061 魔女カヴン
おかしいな……。取り調べかと思っていたけど、もう三カ所も衛兵の詰め所を通り過ぎた。俺を先導する黒装束に、何処へ行くのかと聞いても返事が無い。他の黒装束は俺と一定の距離を保ちながら、建物の屋根を移動している。
「うーむ……?」
この道をまっすぐ行けば、城に行き着く事になる。名前は確かテーベ城。この街の石造建築とは違う、黒っぽい城。ファーギは、皇帝陛下に会うって言ってたな……。もしや俺は城に連れて行かれるのか?
「妙な真似はするなよ」
「ああ」
俺の懸念は現実となり、お堀にかかった跳ね橋を渡る。細長い城門にはいくつも落とし格子と魔法陣があり、何かあればすぐに閉じ込められてしまいそうだ。めちゃくちゃ分厚いな、この城壁。
そこを抜けると、夜でも分かる大きなフラワーガーデンがあり、まるで別世界のようになった。花の香りを楽しみながら、大きな音が出る砂利道を進む。ここはたぶん正門ではないな。
城に入ると大きなホールがあり、ドワーフのメイドさんたちが整列してお辞儀をしていた。チビっこくてかわいいけど、何なのこれ。暗殺者の集団かってくらい、冷冷然とした集団だ。
「あとは執事に付いていけ」
感情のない言葉を残し、黒装束は姿を消した。
「はじめまして、ソータ・イタガキ様。私はこの城で執事をやっております、モルト・ローと申します。ささ、こちらへ」
「ご丁寧にありがとうございます」
うーん、メイドたちと違い、凄く丁寧な空気を持つ女性執事だ。取り調べじゃないのかな? ファーギはまだいるのだろうか?
モルトの後ろをついていきながら、城の内部を観察する。今いる大ホールは宮殿っぽい造りとなっている。床も内壁も白い大理石が使われ、天井には魔石ランプのシャンデリアがかかっていた。
後ろからついてくるメイド二名は、油断ならない気配を放っている。俺たちは大ホールを通り抜け、通路を進んでいく。幅は広く両脇に等間隔で絵画が飾られていた。
だいぶん歩いたけど、何処へ連れて行くんだろう。背後からの冷え冷えとした空気で、聞けるような雰囲気ではない。通路は微妙にカーブしていたり、曲がり角が直角ではなかったりして、方向感覚を狂わせる仕掛けになっている。おまけにゴブリンのシェルターで見た、誘導魔法陣が物陰に隠されている。
階段を下りたところで、大きなドアが眼に入った。金属製でかなり頑丈そうだ。両脇に立哨がいるので、中に重要人物がいるはず。
「皇帝陛下がお待ちです。どうぞ」
あははー、やっぱり。
モルトがドアを開け、中へ招き入れた。
……凄いな。謁見の間ではなく謁見のホールかな?
眼前に広がる大空間は、白大理石で包まれていた。両脇の太い柱は、ギリシャの遺跡で見るエンタシス。床のレッドカーペットは、俺の為のものでは無い。
奥の玉座に座る、皇帝陛下の為のものだ。
王冠は無し。ラフな格好だけど、値が張りそうなガウンを着ている。顔を隠す布作面には、魔法陣が描かれていた。
『認識阻害魔法陣を解析します……。解析、改良が完了しました』
『あの魔法陣、冗談でも解除するなよ?』
『……』
あれで皇帝陛下の顔が見えないようにしている。俺みたいなどこの馬の骨か分からない奴に、顔を見せるわけには行かない。そんなとこだろうな。
少しでも妙な真似をすれば、あっという間にお縄だ。
「そのままお進みになってカーペットの色が変る位置で立ち止まり、膝をついてください」
モルトが小声でお作法を教えてくる。こんな時間だし、だいぶん簡易的になっていると思う。モルトの言うとおりに動き、片ひざをつく。ここで頭を上げたらダメなやつ、たぶん。
俺のすぐ後ろに、モルトとメイド二人が膝をついた。護衛の姿が見えないけど、大丈夫? 近衛兵とかいないの?
「堅苦しいなぁ、モルト。そいつはワシの友人だと言っただろ?」
「はっ! しかし!」
「いいから、下がれ。ソータはワシが鑑定したから間違いない」
「わ、分かりましたっ!」
モルトとメイドたちが、謁見の間から出ていく。
何の茶番だよ。初対面の皇帝が、俺の友人なはずがないだろ? いや、……何か試されているのか? 鑑定魔法があるのか知らないけど、何かすれば汎用人工知能が気付くはずだ。
『スキルの場合、探知できない場合があります』
『え、そうなの?』
「ソータ・イタガキ、いいから顔を上げてこっち見ろ。神威結晶を作ったお前を、先ほど見定めさせてもらった」
「――あっ!」
皇帝陛下が布作面をめくると、バーで談義した金持ち紳士の顔が現われた。声が違うのは、何か魔法を使っていたのだろう。
「ふむ……? 夕刻とは面構えが変ったな。何があった?」
「や、特に何も……」
アスクレピウスに未来を見せられて、俺が決心したからかな?
