321 リリスと合流
ダーラは俺を小洒落たカフェに連れてきた。そこの奥まった席で、真祖リリス・アップルビーがストロベリーパフェをつっついていた。何ともおいしそうに食べている。
「なんでこんなとこにいんだよ」
のほほんとしたリリスを見て少し腹が立つ。
「私はルーベス帝国に以外にも地球人を入植させているの。まさか一カ所だけだと思い込んでいたの?」
リリスはふふんと鼻を鳴らす。その態度からは「あなたはそれくらい想像できないの」とでも言いたげな雰囲気が溢れ出す。
リリスの言うとおりで余計にムカつく。
ここはハマン大陸。リリスは北方のルーベス帝国どころか、勇者たちのいるデレノア王国にも入植しているらしい。それならば南方のゼノア教国に入植していてもおかしくない。
「まあいいや。それより、これはどういうことだ? アメリカ軍と手を組んだってわけか?」
俺の少し後ろに立つダーラへ目をやりながらリリスに問う。
「とりあえず座りなさい。注目を集めているわよ……」
リリスの言うとおりだ。このカフェにはカップルが多く、それぞれの席でいちゃついている。そんな中、通路に立ちっぱなしで声を荒らげる俺は注目の的になっていた。
いやはや、俺がこういった場所に慣れてないことと、こういった場所にいるリリスが悪い。曲がりなりにもリリスは真祖で、バンパイアの頂点に立つ存在だ。場所を弁えるのはあなたですよ。
自分でも分かるくらい不機嫌な顔で席に着く。ファミレスでよく見るボックス型の席だ。
「ちょっと」
「はあ?」
「そこ詰めてよ」
「……」
腰で押しながら、ダーラが強引に座ってくる。この席はソファータイプでコの字型になっているので、向かいに座れば済む話なのに。リリスは奥のまん中に陣取っているので、配置的に歪な座り方になってしまった。
すぐに店員さんが注文を取りに来て、ダーラがイチゴパフェを頼み、リリスはイチゴパフェをおかわりする。どんだけ食うんだよと思いながら、俺は紅茶を頼んでおく。
優雅に一礼をした店員さんが去ると、リリスは片肘をついて話し始めた。美人過ぎるバンパイアの、ひとつひとつの所作に優雅さを感じる。そんなリリスに男性が注目して、彼女が嫌な顔をするテーブルもちらほらと。
そういやこの前も似た経験したな。
「リリス、あんたはいったい何をやってんだ? それとダーラ、くどいようだけど軍に帰らなくていいのか?」
「それよりソータ、先に大事な話をさせてくれ」
「お? おう」
リリスの真剣な眼差しに気圧されて、思わず承諾してしまう。
「アルトン帝国の米軍基地は、周辺の国々が認可した事で、アメリカの領土となった。彼らは今後、あの場所を橋頭堡として領土の拡大に努めることになる。といっても、アルトン帝国はお前が滅ぼしたようなもんだがな……」
「はあ? 皇帝レオナルド・ヴァレンティヌス・アルトンが、レブラン十二柱のラコーダだったから討ったまでだ……。不意打ちだったけどさ」
そこまで言ったところで気づく。アルトン帝国は、ほとんどが森だった。そのうえ帝都エルベルトはニンゲン不在で、デーモンが支配していた。それが原因で、俺とゴヤは異世界と冥界の帝都エルベルトをめちゃくちゃに破壊する羽目になった。
ラコーダとデボンの戦いで、双方の街が壊滅したとも言えるけど。でも冥界と異世界の巨大ゲートは閉じたぞ。
「ここからが本題だ。お前は不意打ちと言ったが、どうやってディース・パテルを討ったんだ」
それ覚えてないんだよな。あ、そう言えばクロノスを問い詰めるのを忘れてた。
「手の内を明かすと思うか? お前もいらんことすれば討つからな」
「くっ……」
リリスが顔をしかめる。甘いもの食べて幸せそうな顔から一転した。ふはは。舐めるなよ。
というか、手の内は俺も知らん。絶対にクロノスが何かやっているはずだ。
『いつものように心を読んでるんだろ? 何をやったのか教えてくれ』
『ディース・パテルは、空間魔法と時間停止魔法を併用しました。それによりソータが感知する前に、周囲の時間が止まったんです。そこで私がソータの身体を借りて、ディース・パテルに時間停止魔法陣を使用した。という訳ですね』
『ほーん……。またしてもクロノスに命を助けられたって事か。いつもほんとに助かるよ』
『どういたしまして~』
クロノスと緩い会話をしていると、ふと視線を感じる。俺の右隣に座ってイチゴパフェを待っているダーラからのものだ。
「なに?」
「ソータくんさあ、あたしがここにいるの、おかしいと思わない?」
「おかしいと思ってるから、アメリカ軍のこと聞いたんだけど?」
「軍じゃなくてさ、あたしが一緒にいるのは、真祖リリス・アップルビーだよ?」
「うん、知ってる」
「はぁ~」
「ため息ってなんだよ。俺は鈍感じゃねえからな。ダーラはリリスに脅されて渋々手伝ってんだろ? 軍法会議があったらそう証言してやるよ」
「はぁぁぁぁ~」
「……」
何だこいつ。失礼にも程がある。
「あたしは娘なの。ここに座ってるリリスさまの」
「いや、知ってるって。エルベダンジョンで腕切ってたよね?」
「……」
俺をじっと見つめるダーラ。とても澄んだ瞳で曇りがない。
