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量子脳で覚醒、銀の血脈、異世界のデーモン狩り尽くす ~すべて解析し、異世界と地球に変革をもたらせ~  作者: 藍沢 理
16章 神界の「街」

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313/341

313 つぶされた!

 戦士スリオン・カトミエル。齢二千を超えるエルフの中でも屈指の長寿を誇る者だ。そのためか、エルフではあまり見ない、深いしわが顔に刻まれている。


 若かりし彼は、ルンドストロム王国にて家族を失った。ひとり路頭に迷うこととなったスリオンは、国の保護を受けず旅立つ。


 冥界の神、ディース・パテルを滅ぼすため、復讐の炎を胸に秘めながら。


 そして彼はついに神界へと辿り着いた。


 ここは神界のベナマオ大森林。ただし広範囲に渡って森が切り開かれ、軍事基地と化している。とはいえさすが神々の創った基地だ。足元は白い石畳で整備され、石造の建物が立ち並ぶ。

 ソータがこれを見れば「街」と称するだろう。


 スリオンは吹きすさぶ風を切って仁王立ちになる。眼前にはそびえ立つ白亜の神殿。周囲には神の軍勢たる白銀の鎧を纏った兵士が、戦の準備に忙しく行き来する。


「貴殿がスリオン・カトミエルか」


 神殿の門番に問われ、スリオンは頷く。


「エンペドクレスに会いに来た」


「本人で間違いないな。通れ」


 スリオンでさえ分からない魔法で本人確認され、彼は神殿の門を潜る。少し先には両開きの重厚なドアが見える。すると、そのドアが開いた。中から顔を出したのはエンペドクレスだ。


「久しいな、スリオン・カトミエル。入ってくれ」


 知己のようだ。エンペドクレスは笑顔でスリオンを招き入れた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 スリオンは奥の小部屋へと案内された。森の中に急造して創られたとは思えない立派な部屋だ。白い壁には絵画が飾られ、本棚にはスリオンですら初めて目にする本が所狭しと並ぶ。

 すべて白の家具で整えられ、全てが蒼天(アイテール)でできていることは疑いようがない。


 スリオンとエンペドクレスは、センターテーブルを挟んでカウチに腰掛けた。


 エンペドクレスの黒い瞳に金糸が煌めく。視線はスリオン・カトミエルを射抜き、重い口調で語りかける。


「妖精の神フロージから聞いておる。ついに神に到ったか」


「ああ。約束は忘れてないだろうな」


 スリオンはぶっきらぼうに応じる。神を敬う気持など欠片も無い。


「もちろん覚えてる。スリオンが神に到ることができれば、力を与えると」


「どうするんだ? 儀式でもやるのか?」


「いや、もう済んだ。これで心置きなく、ディース・パテルを討てるぞ。アストリッド・ラーソン・ルンドストロム・クレイトンには、こちらから連絡しておく。スリオン・カトミエルは神の軍勢に加わったと」


 スリオンはエンペドクレスの瞳を見据え、力強く頷いた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 真祖(オリジン)リリス・アップルビーとダーラ・ダーソン少尉は、浮遊魔法にて上空に留まっていた。眼下に見据えるは、デーモンの軍勢だ。その数はおよそ百万。そこには地面を埋め尽くすデーモンが陣をはっていた。


 ここは異世界であれば、元獣人自治区である。周囲を取り囲む切りたった山々は、異世界のそれと寸分違わず同じだ。しかし、獣人自治区にあった街並みや、巨大な壁のような防壁は見当たらない。ただの盆地だった。


