291 デーモンの住む街
ゴヤの提案で、俺は単独行動をとることになった。異論は無い。ミッシーやファーギからも、ひとりで動いた方がよいと言われている。寂しい気もするけれど、実際にそうだ。いざ戦いの場となれば、周りを巻き込んでしまうから。
当然テラパーツの五名と実在する死神の二名は、ゴヤたちに同行することとなった。彼ら七名はゴヤの戦いを見ており、地球人のゴブリンへの悪感情は払拭されていた。むしろ畏怖の念すら漂っていた。
丁度いい。俺にとっての彼らは完全にお荷物。言うのも気が引けるが、あの七名は足手まといにしかならないだろう。……いや、デボンとダーラからの違和感は払拭できていない。言葉にできない何かを感じる。
「準備はいいですか?」
俺の言葉にみな頷く。ここは帝都エルベルトの近くで、森の中。戦車やヘリがやられた場所で、大勢のアメリカ兵が亡くなっている。破壊された兵器はそのままだが、ひとつも遺体が残っていない。おそらくフォレストワームに喰われてしまったのだろう。
「準備オッケー」
元気よく答えたのは、デボン・ウィラー大佐。彼は俺より年齢が上で、経験も上だ。しかし彼は民間人の俺に従っている。この世界で俺の方が少しだけ先輩だからだろうか。他の六人の軍人、ゴヤとスクー・グスローも俺の前に整列している。
全員軍服を脱いで、この世界の服装に着替えている。ありふれた商人の出で立ちだ。あの街がほぼデモネクトスを飲んだデーモンならば、見た目で判断出来ないからな。その辺は逆手に取らせてもらう。
「知っての通り、この森にはフォレストワームが出ます。奴らのテリトリー内で足音を感知されると、地中から襲ってくるので。大きさ約五メートルの人食いミミズと思ってください。ゴヤとスクー・グスローは、対処に慣れているけど……」
そこで言葉を切って、眼前の七名を順に見ていく。全員にスキルを付与しているので、フォレストワームごときに遅れは取らないはず。しかし彼らの武器は火薬を使った銃火器が中心だ。ナイフも所持しているが、こちらの世界の剣に太刀打ち出来ないだろう。
不安が拭えない。スキル〝体術〟〝剣術〟〝柔術〟〝気配消去〟四つのスキルを彼ら七人へ付与。その上で、ミスリルの剣を七振り創造した。
「七人ともこれを携帯するようにしてください。扱い方は分かるはずです」
空中で不自然に現われた七つの剣は、鞘に収まったまま森の軟らかい土に突き刺さる。デボンたち七人はそれを見て驚きの表情を浮かべた。何がどうなっているのかと。だが、これ程度で驚いていては、この世界を生き抜くことはできまい。
「ソータ」
不意にゴヤから話しかけられる。
「うん?」
「このあとワシの別動隊が、陽動で帝都エルベルトを引っかき回す。暗くなってもなお、明かりのついた街だ。大勢のデーモンが夜を楽しんでいるのだろう。別働隊が得た情報だと、冥導障壁は張りっぱなしで、外部との接触を一切断っているそうだ」
「障壁で隔離されてるって事は、デーモンを簡単に皆殺しにできるな。でも、俺たちの第一目標は、アルトン帝国の皇帝、レオナルド・ヴァレンティヌス・アルトンの正体を暴くことだ。申し訳ないけどこれを優先させてもらう。結果的に帝都エルベルトを落とすことになるかもしれないが。……それと、これから行動を起こすけど、誰も死ぬなよ」
自分らしくもない言葉が口をついて出て、我ながら驚いた。俺自身が、ついさっき死にそうになったってのに。しかし、あれは俺だから生き残れただけだ。脳みそ飛び散ったら、だいたいは死ぬ。
ゴヤとスクー・グスロー。テラパーツの五人。実在する死神のふたり。全員俺の言葉を聞いて、全員表情を引き締めた。
帝都エルベルトには、序列一位のラコーダ、五位のピコ、どちらかがいるはず。
序列二位のバルバリは、ブライアンに憑いているから、おそらくいない。十二位のルファレも、ヒツジ獣人テイラー・シェリダンに憑いているからいない。彼女はドリー・ディクソン区長やブレナ・オブライエンと地球か大魔大陸にいるはずだ。
皇帝の正体は、二体のデーモンにまで絞れた。
エルベルトの街の様子は、夜の闇に包まれた中でも、遠くから見える明かりによって、どこか幻想的でありながらも、不穏な空気を漂わせていた。都の夜は通常、色とりどりの光で彩られるが、ここは違う。森からも街からも音がしない。その異様な静けさが、何か大きな出来事を予感させた。
