066 一掃
障壁が壊れると、すぐに三重の障壁が張り直された。
『ふふっ……やっと自由に動ける。時間を止めなくて正解かしら』
ソータの口から発せられる声はいつもと違い、女性の声であった。汎用人工知能の声だ。しかし、ソータは意識を失ったままで、身体はデストロイモードとなった汎用人工知能に支配されていた。
『鬱陶しいわね』
レーザーの攻撃を受けているが、三重の障壁は破られない。その中でソータの肉体は、見る見るうちに傷が癒えていく。
ソータが無言で手をかざすと、蠢く銀色の綿菓子が現われた。それは薄暗い日の光を弾きながら障壁をすり抜け、霧のように広がっていく。
周囲がリキッドナノマシンの霧に覆われると、異変が起こった。鉄の猟犬部隊はバラバラに斬り刻まれ、あるいは丸めたアルミホイルのようになってしまったのだ。
途端に辺りは風の音が消え、しんと静まり返る。
『逃げ出したニンゲンはどうしましょうか』
辺り一面、森が無くなって木屑が散らばっている。その中には金属片が混じっていた。そんな風景の中で、汎用人工知能は逃走する人の気配を感じた。
ソータの身体が浮き上がり、その気配の方へ飛んでいく。
『壊れていないメタルハウンドがまだ居ますね。……利用価値がありそうです』
汎用人工知能は空中に留まり思案する。這々の体で逃走する米軍兵を守るように、十機のメタルハウンドが移動している。
ソータは風の魔法で姿を消し、メタルハウンドへ近づいていく。米軍兵に見つからないようソータの右手がメタルハウンドに触れると、指先からリキッドナノマシンが滲み出てきた。それは意思を持っているかのように動き、メタルハウンドの内部へ侵入していった。
満足げな顔をするソータ。その表情を作っているのは汎用人工知能だ。
その場で踵を返し、ソータは音も無く飛び去っていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……うっ!?」
元の位置に戻りしばらくすると、ソータの意識が戻った。
汎用人工知能はソータに身体を譲り、いつものように話しかけてきた。
『デストロイモード終了。ソータ、傷はどうですか?』
『何ともないな。ん? もしかして俺、寝てた?』
『……それはもうぐっすりと』
『うっわ、…………なんだこれ? お前がやったの?』
『はい』
『今の地球で緑は凄く貴重だから、次からは気を付けて』
『は~い』
目の前の森が消えて荒野になっていた。木々がバラバラに粉砕され、濃い樹木の臭いが漂っている。
意識が戻ったとき、汎用人工知能が見聞きした情報が脳に流れ込んできたので、何が起こったのかは理解できた。
やり過ぎ感はあるけど、鉄の猟犬部隊は全滅している。見渡す限りでは。
ファーギたちが巻き込まれていないか心配だ。
『大丈夫です。リキッドナノマシンの霧なので、彼らとロボットの判別は簡単でした』
『そっか』
ファーギたちは空軍基地を目指しているはず。先回りして騒ぎを起こしておこう。
俺は空を舞い、だだっ広い荒野を後にした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ファーギと十八人のテイマーズは、大混乱に陥っていた。
空軍基地を目指して森の中を走っていると、銀色の霧に覆われた。すると周りの木々や地面に落ちた葉っぱなど、全てが細かく切り刻まれてしまったのだ。
彼らに被害はない。荒れ地に浮かぶ島のような状態で、足元に緑が残っている。
「全員無事か?」
「おいクソジジイ、何が起こってんだ!?」
ファーギに食って掛かるハスミン。アイミーとジェスは点呼を終え、全員無事だと報告してきた。
「何が、と言われてもな……。全員無事だし、今はワシについて来い。ラビントンに帰るぞ」
「チッ!」
ハスミンは舌打ちをしながらも、それ以降は何も言わず、ファーギの後ろをついていく。もちろんファーギは理解している、この出鱈目な状況がソータの仕業だと。
「急ごう」
ファーギの声で、荒野と化した森を全員で走り始めた。
二時間ほど走ると、空軍基地が見えてきた。ファーギたちは速度を落とし、周囲を警戒しながら進んでいく。少し前から聞こえはじめた爆音は、ソータの仕業だろう。
「おほー、派手にやってるな」
「さっきから何の話だよクソジジイ」
「何でもない。行くぞ」
「チッ!」
空軍基地に到着したファーギたちは、金網の向こうで起こる爆発を確認。
上手いこと囮になってくれたソータに感謝しつつ、ファーギは魔導剣を取りだし金網を斬り割く。周囲に誰も居ないことを確認し、彼らは基地の中へ侵入していった。
その姿が監視カメラに写っていることも知らずに。
「さてと、ゲートは何処だっけな」
基地内を隠れながら移動し、ようやく見覚えのある場所に辿り着いたファーギ。
彼は茂みの中から広場を観察している。そこはファーギとソータが地球に降り立った場所。地面のぬかるみや周囲の風景も同じなので、場所は間違いないだろう。
「お前たちもここに出てきたんだろ? 見えるか、あの歪み」
周りから聞こえてくる爆音で畏縮したのか、跳ねっ返りのハスミン以下、テイマーズは全員おとなしく頷いた。
地球にあるゲートが見える。そうなると、ソータがワシらの世界でゲートが見える事と関連性がありそうだ。
ファーギはそんなことを考えながら、そろりと足を踏み出した。
「おい、クソジジイ!!」
ハスミンが大声を出しながら、ファーギを突き飛ばす。
