069 さらなる攻撃
謁見の間で、皇帝エグバート・バン・スミスの声が静かに響く。
「楽にしてくれ」
皇帝の異能、念動力で、椅子が床を滑る。
ここに居るのは皇帝、ファーギ、モルトの三名だけ。ホールのように広い空間には、所狭しと防音魔法陣が刻まれている。
モルトの要望を皇帝が承諾し、この場が設けられたのだ。
「皇帝陛下、私の兄の件ですが……」
言葉が続かないモルト。反目し合っていても、兄を売るような真似をしたくないのか。しばらく沈黙が流れると、ファーギが代わりに口を開いた。
「ロスト・ローが地球で火ネズミを繁殖させ、帝都ラビントンに送り込んでいる可能性があります」
「そうか、……残念だ。モルト、どうするつもりだ?」
モルトは椅子から立ち上がり、土下座をする。そのまま赤いカーペットに額を押しつけながら、くぐもった声を発した。
「兄の、兄の命だけはお助けください! 私が地球へ赴き、兄を捕らえて参ります!」
「ロストには長年仕えてもらった。命まで取るつもりはない」
「ははっ!」
「しかし、密蜂を裏切り、我らドワーフに弓を引いたことは看過できぬ。火ネズミの件もロストが首謀者であれば、それなりの罰を受けてもらう」
「はっ! ご高配に感謝いたします!」
モルトとロストは本来密蜂の頂点に立つ二人で、長年にわたり皇帝の側近として仕え、敵国のスパイとして潜入していた。そのため皇帝もロストに対しても愛着が芽生えているのだろう。
勅令でロストの殺害命令が出れば、もうどうにもならない。しかし、それを何とか回避できてホッとするファーギ。
何とかなった。あとはモルトに任せて、火ネズミの処理に当たろう。
ファーギがそんなことを考えていると、皇帝が続けて口を開く。
「モルト、ファーギ、お前たちにロストの確保を命じる! 速やかに行動を起こし、ワシの元にロストを連れて参れ!!」
「はっ! ご下命、賜りました!」
「えっ?」
「えっ?」
モルトが力強く返事をすると、寝耳に水を食らったような声を上げるファーギ。
その反応を見て、ビックリしている皇帝。
どうやらファーギは、自分までロストの捕獲に付き合わされるとは思っていなかったようだ。
「あ、はいっ! モルトと協力し、地球へ行って参ります!」
ファーギは慌てて椅子から立ち上がり、皇帝に最敬礼を捧げる。それを見たモルトは目を潤ませていた。
「窮地に手を差し伸べてくれるのはファーギ。友であるあなただと思っていました」
「ぐほっ!?」
これから冒険者ギルドに行くつもりだったファーギは退路を断たれ、渋々ながらモルトに同行することとなった。
「装備はこの城の物を使え。地下室でゲートを作り、そこからゆくのだ」
皇帝が念動力でドアを開けると、鎧を着込んだ近衛兵たちが入ってくる。モルトの部下であるメイドたちではない。
ファーギとモルトは彼らに連れられ、地下へ移動していった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
瞬く星が一層輝きはじめる頃、空が明るく滲んでくる。そんな時間になってようやく全ての火ネズミを駆除できた。
テイマーズをファーギの屋敷まで引率し、俺はその足でグレイスの屋敷へ向かった。
途中でミッシー、長老たち、他のエルフの面々と合流した。相変わらずシエラとスノウに睨まれる。疲れているのだから勘弁してくれ。
「ソー君お疲れ!」
「おまえ、いつの間に……」
胸ポケットがもぞもぞ動いたと思ったら、そこからひょっこり顔を出すグローエット。いつから隠れてたんだろ。
「ありがとう、聞いてない!」
「ありがとな。森の被害も最低限に抑えられたし」
「ふふっ! よろしい!!」
いい笑顔でサムズアップしてくる。お礼を聞きたくて付いてきたのか。
「ソータ、ファーギは?」
「そういえば会ってないな……」
「あの屋敷から出て行ったままか?」
「だな。自宅は知らないけど、ここはあいつのホームタウンだ。火ネズミごときに後れは取らないと思うよ」
「そうだな」
ミッシーと世間話をしながら戻っていると、屋敷の入口でサラ姫殿下とボリスが待っていた。護衛でグレイスが付いている。彼女たちは街の騒動に加勢していない。もちろんサラ姫殿下の身の安全を考えてのことだ。
「ソータ様!! 情報によると、お一人で火ネズミを始末されたとか!! どうやったんですか?」
「一人で出来るわけ無いだろ……」
