317 無謀な作戦3
外輪山の山頂で転移を続けていると、ようやく援軍が到着した。
「よぉ」
声をかけてきたのは、念話で呼んだ竜神オルズ。彼は飄々とした様子で静かに立っている。どういう仕組みなのか分からないけど、居場所を教えてないのに目の前に転移してきた。
「久し振り、って程じゃないか。死者の都はどうだった?」
「死者の都に動きは無い。それで冥界に行ってたんだが、大混乱中だ。あの世界の盟主、ラコーダが討たれたと言ってな」
見た目は相変わらずのイケオジだが、声には少しだけ怒りの感情が混じっている。
「へぇ……」
「おいこら、目を逸らすな。ラコーダはお前がやったって聞いてるぞ?」
「不意打ちだけどね……。やつの時間を止めたからさ、もう何もできないよ」
「時間を止めた……? 時間という概念を止めることはできないはずだが。……ああ、それで他の神々が、ソータに注意しろと言ってたのか」
「え、そうなの? また裁判とか勘弁して?」
「いや、戦争が激化してるから、しばらくはそれどころじゃないだろうよ」
ふたりで呑気に世間話をしているが、盆地からの攻撃は収まっていない。立ち止まっているため、攻撃魔法が集中して飛んでくる。ただ、お互いに障壁を張っているので問題はない。
しかしデーモンが転移してくればその限りではない。
オルズの背後にふっと現われた巨大デーモンを、念動力で握り潰す。と同時にヒュギエイアの水をかけた。オルズは逆に、俺の背後に現われたデーモンへ魔法を放つ。
デーモンの放つ黒線っぽいけど違う。オルズの魔法は黒い炎の刃に見えた。
俺の背後の巨大デーモンは、オルズによって真っ二つに斬り割かれ、黒い炎をまき散らしながらあっという間に燃え尽きた。
「なにそれ」
初めて見る魔法だ。
「魔法じゃない。今のはスキルだ」
スキルか。道理で魔力を感じないわけだ。黒いからデーモンっぽいけど、そもそもオルズは黒竜だからな。
「なるほどね。それで黒なんだ」
「そういうこと。それで、どうするんだ? お前からの念話で駆け付けたのはいいけど、細かい内容を聞いてない」
詳しい内容を話す前に念話を切ったのは君でしょう。とは言わない。いちおう神様だし。
「軍神デボンの救出作戦中なんだ。彼の生死は不明だけど、エルベの街のセレスト翁から依頼を受けて行動を起こしている」
「ほう、セレスト翁の依頼か。……それなら女神アスクレピウス陣営だ。俺が手伝っても問題ない」
うん? なんか含みのある言い方だな。
「含みのある言い方をしてんだよ。あと、いちおうじゃなくて、ちゃんと神様だかんな?」
オルズはぐいと顔を寄せてきた。そう言えば忘れてた。オルズも神で、俺の思考を読めるということを。あー、セレスト翁にも俺の考えが筒抜けだったのか。
神の読心術はブロックできるようになったけど、今使うのはやめておこう。オルズからは疑われたくない。
今の思考も読まれていたみたいで、オルズからジト目で見られる。なので話を変えた。
「……お? あれ見てオルズ」
オルズの背後、つまり盆地で動きがあった。目を疑うような光景だ。街の中心部にある宮殿が、空に浮かび上がってゆく。敷地外の建物も同じように浮かび上がっていた。ただし、浮遊効果に範囲があるのか、宮殿以外の建物は外側から次々に崩れ落ちてゆく。
「浮遊島ソウェイルと同じだな……。あの技術、どこから盗んだ。くそっ! デーモンの分際で!」
オルズは長いことデーモンの監視を続けている。異世界の空に浮かぶ、浮遊島ソウェイルを使って。彼はいつも、どこかチャラい空気をかもしだすが、今は違う。全身から怒りの空気がにじみ出ていた。
うーむ。それはそうと、あの宮殿にはミッシーたち三人が突入してるんだよな。ファーギやメリルたち陽動は……、いったん引き上げさせた方がいいな。
退却のため念話を飛ばそうとすると、先にミッシーから連絡が入った。
『ソータ、ファーギ、メリル、こちらは軍神デボンの身柄を確保した。すぐにバンダースナッチへ転移するように』
それにファーギとメリルの念話が応じた。
『おお、さすが!! でもこっちはもう少し時間がかかりそうだ』
『私たちはファーギと一緒にいる。黒い立方体から迎魔が大量に漏れて、何か出てきそうよ』
『ファーギ、メリル、そんなのほっといて、いったんバンダースナッチに転移だ』
俺も念話に加わって指示を出す。あの立方体は冥導結晶なので、迎魔が溢れるわけがない。つまり今の状態は、立方体がゲートの役割を果たして、神界と黒霧を繋いでいることになる。
一刻も早くあの場から離れなければならない。立方体からは黒い霧が吹き出しているし、間もなく黒霧徒――――デーモンの神にあたる存在が現われるはずだ。そんなもん相手にしないで、神の軍勢に任せておけばいい。
「おいおい、ありゃいったい何なんだ」
ついたばかりのオルズは、黒い立方体を初めて見たようだ。彼は神の軍勢と別行動取ってるし、ここに来たのも初めてなんだろう。
「黒霧と神界を繋ぐゲートだ。たぶんね」
「冥導結晶なんて、神界に持ち込めるはずがないだろ?」
「いや、あそこ見て。実際にあるからさ」
「だよな。……これはいったいどういうことだ」
おや? オルズは立方体を見つめたまま考え込んでしまった。なんでだろ……? 俺はここで冥導結晶くらい作れるぞ?
