064 異世界へのゲート
夜の帳が下りた道を疾走する。眩い魔石ランプの光に照らされた街並みは、火ネズミの出現で騒然とする繁華街とは対照的に静寂に包まれている。道の両脇には、不安げな表情で騒ぎの方角を見つめるドワーフたちの姿があった。
「どこに居るのか知ってるの?」
「……ああ」
スッキリしない声だ。ファーギの表情は少し焦っているようにも見える。走りながら聞いてみると、下水道の魔物退治をやっていたのは、十八人のパーティーで、全員孤児。冒険者を始めてまだ半年、年長で十八歳、年少が十五歳だという。
ファーギはスラムで過ごしていた彼らを救い出し、彼が所有する一軒家に住まわせ、冒険者として活動させていたそうだ。
以外だな。職人肌でクソ頑固者のファーギがボランティアをするなんて。
「何だその顔は。着いたぞ」
石造一軒家の三階建て、広い庭がある。ここから見ただけでも、部屋数が三十以上。なんだ、お屋敷じゃないか。
「金持ちだなおい」
「長いことやってりゃな……」
俺の軽口に付き合ってくれず、ファーギは緊張した面持ちで佇んでいる。しばらくすると意を決したような気配になり、生け垣の間にある門を抜けて屋敷に近づいていく。彼も気付いているはずだ。気配も無ければ明かりもついていない。この屋敷は無人なのだ。
「どれくらいここに来てないんだ?」
「……あいつら反抗期でな」
下水道の掃除を百日以上さぼっても気付かないくらい、疎遠になっていたって事か。
ファーギは鍵を出し、入口を開けて中に入る。窓を閉め切っているからなのか、空気が少し澱んでいた。
「ソータ、ゴーグルをつけろ」
「了解」
忘れてた。このゴーグルがあれば、色々見える。
一階と二階は何も無し。だけど三階には空間の歪みが見えていた。
「なんだこの歪みは?」
「ちょっと待てファーギ。よく見ろ」
「……隠蔽魔法陣が使われてるな」
「ああ」
不用意に近づこうとしたファーギの肩を掴んで止めると、すぐに気付いた。さすがSランク冒険者だ。
「ということは、ここにゲートがあるって事か……」
「そうなるな」
二人で腕を組んで考える。人工物――建物の中に、自然とゲート発生するのかと。
ミッシー連れてくればよかったな。エルフの里へ続くゲートをどうやって作ったのか、彼女なら知っているはずだ。
「ソータ、行き先に心当たりはあるか?」
「無い。いやあるけど、どうだろう。完全に臆測だから」
「聞かせろ」
「……ゲートをくぐったら、冥界かもしれない」
「帰るか」
「おいこらちょっと待て」
「冗談だよ」
口ではそう言うけど、部屋の出口に向かってたじゃん。俺が肩を掴んで止めなかったら、本当に帰っていただろ?
「気乗りしなきゃいいよ。テイマーズの十八人、全員この先に居るかもしれないから、特徴を教えてくれ。俺が探しに行ってくる」
ニッコリ笑顔でファーギに微笑みかけた。
「……ああ、分かったよ! 行くよ、行けばいいんだろ!!」
だけど、ファーギを責める気にはならない。彼がSランク冒険者たる所以は、こういった場面、つまり、予測不能の事態を回避するという、冷徹さがあるからだ。
リュックを降ろして、武装を整えはじめるファーギ。
「お前、これ着とけ」
「なにこれ?」
「特製の鎧だよ」
「これが?」
ファーギに渡されたのは、鎧ではなく黒いマント一着。追加で魔導剣も渡された。
俺もファーギも普段着で、武装は無し。さっき工房丸ごと魔導バッグに入れていたから、何か持っていると思っていたけど案の定だ。
「裏地に防御魔法陣と多重魔法陣が縫い付けてある。内ポケットにこれを入れておけ」
ファーギの工房で作った神威結晶を渡された。イチゴの種程度の大きさだけど、これだけでも十分な効果がある。
そう思って着てみると、その効果が実感できた。
「このマント、神威障壁並みの防御力があるな」
「そうだ。お前がゴブリンの里に行ってるときに作っといた。感謝しろよ?」
「そっか。何から何まで助かる」
「いいって事よ」
「……んじゃ、行くか」
「おおよ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ゲートを抜けると、ベシャベシャの地面に足がついた。寒いな……。
というか、景色がおかしい。
雑誌で見たことがあるピックアップトラック。見たことがある街灯。そして見たことが無い高床式住宅。鉄塔、パラボラアンテナ、巨大な倉庫、積み上げられたコンテナ。
アスファルトの道沿いに立つ黄色い看板は、英語で書かれていた。
「明るいな。……ここが冥界か?」
「……」
「おいっ! どこに行くんだ!!」
ここは……。
ここは、地球だ。
温暖化が止まらず永久凍土が溶けてしまい、温室効果ガスを大量にまき散らした地域。それもこれも、俺たち地球人のせいなんだけど。
だけど、どうしてここにゲートがある。振り返ってみると、安定したままのゲートが見えている。あれは……人為的に作られたゲートなのか? あんな野ざらしの場所に?