ダーラがリリスの娘だというのは本当の話だ。別に疑ってるわけじゃない。いや、バンパイアのリリスが、どうやって娘を産むのかという疑問はあるけど。
「ダーラ」
「なに」
「あんたはイェール神学校卒のアメリカ軍人だ。違いないよな」
「ええそうよ?」
「ダンピールつってたけど、渇望はあるか?」
「人工血液で事足りてるわ」
「だろ?」
「なに? 何が言いたいの?」
「俺はただ、お前が築き上げたキャリアを全て棒に振るつもりなのか、それが心配なんだ。リリスが母親だとしても、ダンピールだとしても、これまで真面目に生きてきたんだろ? リリスが神界へ行くという念願は果たしたんだ。もう自分の人生を歩んでいいんじゃね?」
「……」
言いたいこと言ってしまった。後悔はない。リリスなんてバンパイアについてったら不孝になるだけだ。その辺を少しでも考えてくれればいい。
ダーラを説得しようと頑張っていると、リリスが全然違う話で割って入った。
「アダム・ハーディング。覚えているかソータ」
「死者の都の神ってやつだろ。覚えてるよ」
「そいつがダーラの父親だ」
「あー、なるほど分かった。みなまで言わなくていい」
なんだ、家族の問題だったのか。リリスは死者の都の神、アダム・ハーディングを討伐するために動いている。この話は以前耳にして、鮮明に記憶している。ただし、アダムを討つ動機が不明だった。それが明確になり、喉に詰まっていた魚の小骨が取れたかのような爽快感を覚える。
リリスとアダムの過去の関係はさておき、ふたりの間には娘がいる。その名はダーラ・ダーソンってわけだ。
リリスがアダムを討つ、これすなわち母が父を討つということだ。そういう経緯なら、ダーラはあまりいい形で産まれた子ではないのだろう。それをダーラの前で話させる訳にはいかない。その辺りのデリカシーは持ってるつもりだ。
ちょうどその時、頼んでいたパフェと紅茶が配膳された。
「ちょっと質問してもいいか?」
「何だ」
店員が去って質問すると、リリスは俺の問いに次々と答えていく。内容があれなので、音波遮断魔法陣を使う。
ディース・パテルとは何者なのか。アダム・ハーディングとはどんな存在なのか。
その答えは、今の俺にとっては割とありふれたものであった。
ディース・パテルは、黒霧と呼ばれる異世界に存在する大国の君主。
アダム・ハーディングは、混沌と呼ばれる、異世界に君臨する大国の支配者。
彼らも、神を自称する異世界の住人に過ぎなかった。
混沌という世界も、いつものように建築物で理解しやすくなる。
異世界は、地上一階に相当する。
冥界や死者の都は、地下一階に位置する。
この三つの世界は、地形や建物が鏡像のように類似している。
それに対して、黒霧や混沌は、より深い地下二階にあたる。
これらの世界には足を踏み入れたことがないため、地形や建物が同一であるかは確かめられない。
しかし、神界と称される地上三階部分では、地形や建築物の間に顕著な不一致が観測された。これは、異世界を起源とする素粒子の影響力が関与していると考えられる。異世界からの距離が増すにつれて、その世界の固有素粒子の力が強まるのだ。
十八番目の素粒子、根源で結晶を創ってみる。
特に負担もかからず、手のひらにビー玉っぽい球体が現われる。前回はできなかったのに、今回はできた。理由は不明だが喜んでおこう。
「ぐおっ!?」
自分で作っておきながら、根源結晶から圧倒的な力を感じる。これまで感じた力のどれよりも強い。気を抜けば俺の存在ごと消えてしまいそうな力がある。
ヤベえ。カフェの隅っこに座って、思いつきでやることじゃねえ。
「どうした? パフェが食べたいなら、ひと口やらんこともないぞ」
リリスはスプーンにイチゴと生クリームを乗せて差し出してきた。あーんすれば口に入れられそうな距離まで。
「……この力、感じないのか」
「何やってんの? 手のひら見せて『この力』とかさ。もうそんな年頃じゃないでしょ?」
隣で呆れ声を出すダーラ。リリスはグイグイとスプーンを近づけてくる。
どうやら俺の手のひらにある根源結晶の力を感じてない上に、見えてすらいないようだ。
俺だけに見えるビー玉か……。まるで裸の王様だ。笑えねえな、これは。
手のひらで転がして消えるように念じると、何もなかったように消えた。その存在だけで周囲を消し飛ばしそうな圧力も同時に消える。以外と危なかったのではなかろうか。周囲がまったく異変を感じていないことで、余計に不安を感じてしまった。
何ごとも無くてよかった。
「ところで黒霧や混沌に関して、理解出来たのか?」
リリスはスプーンを近づけながら聞いてくる。
「あ、ああ理解出来たよ。ありがとな」
「で? ディース・パテルはどうやって倒した」
あ、忘れてなかった。煙に巻いたつもりだったのに。しらばっくれてもずっと聞いてきそうだ。それこそ年単位で。面倒いから話しておこう。
「……倒しちゃいねえよ。時間を止めているだけだ」
「時間を……止めた? ディース・パテルの時間を?」
「ああそうだ」
「……そんな事出来ないはずだ。精々時間を遅延させるくらいで、時間という概念そのものを止めることはできない」
うーむ。オルズも同じこと言ってたな。というか、リリスは俺が時間を止めた奴らを見たことないのかな?
