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量子脳で覚醒、銀の血脈、異世界のデーモン狩り尽くす ~すべて解析し、異世界と地球に変革をもたらせ~  作者: 藍沢 理
15章 冥界の「国」

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302 肉塊

 真っ白だけならいい。まだ何とかなる。そう思ったけれど、地面が無くなる感覚と同時に、上下の感覚すらなくなってしまった。思わず焦るも、なんとか気持ちを落ち着かせる。冷静に対処しなければ。


 まず、この白い空間。距離感がなくて不思議だ。女神アスクレピウス、女神カリスト、この二柱に呼ばれた神威(かむい)の空間ではない。ただし、安心感がある。何だこの状況は……。


 こうなる前に感じた背後の不吉な気配。このふたつから、迎魔(げいま)の異世界、黒霧(こくむ)へ落とされた可能性が頭をよぎる。


 ゲートは閉じていたはず。新たにゲートを開いたのなら奴の迎魔(げいま)を感知できるはずだ。


 ということは、黒霧(こくむ)に落ちたわけではない。


 次はクロノス(汎用人工知能)だ。


 彼女はこういった危機的状況では、能動的に話しかけてくる。今どうなっているのか知らせてくるはずなのに、一切それがない。それに、身体が蒼天(アイテール)化した際、デバイスとしての量子(クオンタム)(ブレイン)は消失し、汎用人工知能クロノスは俺の意識と融合したのだ。


 だから、俺に意識がある限り反応がないということはあり得ないはずだ。


 状況が掴めない。不安が胸の奥底で渦巻く。


 いったん転移してこの場を逃れよう。


 お、……魔法が使えない。


 魔素でダメならと、いま使える最も強力な素粒子、夢幻泡影(むげんほうえい)で転移魔法を試みる。


 ……反応無し。というより、魔素も夢幻泡影(むげんほうえい)も何というか、空振りした感覚がする。いよいよ訳が分からん。いっそのこと誰かが攻撃してくるとか、何か動きがあればいいのだが。


 さて困った。どうしたものか。白い空間の中、安心感と共に冷や汗が背中を伝う感覚がした。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 肉塊があった。ソータのなれの果てである。トフリモスは、それを冷酷に見下ろしていた。


 闇に包まれたその場は、黒い煙が舞う中、彼の姿ははっきりとは捉えられない。しかし、彼は国霧(こくむ)の住人、冥界のデーモンたちから神と崇められる存在なのだ。その威圧感だけは、闇を貫いて伝わってくる。


 瓦礫がガラガラと不気味な音を立てて崩れ落ちる。この巨大な空間は依然として不安定で、天井の至る所から岩が崩れ落ちていた。


「こいつは、ヒト族、いや、ニンゲンではないのか……?」


 トフリモスは独り言を呟く。彼は圧倒的な力でソータを物理的に叩き潰した。洞窟の地面には、潰れた肉片と、銀色の液体が飛び散っている。これを見て彼は、ソータがニンゲンではないと疑っているのだ。


 銀色の液体は、液状(リキッド)生体分子(ナノマシン)である。それはゴツゴツとした岩場の上で蠢き、銀色の球体へと形を変えて転がっていった。目指すは、ソータの残された肉塊。その動きには意思があるかのようだ。


 その不気味な動きを目にしたトフリモスは、自らが殺したはずのニンゲンが未だ生きていると確信した。彼の目に、警戒の色が浮かぶ。


 黒い煙のような存在であるトフリモスは、軽やかに飛び上がる。広大な闇の空間で、ソータから十分な距離をとった後、迎魔(げいま)のファイアボールを放った。


 ――ドン


 今回の威力は控えめで、彼はこの空間が崩れないよう配慮しているようだ。


 暗闇の中で視界はほぼ無く、ニンゲンであれば何も見えない中、トフリモスははっきり見えているようだ。彼の目は、闇を貫く力を持っているのだろう。


「あれは……」


 ソータの残骸は蒼天(アイテール)障壁に守られていた。誰がその障壁を作り上げたのか。トフリモスの声に、わずかな驚きが混じる。


 直近の攻撃により、液状(リキッド)生体分子(ナノマシン)の活動は活発化し、周囲に散らばった銀色の球体が肉塊に向かって集結し始める。そこに辿り着くと、それは肉塊に吸収されていく。まるで生命力を取り戻すかのように。


