065 デストロイモード
空軍基地の外は大自然が広がっていた。広大な森と圧倒的な存在感のある山々、この空間全体に神聖な空気が漂う不思議な場所。本来ならもっと寒い地域だけど、温暖化のせいで肌寒い程度だ。
観光客も現地の人も見当たらない。聞き込みは厳しいな。森の中にテイマーズが潜んでいたら、捜し出すのに時間がかかるだろう。
「行くぞ、ソータ」
「お、おう?」
砂利道から森の中へ入っていくファーギ。その足取りに迷いはない。
何の確信を持って進んでいるのかと考えていると、ゴーグルのつまみを操作している。あれ? 俺のは付いてないぞ?
「何それ?」
ファーギのゴーグルを引ったくろうとすると、腹パンを食らった。
「これはな……」
このつまみは、テイマーズを訓練しているときに、作ったものらしい。
彼らは元々二十人居たそうだ。ファーギの言うことを聞かず、勝手な行動をした二名が行方不明になり、帝都の下水道で遺体が発見された。火ネズミの集団に襲われて、白骨化していたそうだ。
そのあとファーギは、テイマーズ全員の魔力をゴーグルに登録した。行方が分からなくなっても探せるように。
マイアもスラム出身で、年齢は確か十八だったと思う。年齢も育った環境も近いのに、ここまで違ってくるものなのか……。いや、同列に扱ってはいけない。テイマーズの訓練は半年前からと聞いたし、跳ねっ返りも多かったのだろう。屋敷に住まわせたファーギに反抗する程度には。
程なくすると、俺たちはスライムに囲まれていた。
もちろん見るのは初めて。形だけは冥界で見た黒い粘体に似ている。ただし邪悪な気配もなければ、色も違う。バスケットボールくらいの大きさで、水まんじゅうのように透き通っていた。
地球にスライムなんか居るとは思えないので、おそらくテイマーズの仕業だろう。
「じじい、何でここに……」
「おいコラ、クソジジイ!! こんなとこまで追ってきたのか!!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
「アイミー、ハスミン、ジェス、無事でよかった。あとハスミン、ジジイは許すが、クソを付けるなクソを」
木の陰から姿を見せたのは、ドワーフ女性アイミー、同じくドワーフの女性ハスミン、それとドワーフの男性ジェスだ。全員ちびっ子でかわいい。
ファーギは、野生動物が逃げるほどの殺気を放ちながら進んでいたため、彼らの方から接触してきたのだ。
テイマーズが居る方角は分かったけど、いきなり全員に会うと話が拗れる。だからリーダー格が出てくるよう、目立つ行動を取ったのだ。
リーダーのアイミー、副リーダーのハスミンは気性が荒く、何かにつけて突っかかっていくそうだ。この三人はいつの間にか役割分担が出来ていて、副リーダーのジェスが潤滑油の役目を担っている。
ジェスのおかげで、話し合いの場を設けることが出来た。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ある日、彼女たちテイマーズの十八人が目を覚ますと、あの空軍基地で米軍兵に囲まれていたという。抵抗はせず、おとなしくお縄についたらしい。魔力が薄くて驚いている最中の出来事だった。
三ヶ月ちょっと前の話だ。
そのあと取り調べを受けた。しかしテイマーズは全員言葉が分からず、米兵も苦労していたそうだ。
アイミーとハスミンをジェスがなだめつつ、取り調べは終了。彼らは大きな騒ぎも起こさず、宿泊施設に泊まっていたという。
しかし、それは長く続かなかった。
どうやら食事が口に合わなかったらしい。そんなに地球の食い物って不味いかな? よく聞いてみると、米軍の野戦食を出されていたみたいだ。
地球の食糧不足は、今に始まったことではないけどな。新鮮な野菜とか魚が出ないのなら、あの施設は一般の業者が入っていない可能性もある。もう少し調べてくればよかったな。ゲートのこともあるし。
ぼんやりと考え事をしていると、ファーギとお騒がせ三人組の話がまとまった。
「何となく分かってた、ここが違う世界だって」
「ジジイのくせに、オレを見るな」
「助けに来たんだからさ、おいらたち戻りたいって言ってたよね?」
ファーギの説明を聞いた三人の反応は上々。おとなしく帰ってくれるかな?
小一時間ほどの説得で、この三人とファーギは仲直りしそうになっている。このまま上手く話が進んで欲しいけど、気になる話があった。
この森に魔物のワイルドボアがいるらしい。
イノシシかな?
いや、……アラスカにイノシシは居ないはず。
温暖化のせいか?
