284 劣勢
俺はトマホークミサイルが直撃する瞬間を目の当たりにした。衝撃波と轟音に耐えるため、耳を塞ぎ口を開ける。そんなことしなくても大丈夫だと思うけれど、ニンゲンだった頃の動作が出てしまう。
しかし、なんなのこの障壁。ミサイル十発食らって、びくともしない……。強すぎじゃないか?
障壁は複数枚重ねているのではなく、一枚だけ。ただし、冥導を感じる。つまりこれは冥導障壁というわけだ。
眼下には今なお赤い鉄の塊と、ヘリコプターらしき部品の残骸が散らばっている。遠くに見えるのは、大型の装甲車が二台。けつまくって逃走中みたいだ。
どうやら、奴らが攻撃を仕掛けたものの、返り討ちに遭ったといったところか……。
こりゃいったん、忠告入れておかないと拙いな。
『こんにちはー。ソータ・イタガキって言います。そちらの責任者と話したいんですが――』
アメリカ軍へ電話をかけてみる。番号は分からないが、強い電波が飛び交っているので、その周波数に合わせてみた。当然だが暗号化されている。しかしそこは、クロノスが何とかしてくれたみたいだ。
『ソータ・イタガキだと?』
驚いた様子で、年輩の声が聞こえてきた。お偉いさんかな?
『俺のこと知ってるみたいですね。それはそうと、今のミサイルでも、帝都エルベルトの障壁は破られていません。俺が囮になるので、生き残りの装甲車を早く逃してください。では失礼します――』
『あ、おいっ! ちょっと待て! まだ話したいことが――』
話の途中で悪いが、通話を切らせてもらった。
何でかって、帝都エルベルトから、強大な冥導が膨れ上がったからだ。狙いはおそらく、逃走中の装甲車。このまま放っておけば、彼らがやられてしまう。
俺は冥導の膨れ上がった場所目がけて、ファイアボールを放った。もちろん威力は弱めてある。しかしてその効果は、丁度いいものとなった。
ファイアボールは大爆発を起こして、帝都エルベルトの障壁を破壊。俺は障壁を張って、衝撃波と爆風をやり過ごす。
すると膨れ上がっていた冥導が消えた。誰が冥導魔法を放とうとしていたのか知らないけれど、驚いてくれたみたいだ。
障壁が消えたので、帝都エルベルトへ侵入してみる。姿を消していないので、地上からバンバン魔法が飛んでくる。全て冥導魔法だ。
『どう思う?』
板状障壁で冥導魔法をはじき飛ばしながら、クロノスに話しかける。
『この都市のニンゲンは、全員デーモンですね』
『だよな……』
地上にいる人びとはニンゲンに見える。水魔法でアンチデモネクトスを生成して飛ばしてみるも、それを浴びた人びとに変化は無い。そして、この空間には冥導に満ちあふれていた。
『うーん、これは色々と前提がひっくり返るぞ』
『元からデーモンのようですね』
『なるほど……?』
元からデーモンって何だ? 奴らは黒い粘体で、実体化すると灰色のデーモンになる。弱いデーモンは実体化できず、ニンゲンに憑かなければ粘体のままだ。
そう思っていたけれど、違うっぽいな。
『この世界に、ニンゲンと呼ばれる種は、何種類あると思いますか?』
『急にどうした……? ヒト種、ゴブリン、オーク、ドワーフ、エルフと、ニンゲンにも色々あるけど。……ああ、そういう事か』
遠回しに言ってきたクロノスのおかげで、理解出来た。冥界にいるデーモンも一種類だけじゃないってことだ。
ついさっき、王都ランダルの神殿地下で、巨人のようなデーモンを見たばっかりだ。そもそも粘体のデーモンや灰色のデーモン、ワニ顔のデーモンを元から知っているじゃないか。
つまり、見た目がヒト種と変わらないデーモンもいる。
こりゃ厄介だ。
この国がいつからあったのか知らないが、元からデーモンの国家だったのか?
