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量子脳で覚醒、銀の血脈、異世界のデーモン狩り尽くす ~すべて解析し、異世界と地球に変革をもたらせ~  作者: 藍沢 理
17章 終章

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326 核の炎

 フィンランドの首都ヘルシンキの空にそびえる白亜の大聖堂。その姿は、まるで北の大地に佇む雪の女王だ。静謐な空間の中、時間(とき)がゆっくりと流れるのを感じさせる。大聖堂の階段を上りきったその場所からは、フィンランドの歴史が刻まれた元老院広場が広がり、遠くヘルシンキ湾の水面が煌めいていた。


 しかしながら時間(じかん)は、ソータのせいで止まっている。それ故、美しい風景の中で動いているものは何ひとつない。大勢の観光客は、様々な表情と様々な形で動きを止めていた。


 そんなヘルシンキ大聖堂の前に、目立つ格好の人物がふたりいた。片方は黒いローブで身を包み、胸に八芒星(オクタグラム)を下げている。金色の髪の毛が少しだけ見えていて、その奥には青い瞳が輝いていた。彼女は魔女(カヴン)マリア・フリーマンである。


 もう片方も黒いローブに身を包んでいるが、マリアと比べて、身体の隠し方が徹底していた。獣人であることを隠しきれず、頭にふたつのふくらみと、お尻にひとつのふくらみがあった。彼女はエリス・バークワースだ。


 彼女たちは今回、世界中の核ミサイルを発射した張本人だ。


 もちろん彼女たちも例外なく時間が止まっていた。そのため、ぴくりとも動かない。


 そんな中、エリス・バークワースの瞳が少しだけ動いた。その動きは徐々に大きくなり、範囲も広がってゆく。まぶたが動き、まゆが動き、顔の表情が動く。そこまで来ると、彼女の時間停止はあっという間に効果を失った。


「……これはあたしがディース・パテルに教えた範囲時間停止魔法。彼は神の軍勢に捕まったと聞いたが……。まあいい。誰が使ったにしろ、地球はもう終わりだ」


 自分の手のひらを見つめながら言葉を発するエリス。だが、いつもの語尾、「にゃ」ではないので、いまの人格は記憶の戻ったキャスパリーグのようだ。彼女は近くで時間の止まったマリア・フリーマンの顔を覗き込む。すると、時間停止の効果が解けた。キャスパリーグはソータの時間停止を簡単に解いたのだ。


「これは……。助かったわ、エリス……いや、いまはキャスパリーグね」


 マリアは周囲を軽く見わたし、風景が止まっていると確認する。すぐに状況を悟り、キャスパリーグに礼を言った。それを見て、彼女は笑顔になる。


「いいのよ。困ったときはお互い様だし」


 このふたりは千年来の付き合いである。もっともエリスはキャスパリーグの生まれ変わりで、マリアは千年もの年を重ねて生き長らえている。ずっと一緒にいたわけではない。


 キャスパリーグとエリス、それにマリアの三人は、それぞれに目的がある。今回はエリスたっての願いで、ソータ・イタガキへの復讐のため、地球を核の炎で焼こうとしていた。


 ふたりは時間停止から解放され、肩をほぐす。しばらく柔軟体操を行ない、それが済むと並んで歩き始めた。向かう先は、ヘルシンキ大聖堂。


 彼女たちは何度も来ているのか、迷うことなく内部に足を踏み入れた。


 そこは白と金色が織りなすシンプルながらも、荘厳な世界が広がっていた。壁も柱も、すべてが純白で統一され、その中に黄金のシャンデリアが静かに輝いている。聖母マリアを抱くキリストの絵画が、優しく見守るように設えられており、その足元には、信仰の光を求める人々が静かに祈りを捧げていた。もちろん時間が止まっているので、人々は微動だにしない。


 ふたりは彼らを横目に通り過ぎ、奥へと足を進める。少し歩いたところで、マリアが足を止め、呪文を唱えた。すると大聖堂の床が動き、ぽっかりと穴が開いた。そこには下り階段が見えており、マリアは慣れた足運びで下ってゆく。そのあとをついて行くエリス。彼女は今、どちらの人格なのだろうか。無言で階段を降りていった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 長い階段を降りきると、今度は長い通路だった。コンクリートの通路をふたりは黙々と歩き、ようやく目的の部屋についた。マリアはドアの前で立ち止まり、助けを求めるような顔でエリスを見つめる。