「そうか。よし、自己紹介といこうか。ワシはミゼルファート帝国の皇帝、エグバード・バン・スミス。改めてよろしくな」
「あ、はい。おれ、いや、私はソータ・イタガキです」
「なんだよ、おい。無理して丁寧に喋らなくていいぞ? さっきはワシと色々喋ったじゃないか」
そう言う訳にもいかないでしょ? 無礼講だと言われ、はっちゃけた奴がどうなるのか俺は知っている。さっきは皇帝陛下だと知らなかったから、ノーカンでお願いします。
皇帝陛下が手を振ると、隅にある椅子が移動してきた。
『念動力を感知しました』
『あ、はい』
「座って話そうか」
「あ、はい」
とりあえず椅子に座る。
「硬いな……まあいい。ファーギは頑として口を割らなかったが、元から神威結晶を作ったのはソータだと調べはついていた。本来なら異世界人であるソータに関係の無い話だが、今回の戦争に勝つため、神威結晶をいくつか譲ってくれないか? もちろん相応の報酬は支払う」
「え、お断りします」
「え?」
何言ってんだこいつ。髭ちぎるぞ? 俺はこの世界のオッペンハイマーになるつもりはないっての。ファーギに渡したのは、あいつが信用できるからだ。
それなのにこいつ、戦争に使うから神威結晶を売ってくれときたもんだ。
「申し訳ありません。平和的利用ならまだ考える余地もありましたが、皇帝陛下は戦争に使うと言われました。神威結晶は大量破壊兵器になり得ますので、お渡し出来ません」
「ふっ……、ふはは、ふははははははっ! 言葉足らずだったな。 ソータ、ちょっと昔話に付き合え――」
――千年ほど昔、この世界にデーモンが跳梁跋扈し、ニンゲンとの大戦争が起こったそうだ。
原因は古代人のひとつ、カヴンと呼ばれる魔女の集団が、デーモンを使役しはじめたから。
カヴンから奴隷のように扱われるデーモンは不満を募らせ、若い未熟なカヴンを食い殺してしまった。それを切っ掛けにデーモンが反乱を起こし、カヴンの里で虐殺が始まる。
勢いに乗ったデーモンは、周辺にある町や村を襲いはじめ、獣人の王国まで手を伸ばしていく。
しかし、獣人王国の女王キャスパリーグはデーモンと協定を結ぶ事に成功。真っ白な髪の毛をなびかせ、美しい笑顔と共に、世界を征服すると宣言した。
当時の周辺国家は当然反発し、連合を組んで獣人王国との戦いへ身を投じてゆく。
互いの存亡を賭けた戦争は百年も続き、六カ国の連合が勝利した。しかし、ミゼルファート帝国以外は、ほとんどのニンゲンが残っておらず、国として存続できなかった。
「ドワーフが生き延びたのは、神威結晶を使った国宝のおかげだ……。ソータ、ワシは神威結晶を兵器として使う気はない。兵士たちがデーモンに噛み千切られた足を生やし、えぐられた眼を元に戻したいのだ」
なるほどね……。じーちゃんが言ってたカヴンは、それで地球に追放されたのか。
その辺もう少し聞きたいけど、いまはそうも言ってられない。
「……国宝について、少し聞いてもいいですか?」
「いいぞ――」
国宝は古代ドワーフが作った魔道具で、動力源が魔石ではなく小さな神威結晶が使われていた。その効果は病気や怪我の治療に特化したもので、戦争当時、大勢のドワーフを救ったという。
だが、神威結晶の効果も永遠に続くわけではない。現在はその効果も薄れ、すり傷の回復程度しか使えなくなってしまったそうだ。
「ヒュギエイアの杯。国宝はそう呼ばれている。ワシはそれと同程度の物を作ってもらいたいのだ」
「……わかりました。だけど、俺は作れませんよ、魔道具なんて」
「それなら大丈夫だ。おい、入ってこい」
『念動力を感知』
皇帝陛下の声――サイコキネシスで横にあるドアが開き、そこからファーギが入ってきた。後ろには例のメイドさん二人がついてきている。まったく気配が分からなかったのは、この部屋に張り巡らされている魔法陣のせいだろう。
しかしだ、謁見の間に入ってくるメイド? さっきも思ったけど、何か違う気がする。
端麗な顔つきで底冷えのする口元、ただ者ではない気配はおそらく……皇帝陛下に近づける、近衛兵という事か? それも違う気がするなあ……。
「ファーギ、お前も座れ。……大丈夫だ、外で待機しろ」