帝都エルベルトは相当人口が多い。おそらくは百万人都市。これだけのデーモンが、この世界の神々に見つからず、よくものうのうと暮らしていたな。
いや、そんなことあるわけが無い。ベナマオ大森林で、悪魔ネイト・バイモン・フラッシュと対峙したとき、神々の怒りを感じることができた。空は雲で渦巻き、いつ雷が落ちてもおかしくない、そんな状況だった。
ネイトが大物デーモンだから、あの現象が起きた。
それなら、百万人のデーモンがいても、神々は怒るのではないか。
そうでないのなら、帝都エルベルトの住民は、ネイトのように神々に赦されたデーモンなのか……。あるいは、神々に見つからないように、冥導障壁を張っていたとか……。
ふと空を見上げると、急に曇り空になってきた。以前感じた怒りの気配に、辺りが支配される。
ほーん……。この街のデーモンは、神に赦されていない。
つぎの瞬間、帝都エルベルトに冥導障壁が張り直された。そうすると、曇り空があっという間に晴れ渡って、怒りの気配が消えていった。
ふーむ。このシステマチックな挙動は、神の意思が存在しているように思えないな。単純に、大きな冥導に反応しているように見える。
神の一柱、例えばオルズが気付いているのなら、障壁を張り直しても無意味だ。神はそこにデーモンがいると察知しているのだから。
もしかするとセンサー的なもので、デーモンを感知して攻撃する。そんな物があるのかもしれない。
帝都エルベルトが障壁で包まれると同時に、またしても冥導が膨れ上がった。狙いはやはり、二台の装甲車。
――――ズドン
ファイアボールで、冥導が発生した場所を吹き飛ばす。俺はもう障壁の内部にいるからね。というか、外部に攻撃する際、いちいち冥導障壁を張り直すって、かなりの手間だな。……いや、そうまでして神に見つかりたくない。そういうことだろう。
ファイアボールの爆発で、直径百メートルほどが更地になった。石造りの建物や、道を歩く街の住人、色々巻き込んでしまったが、全てデーモンだ。一ミリも心が痛まない。
――――ズドン
またしても冥導が膨れ上がったので、ファイアボールで吹き飛ばしておく。なんでそんなに装甲車を狙うのか意味が分からない。俺に飛んでくる冥導魔法は、簡単に防げる程度なのに。
ちょっとこれじゃ帝都エルベルトを落とすどころじゃないな。
いったんアメリカ軍を助けに行こう。
そう思いながら、俺は転移の魔法を発動した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
眼下のアメリカ軍は、フォレストワームによって半壊状態。なんでわざわざ、危険な森へ出てくるのか意味不明だ。
周囲にはまだまだフォレストワームが地中に潜んでいるので、倒しておこう。
いつものウインドカッターを針の形に変えて、地中に潜むフォレストワーム目がけて放つ。地中のフォレストワームに刺さったところで、形を球に変更する。
――――ズン
周囲からそんな音が聞こえてくる。フォレストワームは内部から膨れ上がって破裂しているのだ。時間をかけずに、全て討伐完了となった。
「お、お前は……、ソータ・イタガキ!?」
隊長っぽい軍人が驚いた顔で話しかけてきた。
「あ、俺のこと知ってるんですね。初めまして。ソータ・イタガキです」
顔を見て名前が分かるって、すでにアメリカ軍に俺のことが知られているな。アラスカや沖縄のことを考えれば当然そうなるか。この前ヒューたち兄妹がSNSで写真を拡散させちゃったから、もしかすると有名人になってるかも。不本意だがしゃーない。
「お前はこんなところで何をやっている」
「えーっと。どちら様でしょうか?」
「あ、失礼した。俺はこの部隊の隊長、ヨアヴ・エデルマンだ。日本人だと聞いていたが、英語うまいな。だいたい途切れ途切れの発音なんだが……」
ヨアヴはそう言って、握手を求めてきた。浮遊魔法で浮いたままなので、地上に降りて握手に応じる。英語の発音に関しては、クロノスが操作してるからな。ネイティブと変わりないはずだ。
握手したままヨアヴを見る。彼は筋肉質な大男。身長二メートルはあるんじゃないかな。右の頬に大きな切り傷が残っている。今の医療技術なら、こんなもの跡形も無く治療できるのに、わざわざ残してるって、何か思い入れでもあるのだろうか。
「どもです。この世界の森には、フォレストワームって魔物が潜んでいることがあります。気を付けてください。それと、今すぐ装甲車で基地に帰ってください。それまで護衛しますので」
「帰れだと?」
ヨアヴは握手をしたまま手を離してくれない。それどころか俺を睨み付けていた。
面倒だ。言うことを聞いてくれそうもない。
森の中には、フォレストワームによって喰われた兵の遺体がたくさんある。俺が来る直前の出来事で、彼らも気が立っているのだろう。
――――ズドーン
帝都エルベルトから飛んできた黒い炎が、俺の張った障壁で大爆発を起こした。五枚重ねで三枚割られた。危ねえ……。しばらくは冥導障壁にしておこう。
真っ黒い煙に包まれ、一瞬暗くなった。
それでもヨアヴは俺の手を離さなかった。
今のうちに言っておこう。
「このように、あなたたちは狙われています。早めに撤退することをオススメします」
そう言ってみたものの、煙が晴れて改めてヨアヴを見ると、不敵な笑みを浮かべていた。いい予感はしない。何か企んでいる顔だ。
「ソータ・イタガキ。俺たちは二百五十名からなる中隊だった。生き残りは、ここにいる二十名のみ。俺たちを護衛しながら帝都エルベルトへ――――」
「さっさと撤退してください」
俺はヨアヴの言葉を遮った。
「まあ聞け。ソータ・イタガキ……」
ヨアヴの魔力が動いた。と同時に、俺の身体に電流が流れる。
「……」
「……」
得意げな顔のヨアヴ。
俺は無言を返す。
「何も感じなかったのか……? 特別な装備には見えないが……」
ヨアヴは驚いた表情を見せる。俺は特段、すごい装備を着ているわけでは無い。一般的な革よろいだ。しかし今回は、ファーギの黒マントが仕事をしてくれた。
「このマントは、魔道具の一種です。電流くらい防御できますよ」
「いや、しかし……。俺は今、二百万ボルトの電圧をかけたんだが……」
スタンガン的な魔力の使い方をしたって訳か。器用だな。でも覚えておこう。
「要は、あなた達も魔法か魔術を使えるって事ですね。だから帝都エルベルトに連れて行けと」
「そうだ。お前みたいに魔力の感じられないやつが、どうやってさっきの黒い炎を防いだのか知らん。しかし、完全に防ぎきったよな」
「だから護衛しながら連れて行けと?」
「そうだ。お前は日本の内閣官房参与だろ? 首相の松本に支援要請をしたところ、ソータ・イタガキ、お前を自由に使っていいと許可をもらっている」
うそーん。マジで?