「ここも時間が止まってるわね……」


 エリスの言葉と同時に、ドアの脇にある電子機器に光が灯った。


「ありがとう。これ顔認証装置だから、少し待ってね」


 マリアはそう言って電子機器へ顔を近づける。すると、金庫のようにぶ厚い鉄のドアが、歯車の音と共に開いていく。


 ドアは奥の方に何枚もあって、右へ左へとスライドしていく。ふたりはそこを進んでいく。背後のドアは次々に閉じていった。スライドするドアを百ほど超えると、ようやく部屋の内部に到着する。部屋を照らすLEDは、光を放ったまま時間が止まっていた。


 室内には大勢の人々がモニターや計測器をみつめ、例外なく動きが止まっていた。



 ここは地球温暖化に対応する避難施設、および核シェルターとして使用されていた。ヨーロッパにおける魔術結社実在する死神(ソリッドリーパー)の拠点である。この部屋以外にもいくつもの階層に分れており、外界と遮断されたまま、生きていけるように造られている。


 核融合発電。農業プラント。地下水の浄化。それ以外にも、ニンゲンが生きていく上で必要なものは全て揃っていた。


 そんな室内を眺め、エリス、いやキャスパリーグが呟いた。


「ここも時間停止魔法の効果が及んでいるわ。これだけ広範囲だと異常としか思えない」


 彼女は素早く、室内の人々の時間停止魔法を解除していく。全員の解除が終わると、マリアが声を張り上げた。


「緊急事態よ! 魔法でも魔術でも時間遅延が精一杯だったのに、広範囲で時間が停止しているわっ! あり得ない事だけどこれは事実。リリスがいま機器の時間停止を解除しているから、核ミサイルのコントロールが可能なのか確認するように!」


 キャスパリーグはラコーダに時間停止魔法を教えた。彼女は時間が止まることを知っている。


 しかし魔女(カヴン)マリア・フリーマンはそれを知らなかった。


 キャスパリーグは時間停止魔法があることをマリアに教えていなかった。


 室内には三十名ほどのニンゲンが揃っている。すべて地球人のようだ。しかし、様子がおかしい。顔や手がブレて、一瞬だけデーモンの姿が見えるのだ。


 彼らはデモネクトスを飲み、デーモンを憑依させていた。自身の能力を上げるために。

 各自アンチデモネクトスを持たされているので、その危険性も承知している。


 魔女(カヴン)マリア・フリーマンは、そんな彼らを見つめながら、ここ最近の出来事を思い出していた。



 マリアの一派は世界中の核施設を襲撃し、核兵器を手中に収めた。本来なら不可能である。しかしながら、核施設を襲った実働部隊は、デモネクトスを飲んだ実在する死神(ソリッドリーパー)たちだった。


 核施設を守る部隊は、デーモンの冥導(めいどう)魔法で蹴散らされ、デーモンの腕力で殴り飛ばされた。そもそも核兵器施設は秘匿されているため、どこもかしこも守備をする人員が少なすぎたのだ。


 マリアは呟く。


「デモネクトスがなければ、世界中の核兵器を全てを掌握するなんて、できなかった。それもこれも、ルイーズ(ユハ・トルバネン)が製薬会社を乗っ取ったおかげなんだけど……」


 マリアはギリッと歯を食いしばる。


 デモネクトスが地球の製薬会社で作られていることは分かっていて、ソータたちは、その件にルイーズが関与していると突き止めた。そのルイーズは時間が止まった状態で、バンダースナッチの倉庫に保管されている。


 その事を知らないマリアとエリスは、実在する死神(ソリッドリーパー)の構成員を使ってルイーズ(ユハ・トルバネン)を捜索していた。ソータの関与を疑いつつも。


「私もソータ・イタガキに計画を邪魔されている。エリス、あなたの計画した復讐は素晴らしいわ」


 そう言いながらマリアはモニターを確認して、不気味な微笑みを浮かべる。どうしたらそんな顔が出来るのかと、部屋にいる実在する死神(ソリッドリーパー)のメンツは、マリアを見て恐れ戦いていた。


 そんな顔を見ても一向に介さないものもいる。エリスだ。彼女はモニターに映った核ミサイルの時間停止魔法を、次々に解除していった。それはそれで、実在する死神(ソリッドリーパー)の面々は、恐れ戦いている。モニター越しに魔法、あるいは魔術を使用し、時間停止魔法を解除しているのだから。