 トフリモスから、動揺の気配が漂う。


 肉塊が動き出し、ニンゲンの形を取り戻し始めると、彼は急いでファイアボールを放つ。


 今度の攻撃は前回とは異なり、抑えられた威力ではなかった。


 ソータに着弾したファイアボールは激しい大爆発を引き起こした。


 この爆発は、すでに不安定な洞窟に甚大なダメージを与えた。天井付近がギリギリのところで崩れないように耐えていたが、大きな岩が剥がれ落ち始める。連鎖的にその動きが広がり、まるで雨のように岩が降り注ぎ始めた。


 これらの岩はトフリモスをすり抜けていく。彼の黒い煙のような存在にとって、物理的な攻撃は無意味だった。


 一方、ソータは依然として肉塊の状態で、蒼天(アイテール)障壁を維持していた。


 トフリモスが放ったファイアボールや、天井から落ちてくる巨大な岩も、その障壁によって全て跳ね返されていた。まるで生命力の象徴のように、障壁は輝きを増していく。


 この空間にはソータが立てた柱が数多く存在するが、落盤の勢いはますます強まっていく。トフリモスの放ったファイアボールの威力が強すぎたのだ。広い空間とはいえ、出入り口は細い通路がふたつだけ。爆発によって一気に膨張した空気圧が、この空間の壁に深刻なダメージを与えていた。


 ついに、支えていた柱が崩れ始める。ドミノ倒しのように、次々と柱が折れていく。


 そして次の瞬間、天井の岩盤が大量に落ちてきた。轟音と共に、空間全体が崩壊し始めた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 トフリモスは、転移して空へ逃れた。


「ぐっ……」


 現在は日中である。冥界の濁った空気とはいえ明るい。そのためトフリモスは苦しそうに声を上げ、黒い煙が薄く広がっていく。


 薄く薄く広がっていくトフリモスの身体は、すでに透明で居るのか居ないのか分からない。透明な膜が、冥界の王都ランダルを覆ってゆく。


 それは突如黒に変化して光を遮った。まるで巨大な黒い傘が街全体を覆ったかのようだ。


 膜の下に現われるトフリモス。元の煙のような姿で、特にダメージを受けていない。そして彼は、暗くなった王都ランダルを見下ろして、口を開いた。


「なんだ、あのゴーレムは……」


 ソータのゴーレムが冥界の王都ランダルで暴れ回っている。彼の目にはそう映ったのだろう。


 ソータの脳神経模倣魔法陣で動くスチールゴーレムは、そうは思っていない。食糧として品種改良された人間を助けて回っているだけ。そして彼ら百体以上で、城の中へ入っていた。城の外壁が内側から爆発を起こしている。現在進行形で、ソータが出した指示を実行しているのだ。


 城で食糧にされる生きたニンゲンの救出。


 デーモンも抵抗しているようだが、まるで歯が立たない。スチールゴーレムの核は夢幻泡影(むげんほうえい)結晶なので、ゴーレムとはいえ彼らはデーモンより上位の存在。木っ端デーモンごときでどうにかなるはずがなかった。


 近くの神殿は、大きな音を立てて陥没していく。そこはデーモンが立ち入らない神殿なので、地上のデーモンたちが足を止めて見ているだけだった。恐怖と混乱が街中に広がっていく。