俺は胸ポケットからグローエットをつまみ出し、ミッシーやエルフの皆さんに視線を送る。
「俺は誘導魔法陣を使っただけで、火ネズミを追い込んだのは冒険者。山盛りあったゲートを閉じたのはエルフの皆さん。とどめを刺したのはスクー・グスローだ」
「……そうですか」
グレイスは目を伏せ、俺たちを屋敷へ通した。
というかしつこいな……そんなに俺の力の根源を知りたいのなら、いっそのことぶちまけるか? でもミッシーは、話すな、と合図を送ってくるし、なんか居心地の悪い板挟みだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
あれからシャワーを浴びて、これから仮眠を取るところだ。もう夜が明けて外は明るい。
「屋敷に帰らないの?」
『ソー君に教えておこうと思ってさ~』
もうベッドに入って寝る気満々なのに、グローエットはわざわざ念話で気になることを言い出した。
『何かあったの?』
『ん~私たちってさ、ラビントンとベナマオ大森林に居るじゃん?』
『うん』
『さっきさー、獣人の軍勢をベナマオ大森林で見たんだよね』
『……そいつらはどうした?』
『ゴブリンの里に向かってた。でもね、中にデーモン入ってたから、皆殺しにしちゃった』
それを言いに来たって事か。律儀でありがたい……けど。
『そっか。……ゴヤに伝えた?』
『まだだよー』
『早めに伝えておきなさい』
『はーい』
『そういえば、グローエットはゴブリンと話しできるの?』
『うん話せるよー』
『そっか』
まだ寝れないな。とりあえずグレイスに伝えておこう。
朝だし、時間的にここかな? 使用人の皆さんが、食堂の前でお辞儀をして出迎えしてくれる。
「グレイスさーん」
「おや? 休まなくてもよろしいのですか?」
グレイスはそこで朝食を摂っていた。向かいに座っているのは、ニコラ・ニコラス。自らをシチューメイカーと卑下していた、ドワーフ軍の大佐だ。
「いや、この子がゴブリンの里の近くで獣人を見たらしいので」
頭の上に乗っているグローエットを摘まんでグレイスに見せる。彼女もスクー・グスローが集合精神体だと知っているので、すぐに察した。
慌ててどこかへ行きそうになったので、追加で話しておく。
「グローエットが獣人を滅ぼしたみたいなので、一応安全かと。デーモンが憑依していたみたいで」
「……そうですか。しかし、一応確認を取ってきます!」
グレイスは朝食を残したまま走り去ってしまった。魔導通信で連絡してくるそうだ。俺も欲しいな。
スクー・グスローにはデーモンが取り憑くことができない。加えて彼女たちの念話攻撃はデーモンに効果的だ。リアットという大物デーモンがわざわざスクー・グスローを標的にしてくるほど、脅威に感じている存在なのだ。
「よくやった」
「うへへー」
指で摘んだままグローエットの頭を撫でると、眼を細めて喜んでいる。なんだか猫っぽくてかわいい。よし、警告は済んだ。部屋に戻って寝よう。
「ソータと言ったか?」
「えっ? はい」
シチューメイカーに話しかけられた。ファーギよりずっと若く見えるドワーフの軍人だけど、威圧感がすごい。俺に話しかけると同時に、強い気配を飛ばしてきたのだ。なんでそんなことするのか知らないけど、ほらー、使用人のお姉さんがコップ落としてるじゃないの……。
「ほう……なかなかの胆力だな。ちょっと話そうか」
視線で席に座れと促してくる。有無を言わせぬ威圧感で、俺をロックオンしているので仕方ない。眠いけど、とりあえず座って話を聞いてみよう。
「デーモンの話しを聞かせてくれ。先日そこのスクー・グスローの件で、貴様がデーモンを仕留めたと聞いている」
リアットの件が漏れている? 誰が、……は今関係ない。とりあえずすっとぼけておこう。
「……何の話ですか?」
シチューメイカーとのにらめっこが続く。確信を持っているけど、証拠がない。そ
んな感じだ。しばらくすると、シチューメイカーはふっと視線を外した。
よし、にらめっこにまた勝った。
「軍部にソータを警戒する者が居てな……。異世界人はこの世界で、ほとんどが野垂れ死ぬ。言葉が解らず、スラムへ追いやられるくらいならまだマシだ。魔物に喰われてしまうのが大多数。ソータ、貴様の力は何なのだ?」
あちゃー、これはグレイスに何か吹き込まれてる気がする。
「おっ!?」
ミッシー、いつの間に来てたんだ?