「どう思う」


 リリスはやさしい声で話しかける。娘に向かって。


「母上さま、あそこを見て下さい」


 ダーラの指は、真っ黒なかたまりを差していた。


「……あれは」


冥導(めいどう)結晶でできています、母上さま」


 縦横高さ、一辺の長さは約五十メートル。それは冥導(めいどう)結晶で造られた巨大な立方体だった。


 リリスとダーラは、デーモンに気づかれないよう、上空を旋回していく。黒い立方体から目を離さずに。天井と側面を見終わって、リリスが口を開いた。


「四つの壁に、それぞれ大きさの違うドア……。これはデーモンの大きさに対応しているみたいね。でも……」


 首を傾げるリリスに、ダーラが声をかける。


「でも、どうしました?」


「三つは私の知っているデーモンの大きさと合致するわ。でもあそこ見て」


 リリスの言う壁をじっと見つめるダーラ。彼女はそれを見て、何とも言えない顔で返事した。


「不定形のデーモン用で、小さな穴がたくさんある面。ニンゲンと同じ大きさのドアがある面。ラコーダクラスの大きなデーモンが出入りできる大きなドア。もうひとつは、何もありませんよね……?」


「いいえ、よく見てご覧なさい」


 リリスに言われ、ダーラはぐっと目に力を入れた。しばらくすると、ダーラはハッとした表情でリリスへ顔を向けた。


「母上さま、あれは壁一面がドアになっている、という事ですか?」


「おそらくは……」


「何か物資を運び込むために、黒霧(こくむ)から神界へ続く、大きなゲート(・・・)を作っているのでは?」


「魔導バッグがあれば済むわ」


「それもそうですね……。では、あれは何でしょうか」


「ふふっ……。あの大きさは、冥界の神、ディース・パテルを招き入れるためのものね。あそこを見て」


 リリスが指差した方に、デーモンとは思えないほど清楚な女性が歩いていた。周囲には屈強なデーモンが守りを固め、さながら大名行列のような光景であった。向かっている先には、黒い宮殿が建っていた。


「あの女性は……」


「あれはおそらく、ディース・パテルの妻、ペルセポーネよ」


 その女性からは冥導(めいどう)ではなく、迎魔(げいま)が漏れ出ていた。


「つまり冥界の神、いや迎魔(げいま)の溢れる黒霧徒(こくむと)が、すでにこの地へ……」


「そう。面白くなってきたわね。これなら神界のどこかに、私の標的、アダム・ハーディングが来ることもあり得るわ」


 リリスは声が出ないよう肩を震わせて笑っていた。実に楽しそうな顔で。


 母のそんな姿を見て、ダーラは眼下へ視線を移す。


 神界にデーモンやバンパイアの立ち入りは許されない。それは規則などではなく、この世界が拒絶しているためだ。蒼天(アイテール)と反発し合う素粒子として、冥導(めいどう)闇脈(あんみゃく)迎魔(げいま)が挙げられる。


 それなのに、デーモンもバンパイアも存在できている。


 ダーラは不安そうな顔で、空に浮かんでいた。


 この地はすでに、蒼天(アイテール)の風は吹いていない。黒い立方体から溢れる冥導(めいどう)と、黒い宮殿から溢れる迎魔(げいま)によって、別世界へと変貌しているのだ。


 その影響は神界全体に及んでおり、ラコーダを筆頭に、冥界のデーモンや、真祖(オリジン)リリス・アップルビーの存在を許す結果となっていた。


「あれっ? 母上さま、ペルセポーネの姿が消えました。転移魔法を使ったようです」


 黒い宮殿へ向かっているペルセポーネに、一体のデーモンが耳打ちをした。すると彼女はあわてふためき、周囲のデーモンを召集し、姿を消したのだった。


「あら……。そういえばダーラ、あなたさっき、ラコーダと軍神デボンが戦ってるって言ってたわね」


「は、はい。たぶんソータくんが仕留めたと思うんですが……」


「まさか。ラコーダは私に近い力の持ち主よ? やられるにしても、滅んではないはず。でもねぇ……、ペルセポーネの慌てようからすると、それに近い事態が起きたのかもしれないわね」


 ダーラの不安げな表情に対し、リリスは華やかでかわいらしい笑顔を浮かべた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 軍神デボン。彼は神界から地球へ渡り、長きにわたって人類を観察してきた。滅びゆく惑星(ほし)の行く末を見極めるために。そして彼は地球を見限った。地球人(・・・)は、救いようのない種であるとして。


 後は野となれ山となれ。ただ成りゆきを見まもって、人類が自滅するのを待つばかりとなっていた。


 ところが彼の前にソータが現れた。軍神デボンから見れば、明らかに地球の技術で改造されたヒト種だった。拙い魔力の操作、世界に対する無知さ。それでいて理解力、適応力、応用力と、様々な点で優秀な素質を持つ人材だった。