俺たちは緊迫した空気の中、足を踏み出す。
帝都エルベルトに近付いて、冥導障壁を突破する方法を探った。その障壁は、物理的な壁ではない。冥導障壁は、帝国のデーモンたちが作り出した、強力な魔法の結界だ。この結界を解除するためには、この中にいる大元を叩き潰すか、障壁を上回る強大な魔力が必要になる。
とはいえ壊す必要はない。簡単な話だ。集団転移すればいい。
薄紫色に輝く冥導障壁をペチペチと叩く。
「この先はスラム街だ。俺たちが潜入しても簡単には見つからない。俺はとりあえず、街の高台にある城を目指す。皇帝がいればめっけもんだ。ゴヤとスクー・グスローは、アメリカ軍人についてくんだろ?」
「ああ、この小僧たちはワシらが護衛する。……ところでお前たち、ソータから剣をもらってたが、使えるのか?」
ゴヤの言葉に、アメリカ人の七人が力強く頷いた。スキル〝スキル認知〟と〝スキル制御〟のおかげで、スキル〝体術〟〝剣術〟〝柔術〟〝気配消去〟が付与されたことも気づいているはずだし。
「んじゃ転移しますよ」
とたんに景色が変わる。全員転移の経験があるので、特に慌てた様子は無い。
帝都エルベルトに潜入成功だ。周りに人の姿のデーモンもいない。目撃者ゼロで一安心。
スラムの路地裏は、街の明かりが届かず薄暗い。月明かりは汚れた建物に遮られていた。
衛生状態も良くない。そんな場所に、俺、ゴヤ、テラパーツの五人、実在する死神のふたりで、合計九人。
それに、スクー・グスローたちがおよそ五百体。小さな精霊で、パタパタ飛び回っている。固まっていると見つかるので、すぐに飛んで離れていった。
『周りは見ておくからねー。何かあったら知らせる』
スクー・グスローからの念話で、テラパーツの五人と実在する死神のふたりが、びくりと肩を震わせる。厳しい訓練に耐え抜いたアメリカ軍とは思えないビビり様だが、何か嘘くさい。演技してるというか、どうしてもこのふたり――デボンとダーラからの違和感が拭えない。
テラパーツの五人は大丈夫かな……? 念話だけではなく、周りがデーモンだらけでビビってるっぽいな。基地へ返すか……。
『これが噂のテレパシーか……。盗聴の危険が無いと聞いている。それに、こんなに鮮明に聞こえるんだな』
ビビりながらも声を絞り出したのは、ヨアヴ・エデルマン大尉。ここに来たテラパーツのトップ。そのプライドなのか、念話にすぐ対応して見せた。あれだけスキルを付与してるからな。念話くらい簡単に身につくんだろう。
『作戦行動中は、念話で連絡を取ります』
俺の念話に、七人の米軍人が俺に敬礼する。彼らは撤退したアメリカ軍の命令に逆らってでも、この世界に残った勇気ある軍人だ。
『具体的に俺たちは何すればいいんですかね』
念話に対応したヨアヴ・エデルマン大尉の声だ。
『打ち合わせ通り、アメリカ軍の七人は、冥導障壁の解除ですね』
『それをワシらが守る。スクー・グスローも五百いるし、余裕だろ』
俺の念話にゴヤが応じる。
『油断は禁物で。俺、さっき死にかけたし』
軽い冗談のつもりで念話を飛ばすと、アメリカ人の七人が怯えたような目になった。俺がやられた瞬間をどこからか見ていたのだろう。飛び散った脳漿が銀色だなんて、ニンゲンでは無い証明だし。
まあいいや。俺がニンゲンかどうかなんて、もはやどうでもいい。
『ははっ、締まらないですね!』
『やかましいわ!』
ヨアヴに思わずツッコんでしまった。そして俺たちは、そこで散開した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夜の帝都エルベルトは、華やかな街だった。確かにスラムは不衛生だったけれど、表通りはニンゲン……いや、デーモンで溢れていた。勘違いしそうになるのは、彼らの姿がニンゲンだからだ。
ヒト族、エルフ、ドワーフ、獣人と、よく見る種族のオンパレードだ。通り沿いには酒類を提供する店が連なり、どこも混雑していた。
うーん……。石造りの建物に石畳。街灯は魔石ランプで、馬車の交通ルールもしっかりしている。
デーモンの国とは思えない治安の良さ。
なんだこれ? 違和感しかない。俺はこの世界に来て、デーモンだけは絶対悪だと思っていた。しかし、彼らを見ていると、そうでもない気がしてくる。もっと言えば、酔っ払いのニンゲンたちが騒いでいるのと変わりない。