「ソータ、魔物のワイルドボアが、かなり増えてるらしいぞ? 今からテイマーズの住まいに行って、ワイルドボアを馳走になろう」
魔物の方のワイルドボアだった。しかしそれより気になることが。
「……というか、あれ」
「お? 火ネズミまで居るのか」
俺とファーギがだらけながら話していると、テイマーズの三人がスライムを使役してあっという間に狩ってしまった。体内で溶けていくのってエグいな……。
てか割と優秀だな、スライム。
そんな感想を持っていると、ジェスが口を開いた。
「食料になるワイルドボアは助かるんだけど、無数の火ネズミが集まって増えてるコロニーがあるんですよ……」
「火ネズミがアラスカで増えてるってこと?」
「ええ」
ジェスはゲンナリとしている。魔物は地球でも増えることが出来るのか。ワイルドボアに火ネズミ、この二種類だけでなく、他の魔物もいるとすれば……。外来生物じゃないけど、地球の生態系を壊してしまう可能性が大きい。
だれかが魔物を持ち込んでいる可能性もあるな。
森の中を三十分ほど進むと、岩肌に大きな横穴が見えてきた。山の斜面にあるし洞くつかな?
「アイミー、さすがラビントン育ちだ。ドワーフの技術もなかなかだな」
「うっせえ、じじい。仲間で力を合わせりゃ、召喚獣で簡単にできるよ!」
どうやら召喚魔法で呼び出した魔物に掘らせたみたいだ。ドワーフの技術で掘った洞くつじゃなくて、ファーギがちょっとショックを受けている。
召喚魔法って、どんな仕組みなんだろう? 魔物を呼び出して使役するなんて、地球で可能なのか?
横穴から出てきたテイマーズの一人が三匹のスライムを召喚し、どこかへ走り去っていく。まだ幼い男の子だ。
『空間魔法、使役魔法、契約魔法、以上三点を確認。空間魔法以外を解析します……。解析と改良が終わりました。召喚魔法は、この三つの魔法を同時に使っているようです。魔物と意思の疎通ができて、説得する必要があります。使用しますか?』
『話には聞いていたけど、なかなか大変そうな魔法だ。あと、使用しなくていいからな?』
アイミーを先頭にして、俺たちは横穴へ入っていく。いい匂いがするのは、ワイルドボアを焼いたときのやつだ。野趣あふれる味わいで、豚肉とは少し違って凄く美味しい。
ただ、ワイルドボアの肉が残り少ないようで、さっきの少年が狩りに行ったそうだ。一人で大丈夫なのかな? 一応魔物だぞ?
奥に進むと大きな空間に出た。天井は高く、まん中に穴が空いている。ヒトが通れそうな横穴もたくさんあるので、換気などに気を使っているのだろう。魔石ランプっぽい明かりがいくつかあるので、割と明るい。
「これ造ったんだ……」
洞くつの中に石造の建物が十二軒もある。ここで寝泊まりをしているのだろう。
「何だよ、おっさん? 造っちゃダメなのか?」
「褒めてんだよ。凄いと思ってさ」
「ケッ!」
ぼそっと言った声を拾われ、ハスミンに絡まれた。でも、おっさんて何だよ。
十代から見れば、二十六歳はおっさんに見えるのか?
おいこらファーギ、笑ってんじゃねえ。
軽くショックを受けていると、アイミーの声でテイマーズが集まった。
ヒト族とドワーフ半々で、男女比率も半々だ。アイミーが俺とファーギを彼らに紹介している。こっちは素直そうな子たちで一安心。
「おーい、狩ってきたぞ!」
さっき出ていったドワーフの男の子が、ワイルドボアを引きずってきた。というかワイルドボア本当にいた。スライムが三匹と連携して狩ってきたのだ。
俺たちが来るって察知していたのは、ここに来る前にジェスが放った鳥の魔物が知らせたからに違いない。
共同炊事場かな? 隅っこに流れる山水にテイマーズが集まり、ワイルドボアの解体が始まった。数人がどこからともなく刃物を出しているのは、ファーギと同じスキルだろう。素早く血抜きをして、あっという間に解体が終わった。
魔石が入ってたといって、ハスミンが大喜びしている。こういう所は年相応に見えるんだけどなあ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
肉だけでお腹いっぱいになったのは久し振りだ。岩塩だけの味付けだったけど、めちゃくちゃ美味しかった。
元の世界に戻ろうという話も、食事中にアイミーたちが済ませた。全員一致で帝都ラビントンへ帰るそうだ。ファーギが冒険者ギルドに事情を説明して、ペナルティーの軽減をするという。資格剥奪になったら、彼らが飯を食う手立てがなくなるしな。
だけど、どうやって戻るのかな?
