063 火ネズミの脅威
ドワーフの物作りを見学できる、なんてワクワクしていると、ファーギから手伝ってくれと言われて今に到る。それから色々やっていると、あっという間に夕方になっていた。
今日はヒュギエイアの杯作りで終わりそうだ。いそいで終わらせよう。
折り返し鍛錬といっても、日本刀を作るわけではない。四つの魔法陣を隠すことさえ出来ればいいのだ。ミスリルのインゴットが工房の隅にいくつか転がっているので、それを魔導溶鉱炉で溶かして板状に伸ばしていく。金槌で叩くのではなく、念動力を使ってズルをした。
ファーギはポカンとした顔になりすぐにハッとして、何のスキルだと問いただしてきた。正直言って念動力に関してはよく分からない。魔法でもスキルでも無さそうだし、超能力とか異能、そういった分類になるのかも?
だから、知らんと言ってみたけど、納得はしてないようだ。
「ほら、今のうちに」
「お、おう。しかし本当に出鱈目なやつだな」
ブツブツ言いながら、まだ赤いミスリルの板に小さな判を押していく。判には四つの魔法陣と多重魔法陣、五つが彫られている。これは朝一でファーギが作ったもので、アダマントという硬い金属を使っているらしい。また創作物の金属だ。
ミスリルの板一面に、魔法陣の形をした凹みが出来ると、念動力で再度折り曲げていく。
「ふう……これくらいにしとこうか」
「そうだな。あとはワシが整形しておくよ」
ヒュギエイアの杯は今日中に返さなければならない。あの城に何度も行くのは遠慮したいので、一往復で済ませるつもりだ。
ファーギが杯の形に整形して、底に神威結晶を埋め込む。とりあえず十四個だけ完成した。ただし、ヒュギエイアの杯と違い、細かい細工も何もない。ワイングラスの形をした金属製の杯。
無骨だけど、効果は確認済みだ。昼過ぎに凄い眠気が来たので、出来上がったヒュギエイアの杯もどきに水を入れて飲んでみた。すると眠気とだるさが吹っ飛び、生まれ変わったように元気になったのだ。
汎用人工知能が、麻薬のような副作用が無いことを確認したので、安心して飲める。
今度ファーギに一個作ってもらおう。
日が落ちたみたいで、外は藍色の空が見えている。
空に一瞬だけ輝くオレンジ色の光。
「花火? ……祭りでもやってんの?」
「祭り?」
ヒュギエイアの杯を箱詰め中のファーギは首を傾げながら手を止め、俺の横に立って外を見る。
「戦争前だぞ? さすがに祭りはやってないな。うーん。……なあ、ソータ。神威障壁の多重展開は、振動も消すのか?」
「ああ、外の音が聞こえなくなるから、そうだと思う」
「情報漏れ防止策が裏目に出たかもしれない……」
ファーギが中央の機械をさわって、神威結晶を解除する。
「うおっ!?」
途端に工房が騒がしくなる。これまで外の音が聞こえなかったから尚更だ。音に集中すると、叫び声や家屋が崩れ落ちる音が聞こえてくる。だいぶん遠いな。何かが起こっているのは間違いないけど、何が起こっているのか分からない。
「ソータ、一旦ここは収納する。外に出るぞ」
「収納?」
「いいからさっさと出ろ!」
ファーギの剣幕に押されて工房から出ると、繁華街の方で火の手が上がっていた。爆発も起きている。
「よし、行くぞ!!」
振り向くとファーギの工房が跡形も無くなっていた。……魔導バッグに入れたのかな? 俺を待たずに走り出したファーギの背中には、リュックが背負われている。たぶんあれに工房ごと入れてしまったのだろう。
これから向かうのはテーベ城。
何の事件が起こっているにせよ、今日中に国宝の返却が出来なければ、罪に問われるのは間違いない。
俺は走る速度を一気に上げた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
昨晩使った城の跳ね橋に到着すると、女性執事のモルトが待っていた。工房を出たときから複数の気配がつけてきたのは、彼女の手の者だろう。でなければ、こんなにタイミングよく待てるはずが無い。
「ご苦労様です」
「作れたのは十四個。中には国宝も入っている」
丁寧なお辞儀をするモルトが、俺たちの後ろへチラリと目配せをした。ファーギはそんなの構わず、宙から取り出した魔導バッグごと渡している。
皇帝陛下の時も思ったけど、これどうやってんだろ?
