272 誅殺
地球の最新技術を駆使して造られた倉庫は、全工程がオートメーション化されていた。広大な空間に、うずたかく積み上げられたコンテナから、ロボットアームが荷物を取り出す。それはすぐにベルトコンベアに乗せられ、出荷用コンテへ運ばれていく。
外見はヒト族と見紛うばかりのヒューマノイドが、六本脚のゴーレムを器用に操り、次々とコンテナを運び出していく。積み込み先は港に停泊する船。動き回るものが多いけれど、ただのひとりもニンゲンがおらず、寂しい空間だった。
しかし、その無機質な空間に不釣り合いな存在がいた。バンパイア――――エミリア・スターダストである。
彼女は高所の管理室から、己の支配下にある倉庫全体を恍惚の表情で見下ろしていた。
管理室には事務机やパソコン、倉庫内の機器を操作するパネルなどがあり、ここでは本来、大勢の人間が事務仕事を行なっているのだ。しかしエミリア以外のニンゲンはいない。
いや。ニンゲンはいる。ただし、全員息を引き取っていた。
倉庫内部と管理室を隔てる大きなガラス窓には、大量の飛沫血痕がついている。床のリノリウムには、大きな血だまりがあって、大勢の遺体が転がっていた。
天井のスピーカーから声が聞こえている。
それは、ソータとレオ・ミラー、そして竜神オルズの会話。
彼らの声が急に途絶えた。彼女は盗聴器が破壊されたと察し、おもむろに魔導通信機を取り出した。
「……マリア様に繋いで」
エミリアは魔女マリア・フリーマンへ連絡を取り始めた。
「突然の連絡、失礼します。急報がございまして……。ドラゴニュートのレオ・ミラーが、スパイだと判明。そのうえ、ソータ・イタガキと、なぜか竜神オルズが現われました」
『マールアの街からシュヴァルツまで、随分と早く辿り着いたようね。倉庫内のゲートを閉じて、地球への痕跡を消すように。それと、残りのデモネクトスを急いで出荷して、工場を破棄。エミリアは急いでアルトン帝国のフォルティスへ避難して』
「はい、分かりました。冒険者評議会の最高指導者、アレッサンドロ・ヴィスコンティとは連絡取れていますか?」
『ええ。あなたがフォルティスへ行っても平気なように連絡しておくわ。それと、アルトン帝国の帝都エルベルトには近づかないでね』
『えっ、それでは兵器の搬入が滞ってしまいます』
『だめよ。帝都エルベルトの冒険者評議会は、アメリカ軍に目を付けられているの。あなたが行けば必ず巻き込まれるわ。いまは身を隠すことに専念して』
「アメリカ軍……。もしかして、もう異世界転移技術を開発したんですか?」
『そうよ。アラスカの第二十八特殊戦術飛行隊が小さなゲートをこじ開けて、転移魔術を組み上げたの。もうアルトン帝国の国内に駐屯地ができているわ』
「な、なぜそのようなことにっ! これまでゲートの存在は知られて――――」
『あなたは、そっちの世界生まれだったわね。地球にはあまり詳しくない』
「え、ええ、そうです」
『稀にだけど、迷い人がこっちからそっちへ行くことがあるって知ってるわよね。逆もあることだけど……。今回はこっちの事情で、ゲートの存在が大勢の人びとに知られるようになったの』
「な、なるほど……。それで大勢の地球人がこちらの世界へ……。では、あたしはどうすれば」
『とにかくフォルテスへ移動して、隠れ家に身を隠しなさい。生きてスターダスト商会の販路を守る。エミリアは、これだけを考えて』
「は、はいっ! 指示を賜わりました!」
魔女マリア・フリーマンとの魔導通信を終了し、エミリアは深くため息をついた。肩を落としてよろよろと歩み、血まみれの椅子に腰掛ける。
「あたしはあの世界のことはよく知らない。そもそも魔女マリア・フリーマンの下についたのは、そうしたほうが儲かるからなのに、どうしてこうややこしい話になるのよっ!!」
下を向いていたエミリアの言葉は、尻上がりに大きくなっていく。ガバッと顔を上げると、真っ赤に染まった瞳と口元から覗く鋭い牙が見えた。
そして彼女は気付いた。管理室の入り口にひとりの男が立っていることに。
「――――えっ!? き、貴様は、ソータ・イタガキ!!」
「よっ、やっと見つけた」
「何故あたしを追ってくる!!」
「そりゃあ、依頼受けてるからだ」
「あたしが何で追われなきゃいけないの!!」
「……お前、ルーベス帝国で殺しすぎたんだよ」
「くっ……。だから何だ。バンパイアにとって、ニンゲンはただの食糧。お前たちは様々な生き物を、絶滅させる勢いで食うだろう? あたしたちはニンゲンだけだ」
「違えねえ。ほんとニンゲンは度し難く、バカでどうしようもない生き物だ。あっちの世界を、温暖化で住めなくしてしまうくらいにはな」
