059 女神介入
この前グローエットがパウダー状にした森は雨が降ったのか、非常に目の細かい土のようになっていた。方々から新緑が芽吹いているのは、この森の生命力がなせる業なのか。
「ほんとに大丈夫か?」
「うーん? この胸騒ぎが何なのか、いまいち分からないの」
ゴブリンの里を発ってからというもの、グローエットはずっとこの調子だ。妖精の勘が働いて、不吉な前兆を感じ取っているのだという。
だから俺たち三人は急いで戻ってきたけど、行きと変らない日数がかかった。行きは行きで、かなり急いでいたし。
帝都ラビントンへ続くトンネルの入り口は、大勢のドワーフたちが砦の再建をしている。この前ここで、大勢が亡くなったんだよな……。
グレイスが顔パスでトンネルに入ろうとすると、俺たちは呼び止められた。
だいぶ警戒しているな。前と同じく俺たちは槍を向けられたのだ。
責任者っぽいドワーフが、搭乗者と多脚ゴーレムの個人認証が一致する事を確かめ、魔導通信で製造番号の問い合わせをしている。
しばらくすると応答があり、俺たちがドワーフの国の賓客だと分かった。
「失礼しました!」
ドワーフたちは直立不動となり、ようやく俺たちはトンネルへ進む事が出来た。冒険者証見せようと思ったんだけどな……。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
街の中心部まで到着すると、俺たち三人は別の方向へ別れた。グレイスは屋敷へ、ミッシーは冒険者ギルドへ、俺はファーギに会いに行く。
俺とミッシーが乗る多脚ゴーレムは、グレイスが連れて行った。グローエットはスクー・グスローが住んでいる屋敷に戻って、準備してくると言う。
何の準備かと聞くと、秘密だそうだ。まあいいけど。
ファーギとあれこれ話して七日目。ゴーグル作成の報酬が決まってないけど、もう出来上がってるかな?
「おーいファーギ、久し振りー! ……お?」
あばら屋工房のドアが開かない。
『防御魔法陣が使われています』
あら、なかなかの警戒っぷりだ。この前ボーリング玉くらいの神威結晶を置いてきたからだろうな。
「ソータか?」
「ああ」
ファーギの声に返事をすると、防御魔法陣が解除された。
「――うおっ!?」
中に入ると、神威が風のように吹き付けてきた。髪の毛が揺らぐほどの密度は、ファーギが何かやっているからだろう。すぐにドアを閉め、奥へ進んでいく。
「よっ、元気そうで何より。神威の扱いに失敗して、くたばってると思った」
「ぬかせ小僧、ワシは二百五十八年も生きてるんだぞ? 神威であろうと、物作りに関しては匠の域に達しとるわ!」
「あー、年齢マウント面倒くせ」
「何だその、ねんれいまうんとって?」
「いや何でもない。と言うか何これ?」
工房のまん中には、天井に付きそうになるくらい大きな機械が置いてある。神威が吹き出しているのはこの装置からだ。
ファーギが機械を弄くると、工房まるごと神威障壁で囲まれた。俺が入ってくるときに、神威障壁を解除していたのだろう。
「さて、これを見ろ」
ファーギが機械のカバーを開けると、この前置いていった神威結晶が見えた。器の中で浮いたまま、ものすごい速さで回転している。
「どうしたのこれ?」
「まったくお前は……。これから神威を取り出して、小さな神威結晶を作ってるんだよ。ちょっと説明するから聞いてろ――」
機械 工学 はさっぱりだ。俺が学んでいるのは超微細技術や脳神経模倣 工学 なので畑違い。
「もうちょっと簡単に話せない?」
「むっ? あ、すまんすまん。つい熱が入ってしまった」
この機械はまだ試作品で、効率が悪いそうだ。大きな神威結晶から、小さな神威結晶を作るのに、一日でせいぜい百個だという。
それでも相当なエネルギー量になると思うけど、機械の改良をすれば、もっと効率が上がるらしい。
「それでな、ワシ皇帝陛下に呼ばれてるんだ」
「神威結晶の件で?」
「ああ……」
「……なんで漏らした」
「ち、違う! 漏れ出たんだ!!」
ん? 何を言ってるんだ?