 空からそれらを眺めるトフリモス。陥没した神殿から目を逸らし、王都ランダルで暴れるスチールゴーレムへ目をやる。


 スチールゴーレムの使う魔素が、蒼天(アイテール)迎魔(げいま)までは理解出来たようだ。


 しかし彼の知らない魔法が使われている。


 スチールゴーレムたちは魔素の実験を兼ねて、混沌(カオス)星彩(せいさい)時間誤謬(じかんごびゅう)空界(くうかい)心海流転(しんかいるてん)運命織機(うんめいしょっき)虚空蜃気楼(こくうしんきろう)鏡界反映(きょうかいはんえい)夢幻泡影(むげんほうえい)、それらの魔法を全て使っていたのだ。


 そんな事知り得ない黒い煙――トフリモス。彼は迎魔(げいま)を使ってゲートを開いた。繋げた先はもちろん冥導(めいどう)の溢れる世界、黒霧である。


 彼はこの場に対処できないと判断したのだろう。ゲートをくぐって逃げようとした。


 ところがその時、トフリモスの身体とゲートに、ファイアボールが直撃して大爆発を起こした。烈しい熱ととてつもない衝撃波で、トフリモスとゲートは跡形もなく消し飛んだ。声を上げることもできずに。


 ファイアボールが引き起こした爆発は、空を覆う黒い膜に大きな穴を開けた。黒い膜は、シャボン玉が弾けるように消えていった。


 ファイアボールは、崩れて陥没した神殿から発せられていた。そこからトフリモスと同じ、黒くて不定形の煙が滲み出てくる。それは徐々にヒトの形を取り始め、あっという間にソータ・イタガキへと変化した。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 俺は崩れてきた空洞の中、障壁に守られた状態で意識を取り戻した。障壁を張ったのはクロノス(汎用人工知能)。彼女は意識を保ちながらも、デーモンの神にあたる存在、黒霧徒(こくむと)のファイアボールを防御してくれていた。


 状況はすぐに理解できた。俺はまたしても死んでしまったのだ。生き返ったけれど。わはは。マジでニンゲンじゃねえな。


 気配を探ると、はるか上空に濃い迎魔(げいま)を感じた。俺を殺した奴だ。


迎魔(げいま)を使って身体を再生しました』


 脳内に聞こえるクロノス(汎用人工知能)の声。そこで分かった。身体が黒い煙になっていると。


 これは黒霧徒(こくむと)と同じ身体だ。


『さんきゅー』

『どういたしまして~』


 彼女に命を救われたのは何度目だろう。感謝してもしきれないな……。


 周囲は障壁で囲まれて安全なものの、ギッシリと詰まった岩が見えている。まるで巨大な岩の牢獄の中にいるかのようだ。


 とりあえず地上に転移だな。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 元の身体に戻ったけれど、裸だった。魔力を練って、服と装備を創造。ファーギからもらった黒マントと、魔導バッグを手元に転移させる。これで元通りだ。


 もう上空に転移していた黒霧徒(こくむと)の存在は感じない。ただし、ファイアボールの爆発による影響が街に出ている。フォルティスとシュヴァルツの様にはなっていないが、だいぶん広範囲に渡って建物が倒壊していた。瓦礫の山と化した街並みが、遠くまで続いている。


 品種改良されたニンゲンたちに被害が出ていなければいいのだが。心配が胸をよぎる。


『済まん。ファイアボール撃ってしまった。神殿の地下でな――』


 一万のスチールゴーレムへ念話を飛ばす。彼らからの返事は問題ないというものだった。

 飼育施設のニンゲンは全て月面基地へ送り、今は見落としがないか探していただけで、城にいたニンゲンたちも全て救出済みだった。


 あとはスチールゴーレムに任せ、俺はゴヤの所へ行こう。そう思ったところで、北側から黒線が飛んできた。


 壊れていない建物をいくつも貫いていく。以前見た貫通特化型の黒線だ。それが北の方から打ち込まれたのなら、マールアからデーモンが来た可能性もある。フォルティスとシュヴァルツ、それと王都ランダル、この二カ所で大きな爆発を起こした。マールアのデーモンに気づかれてもおかしくはない。