「実際止まってるんだから、そう言われてもなあ」
「証拠を見せろ」
「……」
面倒い。それに時間停止魔法陣を見られたくない。
『ソータ、さっき言ったように、ディース・パテルは空間魔法で範囲を指定して、時間停止魔法を使いました。すでに解析済みで、使用可能です』
クロノスから思わぬ声が聞こえてきた。
『マジで? 魔法陣じゃなくて、魔法なの?』
『マジです。そのせいでソータの時間が止まっていたのですから』
『ほほーん。さんきゅー』
『どういたしまして~』
さてどうするか。風魔法を使ったいつもの魔法陣だと、リリスに勘付かれてしまう恐れがある。しかし、陣を伴わない時間停止魔法であれば、見破られない……かな?
時間停止魔法か……。魔法陣で何度も使っているから、すでに使える感覚がある。
「はぁっ!?」
驚いた声を上げるリリス。そしてすぐに涙目となった。イチゴパフェの時間を止めたことで、スプーンが抜けなくなってしまったからだ。リリスはまだ何が起きているのか分かっていない。
物体の時間が凍結すれば、その存在は永遠に変わらぬ姿を維持する。柔らかな生クリームも不滅の状態となり、尖ったツノはあらゆるものを貫くだろう。
異変に気づいたのはダーラだった。
「母上さま、そのパフェ、時間が止まってませんか?」
「えっ!?」
リリスも気づいた。スプーンを持ってパフェをブンブン振り回し始めた。お行儀悪いですよ。
「ソータ、分かった。分かったから、パフェの時間停止を解除してくれ」
「よろしい」
パフェをテーブルに置いたところで、時間停止を解除。元の状態へ戻った。
「その魔法があれば、……アダムに勝てる」
リリスはそう言って俺をじっと見つめる。
「ダメ。教えない。というか、どんな仕組みで発動してるのか知らんし」
「ならば手伝え」
「ふざけんな。俺も忙しいんだぞ」
「頼む。この通りだ」
リリスは涙ぐんで両手を合わせる。その姿はカフェの男性に火をつけた。「あんな美人を泣かせるとは、とんでもねえ男だ。奴が店を出たらボコボコにしてしまおう」そんな囁きが聞こえてきた。
「はぁ~。分かったよ。手伝うけど、俺は俺の事情を優先す――」
「やったっ! ダーラ、素敵な援軍が現われたわっ!」
ふたりは両手を合わせ、キャーキャー騒ぎ出した。俺を挟んで座ってるから、とてつもなく鬱陶しい。それに、彼女たちの姿を見て、店内の男たちからさらに刺々しい視線が飛ぶ。俺に向けて。というか、リリスを何歳だと思ってんだ? アダム・ハーディングって神から生み出されたんだから、万年単位で生きているお婆ちゃんだぞ。
まあいいや。俺もただで手伝うつもりはない。
「その代わりお前も手伝え」
「手伝えって何を?」
「エリス・バークワースの討伐だよ。それでこの街に来たんだし」
「へぇ、エリスを討つって、本気で言ってるの?」
「ああ、もちろん本気だ」
「無理よ」
「無理とかじゃねえ。討つんだよ」
「あらあら、あなたもっとスマートだと思っていたけれど、そうでもないのかしら?」
なんだよ急に。口調までオホホに変ってるし。エリス・バークワースを討つことは、俺の最終目標と言ってもいいくらいだ。無理と言われて、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。あいつらのせいで、どれだけのニンゲンが喰われたと思ってやがる。
……あ、そういえばリリスはバンパイアだったな。ニンゲンから血を奪って生きている下衆野郎だと忘れてた。
「ソータ、貴様何を考えている。私はニンゲンから直接血を吸うことは滅多にないぞ。血液パックという便利なものがあるからな」
念話でも使っているかのような返事で焦る。
「まあそういうことにしておくよ。んでどうすんの?」
「エリスを討つのは不可能だと言っているだろう。分からんのか」
「分からんね。なんで不可能なのか教えてくれよ」
「……そうか。どうやら知らないようだな」