「はっ、あんときゃ生意気な小僧だったのによ……。地球の科学も、捨てたもんじゃねえってことか」


 デボンは神界のベナマオ大森林を駆け抜けていた。エンペドクレス率いる神々の陣地を目指し、転移魔法を使わず追跡を避けながら進む。先を行くスリオン・カトミエルの痕跡を、デボンは慎重に辿っていた。


 とはいえここは森だ。エルフの駆ける速度に追いつけるはずもなく、デボンは大きく引き離されていた。それに、ここが神界であったとしても、森である。当然そこには獣が出てくることもある。異世界であれば、神獣と呼ばれる存在である。神界の住人にとっては、ただの獣だが。


 その獣がデボンの前を疾走している。


「くそっ! ……面倒な奴が出てきやがった」


 しばらく前から森の獣、幻影狼(げんえいろう)がデボンと併走していたのだ。この狼は通常、単独(・・)で行動する。しかし、デボンの周囲に、百を超える狼の息遣いが聞こえていた。


「どいつだ……」


 走る速度を落とさず、デボンは気配を探る。幻影狼(げんえいろう)はその名の如く、自身の幻影を百体も創り出す。しかし、ここで問題になるのが、幻影が幻影でなく実体を持っていることだ。姿形はもちろん見分けがつかない。当然、咬まれれば血が出る。


 だが、デボンは軍神とまで呼ばれる存在だ。その彼が面倒だというに値する能力が幻影狼(げんえいろう)にはあった。


 幻影狼(げんえいろう)本体が生みだした幻影にも、幻影を創り出す能力があるのだ。


 そのため幻影狼(げんえいろう)一体が出現すると、一万体もの幻影狼(げんえいろう)を相手にしなくてはならない。


 すでにデボンの周囲には、森を埋め尽くす数の幻影狼(げんえいろう)が併走していた。魔法で藪を燃やし、木々を切り倒し、走りやすいように道を作ってゆく。デボンの前には森が続き、道はない。幻影狼(げんえいろう)の移動速度は、デボンを完全に上まわっていた。


 神界における獣とは、当然その世界に準拠した強さを持つ。軍神とは言え、デボンも神界の住人。有り体に言えば、ヒトが狼の群れに襲われて助かる訳が無いという事だ。


「くっ!?」


 十体の幻影狼(げんえいろう)が飛びかかってきた。蒼天(アイテール)障壁を纏った姿で。


 デボンは爆裂火球(エクスプロージョン)を放つも、ダメージは与えられず。ただ吹き飛んでいっただけだった。


 そして彼は気づいた。正面の森が途切れていることに。これは幻影狼(げんえいろう)が先回りして、木々を切り倒した結果である。結果デボンは、見通しのよい広場へ飛び出す形となった。


「仕方がない。転移して逃げ――ぐおっ!?」


 幻影狼(げんえいろう)はデボンを逃さぬよう、転移魔法が発動する前に総攻撃をはじめた。


 ただ、デボンも蒼天(アイテール)障壁で、直撃を避けている。幻影狼(げんえいろう)の噛み付きごときでは破られることはない。


爆裂火球(エクスプロージョン)に障壁か……。さっさと倒さねえと、他の獣が寄ってきちまう」


 魔法を使えば、周囲に知れ渡る。身を守るために使った魔法は、さらなる獣を呼び寄せる結果を招いていた。


 軍神デボンは目を閉じて静かに佇む。諦めた訳ではない。彼の周囲に貼られた蒼天(アイテール)障壁はぶ厚く変化していた。幻影狼(げんえいろう)が咬もうが引っかこうが、びくともしない。


「ここまで魔法を使っちまったんだ。色々と俺の居場所がバレただろうな。転移で逃げてもいいけど、一万の幻影狼(げんえいろう)を放置することもできない」


 そう言いながらも、デボンは目を閉じて集中する。


 周囲の幻影狼(げんえいろう)は、好機と捉えて総攻撃をはじめた。通常ならば噛み付きだが、蒼天(アイテール)魔法を使い始めた。そこまで巧みではないが、土火風水と四つの属性魔法を駆使して、集中砲火を浴びせる。