俺たちをつけていた気配は、離れた場所で停止している。屋根の上を飛び移りながらついて来ることが出来るなんて、地味に凄い。モルトが目配せをしたのは、たぶん彼らに向けてだろう。
「国宝の確認が取れました。模造品の確認には時間がかかるので、後日こちらから使者を出します」
「モルト、繁華街の方で何が起きてるんだ?」
「私はテーベ城の執事ですよ? それくらい自分で調べて下さい」
「けっ! 相変わらず、いけ好かねえ奴だな!!」
おや? ファーギとモルトは知り合いなのか。そっか、ファーギって年寄りだったな。長年この街に住んでいるのなら、知り合いでもおかしくは無い。
モルトは素っ気ないお辞儀をして、城の中へ戻っていった。同時に俺たちをつけていた気配も消えていく。
国宝なんて持ち逃げしないっての。あと、こういう人員を動かせるのだから、何が起こっているのかくらい把握しているはずだけどなあ。少しくらい教えてくれてもいいのに。
「派手な事件が起こるんだな、帝都なのに」
「どうだろう?」
歩きながら呟いた声に、視線で合図を送るファーギ。その先にはドワーフ軍の歩兵が大勢で移動している。数台の軍用多脚ゴーレムが歩兵を追い抜いて、火の手が上がる方へ向かっていった。
「軍が動くなら、大ごとかもな」
「その可能性があるから全部収納してきたんだ」
「その魔導カバンにか?」
「まあな。とりあえず冒険者ギルドに行こう」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
冒険者ギルドは大混雑だった。俺たちは冒険者たちを掻き分けながら、ようやくカウンターに辿り着く。
「オギルビー、何が起こってる?」
「おおっ、ファーギさん、助かりました!!」
この冒険者ギルドで、ファーギは様をつけて呼ばれる場合がある。若い職員から、かなり人気があるのだ。ギルドマスターのオギルビー・ホルデンでさえ丁寧な話し方になっているのは、ファーギに信用と実績があるからだろう。
「えっと、まだよく分かってないんです。いま分かってるのは、飲食店で火ネズミが出たという騒ぎが起きて、苦手な客が魔導銃をぶっ放したんですが――」
火の手が上がった件や爆発音も、その客の魔導銃のせいだ。どうやら一店舗だけではなく、繁華街にある多くの店で火ネズミが出たみたいだ。
この街は凄い清潔なのに、なんでだろ?
オギルビーの話しを聞いていると、軍が動いている事と、冒険者が大勢集まっている事の理由が分かった。
冒険者ギルドに、軍から火ネズミ退治の依頼が出ているのだ。
ブライアンが操っていた虫型デーモンが脳裏に浮かぶ。火ネズミって言うくらいだから虫では無いと思うけど、可能性としてあり得る。だけど、もし奴がこの街に入ってこようとしても、あの長いトンネルを抜けることは不可能。
入り口の砦を突破できたとしても、通路内の落とし格子で閉じ込められ、油に火を付けて焼かれるのがオチだ。
「おーい、ギルマスー!! 街の様子が分かったぞ!」
冒険者が駆け込んできた。汗だくで息が上がっているので、相当急いできたようだ。
「火ネズミが方々で大発生してる!!」
「さっきから何だ、火ネズミって?」
「ソータ……それくらい勉強しとけよ。火ネズミは、火属性の魔法を使う魔物だ。ネズミの口で詠唱なんて出来ないから、火を吹くくらいだけどな――」
ただ、繁殖力が強く、気付かないでいると、とんでもない数に増えるそうだ。おまけに小さくて素早いので、駆除するのがとても大変だという。この街の下水道は、火ネズミなどの小さな魔物を定期的に駆除しているみたいだ。
魔物使いのスライムによって。
だから、火ネズミの大量発生はあり得ないらしい。
「魔物使いって、帝都の公務員?」
公共施設の清掃業なら自治体、というか帝都ラビントンの職員がやっていると思って聞いてみると、ファーギとギルマスが何かに気付いた。
どうやら清掃業は帝都の管理ではなく、冒険者ギルドに帝都が依頼を出しているそうだ。
そう言えばそうだ。ランクの低い冒険者は、どぶさらいや犬の散歩、といった依頼が多い。
カウンターの後ろにある書類棚を探し始めるオギルビー。他の職員に、下水道の火ネズミ退治は誰が行なったのか探すように指示を出している。
他の冒険者たちは依頼を受け、繁華街へ向かっていった。残っているのは俺とファーギだけだ。
「ありました。……これです」
女性の職員が書類を見つけ、申し訳なさそうな顔でオギルビーに渡す。
「テイマーズ……あのガキどもか。他に受注している奴はいないのか?」
「はい。彼らのパーティーが率先して受けていたので……」
「そうなると帝都の下水道にいる魔物が、百日以上退治されていない事になるな……」
「すみません! わたしのミスです!!」
女性職員が頭を下げ、肩をふるわせる。ランクの低い依頼だから、見落としていた? 事務職でそんなことあるか? とも思ったけど、ミスは誰にでもある。
今回のような小さなミスが大きな事故に繋がるのは、よくある話だ。
「そのテイマーズってパーティーに会ってこようか?」
「そうだな、ワシも行くぞ」
「えっ? ファーギさん、帝都の依頼はどうしますか?」
「いや、そのパーティーは、ワシの知り合いだ。ガキ共の集団だが、依頼を投げ出すような事はしないはず。何かあったのかもしれない」
「そ、そうですか。では、よろしくお願いします」
「申し訳ありません、ファーギ様!」
オギルビーと女性職員のふたりが深く頭を下げた。
テイマーズという冒険者のパーティーを探すため、俺はファーギと共に冒険者ギルドを後にした。




