271 ヒューマノイド
ドラゴニュートの里へ転移し、神官長のモーガン・ヴェダと面会した。彼からはレオ・ミラーが本物であるとお墨付きをもらった。ただ、神殿で飲んだくれていた竜神オルズが、興味本位で俺についてきた。
今はシュヴァルツに戻り、じーちゃんの部屋で三人が向かい合っている。
俺、竜神オルズ、そしてレオ・ミラーだ。
「面倒くさいから帰れ」
「面白そうだから断る」
オルズはこの調子でカウチに座っている。見た目は金髪に無精髭を蓄えた魅力的な中年男性だ。黙っていればその青い瞳の輝きで、わんさか女性が集まってきそうだ。
力ずくで追い返すのも面倒だ。仕方なく、ドラゴニュートのレオ・ミラーとの話を再開することにした。
「あんたが敵じゃないと分かった。おまけにさ、モーガン・ヴェダ神官長も、レオ・ミラー、あんたのスパイ活動を知っていた」
「ああ、そうだ。里のニンゲンは全員知っている。知らなかったのは、そこに御座す竜神様だけだ」
レオの言葉で、俺はオルズへ顔を向ける。
「興味があるって言っただろ」
なるほど。今回の件は、オルズの知らない話だったのか。それで首を突っ込んできたのだろう。
俺はレオに顔を移して口を開く。
「俺のじーちゃんと魔女マリア・フリーマン、このふたりの目的と行動について教えてくれ」
その言葉で俺の目を見つめ返す金色の瞳。そこには諦めの感情が見てとれた。
するとレオ・ミラーがおもむろにペンを取った。何をするのかと見ていると、メモ用紙に「テーブルの裏に盗聴器がある。ここまでの情報をエミリア・スターダストへ流したから、何かアクションを起こすはずだ」と書いた。
はあ。
ため息が出そうになってしまった。
今までの話を聞かれていたのなら、何するか分かんねえぞ、あのクソバンパイアは。オルズへ目をやると、彼も渋い表情。
盗聴器は、とりあえず念動力で潰しておく。他にもないか、念動力で部屋全体を調べると、やはりあった。それらを全て潰してゆく。俺は素知らぬ顔でレオ・ミラーへ顔を向けると、彼は相も変わらずチンピラのような口調で話し始めた。
「まずは魔王ヒョータ・イタガキからだ――――」
じーちゃんは今、地球へ戻っているそうだ。目的は魔術結社実在する死神の手伝いの振りをした情報収集。
探っている情報は、神界に関するもので、こっちとあっちで情報の擦り合わせが必要だという。
「そんなことして何がしたいの?」
「神界へ行く方法を探してんだよ。それくらい分かんだろボケ」
最後の一言はスルーしておこう。こいつの口調は荒っぽいから、いちいち腹を立ててたらダルいし。
「神界なら、俺が――――」
連れて行けるよ、と言う前に、オルズの大声に遮られた。
「おい、ソータ」
その青い瞳は「それ以上は言うな」と語りかけている。そういえばオルズも神の一柱。ただ遊惰に飲んだくれる人畜無害なイケオジではないのだ。
『そりゃ言い過ぎだ』
突如オルズから念話が届く。
『……忘れてたよ。神々が俺たちの心を読むって』
『ふはは。そりゃいいけど、神界へ行けるのかお前』
『試したことはないけど、この前の裁判で座標が分かった。ゲートを開けばいけると思うよ?』
『……マジか。それ、誰にも言うなよ。それとヒョータを神界に連れてくるのも止めてくれ。彼が来たら、今の戦争がこじれる』
『あー、やっぱ神界で戦争やってるのね』
『そうだ。これも他のニンゲンに漏らすなよ。お前はもう神の一柱だ。責任を以て行動しろ』
『責任ねえ……。右も左も分からないのに、どうしろってんだよ。神界の法律や規律が分かればいいんだけどさ』
『お前にはお前の正義があるだろ。それに従え』
『法律ないんかい! あと、正義って言葉はあまり好きじゃない』
『まあ、正確には法律ではなく、戒律がある。お前は問題ないから、好きにしろって事だ。ただし、神でないものが神界へ来ることは裁判以外では許されていない。ソータなら来てもいいが、祖父だろうと友人だろうと、絶対に連れてくるなよ?』
お、振りか? これは振りだな?
