340 時間は戻らない
女王アストリッド・ラーソン・ルンドストロム・クレイトン。彼女の居城には、深遠な地下保管庫が存在した。俺はそこに蒼天結晶を山積みにし、ようやく解放されたところである。
ファーギたち仲間は、女王からエルフの秘宝をそれぞれ下賜されたようだ。既にホテルへと戻り、松本総理はエルフのお偉い方と会議に没頭中。女王との対話も気疲れしそうで避けたい。よって、俺はホテルへ戻ることにした。
念話で仲間たちにそう伝え、ミッシーの様子を聞くと、だいぶん具合もいいという。
これで一段落だ。急ぐ必要はない。気分転換しよう。俺はゆったりと歩きながら、王都シルヴァリスの風景に見入っていた。
ただ、街の空気が全体的に重い。それはおそらく、英雄エレノア・デシルバ・エリオットの死によるものだ。戦死者の国葬が行なわれたとき、城の周囲は溢れんばかりのエルフが集まっていた。
ときには立ち止まって振り返ることも必要だ。しかし振り返ってばかりでは、前方不注意で転んでしまうだろう。俺もいい加減に前を向かなければ。
エルフは森の民、という先入観が、時に先入観の壁となる。石造りの街並みで、馬型ゴーレムが曳く馬車を目にし、路面電車が通り過ぎていく。ドワーフの帝都ラビントンと大差はない。バイクタイプの四脚にまたがって、颯爽と駆け抜けるエルフの姿まであった。
「自然は豊かなのにな」
思わず呟く。
「そうね」
「――え?」
背後からの声に思わず振り返る。弥山明日香が立っていた。彼女だけではない。佐山弘樹、伊差川すずめ、三人の姿があった。
「え、じゃないでしょ? あんた、鳥垣くんが亡くなったのに、なんで無視したの? 葬儀にくらい来なさいよ!」
「……」
どうやって俺の居場所を突き止めた……。いや、三人も俺と同じく、身体を改造している。何らかの手段で、ここに現れたのだろう。
「ちょっと! 何か言ってよ!」
通り過ぎるエルフたちが、俺たちを見ながら過ぎてゆく。
「申し訳ない。いずれ墓参りに行くつもりだった」
――――パンッ
ビンタされる。俺は多忙を理由に、友人の死と向き合わなかった。これくらいは受け止めるべきだ。
あの日、修道騎士団クインテットの旗艦、オブシディアンも撃墜され、南極の大地に残骸があった。弥山たちも南極にいたことを、テッドから聞いている。彼女も、ラコーダの時間誤謬魔法に巻き込まれていたのだ。
不思議なことに、あの日現れた三国の艦隊はほとんど損害を受けていなかった。ラコーダの時間誤謬魔法は、時間を少し遡り、艦隊を未来へ送ったと考えられる。これはクロノスとの長い議論の末の結論だ。過去へは戻れないはずなのに。不可解だ。
ラコーダがもっと前に時間を遡り、艦隊を未来へ飛ばしていたのなら、エレノア・デシルバ・エリオットも命を落とさずに済んだかもしれない。しかし、それはたらればの話。いくら考えても、結果は変わらない。
ああ、いけない。たったいま、前を向こうと決意したばかりなのに。
もう一度、俺にビンタしようと、弥山は手を振り上げる。
「弥山、もう充分だ」
「でも……」
その手を掴む佐山。だが彼の眼差しは、俺を睨んでいる。
あの日、あの時、鳥垣の死を知り、もっと何かできたのではないかと改めて考える。核ミサイルで命を落とした仲間を蘇らせる際、俺はディース・パテル上等だった。鳥垣の時もそうすべきだったのか。
しかし、心の奥底に、それは違うと言う自分がいる。その違いが理解できない。
「颯太、今日はお前との絶縁を告げに来た。それだけだ。手を出すつもりはなかった。申し訳ない」
佐山はそう言い、弥山と伊差川を連れて去っていった。
三人の背中を見ながら思う。やはり俺は、何か大切なものを失ったのだと。身体の蒼天化と、クロノスとの融合。あれ以降俺の思考がブレている気がする。冷たいとき、熱いとき、その差が激しい。
考えても答えは出ない。もうすでに答えは出ているのだから。
仲間を置き去りにし、そっぽを向かれた。友人をぞんざいに扱い、縁を切られた。どちらも俺に原因がある。温暖化を止めなきゃ。時間は刻一刻と過ぎていく。急がなければ。こんなもん免罪符にならない。ただただ、俺の心に傲慢さがあった。
ふと顔を上げると、空はオレンジ色に染まっていた。
時間は戻らない。