松本総理、そりゃないっすよ……。
『もしもし、板垣颯太です。お忙しいところすみません。ちょっと松本総理をお願いします』
ヨアヴの言葉だけでは信用できないので、確認を取ってみる。
『あ、板垣さんですね! 残念ですが、総理はただいま国会答弁中でして……』
電話に出たのは、女性の秘書官だった。国会が開かれているのか知らないけれど、彼女が言うのならそうだろう。
いったん電話を切って、ヨアヴに向き直る。確認は取れなかったけれど仕方がない。
「では、護衛という形で、お手伝いさせていただきます」
ここで時間をかけて確認作業をするわけにはいかない。そして、ヨアヴの言葉を信じたわけでもない。
ただし、俺を使う許可が出ているという前提で動こう。これが正式なものであれば、俺の行動ひとつで外交問題になってしまうからな。
面倒くさい。本当に面倒くさい。
そう思いながら視線を動かして、ヨアヴに促す。
「俺たちはアルトン帝国と接触を図っている。具体的には、アメリカ国民の移住許可を求めて使者を送り、返事を待った。しかし、使者たち一同は帰ってこなかった。その後も何度か接触を試みたが、送り込んだ使者は、すべて音信不通になった」
「見たところ、帝都エルベルトはデーモンだらけでした。あんな街の住人と交渉はできないでしょうね。喰われて仕舞いですよ」
「デーモン……か。俺たちの認識が甘かったとしか言いようがない。日本はドラゴン大陸を手中に収めているだろ? ソータ・イタガキ。お前は今、地球で何が起こっているのか知ってるか?」
「リアルタイムでは把握してません」
「世界各国で、異世界への移住が始まっている。これは知ってるな?」
「ええ、知ってます」
「アメリカが出遅れていることは?」
「そこまでは知らないです。ビッグフットが支援してるはずですが」
「大魔大陸だけだと、アメリカ単一国家ができないんだよ……。ビッグフットは様々な国から移民を受け入れているからな。それでアメリカは別件でやっと交渉を始めたところでな。異世界各国への交渉に、後れを取った」
「残った国が、アルトン帝国だったと?」
「そうだ……。しかし、この国は、ニンゲンの国家ではなかった……」
「なるほど……。アメリカの人口を考えると、それなりの土地が必要になりますからね。しかし、アルトン帝国がデーモンの国家だとしても、この世界から見れば、俺たちの方が異物です。交渉できないからと言って軍事行動を起こせば、侵略になりますよ?」
俺はアルトン帝国を潰す気でいるけどね。
「それくらい分かっている。そのために我々は交渉を行なっていたんだ。しかし、さっき言ったように、話し合いにすらならない。そこで、軍事的な圧力をかけたところ、またたく間に全滅させられた」
「軍事的な圧力?」
「第一陣で、戦車を並べただけだ。しかし、すぐに攻撃された」
大丈夫か、アメリカ軍。
「今日の軍事行動は何度目ですか?」
「五度目だ……。すでに千五百名のアメリカ軍人が死亡した」
国家間の交渉ごとなんて、俺にはてんで分からない。だけど、彼らアメリカ軍がヘタ打っていることは分かる。
無駄死にさせているのは誰だ?
――――ズドーン
考えている間にも、帝都エルベルトから黒い炎が飛んできている。ヨアヴ達は俺が防ぐと思って、安心しきっている。もちろん冥導障壁で防いでいるけれど。
「とりあえず、現状の把握はできました。では護衛の件ですが、具体的に何か作戦でも?」
「……俺が抜てきした少数精鋭で行く。他の隊員は、は基地へ帰投してもらう」
「ふたつに分けると?」
「そうだ」
おいおい、俺ひとりで、どうやって護衛すりゃいいんだよ……。
「いったん転移しますよ」
「転移? お前は何を言っている――」
大型装甲車両が二台。死亡した兵が約四十名。生き残りの兵が二十名。全員転移させよう。
説明するのも面倒なので、俺は黙ってアメリカ軍基地へ集団転移した。




