301 ザルヴァン・ザラト
デーモンの王、ザルヴァン・ザラト。地上との位置関係を分かりやすくするため、国の名前を同じにしているらしい。その名は地上と同じスタイン王国。ここ二年くらいでできた国だった。
デモネクトスの流通が始まった時期と一致する。
話を聞いていくと、ある意味納得の事実が判明した。
デーモンたちは冥界の過酷な環境で貧しい生活を送っている。そのため、この世界の法則を利用していた。それは、地上の街を一瞬でもデーモンが征服すると、冥界に同じものが出来るというものだ。
ザルヴァン・ザラトは「冥界全てのデーモンがそうではない」と前置きして語ってゆく。
ザラト率いるデーモンは、冥界に街を作りたい。そのため彼らは、あらゆる手段を用いて地上へ出て行く。
しかし、地上に出た途端、ニンゲンの多さに心を奪われ、喰い荒らしてしまうそうだ。当初の目的を忘れて。
それでも、一時的にデーモンの支配地域になる。目的は達成されるのだ。ただし、地上に出たデーモンは討伐されてしまい、帰ってこなくなる。ザラトが言うには、それで問題はないという。好き勝手ニンゲンを食い散らかして討伐されるのなら。
使い捨てか。酷え話だ。社会性はあっても仲間意識は薄いと見える。いや、上下関係はきっちりしているので、地上へ出るのは序列の低いデーモンなのだろう。
……そうなると当然、強いデーモンが残る。それが巨大デーモンだそうだ。ニンゲンそっくりな姿のザラトたちと別の部族らしいが、長い間協力関係にあるという。
俺の知っている限り、獣人自治区の跡地、マラフ共和国、スタイン王国、アルトン帝国では、デーモンに地上を征服されたことがある。
つまり冥界の同じ位置にデーモンの街があることになる。位置関係が同じなら、だいたいの場所が分かるな。全部滅ぼして回るか……?
軽い振動が伝わってきた。防音魔法陣を使っているので、外の音は聞こえない。振動からも音波が発せられることはなかった。地震じゃないな今のは。
『おーい、ニンゲンの飼育場見つけたぞー。デーモンは皆殺し。品種改良されたニンゲンは全員無事。シビルの月面基地へ送ったぞー。百万人くらいなら受け入れ可能って言ってたから、どんどん送る』
突如入る念話。夢幻泡影障壁を張っているってのに、念話は届くのか。スチールゴーレムの核が夢幻泡影結晶だからだと思うけど。
というか、百万人ってマジか。シビルはいつの間に増築したんだろう。こっちとしては文句ないけど。
『ニンゲンたちは出来うる限り探し出して保護してくれ』
『了解だ』
スチールゴーレムとの念話を切って、ザラト王へ向き直る。脚に響く振動が連続で伝わってくるので、彼も気になっていたのだろう。
「貴様、俺の街で何をやってやがる……」
さっきからこいつ、口が悪いんだよな。国王って感じもしないし、どちらかと言えば雑魚。衣装も似合っていない。
「ザラト王、さっさと話してくれないと、あんたの街が崩れてしまうぞ」
三カ所あるドアのひとつが、木っ端微塵になった。部屋にいる国王と連絡がつかないし、入ることもできない。それで爆破したんだろう。だけど障壁があって、デーモンの衛兵たちは中に入って来られない。防音魔法陣のおかげで、何を言っているのかも分からないときた。
衛兵たちは俺の姿を見つけて、地団駄を踏むしかなかった。
それを見たザラト王は冷や汗を垂らしながら答えた。
「もう全て話した」
「へぇ……。神殿の地下を聞いてないけど?」
地上と同じ建物が出来るのなら、神殿と地下通路もあるはず。
「……」
「今さらだんまりって、よほど大事な場所みたいだな。さっさと話せ。でなければ、勝手に行くけど」
「……よせ。あそこには別の世界へ繋がったゲートが開きっぱなしなんだ。入ったら戻れなくなるぞ」
「おや、心配してくれてるの?」
「心配などしておらぬ。貴様がゲートに落ちて、異世界の住人が出てくると困る」
「異世界ね。迎魔と関係のある世界かな?」
「……」
ザラト王が目を見ひらいて驚く。半分は当てずっぽうだったけど、当たりのようだ。
そもそも素粒子があれだけ出てきて、怪しいとは思っていた。
魔素はだいたい何処にでも遍在している。ただし、他の素粒子には何らかの由来がある。
神威は、神々の間。
冥導は冥界。
闇脈は死者の都。
蒼天は神界。
これらの素粒子は、それぞれの世界に対応している。ならば、新しい素粒子があれば、その分だけ別の世界があると考えるのは自然な流れだろう。
ラコーダが使っていた迎魔。これは冥界とは違う世界の素粒子で、蒼天と真逆の性質を持つ。仮に神界と逆の世界があるとすれば、なんだろ? 迎魔という名前からして魔界? 安直すぎる気もするけど、仮定としてその存在があると認識しておこう。