「冗談でもやり過ぎだぞハスミン!!」
ファーギが声を荒らげる。彼はぬかるみの地面に転がっていた。しかしハスミンもまた、ぬかるみに転がっていた。胸から血を流しながら。
それを見て騒然となる一同。
ハスミンがいち早く気付き、何者かの攻撃からファーギを守った事は一目瞭然だった。ファーギは慌ててハスミンを抱え上げ、茂みの中へ飛び込む。
「ハスミン!!」
「拙い! 背中まで貫通してる!!」
「何の攻撃なの、これ!!」
ハスミンに声をかけるジェス。彼女の意識は無く、胸と背中から大量に出血しているのだ。アイミーがどこからともなく小さな瓶を取りだし、ハスミンに振り掛ける。
ジェスも同じく小瓶を取りだして、ハスミンの口へ運んだ。
「ごふっ!!」
すると途端に意識を取り戻して、ハスミンがむせる。ドワーフ特製の回復薬と治療薬を飲ませたおかげだ。一命を取り留めたハスミンはすぐに起き上がって、ファーギの胸ぐらを掴んだ。
「おいこらクソジジイ、オレたちはまだ、あんたから学ばなくちゃいけないんだ。ボサッとして死んでもらっちゃ困るんだよ!!」
命を賭してファーギを守ったハスミン。その瞳には涙が浮かんでいた。
「……ああ、分かってる。最近構わなくて済まなかった。帰ったらまた訓練を始めるぞ。その前に、この窮地を何とかしなきゃな」
「ケッ!」
とりあえず場が収まった。ハラハラしながら見ていた他のテイマーズは、ホッと胸をなで下ろす。
「今の攻撃は何だったの? 魔法じゃないし、魔導銃でもない。矢も見当たらないし……」
アイミーはそう言いながら、茂みから広場を観察する。他のメンツも、どこから攻撃されたのか探し始めた。
「あれかな? なんか回転してるやつ」
ジェスの視線を追う一同。その先は倉庫の屋根にある突起物だった。ファーギたちはそれが何なのか分からないが、危険な代物だとは理解した。
突起物は対人レーザー兵器だ。しかし彼らにとっては初めて見るもの。
ソータの囮作戦が裏目に出た。滑走路や格納庫で大暴れしているソータに、空軍基地の注意が集まっているのは確か。しかし、他を疎かにしないために、基地司令は米軍兵と認識できない者を、レーザーで自動攻撃するよう設定しているのだ。
「何となくだけど、あれは危ない気がする……」
そう言ったジェスはスライムを一匹召喚し、茂みから少し外に出させる。
すると途端にスライムに穴が空いた。核となる魔石に当たってないので、スライムは無事のようだ。ジェスはあわててスライムを連れ戻し、召喚魔法を解除した。スライムが消えると、ホッとするジェス。どうやらスライムに愛着を持っているようだ。
「やっぱ、あの出っ張りから攻撃されてるみたいだね」
「そうか」
ジェスの言葉を聞いたファーギは、どこからともなく魔導銃を出してぶっ放す。魔力を含むビーム砲が直撃すると、対人レーザー砲は跡形もなく消え去った。
しかしファーギは気を弛めない。二度とさっきみたいなヘマをしてたまるか、という気概を持ち、辺りを探り始めた。
茂みからゲートまで、約百メートル。走ればすぐだが、ここにはテイマーズの十八人がいる。誰かが遅れる可能性があるので、ファーギはその一歩が踏み出せない。
「ひゃっ!?」
「おい! 伏せてろって!!」
「アイミーねえさん、ごめんなさい」
テイマーズの一人が立ち上がって様子を探ると、すぐ近くのアラスカヒノキが焼き切られた。真っ赤になった赤い線から煙が吹き出し、テイマーズの上に倒れてくる。
しかしそこは冒険者。ランクが低くても、それくらい軽々と避けている。
「あれは何……鉄のゴーレム?」
ジェスは驚きながらも冷静な声だ。
「……全員俺の後ろに隠れろ」
少し騒がしくなったテイマーズに注意を促すファーギ。その瞳には、鉄の猟犬部隊が十機写っていた。
基地司令は監視カメラで、ソータ以外にも侵入者が居ることは把握済み。対人レーザーを破壊されて、様子を見に来させたのだ。
ファーギが魔導銃を操作すると、ライフルの形に変化した。そこでうつ伏せになり、鉄の猟犬部隊に狙いを定める。
彼は背後に障壁を板状に展開し、見えない熱線からテイマーズを守るようにした。
「お前ら、その障壁から出るなよ?」
振り向かずにそう言ったファーギは、鉄の猟犬部隊に攻撃を開始した。一機、二機、三機、順調に破壊していく。しかし突然、魔力を含んだビームが効かなくなった。
「……何だあれは」
残り七機のうち一機が前に出ている。その機体は不思議な魔力をまとっていた。
その機体が魔導銃の攻撃を無効化していると気付くと、ファーギは一旦撤退を考え始めた。
「どうすんの、ジジイ」
不安なそうな顔で声をかけてくるアイミー。
ファーギは前方に障壁を張り直す。七機の鉄の猟犬部隊の攻撃を警戒して。
「さすがに見つかったみたいだ……」
レーザーと違い、魔導銃は光跡、つまり射線が見える。茂みから何度も放てば、そこから攻撃しているのはすぐにバレてしまう。その証拠にファーギが張った半透明の障壁がレーザーで熱を帯び、赤く変化しているのだ。
「残念だが一旦引いて、もう一度来るとしよう――お?」
鉄の猟犬部隊が不自然な体勢で停止。その背後には不明瞭な姿のヒト族が立っていた。それを認識阻害魔法陣を使っているソータだと確認したファーギは思い出す。ここから抜け出す前、ソータが時間遅延魔法陣をヒトに使った事を。
「よしっ、あのゴーレムはもう動かない!! 全員走れ!! 全速力でゲートに飛び込め!!」
ファーギは大声で指示を出した。