「おいソータ、それは本当か?」
また思考を読まれた。
「え、ああ、作れるよ?」
オルズの剣幕に押され、手のひらに冥導結晶を創り出す。
「……あり得ん」
「いや、本物だからよく見て」
「ああ、分かっている。だからこそだ」
「ちょっと何言ってるのか分かんない」
「ああ、ソータは知らなかったか。この世界はな――――」
異世界、神威の世界、そして神界と、順番に繋がっているそうだ。しかし、冥導は冥界の魔素だ。つまりデーモンの世界。繋がりの順番は、冥界、異世界、神威の世界、神界となる。
それは俺も経験則で分かっている。建物の地上階と地下階で簡単に説明できるからな。
オルズが言うには、冥界と神界は繋がりが遠すぎて、本来なら干渉できないという。物質も同じく冥界のものが神界に存在することは叶わない。
「ならば何故、デーモンは神界で存在できているの?」
「それなんだよ。本来はデーモンは神界で存在できない。しかし今回、冥界からデーモンが入り込んでいる。……その原因は不明で、現在調査中だ。いやあ、参ったな。あんなに巨大な冥導結晶が存在できると、神界に影響が出そうだ」
「影響はもう出てると思うよ?」
本来ならデーモンは蒼天の風で滅ぶはずだ。
「まあ、そうだけどよ」
神々の戦争は、エンペドクレスから聞いている。詳しくは聞いていないから、分からないことも多い。けれど、異常事態が起きていることは分かった。それがおそらく、デーモンや黒霧徒の仕業であるとも。
原因はあの冥導結晶だろう。じゃなきゃデーモンやバンパイアは神界に存在できない。
――――ドン
――ドン
ふたりして唸っていると、街の方から立て続けに爆音が聞こえてきた。
「ソータお前、呑気に構えてていいのか?」
「ああ、大丈夫。あれくらいどうってことない」
ファーギたちがいる場所に火柱が立っている。黒炎がキノコの形へ変化し、また別の火柱が立つ。
それは、宙に浮かんだ宮殿からの攻撃だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ファーギはメリルとテイマーズと合流し、黒い立方体にハラスメントを行なっていた。重要施設なので守りは堅い。それに加え、周囲から続々とデーモンが集まってくる。ドワーフの五人組は、各々の武器と能力を駆使してそれらをはね除けていた。
「おーい、じじい、さっきソータのおっさんが撤退しろって言ってなかったかー?」
「ああ、そうだ。できればあの施設を壊したかったが、厳しそうだな。転移リングでバンダースナッチへ戻るとしよ――――」
ファーギがアイミーに返事をすると、周囲が真っ白に輝き始めた。ドワーフたち五人は、その瞬間、目を閉じた。全員がゴーグルを装着していたが、強烈な光はゴーグル越しにも眩しいほどだ。彼らは両手でゴーグルを覆い、なんとかその光に耐える。しかし、その直後、轟音と爆風が彼らを襲った。
「うおおっ!」
ジェスの声が遠ざかってゆく。メリルはジェスが爆風で飛ばされたことをいち早く察知し、スキル〝影渡り〟で追い始めた。このスキルは、身体を黒い影に変化させて高速移動できる。本来はバンパイアのスキルだが、ダンピールとなったメリルはすでに使えるようになっていた。
他のメンツは障壁を張って耐えている。しかし追い打ちとばかりに、次々と爆発が起きていく。建物の影に潜むデーモンも等しく、爆発によるダメージを食らっていた。
「おいおい、無差別攻撃か?」
ファーギは障壁の中で、夜空を見上げる。そこには崩れ落ちながら浮かび上がっていく宮殿があった。宮殿の壁から、魔導砲の砲身がたくさん見えている。それらは全てファーギたちに狙いを定めており、次々に火を吹いていた。
ただ、黒い立方体にだけは攻撃を加えていない。
「やはりあの施設は重要みたいだな。しかし――――」
そう言ったファーギは、まるで魔法の杖のように、大きな魔導ライフルを取り出した。
「なにそれ?」
「いつの間に作ったの?」