現在分かっている素粒子は十五。しかしゴヤは十八あると言った。これらが全て別の多世界解釈におけつ別の世界だと考えると、気が遠くなりそうだ。
「ザラト王、あんたにひとつ聞きたい」
「まだ何かあるのか! さっさと解放しろ!」
「ニンゲンを品種改良したのはお前たちか?」
「当たり前だ。貴様らも牛を美味くするため品種改良しているだろ?」
「そりゃそうだ。それでもニンゲンの品種改良なんて許せない」
「勝手なこと言うな。捕食者と被食者の関係は摂理だ。これだからニンゲンのエゴは嫌いなんだよ。貴様も喰ってやるから、さっさとこの見えない力をほどけ――」
「すまんな。議論したいんじゃなくて、確認しただけだから」
ニンゲンの品種改良という、おぞましいことをやってのけたのは彼らだった。目星はついていたけど、ちゃんと確認が取れた。
「ぐあっ!?」
ザラト王を念動力で握り潰し、ヒュギエイアの水をかけておく。
ドアを破って中へ入ろうとしているデーモンたちが呆気に取られ、次の瞬間、激高して暴れ始めた。国王の死を目撃したからだ。防音魔法陣に加え、夢幻泡影障壁を使っているので、何を言っているのかわからん。
他の衛兵だろうか、デーモンの気配がたくさん集まってきている。
『スチールゴーレムに告ぐ。城の内部を捜索し、ニンゲンを保護してくれ。食糧としてのニンゲンが生き残っているかもしれない』
『了解だ』
念話で指示を出して、上空へ転移する。
近くの神殿を見つけ、目測で転移。内部へと侵入した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ここは地上の神殿とは違い、女神アスクレピウスの像が壊されていなかった。神殿内部に神威が充満しているため、デーモンは入れなかったのだろう。
こちらとしては好都合なので、どんどん奥へ進んでいく。階段を降りて円形闘技場のような場所を通り過ぎ、階段を降ってゆく。この階にも、女神アスクレピウスの像がある。その部屋の前を通り過ぎて、小部屋に入る。
ここも使ってなさそうだ。埃の積もった机の上を探す。しかしあるはずの冥導結晶がない。
元々無かったのか、あるいは随分前に持ち出されたということか。
部屋を出て通路を進んでいくと、地上と同じ罠が発動。これはもう見たからな。障壁を張って念動力で移動してゆく。
そしてようやく、最下層の洞窟へ到着した。明かりは無く闇の世界だ。
しかし目はすぐに慣れた。ぼんやりと周囲の光景が分かる。
念のため暗いまま進もう。光魔法を使うと目立つから、敵対者がいた場合、標的になりかねない。
うーん、どっちへ進もうか。念のため、大きな空洞があった方へ向かおう。
到着すると、そこにあった。ザラト王が言っていた、異世界へのゲートが。
時間があればゲートの先を探ってみたいが、今は我慢。空間魔法でゲートを閉じよう。
「お……?」
ゲートが閉じない。魔力を使った空間魔法では効果がないのか。
ふと気配を感じて、板状の障壁を張る。
――――ズドン
ファイアボールっぽい魔法を受けて、吹き飛ばされた。
この空洞はかなりの広さがあるので、どこかへぶつかることもなく着地できた。
身体に異常はない。
気になるのは、迎魔を感じたことだ。
それは俺に攻撃してきた気配からのもの。
「貴様はなんだ。どうしてここに来ることができた」
その気配が喋った。イントネーションが違う、たどたどしい言葉だ。
再びファイアボールのような迎魔魔法で攻撃される。
今度はちゃんと障壁を張って耐えた。
「調べに来ただけだよ。なあ、やっぱりここ別の世界に繋がってんの?」
俺の知らない世界に繋がっているのは明らか。ゲートの向こうは迎魔で溢れかえっている。攻撃してきた人物は、ゲートの先の住人だろう。
「調べに来た?」
そう言った気配がゆっくり動くも、形がぼやけていてはっきり分からない。
「そうだ」
黒い影は俺の返事に納得したのか、追加の攻撃がなくなった。
「お前……、デーモンではないな。奴らの食糧がなぜこんな所へ?」
だいぶん近づいてきた。もうはっきりと分かる。迎魔を纏う人物は、煙のように揺らめいていた。中に実体があるわけでもなく、黒い煙のような存在だ。
「ちょっと今、反乱を起こしてる最中でね」
適当に返事をしておく。今は出来るだけ彼らの情報を得たい。会話することを優先しよう。
「その姿、品種改良前のヒト族のように見えるが」
「品種改良されてないからね。そういうあんたは、何者なんだ?」
「俺か? 俺はデーモンではなく黒霧徒だ。迎魔に満ちた、国霧を知らないのか?」
黒霧は、俺が言う異世界、冥界、死者の都などと同じ意味かな。
冥界の先、迎魔溢れる世界は黒霧ってことか?