「おいっ! 待てって!!」
ファーギが困惑した顔で追い付いてきた。
そういえば一緒にゲートをくぐったんだな。
「……すまん」
「どうしたんだ? ここは冥界じゃ無いのか?」
「違う」
邪悪な気配なんて微塵も感じない。
すると、遠くから轟音が聞こえてきた。
「何だありゃ? 形が変だし空艇にしちゃうるさいな。ソータ、ここが冥界じゃないなら、どこなんだ?」
「かなり高い確率で、ここは地球だと思う」
「ちきゅう? ソータの故郷がある世界か?」
「たぶんな」
「たぶん、か。ここには来たことが無いって言い方だな」
「来たことは無いけど、どの辺りかは分かる。でもなあ……ここに空軍基地なんてあったっけ?」
俺たちはおそらく、アラスカに居る。大型輸送機が着陸できるなら、それなりに大きな空港があるはずだ。しかしここは、アンカレッジよりもっと北に位置しているはず。柵の向こうにデナリ国立公園の看板があり、北米最高峰の山が見えているからだ。
氷河が全て溶けてしまい、デナリ山の雪もまばらになったと報道されていたので記憶に残っている。
「空艇の軍? ここは軍港なのか?」
「そうだ。とりあえず、ファーギの魔導カバンごと、武器を仕舞っといてくれ。あのスキルっぽい穴の中に」
「む……気付いてたのか」
「皇帝陛下とファーギで二回見たし、魔力が動かないから、たぶんそうだと当たりを付けてただけだ」
エルフの長老、ボリスが使っていたのは収納空間魔法で、魔力が動くし。
「……まあいい。あんまりスキルの詮索はするなよ?」
「分かってるって。だけど緊急事態だからな」
「近づいてくる気配か?」
「そそ、たぶん言葉が解らないと思うけど、ファーギは黙秘で頼む」
色々話しているうちに、軍用車が三台やってきた。降りてきた十五名の兵士が手を挙げろと言いながら、ライフルを構える。
米軍基地の敷地内に怪しい人物がいれば、すぐにこうなるだろうね。
両手を頭に乗せて、膝をつく。ファーギも真似て俺と同じ体勢になる。
結束バンドで両手を固定され、俺たちは車に乗せられた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ファーギとは別々の部屋で取り調べを受ける事となった。
さて、取り調べで話す内容は即興で考えた。
俺はアジア系アメリカ人で、ファーギはじいちゃん。世界が滅ぶまで僅かな時間しか無い。せっかくだから生涯の夢を叶えるため、家も土地も売り払ってアラスカまで釣りに来た。だけど遭難して、命からがら助けを求めていた、という事にした。
荷物はファーギのスキルで隠したので、俺たちは手ぶら。身分証などは川に流され持っていないと話した。
そんな出任せを聞いて、取り調べの兵士が涙を流していた。それもあって暖かい部屋に通されたけど、罪悪感が半端ない。
住所は汎用人工知能に聞いて適当な場所を言ったので、バレるのは時間の問題だし、さっさと動こう。
「本当に何言ってるのか分からんな。言語魔法でも覚えるか……」
「こっちの世界の言葉だからね」
「ソータの世界は日が沈まないのか?」
「どうだろ? この辺りは白夜になるって聞いたことはあるけど」
「変った世界だな?」
「あっちの世界でもあると思うけど、今度ゆっくり説明するよ。今はとりあえず、テイマーズを探そう。これポケットに入れといて」
机の上にある紙に、認識阻害の魔法陣を描き、ファーギに渡す。俺の分も描いて内ポケットに入れておく。
この部屋に来るまで、いくつもの監視カメラに写ったので今さら感もあるけど、やらないよりマシって程度だ。
「ふむ……ゴーグルをかけて、ようやくソータの姿が分かるな」
「コートとゴーグル、両方に神威結晶を使ってるよな。手間のかかったゴーグルに軍配が上がったってとこか」
「ま、ゴーグルは気合入れて作ったからな」
時計を見ると午前一時。だけど、窓の外は朝なのか夕方なのか、よく分からない微妙な明るさ。
「何の魔法だ?」
「風の魔法だ」
「そんな使い方があるのか」
「ファーギも出来る?」
「物作りドワーフを舐めるなよ?」
風の魔法で姿を消すと、ファーギは魔道具で姿を消した。
念動力でドアの鍵を開ける。部屋の外には警備兵が二人立っているので、風の魔法で時間遅延魔法陣を飛ばして動きを止めた。
テイマーズがこの基地に来たのは、三ヶ月以上前だ。もちろんその可能性があるという程度。
もし俺たちと同じように拘束されていたら、彼らはどんな行動を取る? 言葉が解らず、初めて見るものばかりで混乱するだろう。しかし腐っても冒険者。それなりの実力がなければ、帝都の広大な下水道を、たった十八人で掃除することは出来ないはず。
互いに透明人間のまま、勾留施設の正面玄関に立つ。
「ファーギはどう思う?」
「これくらいなら、簡単に抜け出してるだろうな。というかお前、何の魔法を使ったんだ?」
「時間遅延魔法陣だ」
「……魔法陣は物に刻むものだが? ふうん、今度やり方を教えてくれよ?」
「ああ、もちろん」
何人かの兵士とすれ違ったけど、誰も気付かなかった。だけど、俺たちの部屋を警備していた兵士は別だ。時間が止まる勢いで遅延させているけど、あのままにはしておけない。
時間遅延魔法陣を解除し、俺たちは気配を消して走り始めた。




