314 依頼受注
街が滅び、路頭に迷う。半日前までは、そんな状況に陥っていた街の人びとは、元凶となったラコーダを討伐したことで戻ってきた。それでも彼らは、破壊された街並みを見て絶望の表情を浮かべる。俺がこっそり話を聞いていた家族の男の子は、ずっと涙をこらえていた。
しかしエーテリュクスの地上ダンジョン化により、エルベは以前にも増して息を呑むほどに美しい街へと生まれ変わった。おかげで、街の住人達は大喜び。ヒュギエイアの水を降らせたことで、人的被害も少なく抑えられ、町長のセレスト翁から深く感謝された。
俺たちから見れば、神界の住人は一人一人が神様だ。
強い素粒子で構成された世界の、一住人と言ってしまえばそれまでだが。
町長のセレスト翁は、雪のように白く、滝のように流れる長いあご髭が特徴的で、頭頂部は月面のように滑らかに禿げ上がっている。腰こそ曲がっていないが、顔のしわは、俺たちに想像できないほど長い年月を生きてきたに違いない。
バンダースナッチも着陸させてもらい、俺は仲間たちと無事に合流できた。ただ、喜び合う間もなく、すぐさま宴へ誘われた。その席でセレスト翁に聞いてみた。そんなに長生きして、飽きないのかと。
「ほっほっほっ、これでも忙しいのです。何もしなければ、時間が苦痛になる。仕事でも趣味でも、何かやっておれば、そこそこ楽しく生きられる。難しく考えるより単純に考えるのが肝要ですじゃ。人生も仕事も、シンプルが一番じゃよ」
金言をいただけるかと思っていたが残念。割と似た考え方をしているので、そんなに響かない。
宴の最中に、テイマーズの三人が酔っぱらってしまうという事件が起きた。ドワーフなのに。
それに三人ともまだ子どもで、本来なら酒は飲めない。話を聞いてみると、興味本位でこっそり飲んで、失態を犯したようだ。ヒュギエイアの水コップ一杯で酔いも覚めるし体調も戻るので、事なきを得たが。
久しぶりに心ゆくまで食事を楽しみ、久々に安らかな眠りに身を委ねた。ミッシーやファーギたち仲間からも、たまには休んだ方がいいと言われ、甘えさせてもらった。
「くっぁああ」
熟睡したのはいつ振りだろう。朝日を浴びて目が覚めるというのは、なかなかどうして心地よい。ベッドに腰掛けて、部屋の中を見回す。
俺たちは昨晩、セレスト翁の経営するホテルに泊めさせてもらった。仲間は全員、上階の個室へ通された。内装は現代日本とあまり変わらない。アメニティグッズも豊富に置かれている。特筆すべきは、卓上に展開する立体映像。こんな技術は、地球でもあまり普及していない。
今は朝のニュースをやっているみたいだ。神界へ攻め込んできた冥界の神ディース・パテル、死者の都の神アダム・ハーディング、ふたつの軍勢の動きを報じていた。
やはりエルベの街は、戦闘区域ではないようだ。ここから遠く離れた、ベナマオ大森林に神々の軍勢が集結している。ディース・パテルの軍勢は、先にデーモンを送り込み、異世界で言う元獣人自治区に陣地を張っているそうだ。
何だこの違和感は。
ああ、なるほど。立体映像のニュースは、地球での報じ方と同じだ。どこか対岸の火事的な、他人事というか、端的に言うと、大変だけど関係ない、そんな空気を感じる。
立体映像に「速報」のテロップが流れる。こういうのを見ると、彼らは神々と称している割に、いい意味でニンゲン臭さを感じる。
「……」
テロップが報じたのは、軍神デボンが行方不明という内容だった。それと同時にホテルの館内放送が流れる。内容は俺たち「人界」のメンバーを招集するものだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