ファーギを睨むと、ボソボソと話し始める。酔っぱらった勢いで、神威結晶の情報を漏らしたのでは無さそうだ。
この工房で機械を組み立てて試験運転を始めたところ、全方位に神威が広がっていったらしい。さしずめ神威爆発と言ったところか。
ただ、その影響は悪いものでは無く、むしろ良い方向へ転んだ。
周囲に住まうドワーフたちの病気や怪我が治り、魔法でも回復できない病まで回復したそうだ。
その報が皇帝陛下の耳に入ると、即座に緊急勅令が発布され、帝都内に居る聖人探しが始まった。
ファーギはすぐに発見され、取り調べを受ける。どうやって、人々の病を治したのかと。しかしファーギは口を割らなかった。
ただ、この工房にある機械を調べられ、中にある巨大な神威結晶が発見された。
事態は急転し、ファーギは皇帝陛下と面と向かって話す事になったそうだ。
「それが今晩って事?」
「そうだな……。大丈夫、ワシは死んでも口を割らん」
「いやいや、そこまでしなくていいよ。てか、そんなに怖いの? 皇帝陛下」
「怖いというか、皇帝はそこらのドワーフとは違うからな……」
ファーギが物心ついたときから、皇帝は変っていないという。在位してすでに数百年経ち、長年に渡ってミゼルファート帝国を発展させてきた。話しぶりから察するに、皇帝は妖精よりの肉体を持ち、聡明叡知な人物みたいだ。
「神威結晶を作ったのが俺だと言ってもいいけど、皇帝陛下の口止めを忘れないようにな」
「そんなことできるかっ!!」
まっ、しゃあない。いつかどこかでバレるとは思っていたけど、遅かった感すらある。俺が作った神威結晶で騒ぎになることは予見できていた、と言い訳をしても、もう遅い。元々俺の不注意から始まった事だしね。
だからファーギだけを責めるわけにもいかない。
「俺も付き合おうか?」
「止めとけ……。お前が思い出させるからだ。これを見ろ」
ファーギは自分の足に視線を向けた。ものすごくガクガクしている……。話を聞いている限りだと、そんなにビビる相手でもなさそうだけど……。
あ、何となく理解できた。もしも俺が園遊会に呼ばれ、赤坂御用地に行く事になったら膝が笑うと思う。笑えない状況だ。
「よし! 遠慮しとく! 頑張れファーギ!!」
「て、てめえ、急に他人事みたく言いやがって!!」
「まあまあ、それはそうとして、ゴーグル出来た?」
「……ああ」
ファーギはちょっと不貞腐れながら、工房の奥から小箱を三個持ってきた。
中には一個ずつゴーグルが入っている。フリーサイズかな? 一個取り出してみると、レンズ以外は柔めの樹脂っぽい素材で出来ており、調節可能なゴムベルトが付いている。
レンズとレンズの間に、小さな神威結晶が見えないように埋め込まれているな。神威は漏れてないし、俺とファーギ以外がさわれば砂になるプログラムも受け継いでいる。不正利用はさせないよ?
「というか、なんで三個?」
「ソータ、ミッシー、マイアの分だ。ワシの分はほれ、そこにある」
ちゃっかり自分の分まで作っている。マイアはゴブリンの里にいるから、今度渡すとして、ミッシーはあとで渡しておこう。
「ありがとな。……んでさ、お代はいくら?」
「そんなもん貰えるかっ! ワシはこの神威結晶の研究だけで十分!!」
ファーギは冒険者を廃業する勢いで言い切った。
俺はゴーグルを装着し、性能を確かめる。
「ふうん」
「何だ?」
「ファーギってマジで凄いな……」
工房の中にある空間の歪みが見える。主に神威結晶の周囲が大きく歪んでいる。だけど、それ以外も見えるんだよな。
頑張れば、異界へのゲートが開きそうな微細な歪み。空間魔法でこじ開けることが出来るかもしれない。
『危険です。その前に実験して下さい』
『ですよね』
しかしこのゴーグルのおかげで、空間の歪みと現存するゲートが見つけやすくなった。
「いつまでキョロキョロしてるんだ」
「ああ、すまん。ファーギはこのゴーグルでどれくらい見える?」
「何だそれ? この前のスクー・グスローの時みたいに、星の灯りがあれば昼間並みに見えるぞ? 少し実験したが、真っ暗闇でもよく見える。坑道なんかで大活躍しそうだな!!」
……俺と見え方が違っている。
汎用人工知能とリキッドナノマシンのおかげだろうな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
工房をあとにし、乗り合い馬車に揺られて繁華街に到着した。戦争間近だと思えないくらい、人通りが多い。酔っ払いドワーフたちの喧騒をみて、郷愁を覚える。
『アルコールの分解はするなよ?』
『えっ!? お酒飲むんですか?』
『この前酔えなかったからなぁ……たまにはストレス発散しないとねぇ……』
『うぐっ! 泥酔しそうになったら、すぐに分解しますからね?』
『それは助かる』
この世界に来て二十五日目。汎用人工知能に、もしかして意識があるのでは、と勘違いしそうになるくらい進化している。悪戯するし、拗ねるし、不貞腐れるし、我が儘言うし。
『そこまで酷くないと思います』
『ああ、分かってるよ。頼りにしてるからな』
正直言って汎用人工知能が居なかったら、俺はとっくの昔に野垂れ死んでいたはずだ。冗談にも付き合ってくれるし。感謝こそすれ、そしる事は無い。
そろそろ夕暮れの時間だ。少し早いけど、始めちゃおう。
「いらっしゃいませ」
ちびちび飲むつもりなので、バーに入った。カウンターがドワーフサイズなので、座る椅子も少し低い。だけど雰囲気のある店だ。
「えっと、リンゴっぽいフルーツ感と、スモーキーな香りがするお酒置いてます?」
席に座って問いかけると、ドワーフのマスターが俺をじっと見る。
「アップルブランデーですか?」
「ええ、それをソーダ割りでお願いします」
マスターの眉がピクリと上がる。変な注文だったかな?
