工貯水湖は鍾乳洞だったが、ここは溶岩同穴か?
真ん中にある大きな縦穴から噴き上がる熱風で、空間全体の温度が異常に高い。赤黒いものは、おそらくマグマだろう。
そういえば、この街は巨大なカルデラの中にあったな。その中心に位置するテーベ城の地下にマグマ? ここは火山なのか。マジかよ。
「皇帝陛下はどこだ? あと味方のドワーフが分からん」
「陛下はおそらく、ここより下の魔石の採石場におられます。味方のドワーフは金色の鎧を着用しています」
「あれか。というか採石場?」
「申し訳ありません。……最高機密ですので、他言無用でお願いいたします」
メリルは口を滑らせたようだ。喋ったりはしないが。
縦穴の近くで、魔法陣が多数刻まれたドアを守るドワーフたち。金色の金属鎧と両手剣を装備している。あのドアの先に皇帝がいるのだろう。
「金色の鎧が味方ってことね」
「そうです。それと彼ら密蜂も」
影のように動き回るドワーフがいるので、彼らも味方なのだろう。
「分かった」
「何をなさるおつもりですか?」
「少し静かに」
『サバイバルモードに変更』
『了解しました』
この空間にいる人数はおよそ百名。入り乱れて戦う三つの勢力を全て把握。
敵対勢力を全て神威を三重にした障壁に閉じ込めた。
「これは……」
隣で息を飲むメリル。
あとで何か言われるかもな。
障壁に閉じ込めたドワーフと獣人、全てデーモンの気配があることを確認。念動力で、障壁ごと縦穴の上に移動。全員縦穴の中に落とした。
ただ落とすだけではない。マグマの中に突っ込ませ、障壁を解除する。奴らは声も出せずに焼け死んだことだろう。
ドアの前に行き、話を聞く。
生き残ったドワーフたちは二十名。金色の鎧は近衛兵で、影のように動いていたのは暗殺部隊の密蜂だ。
彼らはこれ以上の敵を奥に進ませないために、ドアを守っていたそうだ。
「皇帝陛下は階下にいるんですね?」
「ああ……しかし……」
メリルの問いに、近衛兵は言葉を濁す。
「はっきり言ってください」
「熊獣人と狩猟豹獣人の侵入を許してしまった……」
フィリップとブライアンだ。
防御魔法陣が幾重にも彫られたドアは、力づくでこじ開けられたような跡が残っている。
「中に居る近衛兵と密蜂は?」
「皇帝陛下は恐らくご無事だ。一緒に入ったのは、近衛兵三十、密蜂二十と――」
「それ以上は結構です」
メリルが俺をチラリと見た。何か言いかけた近衛兵の言葉を遮ったように見える。
「ソータ様、ここから先は我々で対処いたします。お帰りの道は分かりますよね?」
「もちろんだ」
「短い間でしたが、ありがとうございました」
「気をつけてな」
俺に対し、ドワーフたちは皆丁重に頭を下げる。
そして彼らは、ドアの防御魔法陣を解除して中に入って行った。
魔石の採石場か。
あいつら、……俺が大人しく帰ると、本気で思っているのか?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
咲き誇る花――ヤナギランの大群生地では、大地が赤く染まって見える。そんなアラスカの地で、ファーギとモルトは当てもなく彷徨っていた。
この地は地球温暖化の影響で、森林火災が頻発している。そのせいで森が消失し、草原と化した。どこまでも広がる赤いアラスカの大地は、人間の業が生み出したものだ。
「暑いですね……」
「そうか? そういえば、モルトが来たのはだいぶ前だったな」
「百年ほど前だったと記憶していますが、気候が大きく変わっているようです」
彼らがここに来たのは、火ネズミを繁殖させているロスト・ローを捕獲するため。まだ確証はないが、ファーギとモルトは確信していた。
「私にもそのゴーグル貸してください。自分だけ魔力を可視化できるなんて、ずるいです」
いつもは礼儀正しいモルトが、ファーギのゴーグルを引ったくろうとすると、即座に腹パンを食らった。
そのまましれっとアラスカの地平線を見つめるファーギ。彼はゴーグルのつまみを調節しながら何かを見つけた。
「火ネズミがいた。お前、馬型ゴーレム持ってきてるか?」
「ええ、もちろん」