急いで準備を整え、ホテルの廊下を駆け抜ける。呼び出された部屋に飛び込むと、仲間たちがすでに集結していた。皆、ゆっくりと眠れたようで、活気に満ちている。フル装備の上に、永遠回廊の結晶もしっかりと身につけている。これがなければ、神界での戦いは不可能だろう。特にダンピールの四人にとっては。
この四人を降ろしたのには訳がある。ゴヤたちを襲ったデーモン。レブラン十二柱のラコーダ。真祖リリス・アップルビー。その娘、ダーラ・ダーソン。デーモンもバンパイアも問題なく神界に存在できていた。
俺が警戒しすぎていたのだろう。
昨日バンダースナッチが着陸したとき、メリルたち四人の下船を許可したのだ。
部屋には他に、町長のセレスト翁と、赤縁のメガネをかけた秘書らしき女性もいた。飾り気のない部屋で、装飾品は一切置かれておらず、簡易的な長机が四角に配置されていた。椅子はパイプ椅子で、この部屋が急いで用意されたことが伺える。
俺が最後に到着したため、セレスト翁から声をかけられる。
「急な呼び出しで申し訳ない。ここに来てもらったのは、軍神デボンが行方不明になったからじゃ。ニュースで知っている者もいると思うが」
知らなかったのは、テイマーズの三人とリアムだけだった。それを受けて、セレスト翁は簡潔に説明を始めた。
デボンは神の軍勢が集う基地を目指していた。魔導バッグにラコーダを詰め込み、ベナマオ大森林を通過していたが、そこで彼からの連絡が途絶えた。神の軍勢はその地点に急行したが、デボンの姿はどこにもなかった。広範囲にわたって森の木々が消失し、幻影狼の亡骸が一体だけ残されていた。
神の軍勢の中でも屈指の強さを誇るデボン。彼の行方不明は、生死すら不明で、神界では大きなニュースとなっていた。……立体映像からは、そんな危機感は感じられなかったが。
「うむ……」
腕を組んで考え込むファーギ。当然の反応だ。俺たちを呼び出したのなら、デボンの捜索を依頼するつもりだろう。そのことを見越して、ファーギは慎重に構えていた。
しかし、セレスト翁はファーギの態度を気にも留めず、話を続ける。
「神の軍勢は現在、山脈を挟んでデーモンの軍勢と対峙しておる」
セレスト翁がチラリと俺たちの方を見る。俺、ファーギ、ミッシーに対してだ。どうやら、俺たちのパーティーで決定権を持っている人物にアプローチしているようだ。次の瞬間、ファーギとミッシーが俺に視線を送る。
「ソータ殿、単刀直入に言うが、軍神デボンを探してもらえないか?」
セレスト翁の判断は迅速だった。決定権を持つ人物を視線で特定し、即座に依頼を行う。少し腹立たしいくらいの洞察力だ。
「えっと、俺たちは神界に来て間も無いです。この世界の理すら分かってないので、デボンの捜索なんてできません」
「分かっておる。では、この世界がどういったものか、知識を与えよう」
セレスト翁の言葉と共に、後頭部を引っ叩かれたような感じがした。それは俺だけでは無く、仲間たちも同じ感じを受けたみたいだ。
「なにこれ?」
「変な感じ」
「地形は同じなんだね」
アイミー、ハスミン、ジェス、三人が次々に話す。マイアとニーナは顔を見合わせて驚いている。リアムとメリルは、メモ帳を取りだして何か書き込みはじめた。
「ワシらの頭に知識を埋め込んだのか?」
「そんな魔法聞いたことがない」
ファーギとミッシーは、セレスト翁に問いかけている。
しかしこれは魔法ではない。魔法ならばクロノスが反応しているはずだし。そうなると別の何かという事になるが……。
「魔法ではないのじゃ。神威でも蒼天でもない」
セレスト翁はあっさりと言い放ち、話を続けようとする。しかしファーギとミッシーが引き下がるはずもない。何をしたんだと、ふたりして問い詰めた。
