307 里2
貴族のような出で立ちのデーモンが残りの二体。彼らはモロクが滅ぼされて、大笑いしていた。心無い態度だ。仲間のデーモンが死んだというのに。
二体ともすでに別の砦で、ゴブリン兵を攻撃している。ゴヤは二体を見比べて、近い方のジトウへ視線を向けた。整った顔立ちと豪華な衣装に金色の髪の毛。ヒト族ならば位の高い貴族のように見えるが、頭から生えた角がそうではないことを示していた。
「お前たちはここで守りを固めろ。地下都市には絶対に行かせるな」
これ以上部下を失いたくない。そう思ったのだろうか。ゴヤは部下を置いて、単独で動き始めた。彼は転移魔法で、遠く離れた砦の上に現われた。
里の砦は全て独立して建っている。城壁などはなく、森からの外敵は入り放題だ。しかしそれはゴブリンの意図する所でもあった。強い魔物が現われた場合、彼らゴブリンは速やかに砦に避難し、地下都市へ移動する。
里を荒らす魔物は、砦からの集中砲火であっという間に討ち果たされてゆく。これは彼らの里全体を使った、巨大な罠として稼働しているのだ。以前はアメリカ軍の実験で訪れたメタルハウンドを全滅させ、破壊された部品から、オリジナルの猟犬を造り上げた。
彼らゴブリンは、地球人が想像するような雑魚モンスターなどでは断じてないのだ。
砦の屋上に現われたゴヤ。別の砦近くでは、デーモン二体によって仲間のゴブリンが攻撃されている。それを見たゴヤは涙を流しながら、屋上に設置された石板を操作する。
「お前たち……。済まない!」
ゴヤは石板のひとつを指で押す。すると、砦の全ての上部が回転し始めた。滑石のすり鉢のような音が響き渡り、ジトウとイハク、二体のデーモンも砦の異変に気づいた。彼らはゴブリンの首を掴み、持ち上げる。どうやら彼らは、ゴブリン兵に何が起こっているのか問いただしているようだ。
ゴヤのいる場所まで声は聞こえない。しかし、首を掴まれて持ち上げられたゴブリンの口は動かなかった。それどころか、相手のデーモン――ジトウを睨み返して蔑むような笑みを浮かべたのだ。
砦の上部が動いたこと。これが何を意味するか、ゴブリン兵は決して口を割らなかった。
「くっ!」
悔しげな声を上げるゴヤ。ゴブリン兵の「死んでも言うものか」という心意気と覚悟が伝わったのだろう。頬を伝っていた涙は止まり、素早く石版を操作していく。
砦上部の回転が止まると、外壁の一部が剥げ落ちた。そこからせり出してくる、金属製の筒。まるで砲身のように見える。
「ここは神界。ワシらの世界では魔石だが、こいつは蒼天の砲弾が撃ち出されるはずだ」
ゴヤは神界に来てからの事柄を総合して、この砲台が動くと確信していた。あるはずの街はなく、住民もいない。しかし里には砦があった。地下への避難施設も健在だ。それならば、魔導砲も使えるはず。ゴヤの読みは的中した。
ゴヤは名残惜しそうに仲間のゴブリン兵を見やる。デーモンの近くにいる兵たちは、砲台の動きから何が起こるのか察したようだ。そして彼らは逃げるどころか、二体のデーモンがその場を離れないように罵倒し始めた。
ゴヤは唖然としながら呟く。
「ワシも時期、お前たちの元へ行く。その時はまた酒を飲み交わそう……」
ゴヤが石板のひとつを押すと、里にたくさんある砦から、蒼天の砲弾が撃ち出された。幾十もの砲弾が着弾して大爆発を起こす。ゴブリン兵とデーモンの近くにある砦は瞬時に破壊され、瓦礫が空を舞う。轟音が響く中、もう一度魔導砲が火を吹いた。もう一体のデーモンを狙ったのだ。
ゴブリンの里で、立て続けに大きな爆発が起こった。真っ黒いキノコ雲が空を目指して登っていく。神界の森の動物は恐れおののき、慌てて逃げていった。
