341 月にむらくも、花に風
あれから一年が経った。じーちゃんは音信不通のままだけど、心配してない。なにせ魔王(笑)だし。
異世界では大きな事件もなく、地球では温暖化対策が着実に成果を上げていた。世界各国に温室効果ガスの除去装置が設置され、その数は日に日に増えている。
大気中の温室効果ガスが減ってゆくにつれ、海面上昇にも歯止めがかかり、温暖化の勢いは弱まっていった。
除去装置の開発は、日本のメーカー、魔術結社実在する死神、そしてハセさんの協力なくしては実現しなかっただろう。
魔術結社実在する死神といえば、その盟主はいまも神界で神々と戦っているはずだ。何度か念話を送ったが、返事はない。ハセさんやオルズに聞いてみても知らないという。最悪の結果が頭をよぎるも、千年間の怨みを果たすべく、彼女は死地へ向かった。外野がどうこう言うことでは無い。
俺はというと、ドラゴン大陸へ向かっていた。そこでは、日本人移住者たちによる建国式典が行われるのだ。
国名は日本だが、地名には一律「ニュー」が付くことになっている。ニュー東京やニュー大阪という風に。ただ、東京のニュー新宿やニュー新橋、大阪のニュー新世界やニュー新地などがややこしいことになっているので、今後の課題となっている。
ニューお台場に設けられた会場に着くと、異世界各国の首脳がずらりと並んでいた。竜神オルズの姿もある。神界の戦は半年ほどで終わったと聞いている。神々の圧勝で。
そうなるだろうね。エンペドクレスがいる限りデーモンに勝ち目はない。俺の空間魔法どころか、冥導の固有魔法、イビルアイまで使えなくできるのだから。デーモンの軍勢が冥導魔法を使えなくなったところで、神々は一気呵成に攻め滅ぼしたのだ。
式典会場の外へ目をやると、ビックリする光景が広がっている。まるで現代の日本の都市が、このドラゴン大陸に出現したかのようだ。東京タワーまで見えている。
整然と並ぶビル群、整備された道路。まるで東京の風景を切り取ってきたかのようだ。一体どうやって、こんな短期間でここまで作り上げたのか。
その疑問は、すぐに解消された。建設を担ったのは、俺が創り出したスチールゴーレムだった。スタイン王国、アルトン帝国、それに冥界と、俺はばく大な数のスチールゴーレムを投入した。それらはデーモンを軒並み滅ぼしたあと、ドラゴン大陸のスチールゴーレムと合流。建物やインフラの建設に携わっていたという。
スチールゴーレムは、俺の知識と異世界の魔法陣を組み合わせた自律型の汎用ロボットと言ってもいい。自ら考え、あらゆる建造物をこの短期間で建てていたのだ。
俺が作成したスチールゴーレムだとバレないように、関係各所に根回しをする事までやっていた。自分で創っておきながら気が利く奴らだと思う。
式典に参列していた地球と異世界の代表団は、驚嘆のざわめきに包まれていた。俺自身、自分の技術がこれほどのインパクトを生むとは思ってもみなかったが、当面はバレないだろう。
式典は厳かに、かつ温かな雰囲気の中で進められてゆく。日本の国旗が掲げられ、国歌が流れる中で、新生国家の誕生が宣言された。歓声と拍手が会場を包み込んだ。日本と異世界の関係性は、新たな段階に入ったのだ。
式典後、俺はひとり会場をあとにした。転移したのは、上空五千メートル。そこからの景色は圧巻だった。ここからでもドラゴン大陸の端まで見えない、広大な土地だ。異世界における日本の未来を感じさせるこの光景に、心が熱くなるのを感じていた。
『おセンチになってる暇はないですよ。これから祝賀パーティーですからね』
無粋なお知らせだ。
『ぶうっ!』
『心を読むなってば』
『私とソータは一心同体ですからねっ!』
そりゃそうだけど、神々の読心術をブロックできたのに、脳内のクロノスには筒抜けか。釈然としないまま、俺は地上に向けて急降下を始めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
パーティーを早々に切り上げ、俺は帰ることにした。松本総理をはじめとする日本国の政治家たちは、異世界のお偉方を招いていた。気疲れしてしょうがないから、と面と向かって言うわけにもいかない。よって建前は明日早いから、という言い訳で、ようやく出ることができた。出席者がエグいから仕方ない。