セレスト翁は、そうなることも初めから予想していたのだろう。軽々と白旗を揚げて自白した。
「……記憶転写というスキルじゃ。つまり、わしの知識の一部を分け与えた、という事になる。これで、この世界のなんたるかは、ご理解いただけたはず。今回の依頼、受けていただけますか?」
『スキル〝記憶転写〟の解析をはじめます……。解析と改良が終了。今後ソータにも使用可能です』
ほら。こうやってクロノスが解析するし。このスキルヤバいな。誤った知識を埋め込むことができる。悪用されたらえらいことになるなぁ。俺は何にもしないけど。
『ありがとね』
『どういたしまして~』
俺たちの頭に、この世界の地理や自然、国々、種族、政治体制、思想、戒律と、元から知っていたように存在している。違和感がない違和感というか、あまりにも自然すぎてビックリだ。
そしてセレスト翁の言う依頼とは、この世界の冒険者ギルドの話だ。どうやらこのシステム、神界でも使われているらしい。各国で様々な冒険者が活躍しているみたいだ。
何というか、俗世の俺たちと変わりない。社会システムもほぼ同じ。神々しい神が、一気に地に落ちた気がした。それは仲間たちも同じ。みんなセレスト翁をじっとり見つめていた。
「ははっ、わしらも生き物じゃ。単に世界が違うだけで、生きていくためにすることは変らんよ」
とはいえ、この世界でも力のあるものは桁が違う。異世界に君臨する、三柱の女神。裁判官のエンペドクレス。竜神オルズなどだ。それらの知識も、スキル〝記憶転写〟で植え付けられていた。
「昨晩はお祝いで聞きませんでしたが、いい機会です。ソータ殿、お仲間の方はどうやって神界へ? 人界のニンゲンがこの世界へ来れば、たちまち死んでしまうとご存じですよね」
いや、知らんし! 思わず言いそうになって、慌てて口を閉ざす。というかマジで?
「ははっ、冗談ですじゃ。では――」
冗談だったらしい。というか、セレスト翁の冗談はスベった。めちゃくちゃスベった。俺たちの顔つきが険しくなるくらいに。その気配を察知したのか、セレスト翁は「では」といって話を続けていく。彼なりに空気を和ませようとしたんだろうけど、今のはちょっとなぁ。
神界に国という概念は存在しない。強いて言えば、この惑星丸ごとが国となる。ただし、神界の住人にも、種族があり、種族の中には、部族がある。魔物は存在せず、獣が存在する。野生の動物という訳だが、そこは神界の動物。それなりに不思議な生態を持つものが多いらしい。
今回問題になっている、軍神デボンの行方不明。これは獣絡みらしい。
そう言えばニュースで、幻影狼の遺体があったと報じられてたな。
セレスト翁の話は続く。通常であれば、明らかに格上の強さを持つデボンに、幻影狼が襲い掛ることはあり得ないらしい。現場に駆け付けた神の軍勢が幻影狼の遺体を調べたところ、黒霧徒、つまりデーモンの神にあたる存在に操られていた可能性があるという。
「そこで君たちに依頼じゃ。幻影狼を操った黒霧徒を探し出し、デボンがどうなったのか確かめてほしい。報酬は神界での滞在許可じゃ」
セレスト翁の隣に立っている秘書が立ち上がり、俺たちに書類を配っていく。文字も書式も、異世界の冒険者ギルドの受注票と同じ。
「ぬう……」
ファーギはさらに難しい顔になる。あまりにも手際がよすぎて、疑っているのだ。今さら滞在許可だなんて、都合がよすぎる。それは他のメンツも同じだった。
再びオルズの言葉を思い出す。「神でないものが神界へ来ることは裁判以外では許されていない。ソータなら来てもいいが、祖父だろうと友人だろうと、絶対に連れてくるなよ」こんな事を言っていた。