「二体のデーモンを倒すためとはいえ……、すまない」
その場で膝をつき、うずくまるゴヤ。そこからは、後悔の言葉が次々と漏れ出ていた。
「うぁははははははっ!! 大丈夫か、ジトウ!」
「けっ! これくらいでやられるかって!」
ゴヤは高笑いを耳にし、がばりと顔を上げる。すぐさま砦の柵へ駈け寄り、魔導砲で攻撃した場所を見つめた。
そこは蒼天の砲弾によって、大きなクレーターがふたつ出来ている。大きな砦は跡形もなくなり、そこにいたゴブリン兵の姿もない。爆発によって消し飛んでしまったのだ。
ただし、ふたつのクレーターのまん中に、ふたつの球体が浮かんでいる。
高笑いはその球体からのものだった。
「バカな……。あの火力で生き残るなんてあり得ない」
ゴヤは膝から崩れて手をつく。四つん這いの状態で下を見つめる。彼の目に入るは砦の床。そこに幾つもの水滴が落ちていく。砦の魔導砲は最終手段だった。仲間ごとデーモンを滅ぼすはずだった。しかしデーモンは滅びず、仲間だけが死んでしまった。それなのにゴヤは生き残ってしまった。彼はそのことで慚愧に堪えないのだろう。そのままうずくまって動かなくなった。
別の場所から剣戟の音が響き渡る。
再び顔を上げたゴヤは、柵に駈け寄って音の出所を探った。
「……」
ゴヤが見たのは、地上に残してきた精鋭のゴブリンの生き残り。彼らは剣を振るい、ジトウとイハクへ猛然と挑んでいた。ヒト族のような姿のデーモンに対し、ゴブリンにはどう足掻いても補えない大前提がある。
体格の差。ゴヤはホフゴブリンでヒト族と比べて遜色のない体躯を持つ。しかし、他のゴブリンたちは、いくら優秀で強くても、ヒト族の腰辺りの身長である。そのため持っている武器は、全て短い。そんな彼らが、身の丈を遥かに超えるデーモン二体に剣で挑んでいるのだ。
しかしそれでも、精鋭のゴブリンは数が多くてすばしっこい。二体のデーモンを徐々に押していく。
ここで手を出すとどうなるか。ゴヤは砦の上からシミュレーションを行い、介入するタイミングを見計らっていた。
「こ、こいつら強いぞ」
「ヤバいな」
ジトウとイハクからそんな声が漏れる。ニヤニヤしながら。
ゴブリン兵は数を生かし、ヒットアンドアウェイを繰り返している。
「でもさ、こいつら何か忘れてんじゃね?」
「まあ、確かに」
その言葉と共に、ジトウとイハクは強酸の白煙と化した。
ゴブリン兵たちは一瞬身構えたが、慌てはしなかった。
「それはもう何度も見たからな」
ひとりのゴブリン兵はそう言って、蒼天障壁を張る。他のゴブリン兵も次々と障壁を張っていった。彼らはソータからもらった夢幻泡影結晶を持っている。そのため高ランクの素粒子を使いこなすことに成功しているのだ。彼らにその実力があったことも大きな要因だが。
「それで防げるとでも?」
ジトウの声だ。
「舐めてもらっちゃ困るねぇ」
イハクの声だ。
強酸の白煙は蒼天の風をものともせず動き回る。そもそもここは神界である。強酸の白煙は、元から蒼天に抵抗しているのだ。
白煙の一端がゴブリンの障壁に触れると、すぐ穴が開いた。
「くそっ!!」
そう言いながらも、ゴブリン兵は冷静に対処した。障壁に穴が開いて危機を感じた瞬間、転移魔法で回避。残された障壁はすぐに焼けただれてゆく。
ゴブリン兵は蒼天障壁なら防御できると考えていたが、その期待は脆くも崩れ去った。
――ドッ
白煙とゴブリン兵の間に何かが落ちてきた。
「お前たち、下がってろ」
その背中はゴヤのもの。彼は砦から飛び降りてきたのだ。
「おー、親分出てきたねぇ」
「サクッと殺って、本陣に戻るか」
その言葉と共に、ゴヤの左右からジトウとイハクが襲い掛かる。