ドワーフの皇帝、エグバート・バン・スミス。
エルフの女王、アストリッド・ラーソン・ルンドストロム・クレイトン。
デレノア王国、フェイル・レックス・デレノア。
ルーベス帝国、フラウィア・ドミティラ・ネロ。
そして今回初めて見る、サンルカル王国の国王、エルドン・サンルカル。
そうそうたるエグいメンツだった。
驚いたのは、スタイン王国の国王、レオンハルト・フォン・スタインまで出席していたことだ。デモネクトスをばら撒いた張本人として、スタイン王国は世界各国から非難されていた。その本人もデモネクトスを飲んでいたが、憑いていたデーモンは滅ぼした。
レオンハルトは「これだけの国家元首が集まっているのだから、会談を行いたい」と申し入れすると、ブーイングが起きていた。どうやら呼ばれてないのに強引にきたらしい。
記念式典はどこへやら。政治の場になってしまったのだ。
「ふう……」
すでに夜だ。石畳を照らすのは魔石ランプ。車道を走る車も、動力源は魔石だ。
この街の人口も随分増えた。街並みは平和そのもの。道行く人々は笑顔で溢れている。今夜はこの街に泊まる予定だ。カツ丼のうまい店があると聞いている。そこで食ってホテルへ向かおう。パーティーじゃご挨拶だらけで何も食えなかったし。
「……待っていたぞ」
神妙な面持ちでミッシーが立ちふさがる。人々は彼女を避けて歩きながらも、振り返ってなお二度見する。あまりにもきれいな顔立ちだからだろう。その気持ちはよく分かる。
「どしたの? 今日はみんなでホテルに泊まるんだよね?」
仲間たちは皆、ニュー東京に来ているのだ。
「そうだが、少し急な話で」
そう言ったミッシーは、俺と並んで歩き始めた。念話で話せばいいのに、と思いつつも、その真剣な横顔を見て、ただ事ではないと悟る。彼女は海浜公園へ入っていく。正面には月明かりに照らされる海が見えていた。
ここは日本を模ったとはいえ、ドラゴン大陸には変わりない。地球の日本と同じように、周囲を全て海で囲まれているわけではなく、大陸の西側が必然的に海になるのだ。
ミッシーはベンチに腰掛け、隣に座れと促した。
「リリスの娘と名のる者から文が届いた」
「は? マジで?」
シビルと同じく、リリスやダーラとも連絡が取れていない。彼女たちはアダム・ハーディングを討ちに行ったはずだが、ヘルシンキで別れたままになっている。何度か念話を送ってみたが、一度も繋がってない。
ミッシーがとりだした封書を受け取って、よく見てみる。差出人の名前はない。宛先は俺たちのパーティーになっている。それで封蝋が割られているのか。つまりミッシーは中身を読んで、伝えに来たということだ。
中から手紙をとりだし、読んでみる。
「……」
ダーラからの手紙には、救援依頼が書かれていた。どうやらいままで、全面戦争をやっていたようだ……。バンパイアの住まう死者の都へ攻め込んできた、バンパイアの神々と。
連絡が取れなかったのは、リリスの意向らしい。俺が異世界に来て約半年間、全力で走り抜いた様を見て、少しでも休ませたかったとのこと。
……そんな気遣いされるほど、俺はリリスと仲良しでは無いが。
それはいいとして、リリスたちバンパイアは、俺に頼ることなく混沌界の――バンパイアの神々と戦った。アダム・ハーディング率いる軍勢は無類の力を発揮し、リリスたちバンパイアを蹴散らしていった。
そして、死者の都のバンパイアはほぼ滅亡という状態。ダーラたちはいま、残党狩りから逃れるため、死者の都を点々と移動しているみたいだ。
その中で最も悪いニュースが書かれていた。
真祖リリス・アップルビーの死。
それが原因で、死者の都の軍勢――バンパイアたちは総崩れとなった。
そんなことがあり得るのだろうか。真祖リリス・アップルビーという存在は、十番目の素粒子、空界の住人だったはず。彼女が簡単に死ぬとは思えない。
「どう思う?」
手紙を眺めながら考えているとミッシーから訊ねられた。
「いくつか疑問が残るなぁ……。この内容が本当だとしても、リリスがそう簡単に死ぬのか。そもそもこの手紙はどういう経路で届いたのか」