セレスト翁のいう滞在許可は、本当に必要なものなんだろう。
「よし、みんな帰ろう。この世界のいざこざに首を突っ込んでもいいことないよ」
俺の言葉で仲間が立ち上がる。滞在許可をもらってまで、この世界にいても仕方がないからな。デボンが気になるけど……。
「あっ、ちょっと待って。他にも報酬があるんじゃが……」
そう言われて、書類をもう一度見る。そこに書かれているのは、幻影狼、黒霧徒、デボン、三つの件と、報酬が神界の滞在許可だけ。他の詳細は異世界の冒険者ギルドと変わりない。他にも報酬があるってなんだ。
「セレスト翁、俺たちは冒険者です。口約束じゃ動きませんよ。冷たいようですけど、俺はいま、他の件で忙しいので」
神々の戦争になんて興味はない。地球人の移住を滞りなく行なうこと。エリス・バークワースの殺害。今やらなきゃいけないのはこのふたつ。魔女マリア・フリーマンが邪魔してくるようなら、こっちも叩かなきゃならない。
「エリス・バークワースの居場所を教えると言ったら?」
「……」
思わずセレスト翁を睨んでしまった。仲間も皆同じである。このジジイ、何で俺がエリスを探してると知ってやがる。……あ。神界の神々は、異世界のことをよく知っている。何なら導いている節すらある。三柱の女神のように。
うーん……。神々は元から、異世界を監視するシステムを持っていたということか。デーモンを発見すると、雷雲が自動で攻撃するシステムもあるし。
それならば、獣人自治区で起きた反乱からの戦争は、神々に見られていたと考えていいだろう。
「どうじゃ? ソータ殿にとって、これ以上ない報酬だと思うが」
「ああ、分かった。けど、依頼を受けるのは俺だけ――――」
「ソータ」
ミッシーが俺の言葉を遮る。結構強い口調だったので、思わず彼女へ顔を向けた。……怒ってる。ミッシーだけではない。ファーギ、マイア、ニーナ、リアム、メリル、アイミー、ハスミン、ジェス、仲間が全員、怒りの矛先を俺に変えていた。
「はぁ……。神界で活動するって事は、常に格上の相手と対峙しなきゃならないって分かってる――みたいだね」
言ってどうにかなる空気じゃない。仲間の視線は「ひとりで依頼を受けたらぶっ飛ばす」と物語っている。割とガチで。
「分かればよろしい……」
睨んでいたミッシーの目が和らぐ。
「セレスト翁、分かりました。俺たちのパーティーで依頼を受けます。あと、あんたさ、口約束だからって、俺を騙せばどうなるか分かってんだろうな……。消し炭にするくらいじゃ済まさねえからな?」
セレスト翁と肩を組み、後半の言葉は、彼の耳もとで囁いた。デーモンに狙われたゴヤたちは全滅の危機に陥った。二の舞はごめんだ。神界で活動するとなると、これまで以上に気を付けなければならない。
「はっ、はい。分かっております」
「ははっ、ですよね~」
脂汗を流してお辞儀するセレスト翁に、満面の笑顔で応じる。エリス・バークワースの居場所はきっちり教えてもらう。奴さえ倒せば、だいぶん楽になるからな。
「おい、ソータ……」
ミッシーの声で振り向くと、仲間がみんなジト目で俺を見ていた。
ヤベェ……。セレスト翁を脅したのが聞こえていたみたいだ。秘書の方は唖然として動かない。町長を堂々と脅したんだ。そりゃそうなるか。コソコソせずに言っておこう。
「まあいいや、この際はっきり言っておく。今回の件、口約束になるけど、もし反故にした場合、それなりの報復をするからな」
「は、はい!」
セレスト翁から気をつけの姿勢で元気よく返事をもらった。
「んじゃ、デボンがどの辺りで行方不明になったのか教えてもらえますか?」
口調を戻して席につき、依頼遂行のため情報を得ることにした。