障壁越しに、アイミーとハスミンが問いかける。まるで子供が悪戯を見つかったかのように、ファーギはばつの悪そうな顔でスッと目を逸らした。その手には、鏡面仕上げの大きなライフルが握られている。彼はライフルをおもむろに構え、未だ攻撃を続ける宮殿へ銃口を向けた。
――ドン
その音は周囲の爆音に比べ、あまりにも小さかった。だがしかし、銃口から放たれた白いエネルギー光線は、真っ白な線となって力強く突き進んでいく。
防御するために、宮殿の底の部分に障壁が展開される。しかし白いエネルギー光線は、障壁をものともせずに突き破り、あろうことか宮殿をも撃ち抜いた。
それだけなら、巨大な宮殿に対して、さしたるダメージを与えることはできない。ただし、白いエネルギー光線は、ファーギの銃口から夜空の雲にまで届いていた。
「よいしょ!」
そのかけ声と共に、ファーギはライフルをグルグルと動かす。銃口から伸びた白線は、夜空に浮かぶ宮殿を渦巻き状に斬り刻んでいった。
「おいおい……、それマイアねーちゃんの収束魔導剣と同じ原理かよ」
「オレたちにも作ってくれよぉ」
アイミーとハスミンは、空を見上げながらおねだりをしていた。周囲にはスライムが数体いて、彼女たちを守っている。
「お前たちの短気が治れば作ってやってもいい。しかし、ソータに永遠回廊結晶を作ってもらわなくちゃいけないが……」
ファーギの声は尻つぼみに細ってゆく。アイミーとハスミンはそれを見逃さなかった。
「おいこらじじい……」
「そのライフルに、永遠回廊結晶を使ったな?」
その鋭い指摘に、ファーギは再び目を逸らし、言葉を濁した。
その頃には、空に浮かぶ宮殿はなます斬りにされていた。すでに空に浮かぶ力はなく、バラバラと崩壊が始まっていた。
地上にいるファーギたちはたまったものではない。空から巨大な岩石が落ちてくるのだから。
それらを器用に避けていると、メリルの声がした。
「ジェスを助けてきたわ」
彼女の肩にジェスが乗っている。彼はどうやら爆風をまともに受けて意識が無いようだ。
「よし、あの立方体は放置する。あんまり嫌がらせすると、反応して爆発、なんて事になれば、この盆地丸ごと吹き飛ぶからな。全員バンダースナッチへ転移するぞ」
依頼は達成したし、ここにいても仕方がない。そう言いたげなファーギの声で、仲間たちは次々と転移していった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
今の白い線はなんだ……? 地上を攻撃していた黒い宮殿がバラバラに斬り割かれてしまって、思わず念話を飛ばす。
『みんな無事か?』
『全員無事に帰還したっす』
いつもの調子でリアムから返事があった。どうやら地上には誰も残ってなかったみたいだ。謎は残ったが、全員無事でよかった。リアムにそのまま宇宙空間で待機するように伝え、竜神オルズと向き直る。
「なあ……」
「ああ、分かってる……」
黒い立方体から紫電が走って、周囲を焼いている。護衛のデーモンたちは、逃げる間もなく黒焦げにされていた。何かが出てくる。黒い立方体から。
次の瞬間、時間が止まったような気がした。
――――いや、時間が止まっている。
未だ崩れ落ちている宮殿の残骸は空中で停止している。隣にいるオルズは、目を見ひらいたままぴくりとも動かない。
ただし、黒い立方体から出てくる何かは別だ。側面が丸ごとドアになっている部分から、ひょいと軽やかに人影が現われた。大きなドアだけど、出てきたものはニンゲンと変わらない大きさ。姿形はヒト族と同じ。
しかし、その雰囲気は深い闇のように暗かった。あれは黒霧から現われた黒霧徒だ。
『貴様がソータ・イタガキか』
脳内に響く念話。あまりにも大声で、頭にピリッとした痛みが走る。スクー・グスローの念話に似ているが、根本が違う。それからは憎しみや怨みといった、負の感情が強く感じられる。
『ああ、そうだよ』
そう答えると同時に、黒い立方体前で佇む黒霧徒は、俺のいる山頂へ視線を向けた。
ヤッべ、見つかってる。背筋に冷たい戦慄が走る。ゴーグル越しに見えている黒霧徒が、ニヤリと笑みを浮かべていた。




