327 生者必滅
ソータは仲間の時間停止を解除し、膨大な数の核ミサイルに対処していた。手分けして時間の止まった核ミサイルに近づき、魔導バッグに収納してしまうという作戦だ。ただし、核ミサイルの数は十五万発以上もあり、とてつもない時間を要すると考えられる。
地上から千五百キロメートルの地点では、完全な宇宙空間が広がっている。そこは極限の環境でありながら、十二名の人影が静かに漂っていた。元バンパイアの十二刃たちである。彼らはメタマテリアルを取り入れた多層構造の布素材スーツを身に纏い、遮光ヘルメットを装着し、背中に備えた推進装置にて宙を移動していた。
「こちらバンダースナッチ。状況はどっすか?」
一部には慣れ親しんだリアムの口調が、通信装置から届く。それを聞いた十二刃のひとりが返答した。
「問題ない。しかし……、大陸間弾道ミサイルが、こんなに巨大だったとはな」
彼らが目指すは、宇宙空間で停止したICBM。時間が止まっているとはいえ、その姿は圧巻そのものだった。
「巨大でも、ファーギが貸した魔導バッグなら余裕で入るっす。それより軌道が安定してないっす。目標へ向かってまっすぐ進むだけっすよ?」
「それは分かっているが、足元の光景が気になる。万が一ここから落ちたらと、どうしても想像してしまうんだよ」
十二刃の推進装置自体は安定しているが、操縦している本人たちがビビってしまってはうまく行かない。リアムは追加で指示を出し、十二刃たちの推進装置をワンタッチで自動操縦に切り替えさせた。
「ふう、これで一安心っすね。これが初の宇宙遊泳だから、無理はしないでくださいっす」
リアムから軽い忠告が入った。彼ら十二刃は元々地球人ではあるが、千年ほど前にバンパイア化、そのあとは異世界で過ごしている。そのため、地球独特の機械の操作に中々慣れなかった。彼らは魔道具の方が使い慣れているのだ。
自動操縦にて、十二人の人影がICBMに取り付く。彼らは機器の扱いには慣れていないが、冥導は使える。事前に聞いていた手順に従い、彼らはミサイルを分解し始めた。スパナやドライバーは使わず、指先からバーナーのような青白く細い炎を噴き出させていく。
どうやら火魔法を応用しているようだ。宇宙服へ熱が伝わらないように、指から離れた位置で炎が発生している。熱量も相当あるようで、ミサイルの外壁は豆腐のように斬り割かれていった。
十二刃のひとりがミサイルの中に入ってゆく。しばらくするとリアムへ通信が入った。
「核弾頭の無力化に成功。これよりミサイルを丸ごと魔導バッグへ収納する」
外へ出てきた十二刃が確認されると、別の十二刃が魔導バッグを開いた。すると巨大なICBMは、手品のように姿を消した。
「お疲れっす。訓練と思えないくらい手際よく出来たっす。自動操縦で移動すれば、確実にいけそうっすね」
「ああ、もう大丈夫だ。我ら十二刃は予定通り、ふたり一組でICBMの回収に当たる」
「了解っす。んじゃ一旦帰投してください」
通信が終わり、十二刃たちは一斉にバンダースナッチへ戻り始めた。
「しかしなんだ……。時間が止まるというのは、こうまで気持ちの悪いものなのかね」
訓練に成功して余裕が出来たのか、ひとりの十二刃が感想を漏らす。
すると彼らの通信機から警報音が鳴り響いた。
スーツに何か不具合でも起きたのかと、十二刃のみなは慌てて自己診断プログラムを走らせた。
「ちょっ! 拙いっす! いったん障壁を張るんで、十二刃の皆さん、衝撃に備えて目を閉じてください!」
スーツの異常ではなく、正規の警報だった。リアムの通信は状況を伝えるものでは無く、これから行なうことを言っただけ。十二刃たちは何が起こっているのかと、周囲を見わたした。
「お、おい……あれは」
「時間が止まっているんじゃないのか!?」
彼らの目に映ったのは、地球からぐんぐん上昇してくるミサイルだった。
次の瞬間バンダースナッチと共に、彼ら十二刃は障壁の中にいた。
「間一髪っす。障壁が間に合ってよかった……。オレたちを狙ったものじゃないっすけど、万が一を考えての対応っす」