死者の都からの郵便配達なんてサービスは存在しない。
「届けたのはブライアン・ハーヴェイだ……」
「マジで?」
「ああ」
狩猟豹の獣人、ブライアンか。あの野郎……、おとなしくしていると思ってたら、郵便配達ごっこかよ。ブライアンにはたしか、レブラン十二柱の序列二位、バルバリというデーモンが憑いている。バルバリはブライアンを喰わずに生かしているということか。あるいはすでに喰われて入れ替わっているのか。
どちらであれ、ブライアンの行動はトリッキーすぎる。やつの目的を推測しても無駄だ。今はダーラのことを考えることに集中しよう。
「どうするつもりだ」
月明かりが静かにミッシーの髪に触れ、その一束一束を、宝石のように煌めかせている。あまりにもきれいで、心が奪われそうになる。そうならないように我慢しながら応じた。
「救援依頼を受けよう」
「届けたのはブライアンだ。偽の手紙だとは思わないのか?」
「それもあるな……。真偽を確かめて、方針を決めるか。いったん死者の都がどうなっているのか調査しよう」
「また冒険だな」
「俺たち冒険者だしね」
そう言ったところで、ミッシーが微笑む。ダーラの手紙は決して笑える内容ではないが、久し振りの大きな案件だからだろう。
冒険者ギルドを通さない依頼でかつ、報酬も発生しない。手紙の内容も真偽不明だが、やるしかない。
決意を新たにしていると、背後からカサリと音が聞こえた。
「あー! 気づかれちゃったじゃないっすかー!」
リアムの声だ。振り返ると公園の植え込みに隠れた仲間たちの姿があった。音を立てたのはテイマーズが召喚したスライムだ。
「何をやっている」
不機嫌そうな顔でミッシーが問うと、全員立ちあがって直立不動となる。ミッシー怒ると怖いからな。仕方がない。
アイミー、ハスミン、ジェス、三人のちびっ子ドワーフを先頭に、リアム、メリル、ファーギと、大人のドワーフもいる。その後ろには、マイアとニーナ。パーティーのメンツが勢ぞろいしていた。
「い、いや、ほら――ソータとミッシーがどこまで進展するか……」
後半は聞こえなくなるくらい小さな声になるファーギ。バッチリ聞こえてるけどね。ミッシーも当然聞き逃していない。
「ほ、ほう。私がソータとなんだって?」
あ、聞こえないふりした。いいや、これは怒ってるのか? いや違う。照れてるっぽい。ミッシーは月明かりでもわかるくらい顔と耳が真っ赤になっていた。
「あー、見せもんじゃねえぞ。散れ!」
俺もたまらず声をかけると、仲間たちは脱兎のごとく逃げ去った。
「戻るか……」
ミッシーはぽつりと言い、俺を見て微笑む。
「そうすっかー。依頼の方もみんなで相談しよう」
俺たちは宿泊しているホテルへ向かって歩き始めた。
これからまた冒険の旅が始まる。だけどこれまでとは大きく違う点がひとつ。
地球の温暖化はすでに収束しつつあるということ。
地球人が全てこの世界へ移住しなくても問題ないのだ。
とりあえずは一段落。今後は自滅するような行いをしないで欲しい。そう強く思いながら、俺は歩みを進めた。
さて、これから一つ試したいことがある。
『おーいクロノス』
『……』
『クロノスのばーかばーか』
『……』
よし、クロノスの出歯亀封じに成功だ。これで茶々が入らずに考えられる。
オルズたち神々からの読心術のブロックには成功していたが、これまではクロノスから心を読まれていた。これは俺と同じ脳内にクロノスがいるからしょうがないと思ってたけど、そうではない。クロノスは完全に俺とは別の何か。一心同体とか言って誤魔化してるけど、クロノスは汎用人工知能からまるで別ものに変わっている。
そのタイミングはおそらく、異世界にきた瞬間だ。
首を斬り落とされて死なないなんてあり得ない。魔素が濃い異世界だからという理由でも、そんなこと汎用人工知能に出来るはずがない。
あの時、汎用人工知能は別の何かに変わっていたのだ。ずっと俺に協力してくれた相棒に変わりはないが、一定のラインを超えないように話を誘導してくる。
これまで何度かそういったことがあった。
直近の出来事で印象に残っているのは、ディース・パテルの「お前はどっちだ。ソータ・イタガキか、それともクロノスか」という言葉。