「ちょっといい?」


 エリスはモニターから目を離し、室内の全員に聞こえる声で話し始めた。


「一発ずつ時間停止魔法を解除していると、爆発のタイムラグが出来るし、時間がかかりすぎるわ。座標の一覧を見せてちょうだい」


「こちらです。どうぞ……」


 ひとりの操作員の男がエリスに声をかける。その男は机型の大きなパネルへ両手を向けていた。そこに立体映像(ホログラム)が浮かび上がり、半透明な地球儀のようなものが映し出された。男はそれを説明していく。


「赤い点滅が、エリス様が時間停止魔法を解除した核ミサイルで、すでに動いています。緑の光点は未だ時間の止まった核ミサイルです。白いものはまだ発射前で、黒いものは施設の掌握に失敗した地点です」


 エリスもキャスパリーグも異世界から地球へ来ている。男の説明についていけずに、彼女は目を白黒させていた。


 それを見かねたマリアがそばに来て、易しく説明していく。


 エリス――キャスパリーグは思いのほか飲み込みがよく、すぐさま核ミサイルの時間停止魔法をまとめて解除(・・・・・・)した。


 マリアは満足そうに頷く。全ての核ミサイルが動き始めたことを確認し、エリスに向かって話しかけた。


「全てアナログで行動したことが、我々の勝利に結びついたわね。それと魔女(ハッグ)シビル・ゴードンに見つからずに済んだことも大きいわ……」


 核兵器はネットワークに接続されず、単独で動作する(スタンドアロン)

 ネットに接続しようものならば、ASI(人工超知能)が簡単に暗号を解いて侵入されてしまうためだ。核兵器関連はどんなセキュリティであっても破られるため、軍事関連施設は、インターネットとはまったく別の回線で繋がっていた。


 重要な施設ほどそれは徹底されており、旧世紀の有線通信で安全性を確保する秘密基地もあるほどだ。


 それでも万が一があるので、発射は全て手動で行なう。これは今も昔も変わっていなかった。


 そういった秘匿性に目をつけたのが、魔術結社実在する死神(ソリッドリーパー)の過激派である。


 魔女(カヴン)マリア・フリーマンが率いる秘密結社実在する死神(ソリッドリーパー)は、核兵器の支配を目論み、高度な魔術を行使した。


 その初動は、核兵器で国家への恫喝を企てることにあった。


 彼らがなぜそのような策動に出たのかと言えば、秘密結社実在する死神(ソリッドリーパー)が公然と世に現れたことで、国連を始めとする国際組織が警戒を強めたためである。


 魔術の可能性と限界を見極めかねる政治家たちは、戦慄を覚えた。そして、彼らは一斉に秘密結社実在する死神(ソリッドリーパー)を非難し、厳しい取り締まりを開始した。


 そんな中、世界中の若者たちが反旗を翻した。もし魔術が多岐にわたる能力を発揮できるのなら、温室効果ガスの削減にも寄与できるはずだと彼らは訴えた。


 しかし、地球温暖化の進行は、魔術の手が及ばない領域に既に達していたのも事実。


 若者たちの訴えは現実離れしており、空想的な願望として、各国の指導者たちに却下された。


 このようにして、国家の指導層と若者たちの間には、深い溝が生まれた。それはここ数か月の出来事である。


 魔術の否定に直面した若者たちは絶望し、「地球を汚染したのは我々ではない。それはお前たち無為な老害の所業だ。富裕層が異世界へと逃避し、貧困層は見捨てられる。そんな不条理な地球ならば、滅びてしまえ」という思考に至った。


 この部屋で装置を操る者たちは、そうした思想を共有する若者たちだ。その中には未成年も含まれている。彼らはここ数か月で、秘密結社実在する死神(ソリッドリーパー)に帰依した者たちなのだ。


 エリス――キャスパリーグとマリアを含む全員が、パネル上の立体映像に注目していた。移動する赤い点滅は、立体映像を埋め尽くす勢いで躍動していた。


 初弾が間もなく、ロンドン上空で爆発する。全員が固唾をのんで見守っていた。


「む……」


 静まり返った室内で、マリアの声が響き渡る。


「どうしたの?」


 キャスパリーグが問いかけると、マリアは立体映像のヨーロッパ地区を指し示した。


 その地区で動いていた赤い点滅は、緑色に変わっていた。さらに、赤い点滅は次々と緑色へと変わり始めていた。立体映像に映されていた赤い点滅は、やがてすべて緑色に変貌した。