十二刃たちに、リアムからの通信が届く。
しかしながら、核ミサイルの狙いはバンダースナッチだったようだ。障壁近辺で、ミサイルが爆発した。ここは地上千五百キロメートル。ほぼほぼ宇宙空間で、大気は極限まで希薄だ。よって爆風や衝撃波は、ほとんど起こらなかった。
ただし、熱と放射能が核爆発によってばら撒かれる。そしてそれは、永遠回廊障壁ごときでどうにか出来るシロモノではなかった。
至近距離で起きた核爆発は超高熱のかたまりと化し、障壁もバンダースナッチも十二刃たちも、刹那の時間で焼き尽くされた。
音も無ければキノコ雲もない。地上から見れば、明るい光がひとつ、空に突然現われただけだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『ソータ! リアムの念話は聞いたか』
ミッシーは浮遊魔法で空に浮かんだまま、大声を上げて念話を飛ばす。いつものように、リアムはバンダースナッチに残り、不慣れな十二刃たちを訓練していた。彼以外の仲間たちは、すでに地球へ降下している。核ミサイルの数が多いため、各自単独行動を取っていた。
『ああ、聞いた……』
死の直前、リアムは仲間たちへ念話を送った。『時間停止魔法が一部解除された。このタイミングだと、バンダースナッチでは対処できない。ごめん、後は任せた』という内容だった。
『それだけ……? 仲間が死んだというのに、それだけなのか?』
ソータの素っ気ないひと言で、ミッシーはわなわなと震える。彼女も十二刃たちと同じく、メタマテリアル製のスーツを着用して、遮光ヘルメットをかぶっている。違っているのは、バックパックを背負っていないところだけ。
ソータの仲間は、永遠回廊結晶を首からさげている。元はこぶし大の大きさだが、空間魔法で縮小させてビー玉大になっている。そこから発せられる素粒子――永遠回廊は、ミッシーたちにばく大な力を与えている。そのため、地球の端から端へ転移しても、魔力切れを起こす心配がなくなっていた。
ミッシーはひとり空に浮かび、両手の指でこめかみをもむ。ソータの素っ気ない言葉に、何かを感じたのだ。そして彼女はハッとする。
昨晩、猫のしっぽ亭で、ソータについてくるなと言われたあと、酔い潰れるまで飲まされたことを思い出した。
「ソータはこうなることを予見していたのか……」
ミッシーは空中で力なくうな垂れ、その目には迫り来るミサイルが映っていた。そしてミッシーの張った永遠回廊障壁は核の炎に包まれた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
テイマーズが三人だけで動くのは心配だと言って、いつものようにメリルが同行していた。彼女たちドワーフの四人は空で停止している巡航ミサイルをいくつか魔導バッグに収め、核の回収は順調に進んでいた。
「メリルはいつまであたしたちを子ども扱いするの?」
「これじゃいつまで経っても独り立ち出来ないっての」
「まあまあ、そう言わず。メリルは心配でついてきてるんだからさ」
アイミー、ハスミン、ジェス、三人はいつもの調子である。ただし、彼らの口調には微妙な変化が見られる。ソータやファーギに向けられる烈しい口調ではなく、とても穏やかだった。この変化は、最近メリルが常に監督役として彼らと共にいることに起因している。彼女はテイマーズの無邪気さと甘さを補完するため、三人が無事でいられるように全力でサポートしているからだ。
「あなたたちはソータさんからもらった、永遠回廊結晶をうまく使いこなせてないでしょ? 浮遊魔法も危なっかしいし、私が付いてなきゃ死ぬわよ……今回ばかりは」
メリルは危機感を持って事に当たっていた。
しかしそこに、リアムから最期の言葉が届いたのだ。
「えっ、いまの念話はどういう……」
メリルは愕然としていた。テイマーズの三人も、当然リアムの念話を聞いている。リアムが死んだ。テイマーズの三人はその事が理解出来ず、目を見ひらいて動きを止めていた。