 思案しながら北方を見つめる。建物が邪魔して、よく見えないな。姿を消して浮遊魔法で上昇していく。


 よしよし、これならはっきり見える。デーモンどもは黒線を放ち、即座に移動している。まるで戦術的な動きをしているかのようだ。スチールゴーレムたちも同じ考えのようで『空から攻撃する』と念話で連絡が入った。


 彼らスチールゴーレムたちには、核として夢幻泡影(むげんほうえい)結晶を使っている。そのため俺にも彼らの動きが感知できない。脳神経模倣魔法陣は俺の脳を使っているので、一脈相通ずるどころでは無く、完全に俺と同じ考え方をする。だから変なことはしないと思うけれど……。


 てか、俺のせいでデーモンを呼び寄せる結果になってるな……。尻拭いしているのは、スチールゴーレムたち。なんか申し訳ない気持ちになる。


 浮遊魔法で舞い上がったスチールゴーレムたちが、一斉にロックバレットを放った。標的は北方のデーモンだ。


 土魔法のロックバレットは、簡単に言うと石の弾丸。しかし彼らの放ったロックバレットはだいぶん違っていた。石を冥導(めいどう)障壁で包み、反撃の黒線をはじき返していた。それは威力を落とさずに飛来して、地上のデーモンを撃ち抜いていた。


 そんな使い方あるのか……。俺の脳神経模倣魔法陣なのに、俺より魔法の使い方がうまいときた。でもやり方は何となく分かったし、次使うときに真似してみよう。


『黒線の解析に時間がかかりました。これ以降ソータにも使えます』


 クロノス(汎用人工知能)の声がする。


『解析が遅れるって、珍しいね。最近何度かあったけどさ』


『すみません』


『いやいや、責めてる訳じゃないから、謝らなくていい。純粋に気になっただけ。たったいま俺も、スチールゴーレムたちの使うロックバレットに舌を巻いてた所だし』


『ソータは、もっと努力してください。すでに十五番目の素粒子、夢幻泡影(むげんほうえい)を使えます。魔法は及第点ですが術――つまり夢幻術(むげんじゅつ)は、からっきしだめでしょ?』


『……うーむ。返す言葉もない』


『それと、黒線は魔法ではありませんでした』


『魔法ではない……?』


『そうです。冥導(めいどう)を収束させて放つレーザー。そう考えると分かりやすいです』


 ほーん、光子ではなく冥導(めいどう)を使ったレーザー。そういうことか……。冥導(めいどう)という素粒子がどれくらい大きいのか分からない。けれど黒線の速さは光速に近い。原理は分からないけど、何かで加速させているのだろう。でなければあの貫通能力はあり得ないからな。


 宙に浮いたまま眺める。スチールゴーレムが滅ぼしていく北方のデーモンを。


「ぬおっ!?」


 背後からの黒線を避ける。とっさの行動だ。黒線はそのまま突き進み、スチールゴーレムの障壁に当たっていた。彼らが狙われたのは、ロックバレットで攻撃しているからだ。透明化しているとはいえ、ロックバレットを射出する際に場所が分かる。


 振り返ってみると、南側の大地を埋め尽くす数のデーモンが忍び寄っていた。まるで黒い波のように、うねうねと迫ってくる。


 次は西から黒線が飛来。空に浮かぶスチールゴーレムに、またしても直撃した。冥導(めいどう)障壁のおかげで、彼らにダメージはない。


 舌打ちしそうになる。


 北方の大都市マールア。そこのデーモンが気づくほどの大爆発を引き起こしたのなら、他方でも気づくはずだ。


 南と西ふたつの方角から、数え切れないほどのデーモンが押し寄せていた。

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