しかし注文を聞いたマスターは、手際よくアップルブランデーのソーダ割りを出してくれた。うんうん、この香り。ゴヤんとこで出されたものと同じだ。
細長いゾンビグラスに、しゅわしゅわ琥珀色の酒。俺はそれに口をつける。
「旨い……」
ゴヤの所ではストレートで出されていたけど、これくらいだと飲みやすいし、強い香りが仄かになって丁度いい。
一息つきながら、店内を見渡す。酒癖の悪いドワーフは一人も居ない。男性は洒落たスーツにネクタイ。女性はドレスを着ていた。
――あれ? この店の客、随分と身なりがいいな。
えっと、メニューはどこだ?
カウンターの上にあるはず。そう思って探してみたけど、置いてない。
ヤッバ、来る店間違えたかも。
キョドっていると、三つ隣の席から声がかかった。
「よっ! どうしたんだい?」
声の主も、身なりのいいドワーフ。絶対に金持ちだ。
「え、いやあ……、このお酒おいしいですね」
「ああそれか。そいつぁ、ゴブリンの里から輸入してるんだ。味は極上だが、流通量が少なくてな、ボトル一本で五百万ゴールドは下らない高級品だ」
ぬおおおっ!! やっちまった!! 日本円で五百万円!!
「どうした? そんなに驚くほどのものか?」
「あ、はい。……何でもないです」
ま、まあボトルを空けたわけじゃ無いし? グラス一杯だし? とりあえず飲み逃げはしないで済みそうだ。
ただ、三つ隣の紳士がどんどん話しかけてくる。ドワーフの国を見てどう思った? ヒト族の生活と比べて、過ごしやすいか? そろそろ戦争が始まるから、ヒト族は逃げた方がいいんじゃない? 戦後はどうなると思う? なんて話を俺に聞いてくる。
この店は社交場なのか? 興味のある話なので、それに付き合う。
正直言ってこの国は、現代の地球と遜色ない技術を持っている。魔石と魔法陣の組み合わせで、エネルギーに変換する技術が突出しているからだ。生活水準は下手すると日本より上かもしれない。
戦争はなぁ、……何度も考えたけど、やっぱり獣人自治区は間違っている。デーモンの存在は、この世界の絶対悪。そいつらを使役して、独立国家をつくるという獣人の考えにはまったく賛同できない。
けれども、俺が戦争に参加してもいいのか?
乗り掛かった船だと言ったけど、俺はこの世界のニンゲンでは無い。命がけで戦争に参加して、獣人を殺すのか?
例えその戦争が終わったとして、俺はどうする?
「ふむ……。どうして迷う? 君がこの世界のニンゲンで無いとしても、生活基盤がここにある以上、それを脅かす存在とは戦わなければ。だろ? でないと、どうなるかくらい分かるね?」
ドワーフの紳士は続ける。
獣人自治区が独立するのなら、最低でも四つの要素が必要だという。
国民と政府、生きていくための領土、それに他国との交渉が出来る外交能力。
この四つに付随してくるのは、国を守るための武力、国民を養うための財力と食料。
それらが揃ったとしても、周辺国家が国と認めなければ、どちらかが折れるまで戦争が続くという。
現在の獣人自治区は、周辺国家から総すかんを食っている。様々な物資の流通が止められ、兵糧攻めに遭っているそうだ。
獣人自治区の全員がデーモンを使役しているわけでは無い。だから戦うべき相手を見誤るな。
ドワーフの紳士はそう言って席を立ち、お会計をして店を出て行った。
いい会話が出来た。バーという空間は、こういったことが起こるので好きだ。
そろそろ戻って寝るか――――ん?
「アスクレピウス様から話があるそうだ」
「なんだ、マカオか」
前とは違うパターンだ。誰かに回復魔法を使われてないし、マイアの時のように誰かを甦らせようとしたわけでも無い。それなのに俺はアスクレピウスの神殿に立っていた。
「何だとは何だ! さっさと御前で膝をつけ!」
相変わらずのマカオに辟易しながら、奥の席に座る巨人の前に立つ。
「前と変わらず、ここは神威に満ちた空間で、厳かな雰囲気ですね。二十日ぶりかな、ここに来るのは」
「そうですね、ソータ。お久しぶりです」
何で呼ばれたんだろう?
「ソータの心に迷いがあるからです」
あー、確かに。だけど戦争に荷担するとなると、やっぱ尻込みしちゃってさ。
「その件ですが、これを見て下さい」
アスクレピウスの言葉で、視界が切り替わった。どうやら転移させられたようだ。
今までいた場所では無いどこか。空は分厚い雲で覆われ、大粒の雨が降っている。
――――ここは戦場だ。
アスクレピウスさん、これって俺を戦場に転移させたって事なのかな?
濁った水たまりを避け、俺は歩き始めた。