これ以上知らない世界が増えるとか、もうお腹いっぱいなんですけどねえ……。
「知らないな。迎魔の世界が国霧で、あんたが黒霧徒。これであってる?」
「そうだ」
「へえええぇ……」
ゲートに落ちないよう覗き込んでみたが、何も見えない。ここより暗い闇の世界だ。これが仮に神界と対をなす世界なら、神々のような強力な力を持つ存在がいることになる。ここにいる黒い煙――黒霧徒もまた、神界の神々に匹敵する力の持ち主なのだろう。
それでこの余裕なのか。こいつがいるからだろう。ザラト王が行くなと言った理由も分かった。
しかしザラト王はどうやってこの事を知ったんだ? デーモンはここに来ることが出来ない。濃密な神威を、二回も抜けなければ来られないし。
んじゃ確かめてみるか。
光魔法で、この空間を明るく照らす。
「ぐああっ!! 突然何をする!!」
「あ、ごめん」
光魔法ではっきり見えた黒霧徒は、薄くなって消えそうになっていた。これくらいで苦しむとは……。
お、あったあった。空洞の端に、一カ所穴が開いている。ザラト王はその穴から、ここへ来たのかもしれない。
蒼天に満ちた神界。迎魔に満ちた黒霧。
対になっている素粒子だ。
導き出される答えは、黒霧の住人黒霧徒は、デーモンの神にあたる存在とみて違いないだろう。
そうなるとラコーダは何者って話になってくるなぁ……。奴は俺に、新たな素粒子を見せた。それとゴヤ。彼のおかげで十五番目の素粒子、夢幻泡影まで使えるようになった。異世界での常識では無さそうだったけど、何かありそうだ。
「デーモンの食糧の分際で、その能力。いったい何者だっ!!」
「そう言われましても……」
「なんだその舐めた口の利き方は!」
この言い方って、やっぱり煽ってるように聞こえるのかな。
「舐めちゃいないよ」
「そうかそうか。まあ、会話にも飽きたし、ムカついたから死ね」
目の前に現われた、ファイアボールっぽい魔法。さっきとは段違いで、強い迎魔を感じる。
ムカついたから死ねって、どんだけ短気で無法者なんだよ。なんて思いつつ、板状の迎魔障壁ではじき飛ばす。
さっきからクロノスが反応しないので、ファイアボールっぽいではなく、あれは迎魔のファイアボールなのだろう。
強めのファイアボールだったからなのか、天井で大爆発を起こした。
拙いな。瓦礫がゲートをくぐって、黒霧の黒霧徒にバレたくない。
迎魔を使えばいけるか? 迎魔の空間魔法でゲートを閉じてみると、あっさりと成功。
瓦礫が落ちる中、またファイアボールが目の前にあらわれる。魔素のファイアボールと比べ、挙動や威力が違うのは、より上位の魔素だからだ。そんなもの食らいたくないので、迎魔障壁ではじき飛ばす。
そしてそのファイアボールが天井で爆発を起こすと、落ちてくる瓦礫の量が一気に増えた。
「貴様――」
迎魔で光魔法を使うと、黒霧徒の姿があっさりと消えていった。
よく分からない。今ので討伐できたのか? デーモンの神にあたる存在を。
その頃にはものすごい数の瓦礫が落ちていて、崩落寸前だった。このままだと上にある神殿が壊れてしまう。冥界にて貴重な神威に満ちた空間を壊したくないので、蒼天の土魔法を使う。
この空間が崩れないよう、太い柱を作っていく。
十本、二十本と増やしていき、三百本の柱を作ったところで、落盤が止まった。
ついでに蒼天の土魔法で、女神アスクレピウスの像を作っておく。
これくらいでいいかな。再び国霧からゲートを繋げたとしても、この空間に満ちた蒼天が黒霧徒の侵入を阻むだろう。
うーむ。しかしなぜ、ここにゲートがあったんだろう。冥界と黒霧で往来があるという事か……? 竜神オルズは異世界の神で、デーモンの動きを監視している。今回も単独で冥界へ渡っているので、なかなか積極的にデーモンを滅ぼして回っている。
冥界の神が黒霧にいるのなら、オルズのように積極的に動いている黒霧徒、つまりデーモンの神にあたる存在がうろついている事もありうる。
うん。そう考えると、たった今、光魔法で消えた黒霧徒は……。
背後から微細な気配を感じる。
さっきの奴、まさか蘇ったのか。
振り返ろうとしたところで、視界が真っ白に染まった。