やつはクロノスを時の神と言った。ただし、あの状況だから聞き間違いの可能性も捨てきれない。
流刑島の件でもそうだ。アキラはスキル〝鑑定〟を持っているが、クロノスはそれに言及しなかった。スキルも魔法も「解析」して使えるようにしていたのに。
それに、マーメイド商会のマリーナ。彼女もスキル〝鑑定〟を持っているが、クロノスは茶を濁した。
極めつけは、クロノスと議論している最中、彼女は時間の逆行はできないと断定した。
ただしこれには齟齬がある。もうだいぶん前になるが、転移魔法陣を初めて確認したとき彼女は「ばく大な魔力が必要になりますが、時間の超越も可能です」と言い「神威を使っても、数秒しか時間を操れませんが、更なる改良を」なんて事を言っていた。
バタフライエフェクトが発生するから、という理由だけではないはず。クロノスがなぜ、微妙に情報を隠すのか。これを解決できれば、タイムトラベルも可能になるやもしれない。
それが可能ならば……。
英雄エレノアの死。防ぎきれなかった地球上での核爆発。これらを無かったことにできる。
ブロックを解いて話しかける。
『クロノス、ちょっといいか』
『はい、なんでしょう』
『今度さ、ちょっと試したいことがあるんだ。手伝ってくんない?』
『ええ、喜んで。何をするんですか?』
クロノスはいつもの明るい声で返事した。
『えーっとね――――』
歩きながらクロノスのことを根掘り葉掘り聞こう。そんな考えに耽っていると、突然背後から声がかかった。
「――颯太」
懐かしい声に振り向く。そこに立っていたのは魔王と称される俺の祖父、ヒョウタ・イタガキだった。
探しても見つからなかったのに、急になんだ。音信不通だったじーちゃんが突然現れたことに驚きを隠せない。そして、その表情に厄介ごとを予感させる何かを感じ取った。
「じーちゃん!? 突然どうしたの? けっこう探し回ったんだけど」
「死者の都で問題が起きた。ソータの手を貸してほしい」
「え? じーちゃんもリリスのことを知ってるの? リリスが死んだって話なら、デマだと思うよ」
「デマじゃない。本当に滅んでしまった。その件で死者の都へ行って欲しい」
「ああ、元からいくつもりだよ。さっき救援依頼が届いたところだから」
「……そうか。頼むぞ。私は神界で捕らわれているシビル・ゴードンの救出へ向かう」
「へっ? なにそれ?」
「あまり詳しくは話せんが、お前の血は私の血を原料にしている。ソータならリリスを蘇らせることができるはずだ」
「ちょっ!?」
じーちゃんは説明もそこそこに、転移して姿を消した。
それに、液状生体分子の原料が、じーちゃんの血だと?
突然の出来事、突然の話、全然頭が追いつかない。
「何の話をしてたんだ?」
心配そうな顔でミッシーが話しかけてくる。ミッシーのことをすっかり忘れていた。じーちゃんとは日本語で話してたから、彼女には何のことなのか分からなかったのだ。
「いやね。じーちゃんがさ、死者の都に行けって――」
今の話をミッシーに説明しながら「また忙しくなりそうだ」と、心の片隅でそう感じていた。リリスの蘇生、シビルの救出、そして新たな冒険の幕開け。これからどんな展開が待っているのか、期待と不安が胸の中でせめぎ合う。
前に進もう。たまに立ち止まって、道を踏み外してないか確かめつつ。
まずはリリスの捜索からだ。
そう考えているとミッシーが俺の顔を覗き込んできた。
「どうするつもりだ」
「今からみんな集まって、死者の都へ行く準備だ」
「ふふっ、ソータのせっかちなところ、全然変わらないな」
「そうでもないよ?」
「いや、お前はせっかちだ」
「……」
死地へ向かう話なのに、ミッシーは緊張もせずに笑みを浮かべている。あと、俺はせっかちじゃねえし。
俺とミッシーは二人並んで、仲間の待つホテルへと向かった。
=完=
長い間お付き合いいただいてありがとうございました。心より感謝いたします。
書ききりました。長いけど書ききりました。いや、まだ書ききれてないですね。
でもソータの旅はいったんここで閉幕します。読者の皆様いままでありがとうございました。
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