067 アメリカ空軍
空軍基地の司令室。電子機器で埋め尽くされた室内では、端末を操作する職員たちが慌ただしく動き回っていた。
「魔術師団はまだ戻らんのか!! 何をしておる、これは明らかに魔術師の攻撃だろう!!」
第二十八特殊戦術飛行隊、ウォルター・ビショップ准将の怒りは収まらない。
格納庫は軒並み破壊され、滑走路は穴だらけになっている。それに、ソータたちを追っていた、魔術師団率いる鉄の猟犬部隊も壊滅した。両方共にソータの仕業だ。
そこへ女性職員がファイルを持ってきた。
「奴は日本人だとっ!? ブルックリンのアジア系アメリカ人じゃないのか!! 横田基地に連絡して確認しろ!!」
ファイルを叩きつけるウォルター。取り調べ中に録画された映像から、ソータの身元が発覚したようだ。
アフリカ系アメリカ人の彼は、しかめっ面のまま椅子に座った。
それを見た隣の女性――参謀のダーラ・ダーソンが、ウォルターをなだめ始めた。
「まあまあ、お気持ちは分かります。二ヶ月前、エスキモーの子供たち十八人が逃げ出しました。今回は二度目でしたが、全員戻ってきてよかったじゃないですか。……指令、これを見て下さい、何か関係があると思いますよ?」
中尉ながら参謀の地位にいる彼女は、イェール神学校卒で、軍人としては異例の経歴を持つ。さらさらの金髪を掻き上げながら、ダーラがモニターを指差した。
「こいつら、……仲間だったのか」
鉄の猟犬部隊に搭載されたカメラが、ファーギとテイマーズの面々を映し出している。しかし、茂みの中から放たれた魔導銃の光が画面いっぱいに広がると、モニターがブラックアウトした。それを見たダーラが、素早くパネルを操作する。
「今の攻撃で、強い魔素が検知されました。こちらからのレーザーが通用しないうえ、謎の兵器でメタルハウンド三機が行動不能。新型のメタルハウンドを一機投入していますので、新機能を試しますか?」
「魔石を使った妨害装置か。許可する」
ダーラが続けて操作すると、鉄の猟犬部隊から反魔素が発生。ファーギの攻撃を無効化することに成功した。
「指令、次の指示を」
「エスキモーの子供たちも魔術師だったということか? さっきのスライムも気になるし、怪我をさせないように確保しろ。聞きたいことが山ほどある」
「了解しました」
ダーラはすぐにパネルを操作し、メタルハウンドに捕獲命令を出す。
「えっ?」
しかし、メタルハウンド七機との通信が突然途絶えた。ダーラが監視カメラの映像に切り替えると、ぬかるみを走ってゲートをくぐるファーギたちが映し出された。
「何が起こっている……」
「あそこにゲートがあるのかもしれませんね……」
ウォルターとダーラの眼には、こつ然と消えていくファーギたちが映っている。
「磁性粒子加速器なしで、安定したゲートがあるとは聞いてないぞ」
「指令、発見されています。日本、フランス、ドイツ、フィンランドで。昨日上がってきた報告書に目を通されていませんか?」
「……過密スケジュールでな」
エスキモーの子供たちと、そのあとに来た二人組。奴らがどうやって基地内に侵入したのか不明だったが、ゲートを使って異世界から来たのか。
ウォルターが思案にふけっていると、モザイクのかかった人物がモニターに映った。
「んむむむ! あの日本人を捕まえろっ!! こちらに人的被害が出ていないとはいえ、アメリカ軍がコケにされているんだぞっ!!」
ツバを飛ばしながら怒鳴り散らすウォルター。
「……指令、遅かったようです」
ソータは監視カメラに気付くことなく、ゲートをくぐる。跡形もなく消え去ったソータを見て、ウォルターは青筋を浮かばせながら唸り声を上げた。
「横田基地から連絡がありました。指令、こちらです」
タブレットを渡すダーラ。
「……行方不明の大学院生? こいつの身元調査を依頼してくれ。あんなに強力な魔術師が行方不明だなんて、今のご時世あり得ないだろう。自ら姿を消した、あるいは日本政府が絡んでいるはずだ……」
ソータが異世界へ旅立って二十六日が経つ。そのあと、これまで表舞台に出てこなかった魔術師たちが声明を出した。切っ掛けとなったのは、SNSにアップされる、魔法が使えた、という動画からだ。
――魔法のように効率の悪いものでは無く、学問として確立された魔術を学ぶように。
魔術師たちは常識の転換に備え、長らく準備をしていたのだろう。
そのあと、この空軍基地に不自然な形で着任してきた魔術師たち。彼らはウォルター直属の部隊として、メタルハウンドを大量に運び込んでいた。
ダーラ・ダーソンは魔術師団、実在する死神の一員でもあるのだ。
「了解しました。横田基地に調査依頼を送っておきます」
――あたしは蛇やサソリを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けられている。
ダーラの呟きは、ざわめく司令室の空気に溶けていく。
それにかぶせるように、ウォルターのため息が大きく響いた。
「報告書になんて書けばいいんだ……」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ゲートをくぐると、ファーギが心配そうな顔で待っていた。テイマーズの姿が見えないけど、下の階に気配を感じる。全員無事だったようだ。