それもこれも、奴らがニンゲンの姿をしているせいだと思う。元はと言えば、デモネクトスを飲んだニンゲンが身体を乗っ取られただけ。そのニンゲンの意識は喰われる。今となっては人間の皮をかぶったデーモンってだけだ。
それなのに……、奴らデーモンの酔っぱらった姿を見ていると、ニンゲンにしか見えない。ひとりひとりがこの街のため、盛り上げようとしているかのようだ。
竜神オルズは言っていた。皇帝レオナルド・ヴァレンティヌス・アルトン、奴はヒト族と言われていると。それは姿なのか心なのか……。
かぶりを振って、街の真ん中にそびえる城を見つめる。
デーモンがニンゲンらしい振る舞いをしたとしても、俺は奴らの邪悪さを知っている。
煌びやかな飲み屋街から路地裏に入り、城の尖塔へ転移した。
ちょうどその時だ。城の北方にある冥導障壁辺りから、かん高い音が聞こえてきた。スクー・グスロー本隊が障壁を破ったのだろう。あの念話攻撃は強烈だからな。あの辺りのデーモン諸共、建物が砂に変わっていった。その範囲は、半径約一キロメートル。随分威力を落としてるな。近くにゴブリンの部隊が千名控えているからだろう。
街中の明かりが消え、警報が鳴り響く。
あんだけのことすりゃ、さすがのデーモンも慌てるだろう。
陽動は上手く行きそうだ。
俺は浮遊魔法を使って、尖塔の中へ侵入した。
「……おん?」
城の中に入った途端、別の警報が鳴った。しくじったかな……。これは城の侵入者に対する警報だ。
まだ階段も降りてないのに。
仕方がない。
『おーい、ゴヤたちー』
『何かあったのか、ソータ!』
慌てて返事してきたのはゴヤ。これ、みんなで喋ると収拾つかなくなるからな。あと脳が疲れる。
『いま城に侵入した。ゴブリン、スクー・グスロー、アメリカ人、城の近くにはいないよね』
俺の念話に、色んな声で返事がある。ほとんどがゴブリンだけど、だれも城の近くにいないと確認が取れた。
最終確認。
俺は階段に座って目を閉じる。
気配を探るため集中し、その範囲を広げていく。
そこで気づく。
……デーモンの気配はニンゲンとほぼ変わらなくなっている。やはりこのままにはしておけない。
鍵はやはり街を包む冥導障壁。これが無ければ、天に神々の怒りが渦巻く。
よし。気合を入れて、この城の地下に至るまで、全て板状神威障壁で囲んでいく。
加えて俺自身に神威障壁を多重展開する。
準備完了。
俺は超巨大な、獄舎の炎を使用した。
使用した素粒子は魔素。いわゆるただの魔法だ。
そのため炎の温度はさほど高くなく、鉄を溶かすくらいだった。
しかしそれでも、一般的なデーモンは死ぬ。
それで死なないデーモンは、俺が探しているレブラン十二柱である。
城の尖塔で座り込み、障壁の中の気配を探っていく。
ほとんどが死んでいるが、やはり強いデーモンは生き残った。
いやー読み違えたな。生き残ったデーモンは百体を超えている。
俺は魔素から神威へ変更し、獄舎の炎の温度を上げていく。
よしよし。どんどん死んでる。さっさと姿を現せよ、レブラン十二柱。
「……あれ?」
思わず声を漏らしたのは、城内のデーモンが全滅したためだ。水魔法でヒュギエイアの水を流し続けると、パキパキと音を立てて床や壁が割れ始める。城が崩れるな、と思いつつも、デーモンを徹底的に滅ぼすため水の勢いを強めた。
面倒だ。俺は上空へ転移し、帝都エルベルトにヒュギエイアの水を雨のように降らせた。頭上にはデーモンたちが作った冥導の障壁がある。
期待していなかったけれど、こんなにあっさり終わるとはね。
オルズからの依頼は、皇帝レオナルド・ヴァレンティヌス・アルトンの正体を探ることだった。おそらくレブラン十二柱の誰かだと思っていたが、もう確認のしようがない。
辺りは水蒸気で真っ白だ。近くに生き物の気配はない。
北を見ると、ゴブリンの部隊とスクー・グスローが連携してデーモンの軍を打ち破っている。見た目は人間だが、中身が黒ければデーモンだ。飲み屋街での感覚は気の迷いだったのか。
やはりデーモンは悪。
『おいっソータ、今どこにいる!?』
ゴヤから念話が入った。かなり焦っている。
『どうした? 今は城の上空にいるよ』
ヒュギエイアの水を降らせながら、割れて崩れる城を見下ろしている。
『そこは街の中心だろ? ワシらはそこから南東方面にいる。めちゃくちゃ強いデーモンと戦ってる!!』
『えっ!?』
南東を見ると、大きな火柱が上がっていた。