「そ、そうでしょっ!! ニンゲンなんてこの世界に必要ない!!」
「だよな……。でもさ、俺は救いたいんだ。地球の人びとを」
「そんなの矛盾してる! あんたバカなんじゃないの?」
「俺がバカだってよく知ってたな。ははっ」
「き、貴様っ!! あたしを見下すなっ!!」
エミリアの前に真っ黒な固まりが現われた。凝縮した闇脈だ。
彼女がそれを身に纏うと、黒い鎧へ変化した。彼女の肌は全て覆われてしまい、左右の腰には黒い片手剣が携えられた。
「ぎゃああっ!?」
エミリアは突然叫び声を上げた。
闇脈の鎧と二本の片手剣ともども、エミリアの胴体部分がソータの念動力で握り潰されたのだ。彼女はそれでも意識を失わず、闇脈魔法を使おうとして愕然とする。
「がはっ……。お、お前、教師のスキルを使えるの――――」
エミリアの言葉はそこで潰え、胴体部分は大きな手で握り潰された形へ変わっていた。彼女の血が、吐瀉物が、大きな手の形をした透明な念動力の形をあらわにする。
しかしそれも一瞬のことだ。バンパイアが死ねば、灰に変わる。エミリア・スターダストは、念動力で頭部を握り潰されて死亡。念動力の手の中で、サラサラと崩れた。
「あとな、ここでも殺しすぎだ」
ソータは砂にヒュギエイアの水をぶっ掛けて、床に転がる死体へ視線を移す。彼らが着ている服装は、こちらのものではなく地球のもの。有名な作業用服飾メーカーのロゴが入ったものである。
「こんなクソバンパイアに殺されるために、わざわざ地球から来たんじゃ無いよな。……すまない。盗聴器で俺たちの話を聞かれたせいで」
そう言ったソータは、遺体を全て獄舎の炎で灰に変えた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俺は灰になった人びとを、夜空へ転移させた。この世界に本物の天国があるのなら、少しでもそこへ近付けるように。
「さて、ハセさん――」
「わっし、エミリア・スターダストとして振る舞えばいいんだね?」
「そそ。そのヒューマノイドには、エミリアの脳神経を模倣した魔法陣を刻んだから、記憶が無くてもそれなりに振る舞えると思う」
エミリア・スターダストと寸分違わないヒューマノイド。彼女はハセさんが操作しているのだ。するとハセさんが疑問を呈してきた。
「エミリア・スターダストの行動パターン、思考パターンは分かったけど、ソータくんの言うとおり、記憶が無いね。メモリー領域が空っぽだ」
「あー、うん。そこはなんとか誤魔化せる?」
咄嗟の計画だったから、雑になったのは否めない。
「あれは、エミリア・スターダストの魔導通信機?」
ハセさん操作のヒューマノイドは、人差し指で指し示す。その声はすでにエミリア・スターダストそのものだった。床に転がったそれは、ついさっきエミリアが使っていた魔導通信機。
「ああ、間違いないな。エミリアが使っていたものだ」
「それなら、大丈夫。魔導通信機伝いに、パソコンやクラウドから彼女の情報を全て学習しておくよ」
恐ろしい能力だ。ハセさんの手にかかれば、個人情報など瞬く間に丸裸になってしまう。そうしていると遅れてきたレオ・ミラーから声が掛かった。
「お、おい……。一体何が起きているんだ? 状況が掴めない」
管理室にはエミリアのヒューマノイドと俺以外に、レオ・ミラーとオルズが入ってきている。レオには、エミリアを滅ぼしてハセさんが操作するヒューマノイドと入れ替わると話していたはずなのに、なぜか混乱しているようだ。
オルズは灰になったエミリアなど気にせず、地球の物流管理システムに興味を示している。
「説明したはずだ。エミリアを排除し、スターダスト商会の運営をハセさんに任せるって」
俺の言葉にレオは不満げな顔だ。ちゃんと説明して同意したのに、何だこいつは。
「いや、何でそんなに簡単にエミリアを滅ぼせる。俺も狙った事はある。しかし全て失敗したんだぞ? この後ろ首の量子脳は、お前のより高性能なはず……。しかもお前はヒト族」
おいおい、バラすんじゃねえ。ここにはオルズがいるんだぞ。ハセさんはたぶん、量子脳や液状生体分子を知っているからいいけどさあ。
仕方ないか。この思考もオルズに読まれているはず。微妙な説明で、レオに誤認させておこう。
「レオに出来なかったのに、俺が簡単にやってしまった。それはおかしい。なぜなら、レオは高性能な量子脳を使用し、かつ種族的な身体能力も大きく違うのに。そう言いたいの?」
「……そ、そうだ。エミリアをあんな簡単に滅ぼすとかあり得ねえ」
やっぱりレオは納得していない。俺の背後にいるオルズは、操作パネルをいじっているが、たぶん聞き耳を立てている。