「ソータ、無事でよかった。しかし、このゲートどうする?」
「メタルハウンドが追ってくるかもしれない。その前に応急措置だけど塞いでおこう」
俺はゲートに多重魔法陣を使い、防御魔法陣を四十ほど重ねた。
「その出鱈目な使い方は置いといて、これはずっと塞げるのか?」
「いや、ミッシーに来てもらった方がいいと思う」
「呼んだか?」
「ぴゃっ!?」
「がはははっ! ワシとソータが居ないからって、ミッシーがここに来てたのか。もう少し遅かったら、ワシらと入れ違いで地球に行っていたかもしれんな」
背後からの声はミッシーだった。ファーギとは前からの知り合いだったはずなので、この屋敷のことも知っていたのだろう。ミッシーは冒険者ギルドで事情を聞いて、ここだと当たりを付けて来ていたらしい。
「これは人為的に作られたゲートだ。閉じるぞ?」
俺とファーギが頷くと、ミッシーが魔法を使った。これでゲートが閉じた。メタルハウンドがここから来ることはもうない。
『探知魔法、時空魔法を感知しました。探知魔法で座標を設定し、時空魔法でゲートが開くようです。解析と改良が完了しました。使用しますか?』
『しなくていい。だけど、座標なんてどうやって分かるんだ? 地球の存在なんて、こっちの世界では知られてない……いや、知られてるな』
こちらの世界では、地球から転移してくるヒトが稀に居る。彼らが地球の話しをしない事なんてあるか? ……無いよな。
秘密にしようとするヒトも居るとは思うけど、地球に帰りたいと思うヒトは、どうにかしてでもその方法を探すはずだ。その過程で、協力者に地球のことを話すだろう。
『地球を思い浮かべて、探知魔法を使用して下さい』
『――こうか?』
おお……。まるで拡張現実だな。
砂あらしが一瞬見えたあと、懐かしの研究室に立っていた。この状態で時空魔法を使えば、ゲートを作ることが出来るって事か。
しかし、今思い浮かべたのは俺の記憶にある研究室。そう、記憶が座標になるのだ。そうなるとあのゲートは、空軍基地を知っている人物が設置したことになる。
そう思いながら、探知魔法を解除した。
取り敢えず、日本へ帰る目処は付いた。しかし今はまだだ。獣人、デーモン、地球人、それに、じーちゃんに何としてでも話しを聞かなければならない。
ミッシーが床板を引っ剥がすと、中から大きな魔石が出てきた。これでゲートを維持していたのだろう。
しかしそうなると、誰が何のためにこんな事をしたのか、という疑問が湧いてくる。テイマーズの子たちは、いつの間にか空軍基地に居たと言ってたし。
「ファーギ、心当たりはあるか?」
「……まったく無い」
同じ事を考えていたのだろう。ファーギも首を傾げている。
「ゲートを開いたあと、隠蔽魔法陣と隠蔽魔法で隠されていたんだな? ゲートを作れるニンゲンは少ないと思うのだが……」
「ゲートを作れるニンゲン。なるほど……。ワシ、ちょっと思い出したことがある」
ミッシーの言葉で、ファーギは部屋を出ていった。心当たりがありそうな言い方だったけど……。
窓の外はまだ暗い。地球との時差がどれくらいあるのか分からないけど、あっちには半日くらいは居たはずだ。
「ミッシーがここに来てどれくらい経つ?」
「到着してすぐ、お前たちが出てきた」
「そこまで時間が経ってない?」
「そうだ」
この際だ。時間のズレに関しては置いておこう。いまは繁華街での騒ぎが気になる。ミッシーにそれを伝えると、さっさと冒険者ギルドに行こうと言われてしまった。
テイマーズの十八人は、久し振りに帰れてゆっくりくつろいでいる。食事を作り、風呂に入り、掃除をしている子も居る。各々の過ごし方でこの百日間の疲れを癒やしているのだ。
「おっさん、どこ行くんだ? ジジイも出ていったし、また置いてけぼりか?」
ハスミンが詰め寄ってきた。ファーギの奴、この子たちに何も言わずに出ていったのか? あと、俺はまだおっさんじゃねえ。
「地球に繋がっていたゲートは、ここに居るお姉さんが閉じた。ちゃんと挨拶しとけ」
「……あ、ありがとうございましゅ!」
おしい。最後に噛んだ。けど仕方ないよな。こんな美人エルフから微笑まれたら、緊張してしまうだろう。俺以外はな!
いや、ハスミンもかわいいけど。
しかしファーギの野郎、あんなに急いでどこへ行ったんだろう?
「俺たちは冒険者ギルドに行ってくる。ハスミンたちはゆっくり疲れを癒やしておいた方がいい。あと、ファーギはどこ行ったのか知らない?」
「ぐっ!? オレたちがランク低いって言いたいのか?」
「ランク? 聞いてないから知らないよ?」
「テイマーズは、全員Dランクだよっ! ろくな仕事無いし、オレも連れて行け!!」
「連れてっても平気?」
こういう経験は無いので、ミッシーに聞いてみた。
「私がS、ソータがA。平時ならパーティーを組んで、ランクの高い冒険者にあわせて依頼を受けることが出来る」
「そっか、それなら――」
「ダメだ。火ネズミ退治は、Aランク以上の冒険者個人でしか受けることが出来ない」
「ケッ!!」
あ、不貞腐れて行っちゃった。まっ、しゃあない。ファーギの弟子たちを連れ回して、危険な目に遭わせるなんて、冒険者以前にヒトとしてどうかと思うし。
「ソータ、被害地域がかなり広い。一旦冒険者ギルドで情報を集めよう」
「おっけー」
俺たちは屋敷を出て、冒険者ギルドへ向かった。