 相手はただのヒト族(・・・・・・)であり、彼ら狼にとって獲物に過ぎない。神界という同じ世界に住んでいるのだから当然だろう。


 しかし、軍神デボンのぶ厚い蒼天(アイテール)障壁を破ることができない。幻影狼(げんえいろう)は更に火力を上げるため、蒼天(アイテール)の使用量を増やした。軍神デボンの姿は、爆煙や土煙で見えなくなってゆく。


 ――――スコン


 爆音など様々な音が混じる中、異音が混じった。


「油断したな、幻影狼(げんえいろう)。あまり時間を食う訳にもいかないのでね……」


 一体の幻影狼(げんえいろう)が、痙攣を起こして倒れる。その額には、デボンが投げたナイフが深く突き刺さっていた。その刃は幻影狼(げんえいろう)の脳にまで達し、そして、命を奪った。


 次の瞬間、万の幻影狼(げんえいろう)が姿を消す。


 デボンは見事、万の中のひとつを探し当て、確実に息の根を止めたのだった。


 蒼天(アイテール)障壁は残っているが、そこにデボンはいない。倒した幻影狼(げんえいろう)のすぐ側に立っている。彼は爆煙に包まれた瞬間、転移して脱出。幻影狼(げんえいろう)本体に攻撃を仕掛けたのだ。


「ふぅ……。さっさと陣地へ行かないと」


 デボンはラコーダとの戦いのときより疲れた表情を見せている。額の汗を腕で拭い、陣地の方を見据える。日は傾いてすでに夕方。一気に転移すれば、陣地の位置がバレてしまうので不可である。走るしかない。


 紛失すれば大変なことになる魔導バッグを確認し、デボンは腰を落とす。さてこれから走るぞ、というタイミングで声が掛かった。


「あらぁ、見つけましたわ。さすがに目立ちすぎですわよ?」


 どこからともなく現れたペルセポーネ。その気配を察知できなかったデボンは警戒して腰を落とす。


「おい、名乗れ」


「わたくしは、ディース・パテルの妻、ペルセポーネです」


「くっ!? 何でそんな大物が……」


 デボンは思わず後ずさるも、同じ速さでペルセポーネが距離を詰めてきた。


「あなた、交渉ごとは苦手のようですね」


「はあ? 交渉も何もやってないだろうが!」


「いえいえ、わたくしの名を聞いたところで、あなたは魔導バッグを見ましたね。……そこに大事なものが入っていると教えているようなものですわ」


「知らねえ奴が急に現れりゃ、警戒するのが当然だろうが!」


 そう言いながらもデボンから汗が噴き出していた。彼はペルセポーネが現れてから、ただの一度も瞬きをしていない。すれば命を取られる。それくらいの圧力を感じていた。


 ペルセポーネから黒い霧が噴き上がる。それはデボンの反応速度を超えるほど早く、彼は転移するタイミングを失った。暗闇に包まれ、上下すら分からない状態に陥ってしまったためだ。


「くそっ!」


 デボンは転移魔法を使った。転移先の座標が定まっていないのに。


 ――――ゴッ


「あら。何をやってらっしゃるのかしら」


 ひどく鈍い音を立てて、デボンが転がり落ちてきた。ペルセポーネの足元に。


 ペルセポーネの黒霧(こくむ)がデボンの転移魔法を遮ったのだ。


 頭から血を流して意識朦朧のデボン。彼はそれでも足掻く。この場から離れなければならないと。魔導バッグに仕舞っている、ラコーダを奪われる訳にはいかないと。


「ふふっ……」


 足元でイモムシのように這うデボンを見下ろし、ペルセポーネは恍惚とした表情を浮かべる。


「さあ、少し楽しみましょうか……」


 ペルセポーネの唇が妖しく歪んだ。


 黄金色に染まった空の下、迎魔(げいま)が渦巻く大地から、骨を砕くような音と共に、凄まじい絶叫が響き渡った。

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