ゴヤは両手を左右に上げて、目を閉じた。何か集中している風である。次の瞬間、ゴヤの両手から青白い炎が吹き出した。赤みを帯びたファイアボールではない。火炎放射と似ているが、まるで色が違っていた。
「うおっ!」
「青白い炎!?」
ジトウとイハクは、あまりの高熱に驚き、姿を消した。いや、白い煙が広範囲に拡散して見えなくなっただけだ。
炎は地面に触れていないが、その放射熱で赤く溶けている。少し離れた場所では、地面の水分が沸騰して、広範囲で水蒸気が噴き上がっていた。ゴブリン兵は、その範囲よりも遠くへ避難していた。
彼らはゴヤが何をするのか知っていたのだ。
「ゴブリンの分際で、蒼天より上の魔素を使いこなすか」
落ち着いた声でジトウが語りかけてくる。
「さあな……」
もちろんゴヤは種明かしをしない。
「だが、使い慣れてはいないようだな――」
その声はイハク。ゴヤの背後からだ。そこに白い煙が現われ、ゴヤを覆い尽くした。
「はっ、呆気ないな。やはりゴブリンごときに、高位の魔素を使いこなすことは無理か」
イハクはニンゲンの姿となり、吐き捨てるように言った。しかし彼はふと眉をひそめる。その顔を見て、ジトウが声をかけた。
「どうした。まさかやり損なった訳じゃないよな?」
「そのまさかだよ」
その声はゴヤのもの。彼は上空へ転移して地上の動きを観察。ニンゲンの姿となったイハクの背後に再び転移した。彼はすでに星界切断者を上段で構えていた。
――ズッ
イハクの身体の中心に線が走る。星界切断者によって斬り割かれたのだ。
「それは刀匠ヘファイスの打った剣かな?」
イハクは斬られたにもかかわらず、平然とした口調である。よく見ると彼を斬った部分は白い煙に変化していた。イハクにとっては簡単なことだった。つしいましがた、仲間のモロクが斬られた。ゴヤの剣捌きは正確無比。それ故に、彼は斬る場所が予測できたのだ。
「それならもう分かってるんじゃないのか……?」
ゴヤは呟いた。そして彼は七番目の素粒子、混沌を使用。イハクを量子空間に閉じ込めた。白い立方体の中で慌てふためく気配だけが伝わってくる。声は聞こえない。この魔法は少しだけ空間をずらして、現在の場所と行き来できないような仕組みとなっているからだ。
ゴヤは油断せず周囲を警戒する。姿は見えど、もう一体のデーモンがいる。そのデーモン――ジトウからの攻撃がどこからどうやって来るのか分からない。ゴヤは腰を落として、剣を構える。何があっても対処できるように。
精鋭のゴブリン百名も同じく、各々の武器を構えて備えた。
蒼天の風が吹くと、葉擦れの音が聞こえてきた。
先ほどの爆発のせいで、森の生き物は逃げてしまった。
生き残りのゴブリン兵は、全て地下へ移動済み。
地上に残ったゴブリンは百と一。
緊張が走る。
どこだ。
――――ズドン
ゴヤたちから随分離れた場所で、突如として大きな爆発が起きた。砦の砲台に匹敵するほどの力で、黒い煙が天を突くように立ちのぼってゆく。
爆発の中心から、ジトウがまるで人形のように吹き飛ばされた。彼の体は糸を引くように、黒煙をはためかせながら落ちていく。四肢は力を失い、ぐにゃりと曲がっていた。
何が起きた。彼は死んだのか。
ゴヤをはじめとするゴブリン兵たちは、その光景に唖然とした。彼らは帝都エルベルト近辺から、モロク、ジトウ、イハクと、三体のデーモンに追われていた。これら三体のデーモンの攻撃によって、彼らの戦力はほぼ壊滅していた。一体を倒すのもギリギリの状況だったのだ。
それなのに。
ジトウは地面にドサリと音を立てて転がった。その衝撃で意識が戻ると、彼はよろりと立ち上がり、黒煙を見つめた。すでにゴヤたちのことは忘れ、何が起きたのか注意深く探っている。