「拙い事になったぞ――」
そこへファーギが転移して現われた。いつもは沈着冷静に事に対処するのに、今回はかなり動揺した表情をしている。その顔を見て、メリルやテイマーズは不安な表情を浮かべる。
その空気を瞬時に察して、ファーギは口調を変えた。
「――ま、まあ、何とかなる。いったんソータと合流しよう」
ファーギは無理して笑顔を浮かべた。いつも仏頂面のファーギがそんな事をするとは。
そう感じたメリルやテイマーズの三人は、余計に悲観的な表情を浮かべる。
「じじい、ほんとに大丈夫なのか?」
「リアムはほんとに死んじゃったの?」
「クソジジイ、はっきり答えろ!」
ファーギの笑顔は逆効果で、テイマーズが騒ぎ出す。それを見たメリルは、三人に優しく声をかけた。
「大丈夫。これまで何度も、ソータさんに助けられてきたじゃない。リアムもきっと大丈夫よ」
その言葉に込められた嘘は、まるで通じなかった。
テイマーズの三人とファーギとメリル、五人のドワーフは微妙な顔立ちで空に浮かんでいた。
そこにふたつの気配が現れた。
「ねえ、ソータさんがどこにいるのか分かる?」
転移して現れたマイアだ。隣にはニーナの姿もある。
「いや、あいつの作業スピードが早すぎて、転移しまくってるからな。追いかけてないぞ」
応じたのはファーギ。
「リアムの念話が本当なのか確かめに来たの」
それに続くニーナ。
「念話で聞けばいいんじゃない?」
「遠くて届かないのよ」
メリルの言葉にマイアが応じる。
ドワーフの五人、マイアとニーナ、七人は宙に浮かんだまま、どうしたものかと考え込む。
静かになったところ、それは一瞬のうちに破られた。
「うわっ!?」
「ミサイルが転移してきたっ!?」
「なんで!!」
「ああ……、なんて事に」
「クソがっ!」
アイミー、ハスミン、ジェス。メリル、ファーギ。次々と恨み節が出た。マイアとニーナは目を閉じて運命を受け入れた。
転移して現れた核ミサイルは、全員が永遠回廊障壁を張った瞬間、爆発した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「おいおい……。全滅する勢いじゃねえか?」
アメリカ上空を東へ向かって飛ぶ、竜神オルズ。彼もソータたちの念話に参加し、リアムの言葉を聞いていた。
すでにソータの仲間は全滅。十二刃も同じ道を辿っている。
生き残りはソータとリリスとダーラ、それとオルズのみとなっていた。
オルズは高速で飛行しながら、地上を探っている。核ミサイルを発射した人物と、時間停止魔法を解除した人物、これらは同一人物の可能性がある。その人物は核を転移させ、仲間たちを攻撃している。オルズはそう考えていた。
「どう考えても、地球上にえげつねえ力の持ち主がいるな……。ソータもあれだけどよ」
オルズは手のひらをギュッと握りしめた。彼の手には永遠回廊結晶が握られている。これはバンダースナッチから地球へ降下する際、ソータからもらったものだ。万が一のためと言って。
「むっ!!」
オルズはマッハからゼロへ急停止した。すなわち、音速で壁にぶつかったようなものである。しかしオルズは、竜神としての力を駆使し、運動エネルギーや位置エネルギーはもちろん、空気の圧縮や摩擦による熱エネルギー、さらには時空間の歪みまでをも完全に制御した。
彼の周囲には淡い青白い光が漂い、物理法則を超越した神々しい存在感を放っている。
「久し振りね、オルズ……」
ゆらりと宙に浮かぶ人物。魔女マリア・フリーマンだ。その話し方から、彼女とオルズは顔見知りのようだ。
「マリアか。てめえ地球に追放されたのに、あっちにコッソリ戻ってるみたいだな。地球で作ったデモネクトスを持ち込んでるって、よくない噂を聞いているんだが?」
金髪碧眼のイケオジは、吐き捨てるように言い放った。オルズはじっとマリアを見つめ、嫌悪感に満ちた表情を浮かべている。
「そう言えばあなたは、デーモン担当の竜神だったわね。ねえ、前から聞きたかったのだけど、あの世界にデーモンがいると何か困るの? ニンゲンが被食者になることがダメなの?」