皇帝陛下が手を振って、また椅子を移動させる。謁見の間から出ろと言われたのはメイドたち。残ろうとする素振りを見せたが、皇帝陛下があごをしゃくると渋々出ていった。
「さて、兵器に転用せず、兵士や民間人の治療と回復のため、という条件でなら魔道具を作ってくれるか?」
皇帝陛下はファーギに向かって問いかけている。
ファーギはその問い掛けで、俺に顔を向けた。
「これみたいな感じで作れる?」
俺は首にかけたゴーグルを持ってファーギに見せる。これに埋め込まれた神威結晶は、イチゴの種くらいの大きさ。ファーギは国宝に使われている神威結晶が、鼻クソくらいの大きさだといっていたので、さほど変わりがないはずだ。
「……そもそもの仕組みが分からん」
「これを貸そう。国宝、ヒュギエイアの杯だ。これに注いだ水を飲めば、たちどころにその効果が現われる。ワシはワインで飲むのが好きだがな」
俺とファーギの会話に皇帝陛下が割って入る。その手には蛇の装飾がされ、ワイングラスのような形をした銀杯があった。
仄かに感じる神威。どこから出したんだろ? 今の今まで持っていなかったのに。
「以前、一度だけ拝見した事があります。その時はまだ未熟で仕組みが分かりませんでしたが……」
ファーギは皇帝陛下からヒュギエイアの杯を受け取り、じっと見つめる。神威が漏れているのは、杯が立つように支える部分からだ。
『回復魔法陣、治療魔法陣、解毒魔法陣、再生魔法陣を確認しました。解析します……解析完了。改善と効率化が完了。使用しますか?』
『ちょっと待って……』
ファーギも皇帝陛下も、魔法陣に気付いていない。そういう俺も、何処に魔法陣があるのか分からない。
『視力を調整しますので、杯の縁を見て下さい。微細に彫られた魔法陣があります』
『あんがと』
確かにあるな。よく見ないと分からない小ささだ。ファーギはヒュギエイアの杯を上から見たり下から見たりしているけど、まだ気付いていない。皇帝陛下がそれを興味深そうに眺めている。
『彼らの視力では見えない大きさです』
『……確かに』
ヒュギエイアの杯の縁は、見た目は光沢のないザラっとした感じのマット加工。相当目がよくないと、その中に何か彫られていることに気付けないだろう。
古代ドワーフ凄いな……。今より技術が発展していたんじゃない?
「どうしたファーギ。現物を見ても仕組みが分からんか?」
「ええ――」
「ファーギ、工房に戻れば調べられるんじゃない?」
「いや――」
「大丈夫だって! ほら、あれ使えばいいんじゃね?」
「あ、あれか……?」
「そそ、あれあれ!」
皇帝陛下に返事しようとしたファーギに、俺が言葉をかぶせまくった。
さすがに不自然すぎたようで、皇帝陛下が不信な目で俺を見る。
「皇帝陛下、ヒュギエイアの杯を、一日だけ貸し出す事は出来ますか?」
「……国宝を貸し出せと?」
スッと目を細くする皇帝陛下。やっぱダメかな?
ヒュギエイアの杯の仕組みは分かった。だけど、それをここで言うわけにもいかない。古代ドワーフが使った微細技術は、リバースエンジニアリング防止策だ。
ヒュギエイアの杯自体の構造はシンプル極まりない。だけど、底にある神威結晶と、縁にある魔法陣のおかげで、とんでもない回復効果が出るのだ。
その魔法陣を隠そうとする意図があるのなら、俺がここで軽々しく言うわけにもいかない。
「ワシの目に狂いがないことを祈ろう」
「ありがとうございます」
皇帝陛下とのにらめっこに勝った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「やっと解放された」
「ソ、ソータ、お前、何考えてんだ」
ファーギは、ヒュギエイアの杯が入った箱を持っている。元々保管されている箱は、金細工や宝石がちりばめられているらしく、目立たないようワインの空き箱に入れて渡された。
「とりあえずファーギの工房に行こう」
「そうだな……」
ファーギも気付いているみたいだ。
城を出てからずっと尾行されている。しかも、尾行者と別の勢力が戦闘になっている。
感じることが出来る気配だけでも、五十人は下らない。
俺はため息と眠気を堪えつつ、工房へ急いだ。




