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005 森の中の異世界人

 体長二十メートルはある大きな蛇は、しっかり俺たちふたりを視線で捕らえている。


 後戻りしても奴隷商が居るので、面倒になるだけだ。だから逃げる気は無い。


 いや、そんなのウソだ。


 そんな事どうでもいい。俺はいま、この有り余る力を解放させたかった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「あれはコイルサーペントにゃ。とりあえずゆっくり後ろに下がる――あっ!? ソータ、待つにゃ!」


 風のように駆け出したソータは、木々を避けながらコイルサーペントへ近づいていく。エリスは木に隠れつつ、ソータの動きを観察する。


「スキルを使っているようには見えないし、魔力の動きも感じないにゃ。それなのにあの素早さ……あのヒト族、少しおかしいにゃ?」


 異世界人だと聞いたが、見たのは初めてだ。異世界はあんなニンゲンばかりなのかと、エリスは慄いていた。もちろんソータが殺られたら、逃げる気満々である。


 一方、ソータはお構いなしに突進していく。昨日までは研究室に籠もる、一介の院生だったのに。コイルサーペントはすでに臨戦態勢。巻き付いた木から降りて、ソータに牙を剥いているが、少々様子がおかしい。


 コイルサーペントは、逃げる獲物を追うのが狩りだと思っていた。この森に住み着いて三百年もの間。しかし、躊躇(ためら)いもなく(みずか)ら食われに来る獲物なんて見た事が無い。そんな躊躇(ちゅうちょ)を見せるコイルサーペントに、ソータは肉薄する。


「――熱っ!?」


 ソータは魔力で拳を白熱化させるも失敗。瞬時に熱の方向を反転させ、自分が燃えないように調整した。


「おっしゃ成功!!」


 千度を超える熱は、ソータの拳を燃やすこと無く、外に向けて熱を放っていた。ばく大な魔力を感じたコイルサーペントは、たじろいで一瞬動きを止める。ソータはその隙を逃さず、コイルサーペントの頭部をぶん殴った。


 とてつもない力と、魔力を含んだ熱で殴られたコイルサーペントは、顔がぐしゃぐしゃになって吹き飛ばされていく。白熱化した拳で殴ったとしても、本来ならその部分が焦げる程度なのに、どういう訳なのか、コイルサーペントの頭部全体が黒焦げになっていた。


 ソータは首を傾げながら、コイルサーペントに近づく。


「何だこれ?」


 一発殴っただけで、コイルサーペントは瀕死の状態になっていた。


「熱が広がってる?」


 ソータが殴った箇所から、炭化した焦げ目が広がっていく。焼き焦がされていくコイルサーペントは死を悟り、近くの川に向かってノロノロと逃げ出した。全身が真っ黒になり、ボロボロと炭をまき散らしつつ、逃走するコイルサーペントを見つめながら、ソータはボソリと呟いた。


「熱した針の応用だったんだけど、今のも魔法なのか?」


 コイルサーペントが見えなくなり、しばらくすると川の方から大きな水柱が立った。いつの間にかソータの近くに来ていたエリスが、呆れた声で言う。


「今のは何にゃ? 急にめちゃくちゃな魔力を感じたにゃ!」


「魔法を意識したらこうなった」


「魔力の塊で殴ったように見えたにゃ……。そんな事出来るの?」


「よく分からないな……」


 エリスはため息をつきつつ、コイルサーペントがどうなったのか確かめるため、川に向かって歩き始めた。しばらくすると、大きな川が見えてきた。コイルサーペントは、その川に浮かんで流れていくところだ。少し動いているので、まだ死んではいない。


「ありゃもう攻撃してこないだろ……とりあえず出来るだけ進もう、暗くなる前に」


「分かったにゃ!」


 ソータの声にエリスは元気よく応えた。向かいに見えていた山の麓に辿り着くと、空はオレンジ色に染まっていた。へとへとになっているエリスは、化け物のような体力を持つソータが不思議でならない。


 ここまで来るのに、動物と魔物に三回遭遇した。一回目は、この森でも強力な魔物と言われる、コイルサーペント。しかし、ソータはそれを簡単に倒してしまった。


 次に現われたのは、ワイルドボア。野生のイノシシだ。ただ、これには少し苦戦していた。軽トラックほどの大きさがあり、その突進力は、ソータの白熱化した拳でどうにかなる相手ではなかったからだ。


 しかし、直進を繰り返すワイルドボアを避けながら、ソータは火の魔法を使った。もちろん本人は無自覚で。その魔法は、まるで火炎放射器。ワイルドボアはあっという間に黒焦げになってしまったのだ。