「……当たり前だろ。地球と同じくあの世界は、ニンゲン主体で回っている。そこにデーモンなんかが現われたら浄化が狂うだろ?」
「へぇ……。やっぱり浄化システムは実在していたのね。千年ぶりに会って油断したのかしら? うっかりさん……」
口を滑らせたオルズは一瞬呆けた顔をしたのち、瞬時に怒りの表情へ変わった。
「テメエ……」
オルズは拳を握りしめ、怒りをあらわにする。
次の瞬間、マリアの背後にオルズが現われた。それはオルズ本来の姿。体長三百メートルの、巨大な黒竜である。
「テメエは生かしちゃおけねえ」
ゴロゴロと鳴り響く黒竜の声は、ニンゲンの言葉を発するために無理しているのだろう。オルズはその口を大きく開いて、素早くマリアを噛み砕いた。
バクンという大きな音が響く。
オルズはそれに違和感を持つ。マリアに逃げられた。いや、そこではない。時間が停止しているのに、音が大きく響いた。これはあり得ない事だと考えると同時に、オルズは首の根元に激痛を感じた。
オルズの視界がクルクルと回り始めた。
どうやら落下しているようだ。
「……おかしい。俺はなぜ落下している。それに、時間停止が広範囲で解除された。やはり地球に強大な力を持つ何かがいる――――」
オルズの意識はそこで途絶えた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「焦っていたのか知らないけど、オルズ、あなたは油断しすぎた。身軽なヒト型から竜に戻るなんて、私を舐めすぎ。長い付き合いだったけど、……さようなら」
首を断ち斬られた巨大な黒竜が落下してゆく。マリアはそれを見ながら、胸元の八芒星ペンダントを握りしめていた。
「八芒星魔術。この魔術が神界の住人に通用することも証明できたわ。これで私の復讐も何とかなりそうね」
積年の怨みを晴らしたマリアは清々しい表情である。しかし彼女はすぐに顔を引き締めた。
「私も油断すればやられてしまう。これは避けられない。しかし僥倖だったわ。仮説とされていた神界の秘密が、現実であると明らかになった――」
マリアとオルズが話していた浄化システムは、地球や異世界の魂の行き先を定めるシステムだ。
このシステムは神界の住人――神々によって創造されたもので、地球や異世界の魂を神界へと導く役割を持つ。宗教家たちはこれを輪廻と呼ぶかもしれないが、実際には輪廻転生という循環は存在せず、魂は神界に留まるだけ。
神界の住人は高位の存在でありながら、子孫を残せないという種の制約から、このシステムが生まれた。
神々は超長命であり、滅多に死ぬことがない。その結果、種としては存続しているものの、人口は増加しなかった。そこで彼らは、新たな魂が生まれる希有な世界――異世界と地球に目を向け、無体な計画を立てた。
それは魂の奪取だった。
神々は神威界を破壊し、そこに魂が集まるゲートを設置した。ソータが目にしたテーマパークの入り口のような場所だ。このようなゲートが神威界に点在し、異世界や地球の魂が集まるように魔法が使用されていた。
ゲートを通過した魂は神界の住人として肉体を得て、新たな神として生まれ変わるのだ。
「輪廻転生など微塵も存在しない。神々は、デーモンよりも遥かに残忍だ」
マリアはそう独り言を漏らす。彼女はちょうど、地面に叩きつけられた黒竜を確認したところだった。
「面白そうな話ね」
「えっ!?」
突如聞こえた声に驚き、マリアは慌てて振り向く。
「久し振りね、ヨーロッパ地区担当、魔女マリア・フリーマン」
そう言ったのは、宙に浮かぶ真祖リリス・アップルビーだった。
ふたりとも実在する死神を抜けたわけではない。ゆえにリリスはそう呼んだ。
「は、母上さま、いったいどういうつもりですか……?」
その隣にはリリスを見つめ、疑問の表情を浮かべるダーラもいた。リリスは本来なら、マリアと出遭った瞬間滅ぼさなければならない。しかし彼女はそういった素振りを見せず、マリアと対話を望んでいるように見えた。