『振りじゃねえ。試すようなまねすんな』
試しに心の中で煽ってみたら、すかさずツッコまれた。
『ああ、分かったよ』
現世に君臨する神々が戦争やってるなんて知られたくない。そういう事かな。どうでもいいけど、オルズがマジ顔でダメって言うくらいだ。黙って従っておいた方が良さそうだ。
「途中で話すのを止めて、竜神様と見つめ合うな」
レオ・ミラーからもツッコミが入った。
「すまん。じーちゃんは神界へ行って何をするつもりなの」
「冥界の神、ディース・パテル、死者の都の神、アダム・ハーディング、この二柱を討つ。そう聞いている」
「なぜ神を討つ。その理由は?」
アダム・ハーディングは、真祖リリス・アップルビーからも狙われている。なんつーか、神々って嫌われ者が多いな。
「ヒョータはよく、女神アスクレピウスと戦ったのは失敗だったと言っているが、詳細は知らん。俺はあくまで、ヒョータの信念に共感して協力しているだけの部下だ」
「信念?」
「お前さあ、ヒョータの孫だろ? あの人が何も伝えてないなんて、あり得ない。テメエの人生の中で、ヒントが残されていると思うんだが? 俺の口から聞きてえのか? お?」
「……」
ムカつく言い方だけど、納得できる側面がある。俺はそもそも、じーちゃんが殺されたと思って、復讐のためにこの世界へ来た。しかしそれは、俺たち研究室のメンバーを呼び寄せるための、周到に計画されたものだった。
じーちゃんは完成品ではなく、わざわざ試作型量子脳を使用し、俺たちを異世界へ誘った。本来なら国防大臣の指示に従って、日本と異世界を繋ぐ大規模ゲートの発見、及び移住候補地の選定をやっているはずだったが……。
弥山明日香が俺に見せた指示書は本物。だけど、じーちゃんはそれに従っていない。
あー、俺はなんてバカなんだ。
巨大ゲートの発見に実在する死神が付き添っているのなら、大臣の指示通りに動けないと考えるよな。
しかし、この世界の北極圏にあった巨大ゲートは、ニューロンドンというドーム型の大都市になっていた。
じーちゃんは、はなから日本と異世界を繋ぐゲート探しなんてやってない。最初から実在する死神に協力していたんだ。
ではなぜ協力するんだ。
簡単だ。魔女マリア・フリーマンも、神界へ行きたがっている。神への復讐のために。
じーちゃんのことだ。それに便乗して神界へ行こうとしているのだろう。ディース・パテルとアダム・ハーディングを討つために。
そうなるとじーちゃんは、冥界の神と死者の都の神を倒そうとする理由があるはず。
「オルズ」
「……な、なんだ」
名を呼んだだけでたじろぐオルズ。
「ソータ貴様! 様を付けろ、様を!」
レオ・ミラーはドラゴニュートなので、竜神様に対しての喋り方に文句を付けてきた。
面倒なので念話に切り替える。
『オルズ。俺の思考、読んでたよな。じーちゃんが千年前、魔王ヒョータ・イタガキと呼ばれていたことは知っている。そのとき女神アスクレピウスと戦ったことも。んで今回はディース・パテルとアダム・ハーディングに挑むみたいだ。理由を教えてくれ』
『……俺たちはそのふたつの陣営と戦争してるだけだ。だからヒョータの行動理由を聞かれても、はっきり分からん』
『へぇ、じーちゃんのこと知ってたんだ』
『おまっ! 引っかけたな!』
『千年前の禁書を読んだ。竜神オルズは女神アスクレピウスと共に、俺のじーちゃんと戦っていたってさ。脇役だったけどね。推測でいいから、じーちゃんが何したいのか理由を教えてくれ』
そう伝えると、オルズは恥ずかしそうに、それでいてキリッとした、そんな微妙な顔で見つめ返してきた。
『魔王ヒョータ・イタガキの再降臨には、必ずや深い理由があるはずだ。それは簡単に推察できるさ。お前のじーちゃんは、地球にいる全てのニンゲンを救いたいんだよ』