そう言った二人は、魔導カバンから馬型ゴーレムを取り出す。亜空間から出てきた馬型ゴーレムは、久々の外界で嬉しそうに嘶いた。
鞍と鐙は既に取り付けてあり、すぐに二人は跨る。
「急ごう」
「はい!」
嬉しそうな声で応えたモルト。彼女は懐かしむような顔で、ファーギの横顔を見つめていた。
馬型ゴーレムは常歩から速度を上げていく。あっという間に襲歩になり、ヤナギランをまき散らしながら駆けていった。
火ネズミを追いかけて辿り着いた場所は、彼らが初めて目にする不思議な光景だった。その場にソータがいれば、何でこんなところに倉庫が、とでも呟いただろう。
倉庫には大型トラックが並び、作業員たちがフォークリフトで積み荷を運び入れている。そこは民間軍事会社の武装した兵士たちが厳重に守っていた。
「ファーギ、寝ないで大丈夫ですか?」
「ああ、まだ日は沈んでないし平気だ。地球の時間がよく分からないが……」
白夜の季節、中々沈まない太陽はファーギたちの時間感覚を狂わせていた。
彼らは既に二十四時間以上アラスカの地を駆け巡っている。その間、火ネズミを見失うこと数回、なかなか追跡が上手くいかなかった。その苦労が報われたのか、彼らはようやく怪しい場所を見つけたのだ。
二人とも丘の上にある森の中から倉庫を監視し始めた。
「地球は魔力が薄いから、魔道具の魔石に注意しろ。異様に減りが早い」
「えっ? 昔と比べて濃いですよ」
「そうか? ワシはこの前来たばかりで、昔はよくわからん」
「百年前なので、記憶違いかもしれないです。気にしないでください」
「そうか。……しかしこの森はおかしいな」
「そうですねぇ、ベナマオ大森林とは大違いです」
この森に火ネズミは居る。しかし、動物も鳥も、虫さえもこの森にはいない。彼らは、丘の下に見える倉庫に原因があるとみていた。
「ほら、起きて!」
「いてっ!」
モルトがファーギの髭をちぎる。倉庫を監視している間に、ファーギは寝てしまっていたのだ。
「すまない……」
「いいですよ。私も少し眠りましたので」
「ヒトが少なくなったな。鉄の荷車も居なくなった」
「そろそろ行きますか? 何があるのかまったく分かりませんけど」
「ロストが居なくても、あの施設にいる火ネズミは見逃せない。潰すしかないだろう」
ファーギはゴーグルのつまみを調節しながら、倉庫を見つめる。中に火ネズミがいると分かっているのだ。
わずかに薄暗くなった空は、これで二度目。立ち上がったファーギは両手に魔導銃を構え、モルトは両手に魔導剣。二人は顔を見合わせ、丘を駆け下りていった。
倉庫に入れないように設置された金網を斬り裂く魔導剣。二人は素早く中へ侵入し、倉庫の通用口へ辿り着いた。
ドアノブを魔導銃で焼き切り、中へ突入。そこにヒトが居ないことは気配を探って確認済み。
「仕掛けておくか……」
「なんですかそれ?」
「ここの火ネズミを取り逃がさないためだ」
魔導バッグから取り出したのは、ファーギ特製の魔石爆弾。
ソフトボール大の魔石に、防御魔法陣と爆裂魔法陣が彫られている。
「危なくないですか?」
「防御魔法陣を壊すまで爆発しないから大丈夫だ」
「つまり爆発しますよね? ……こわいこわい」
「へっ、言ってろ」
ファーギは部屋の隅に、魔石爆弾を十個ほど設置する。
その後は、ファーギの魔導銃と、モルトの魔導剣で、閉ざされたドアが次々と突破されていく。
そして彼らは、火ネズミの気配が固まっている場所に辿り着いた。
「くっせぇ……」
「火ネズミの糞でしょうか?」
倉庫の奥にあったのは、養鶏場のような施設。幾十にも積み上げられた火ネズミの飼育施設には、食べやすいように餌がまかれている。
倉庫の天井までビッシリと重ねられた飼育施設に、いったいどれだけの火ネズミが居るのか。
そこに銃器で武装した一団が集まってきた。迷彩服姿で腰には、なたや短剣をさげている。この施設を警備している民間軍事会社の者だ。
「どうする?」
「ふふっ……、私を誰だと思っているのですか?」
「やるか……」
ファーギたちが派手に突入してきた結果でもあるのだが、彼らは特に問題視していない。
ここに居るヒトも火ネズミも、まとめて皆殺しにするつもりなのだから。