「エリス、いや、キャスパリーグ。また時間が停止されたみたいね。動いているものは赤い点滅で、停止しているものは緑の光点だから」


「どういうこと?」


「核ミサイルが動き出したことを察知し、誰かが時間を停止したと考えられるわ。キャスパリーグが時間停止を解除したものが、また時間停止したってこと。ほら、爆発は起きてない」


 マリアはモニターの一つを指差した。そこにはヘルシンキ元老院広場が映し出されており、観光客たちは前と変わらず、全て動きを止めていた。


 別のモニターを指差すマリア。ビッグベンを眺めるウェストミンスター橋には、多くの観光客が映し出されていた。彼らは例外なく、一様に動きを止めている。橋上の電気自動車も静止したままだった。


 どのモニターを見ても爆発は起きていない。


「マリア……、この画像の場所まで、ここからどれくらいの距離があるの?」


「そうね、直線距離で千六百キロメートルくらいかしら」


「……?」


 キョトンとするキャスパリーグ。彼女は異世界の住人で、地球の距離の単位が理解できない。


「あ、ごめんなさい。えっと、歩いた場合はどれくらいかかる?」


 マリアは慌てて近くにいた操作員の男に話を振った。男はモニターにマップを表示し、ヘルシンキ元老院広場からロンドンのビッグベンまで歩いた場合の時間を計算し、モニターに表示する。


「うーん、毎日八時間歩いたとして、大体五十日くらいかしら?」


「歩いて五十日……。この時計塔の位置まで、そんなに離れているの?」


 マリアの言葉で、キャスパリーグは驚愕の声を上げる。そして次の瞬間、鋭い視線を放った。


「こんな広範囲を時間停止するなんて信じられない……。私が生まれた星彩界は、八番目の魔素がある高位の世界。そこでも、こんな魔法は見たことがないわ」


 棒立ちになって震えるキャスパリーグ。その顔は青ざめており、美しい容姿は見る影もない。床には汗が滴り落ち、彼女の動揺を物語っていた。


「落ち着いて、キャスパリーグ。こんな出鱈目なこと出来る人物に心当たりがあるんじゃない?」


 慌てて声をかけるマリア。キャスパリーグは、その声で我に返った。


「っ!? ソータ・イタガキ!! やつが広範囲で時間停止を行なっていると?」


「私はソータ・イタガキに、ことごとく計画を潰されてきたの。彼はただの地球人だったはずなのに、いつの間にかとてつもない力を振るうようになっていたわ。あなたもそれは知っているでしょ?」


「……そうだったわね。エリスの記憶が少し朧げになっていたわ」


 キャスパリーグはマリアの声で立ち直り、パネル上の立体映像を凝視する。すると、緑の光点が赤の点滅へ変わる。核ミサイルが再び動き始めたのだ。


 キャスパリーグは立体映像を見ることで、またしても時間停止を解除したのだ。


「ソータ・イタガキ、あたしはあなたの世界を滅ぼすにゃ。あなたがあたしの世界(アリス)を奪ったように、あたしはあなたに同じ苦しみをあじわせてやるにゃ」


 立体映像を見ながら喋るキャスパリーグは、エリス・バークワースの口調に戻っていた。そして怒りの感情を振りまきつつ、部屋を出てゆく。


「キャスパリーグ、外は危険よ? どこへ行くの!」


 魔女(カヴン)マリア・フリーマンは、必死な声で呼び止めようとする。


「ソータ・イタガキを殺しに行くにゃ。奴は地球へ舞い戻ってる今がチャンスにゃ! 絶望を与えてやるっ!!」


 キャスパリーグは、どうやらエリス・バークワースの記憶に支配されてしまったようだ。マリアの言葉を聞かず、重厚な鉄製のドアを次々とくぐっていく。


 マリアはそれを見て、口に手を充てた。目尻が下がっていて、彼女はどうやら笑いを堪えている様子。

 ドアが全て閉じたところで、マリアは我慢できずに吹き出した。


「ぶはっ!! 八番目の魔素がある世界? 星彩界? はあ? 獣人はやっぱりバカな種族よねぇ。そんな世界あるわけないでしょ(・・・・・・・・・)


 魔女(カヴン)マリア・フリーマンは、その場で腹を抱えて笑い始めた。


 立体映像(ホログラム)には、核ミサイルが次々と着弾しているばめんが映し出されていた。ビッグベンを映し出していたモニターがブラックアウトした。核爆発により、回線が途切れたようだ。


 この日、地球のあらゆる都市の上空で、核の炎が渦巻くこととなった。


 その時ソータは……。

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