空軍基地へ行って、ゲートへ飛び込むか?
その場合、戦闘になるかもしれない。
空間魔法でゲートが開けるか試してみるか?
『ここでやると危険です。誰も居ないところで実験しましょう』
『……分かってるって』
食後の後片付けを手伝って、お食事は終了。隅っこに座ってまったりする。
ファーギはアイミーたちと、どうやって帰るのか話し合っている。聞こえてくるのは、この世界は魔力が少なくて勝手が違う、さっさと帰りたい、だそうだ。
最悪の場合、空を飛んで全員日本へ連れて行く。そのあと磁性粒子加速器でゲートを出現させ、あの森へ移動して一件落着。だけど、ファーギがなんて言うかな? 力を隠せって、口酸っぱくして言われてるからなぁ。
「おーい、ソータ!」
話がまとまったようだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「囮? 俺が?」
「なんだ、嫌なのか?」
「あ、なるほど。いいよ、俺がかく乱する」
ファーギは俺の力を隠したがっているので、いっそのこと単独で動け、と言いたいのだ。彼らは俺と別行動を取り、空軍基地に忍びこんでゲートをくぐる。無謀な正面突破だけど、俺がかく乱して注目を浴びよう。そっちの方が動きやすいし。
「おっと!」
ハスミンの頭を目がけて飛んできた弾丸を障壁ではじき返す。
「ちょっと!? 何したの?」
「いや、今のが当たってたら、お前死んでたぞ?」
「えっ?」
「説明は後だ。ファーギ、この子たちを連れて逃げろ!」
「……おう!」
今の弾丸はハスミンの頭を狙った精密射撃。気配も音も無くこんな事が出来るのは、鉄の猟犬部隊。
入口付近に姿が見えたので、そこに障壁を張る。
「ふう……ロボット面倒くせえな。ん?」
テイマーズの子たちが、石造の家を魔導バッグに仕舞っている。他の細々したものまで全部仕舞い終わるまで、あっという間だった。こうなることを予測していたかのような動きで、小さな通路へ駆けていく。おいファーギ、ビックリしてる場合じゃない、遅れてんぞ。
「作戦がちょっと早まったってことで……」
俺は障壁を解除し、鉄の猟犬部隊を迎え入れた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
念動力で潰した鉄の猟犬部隊は、百まで数えてやめた。ファーギにもらった魔導バッグに三機ほどぶち込んで、鹵獲しておく。帰ったらファーギに調べてもらおう。
「むっ……」
借りたコートが熱を帯び始めた。右へ左へ動いても熱は下がらず、どんどん熱くなっていく。何かされているのは間違いない。
入り口からどんどん入ってくる鉄の猟犬部隊は、片っ端から潰しているのに。
一旦外に出よう。
「あちっ!?」
外に出た瞬間、身体に焼けた鉄の棒を押しつけられたような熱を感じた。その瞬間俺は障壁を張る。コートに縫い付けられているのは防御魔法陣なので、物理的な攻撃はだいたい弾く。神威障壁並みに硬いけど、熱が伝わってくるとは思わなかった。
球状に張った障壁内部の温度が上がっていく。
見える範囲の鉄の猟犬部隊をどんどん潰しているけど、熱が下がる気配はない。
何が起こっている。
「……あれか?」
この場所は少し高い位置にあり、森の木が生えている場所まで五十メートルくらい離れている。そこにある木の葉っぱに穴が空いた。風で揺れる葉っぱは、その動きに合わせて、穴が移動していく。
「なるほど、……レーザーね」
ロボットには気配がないので、見える分だけ潰している。だから森の中に潜むロボットまでは把握出来ない。そいつらがまとめて俺にレーザーを浴びせているのなら、この温度上昇も納得できる。
「面倒いけど、森の中で一つずつ潰すか」
大規模な魔法は使えない。逃げてるファーギたちまで巻き込んでしまう。
さて行くか、なんて考えていると、障壁に穴が空き、中でレーザーが乱反射を始めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
身体中が穴だらけになり、ソータは障壁の中で崩れ落ちる。その口から声が発せられた。
『意識の喪失を確認。ソータの魂を拘束。デストロイモードへ移行します』
無機質で感情のない声が宣言すると、ソータの目が開く。いつもの黒い瞳は銀色に染まり、ソータはぎこちなく動き始めた。