丁度俺の向い側に座ったミッシーは、使用人のお姉さんが朝食を運んでくるところだった。シチューメイカーの話を盗み聞きしていたのだろう。俺に向かって首を横に振っている。
「どうした? 言えないなら別に構わんが、軍部に警戒する勢力がいると覚えておけ」
あれ? ゴリゴリ詰められると思っていたけど、そうじゃないみたい?
単に忠告したかっただけのようだ。
「配慮してもらってありがとうございます」
「気にするな。獣人との戦いの前に、余計な争いは避けたいのでな。誰か接触して聞かれても、今のようにあしらえばいい。そこでだ、俺にだけコッソリ教えてくれないか?」
いや、……忠告じゃないな。興味本位で聞きたがっているっぽい。さっきまでの威圧する気配が消え、表情まで柔和になっている。役者か? もしそうならかなり芝居上手な人物だ。ちょっと警戒しておいた方がいいかも。
なんて考えていると、屋敷内が慌ただしくなった。グレイスの飲み止しコップに波紋が広がってゆく。それと同時に、微弱な振動が尻から伝わってきた。
異変を感じたシチューメイカーと、向かいで朝食を食べているミッシーの初動は早かった。あっという間に部屋を出て、屋敷の外に出て行く。もちろん、俺も負けじと追いかけた。
「ああ、何ということだ……」
シチューメイカーが絶句する。
青くなった空に巨大な火炎が色を添え、黒煙がキノコの形に変化していく。方角は西でかなり遠い。ここからははっきり見えないけど、西側の外輪山を掘り抜いて造ったトンネルで何か起こったのかもしれない。
火ネズミは全て駆除したはずだ。それに、あの天をつくように巨大な炎なんて、昨晩は見ることが無かった。だから火ネズミではないと思うけど……。
シチューメイカーは呆気に取られていたが、立ち直りが早い。俺とミッシーに冒険者ギルドに行くように言って、すぐに駆け出した。おそらく軍の施設に戻るのだろう。
立て続けに三回の爆発音が聞こえてきた。ミッシーと一緒に屋敷の上に登って帝都を見渡してみると、北、東、南、三カ所でも黒煙が上がっていた。かなり遠いので、何処で爆発が起こったのかは不明だ。
「はぁ……」
「ため息をつくな……」
「眠たいんだよ」
「最近食ってるか? 少し痩せたぞ」
「マジで?」
「マジだ」
そうかな? 自分のことだから、気付いてないだけか。というか、よく見てるなミッシー。俺たちは一旦部屋に戻り、着替えて冒険者ギルドに向かうことにした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ギルマスのオギルビーは、昨夜以上にお疲れモードだった。目の下のクマがそれを物語っている。ただ、ちゃきちゃき動いて現状の情報収集に努めているので、仕事に支障は無いみたいだ。
冒険者たちは既に集まっている。もちろん何が起こっているのか分かっていない者ばかりだ。しばらくすると別の冒険者ギルドから伝令が届いた。
「東西南北、四ヶ所のトンネルが突破された!! デーモンがラビントンに来るぞっ!!」
俺はため息を漏らす。
「攻め込む前に攻め込まれるって、笑えないなあ……」
「はぁ~」
ミッシーがため息をつく。さっき俺に注意したくせに。
ともあれ何とかしなきゃ。俺はミッシーと目を合わせてうなずいた。