「こっちは地球から召喚されたニンゲンに、特別な力を授ける女神がいるんだよな。名前は女神ルサルカ、たしかアンジェルス教だったかな。ハマン大陸に勇者がたくさんいるだろ。俺は彼らと同じだ」
女神ルサルカは、アキラや佐々木たちに勇者の力を与えた女神の一柱。女神カリストがヒロキたちと同じく、俺にも力を与えた可能性があるよね。
「……それで、そんな出鱈目な力を持ってるのか」
「そういうこと。あまり詮索すんな。いい気分じゃねえぞ」
「ああ、分かった。――で、これからどうすんだ?」
「さっき言ったとおりだ。スターダスト商会の運営をハセさんにお願いする。ただなあ、レオ・ミラー。あんたはマリア・フリーマンにスパイだとバレた」
「だな」
「どうすんの?」
「ヒョータと合流するよ」
じーちゃん地球にいるって言ってたけど、こいつ居場所知ってそうだな。
ついていこうかな。
『ダメだソータ』
お、やっぱ思考読んでたな、オルズ。
『自然と聞こえるんだよ。ニンゲンが多いと大変だがな』
ほほー。聖徳太子みたいな事は出来ないのか。
『誰だそれ』
何でもない。
「またかソータ? なんでいちいち竜神様を見つめるんだ? お前マジで気持ちわりいぞ」
レオの背後にいるオルズと念話をしてたら、またツッコまれた。まあ、話の途中だったし、しょうがないか。
なんて考えていると、エミリアの声が聞こえてきた。
「この倉庫のシステムを全て掌握しました。この街にはワイファイ飛んでるわね。これからネットワークの掌握を始めるわ」
喋り方はもう完全にエミリア本人。中身がハセさんだと知っているので、少しだけ違和感がある。これは認知の問題。慣れなければ。
とりあえずエミリアに確認だ。
「うまくいきそう?」
「ええ、大丈夫。スウェーデンの製薬会社も特定したわ。それとアルトン帝国のフォルティスの場所も分かった。この街から少し東。川を渡ればすぐよ。マリアからそこへ身を隠すように言われているから、この街を掌握したあと移動するわ」
「ハセさんに質問」
「なんじゃらほい」
ヤッベ、吹き出しそうになった。エミリアから、おじさんの声が発せられたからだ。状況的に笑う場面ではないので、必死に堪える。
「ハセさんの目的は?」
協力してくれるのは有り難いのだけど、無償でって訳でもないだろう。
「この街、シュヴァルツに、量子コンピュータを持ち込もうかなと」
「……それは、ビッグフットの悪魔ネイト・バイモン・フラッシュの指示?」
「いんや、わっしの考え」
あーそっか。ハセさんの本体が地球に残っても、いずれ海の底。その前に避難するってことかな。
「了解です。シュヴァルツの街はハセさんにお任せしても?」
「任せろ」
んふっ、って声が出そうになった。ハセさんがこっちへ来れば、百人力だ。
「お手数をおかけします。地球から移住してくるこの街の人びとをお願いします」
エミリアにお辞儀をして顔を上げると、ドラゴニュートのレオ・ミラーと竜神オルズが、俺を見つめていた。何のことなのかいまいち分かってなさそうで、キョトンとしている。
オルズは俺の思考を読んでいるので分かっているはずだけど、理解が追い付かないって所か。
なので、二人にハセさんという存在を詳しく説明しておく。
「――――そういうわけで、ハセさんがこの街、シュヴァルツを仕切る」
色々説明してようやく納得してくれた。
「俺はスパイだとバラしたし、地球へ渡るぞ」
レオ・ミラーは、じーちゃんと合流するみたいだ。
「俺はソータについていくぞ」
オルズは俺についてくるという。帰れと言っても、また堂々巡りになるので諦めよう。
「俺はこの国の国王、レオンハルト・フォン・スタインと会ってくる。オルズ、ほんとに来るの?」
国王には冒険者の依頼を達成するという建前で動いていたから、筋を通すために報告はせねば。ただ、オルズまで連れて行くのはどうかと思う。
「心配するな。おとなしくしておくさ」
心を読んだのだろう。オルズは自信満々で返事をする。
「わかった。んじゃハセさん、この街のことお願いします。あとレオ、じーちゃんに伝えておいてくれ。俺が会いたがっていると」
ハセさんとレオ・ミラーが頷いたところで、オルズに話しかける。
「この国の王都ランダルはわかる?」
「知らん」
ほほー。この飲んだくれ、どうやって俺についてくるつもりだったんだ?
「んじゃ、一緒に転移するぞ」
「ああ、頼む」
オルズらしくない神妙な声に違和感を覚える。
「んじゃハセさん、レオ、あとは頼んでもいい?」
二人から笑顔で了承の返事をもらった。互いにうなずき合ったあと、俺はオルズを連れて集団転移魔法を使った。