相当なダメージを受けているのか、ジトウはふらつき倒れそうになる。しかし片ひざをついて、何とか耐えた。
「貴様あっ! どうやって神界へ来た……、エルフの分際で!」
ジトウの言葉は威勢がいい。しかし声量は小さかった。腹に力が入らないため、大声が出せないのだ。それでも瞳は死んでいない。
風で黒煙が晴れてゆく。
そこに立っていたのは、スリオン・カトミエル。ミッシーに稽古をつけていたハイエルフの戦士である。白髪のロン毛で、エルフには珍しく、しわの目立つ壮年の男だ。
「木っ端デーモンが何故、我の名を知っている」
スリオンは静かな威厳を漂わせながら問う。革のパンツにミスリルの鎖かたびら。巨大な両手剣を背中に差している。
無手である。武器を使わず魔法でジトウを吹き飛ばしたのだ。
――ボン
「ぐああっ!!」
ジトウの顔面近くで、突如軽い爆発が起きた。ダメージを与えるものでは無く、目潰しだ。小麦粉のような粉が舞い、ジトウは目を押さえて転がり回る。
その時だ。スリオンの視線は、ゴヤを鋭く見つめた。
「ぐっ……。何と強大な気配だ。お前たち……、あのエルフから敵認定されないよう、気を付けろ。ワシらは以前、エルフと戦争してたからな。一歩間違えば死ぬぞ」
歴戦の猛者、ゴヤですら及び腰になっている。
「そこのデーモン、名は何という」
「クソがあぁ。何でテメエに名乗らなきゃいけねえんだよ」
「そうか。それなら別に構わない」
「ああっ? んじゃ初めから聞くんじゃねえっ!」
「お前が死んだあと、祈りを捧げたかっただけだ。名無しのデーモンでは哀れであろう?」
「はぁ? テメエ何を言って――」
スリオンとジトウは、五十メートル程離れていた。その距離で会話していたのだが、ジトウが瞬きをした後、スリオンを見失った。慌てて探そうとして、彼は首が動かないことに気づいた。
「えっ? は?」
ジトウの首に一筋の線が走り、彼は両手で押さえる。いつの間にか首を切断されている。そう気づいたときにはもう遅かった。白煙へ変る前に斬られてしまえば、当然ダメージを受ける。ましてや首を切断されてしまえば、いくらジトウとはいえ死を免れることはできなかった。
彼の背後から声がする。
「さらばだ。名もなきデーモンよ」
スリオンの言葉が聞こえた直後、ジトウの命は潰えてしまった。
地面にべしゃりと広がる、黒い液体。スリオンはそこにヒュギエイアの水をまく。デーモンが蘇らないように。
「た、助かった。礼を言わせてもらう。ワシらはベナマオ大森林から来た一族で――」
「気にするな」
場所が離れているため、ゴヤは大声で礼を言おうとした。しかしスリオンは言葉を遮った。その目はゴヤたちではなく森の南を見つめていた。
スリオンは剣を抜いて構える。
その様子を見て、ゴブリン兵たちも警戒する。
「何だ……? 何か来ているのか?」
ゴヤも剣を構えた。
「おい、お前。ゴブリンの族長、ゴヤだったか」
南を向いたまま、白髪をなびかせたスリオンが話しかける。突然の問いに、ゴヤは慌てて返事をした。
「あ、ああ、そうだ。そういうあんたはハイエルフの戦士、スリオンか」
「そう、我の名はスリオン・カトミエル。南から来ているのは我が弟子とその一味。剣を収められよ」
「神界に弟子……? そ、そうか」
訝る表情のゴヤ。しかし彼は部下に武器を降ろすように指示を出した。ゴヤもその頃になってようやく気づいた。里へ近づいてくる気配に。
ガサリと森を掻き分け、ゴヤの見知った顔が出てくる。
「おーい! さっきの爆発は何なんだー?」
先頭に立つソータから、気の抜けるような大声が響き渡った。