 そんなソータを見ていたエリスは怒り散らかす。ワイルドボアは食用として重宝されているのに、どうして食べられないようにしちゃったのかと。ションボリするソータを見ながら、エリスは少し笑みを浮かべた。


「次ワイルドボアが出たら、黒焦げは無しにゃ~」


「ああ、分かった」


 そして、小さめのワイルドボアと遭遇した。食用だと教わったソータは、牢屋で使ったリキッドナノマシンの針を応用した。ちゃんと食べられるように。突進してくる行動は同じだったので、ソータは針を伸ばして、ワイルドボアの額を貫通。脳を破壊して、ほぼ即死という手際の良さに、エリスは舌を巻くしか無かった。


「ソータ、そろそろ晩ご飯の準備をするよ?」


「そうだな。それと寝床の準備もしなきゃな」


 そう言いながらエリスは、ソータが引きずっているワイルドボアをジッと見つめている。小さいと言っても、重さは二百キロを下らないだろう。エリスは不思議でならなかった。ソータの持つ身体能力の高さと謎の力が。


「近くの川で水浴びしてくるにゃ」


 ドンヨリとした顔で自分の力不足を感じつつ、エリスはソータから離れていく。逃げるわけでは無さそうだ。しばらくすると、さっぱり小綺麗になったエリスが帰ってきた。頭の上のネコ耳と尻尾はきれいになり、顔に付いた泥も落ちている。


 とてもかわいい顔立ちだ。着衣こそ汚れが落ちきっていないが、清潔な服に着替えれば、また一段と見違えるはず。ソータはそう思いながら、ジッと顔を見つめている。


 大きな目は少しつり上がり、気が強そうに見える。茶色の瞳と長い茶髪、スレンダーな体型で筋肉質。そんな彼女が日本にいれば、男性からのアプローチは尽きないだろう。


「いてっ」


 ソータの脛を蹴飛ばしたエリス。いい笑顔で目が笑っていない。


「変な目であたしを見るにゃ」


 語尾がにゃ、なので、見るな、見ろ、どちらとも取れるので、ソータは少し困惑していた。なので汎用人工知能の翻訳機能を調節しようとしたが、何故かアクセスを拒否されてしまう。


『翻訳してるエリスちゃんの言葉、かわいいでしょ?』


『……』


 汎用人工知能なので、そこらの人工知能との性能とは段違いなのだが、ソータはこんな反応をする人工知能を組んだわけではない。ニンゲンの命令を無視できるという事は、ニンゲンを害することも出来るという事だからだ。だからその辺りのプロテクトは念入りに行ったはずだった。


『まあいいや。あんま反抗すんなよ?』


『は~い』


『……』


 まるでニンゲンのような返事をする汎用人工知能に呆れていると、ソータはエリスに肩を叩かれた。水浴びの時に拾ってきたのだろうか。エリスは大きな鍋に水を汲んできている。


「ほら、そこのワイルドボアを捌くか、火を起すかどっちかやってよ。あたしは、薪拾いにいってくるにゃ」


「お、おう。んじゃ俺はこいつを捌いてみるわ」


 鍋を置いて薪拾いに行く最中、エリスは考えを改めなければと感じている。正体不明の異世界人だが、魔物と恐れずに戦い、エリスを守った。ワイルドボアが食料だと教えると、ちゃんと食べられるように仕留めた。


「ヒト族は嫌いだけど、実は聞き分けのいい、いい奴にゃ?」


 エリスはソータに心を開きはじめていた。しばらくして、山盛りの薪を持ち帰ったエリスに、ソータが話しかけた。


「おつかれっ! 獣を捌くって、人生初なんだけど、これでいいのか?」


 リキッドナノマシンでナイフを作りだし、ワイルドボアを解体したソータ。全身血まみれで、ドヤ顔をしている。ワイルドボアの皮はきれいに剥がされ、内臓を抜き、四肢が斬り分けられていた。


 血抜きをしてないので、食えたものじゃないはずだが、ソータはそんな事知らない。それを見たエリスは、ソータがどこから刃物を出したのか不思議に思いつつ、ため息をついて解体の後処理をはじめた。なにせ濃い血臭が、辺りを漂っているのだ。


 近場にある川へ移動して、血を洗い流さなければならない。しかし、時すでに遅し。周囲は何かの魔物に取り囲まれ、ソータとエリスは、すでに退路をなくしていたのだ。


「拙いな……百や二百じゃきかねぇぞ。てか魔物なのかこれ?」


 ソータはボソリと呟いた。

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