リリスはゆっくりしゃべり出した。
「エリスが希有な召喚師悪魔を支配するものだと知っているな?」
「ああ、もちろん」
「彼女が地球へ行き、アラスカで大惨事を起こしたことも知っているな」
「知ってるさ。お前がそこにいたことも」
そう言ったところで、リリスの眉がピクリと跳ね上がった。
「……まあいい。その時彼女には、ラコーダが憑いていた――――」
エリス・バークワースは自らに憑いていたデーモン――アリスが滅んだことで悲しみに打ちひしがれた。それが切っ掛けとなり、エリスは記憶を取り戻した。彼女は千年前、獣人王国の女王キャスパリーグだったことを。
エリスはキャスパリーグのスキル〝悪魔を支配するもの〟を使用して自身にラコーダを憑依させた。その結果、彼女の能力はラコーダ以上に跳ね上がったそうだ。
彼女はラコーダに知識と力を与え、憑依を解除。その後は冥界へ赴き、強いデーモンを憑かせては、その能力をコピーしている。能力をコピーしたデーモンには、ラコーダ同様に知識と力を与えて、憑依を解除する。その繰り返しを行なっているそうだ。
デーモンの中にはエリスの能力や美貌に惚れ込み、彼女に付き従う者までいるという。
エリスは呪文のように繰り返している独り言がある。それは「ソータ・イタガキを殺す」だそうだ。
病的なまでに、いや、すでに彼女は病んでおり、いつ何時暴れ出すのか分からない差し迫った状況みたいだ。
「リリス、お前えらく詳しいな」
「今でも連絡取り合っているからよ」
「はあ? テメエ居場所とか知ってたのか!」
「知らないわ。向こうから連絡があるだけで、こっちから連絡取れないんだもの」
「……」
リリスの顔を覗き込みながら、両眼の奥を探る。
……ウソではなさそうだ。
「ソータ、私を疑うのはいいのだが、時間の無駄だぞ。私とエリスでは目的が違う。お互いに邪魔にならないと言うだけで、敵対していないだけだ。そもそもエリスから連絡があるのは、私が何をやっているのか確かめるついでに、ソータの動向を聞かれているだけだ」
「あ? テメエ、スパイやってんのか?」
「あはは。私がそんな事やるわけないでしょ。真祖を舐めないで欲しいわ」
ふう……落ち着け俺。エリスのことで熱くなりすぎだ。
「じゃあ、俺の情報は流していないと」
「当たり前じゃない。あなたは私にとって必要な存在なのよ」
「地球人の移住か……」
「そう。あなたがアメリカに貸し与えたスチールゴーレムのおかげで、ずいぶん捗っているわ。あと、エリスから連絡があると、だいたいソータの動向を聞かれるの。毎回知らないっていってるけど」
「そうか……」
「それでね、エリスはとんでもない数のデーモンから能力をコピーしているわ。その力で、あなたに復讐するつもり」
けらけら笑うリリス。他人事だと思って安心しているみたいだが、さっきまでの話を忘れてんのか?
しかし、リリスが俺に狙いを定めているのなら話は早い。さっさと倒しに行こう。
「リリス、ダーラ、ふたりには手伝ってもらうぞ。エリスの討伐を。もちろん俺も、アダム・ハーディング討伐を手伝う」
リリスの笑い声が止まった。そして顔を引き締め、低い声で話し始めた。
「本気でエリスを倒すなら、私の言うとおりにしなさい。でなければ勝てないわ」
リリスの目は真剣だ。言うとおりにしなさい……か。エリスに関しては、リリスの持つ情報が圧倒的に多くて精度が高い。これまではリリスの悪の部分を見逃し、敵でも味方でもないという関係だったが、今回はしっかりと手を組もう。
「ああ、何なりと指示してくれ。全力で応じるからさ」
俺の目を見つめ返して、リリスは頷いた。となりのダーラへ目をやると、彼女もやる気満々で頷いた。
行き先は冥界。エリスを討った後、アダム・ハーディングを討ちに行く。大まかな方針がカフェの片隅にて決まったのだ。
「さて、行こうか」
そう言ったリリスが立ち上がる。ほっぺに生クリームをつけたまま。
俺はそれを見て一抹の不安を感じていた。