それを聞いて少しホッとした。禁書にはなぜ女神アスクレピウスと戦ったのか、信念とかいうフワッとした理由しか書かれていなかったし。
『女神アスクレピウスと、竜神オルズ。二柱の神が、この件を俺に話さなかったのは何でだ?』
『まさか、あの魔王に孫がいるとは知らなかっただけだ……。それに、前あったときこんな話しして、お前が信じたと思うか?』
『……信じないだろうね』
弥山明日香や、じーちゃんから直接聞いた話では、この結論に辿り着けない。そのあと色々経験して初めて、じーちゃんのやりたいことが見えてきた。それは朧げながらも、ニンゲンを救おうとしていると理解出来る。
『追うのは止めておけ。魔王ヒョータ・イタガキの深謀遠慮は、俺たち神々ですら読み切れないほどだ。ただしこれだけは言える。彼は俺たちと違い、ニンゲンを救おうとしている』
『俺までオルズの仲間みたいに言うな』
『では聞くが、お前はニンゲンを救おうとしているか?』
『……してないね。ある程度の地ならしをして、あとは丸投げだ。何でもかんでも自分でやっちゃ、身が持たないだろ? それより俺には優先事項がある。魔女マリア・フリーマンと、召喚師悪魔を支配するものエリス・バークワースを倒すという目標が』
『それでいい。お前は魔王ヒョータ・イタガキに関わるな』
おん? なんかうまく誘導された気がする。だけど、それでいいのかも。じーちゃんがニンゲンを救おうとしているのなら、わざわざ探し出す必要はない。魔王と呼ばれているくらいだ。そんじょそこらの困難は跳ね返してくれるだろう。
『ああ、分かったよ。じーちゃんの計画に口を挟むのは控えておくさ』
『すまんな、これまで黙ってて』
『いいさ。あの当時、いまの話を聞いても混乱してただけだろうし、気遣いに感謝したいくらいだよ』
オルズは俺の念話を受け取って苦笑い。
話は終わりだ。さっさと帰れ。
『断る』
うむー。思考はずっと読み続けられている。やりにくいから帰って欲しいんだけどな。
『いいだろ、たまには』
『たまにでも、心を読まれるのは嫌なんだよ。神様ハラスメントで訴えるぞ』
『しょうがないだろ。俺たちは元からそうやってコミュニケーションとってるんだから』
『嘘が通じないってことか』
『だな。しかし、ディース・パテルとアダム・ハーディングは別。奴らの配下も同じで、心が読めない。そのせいで戦争になったんだがな』
『ほーん。読心術をブロックする方法もあるんだな』
『……失言だ。黙ってろよ?』
『ああ、分かってる。あと、さっさと帰れ』
『断る』
話にならん。まあ、邪魔にならないならいいけどさ。
「ソータ・イタガキ、お前いい加減、気持ちわりいぞ? いつまで竜神様を見つめてんだ?」
ああ、レオ・ミラーが居たんだった。こいつは念話できないのかな? いや、確かめるのは止めておこう。オルズと割と大事な話してたし、それを聞かれちゃ困る。
「というわけで、レオ・ミラー、あんたエミリア・スターダストがどこに居るか知ってるか?」
「……居場所なら知ってるぜ? いまは港の倉庫で、デモネクトスの検品やってるはずだ。というか、何するつもりだ?」
「とっ捕まえて滅ぼす」
「はあ?」
「依頼を受けてるんだよ、冒険者として」
「誰に?」
「依頼主を言うわけ無いだろ」
エミリア・スターダストは、女帝フラウィア・ドミティラ・ネロの治める、ルーベス帝国の件からずっと追っている。マラフ共和国、北極圏のニューロンドン、スタイン王国と。
魔女マリア・フリーマンにちょっかいを出すと、じーちゃんに迷惑がかかりそうなので、当面は放置しよう。
悪魔を支配するものエリス・バークワースは、冥界にいると聞いただけで、探しようが無い。
「エミリア・スターダストを滅ぼすのは、待ってくれないか?」
「……理由は?」
「デモネクトスは、デーモンが憑いてもバンパイア化しても、ニンゲンの意識を保てるし、その能力を引き継げる、いいとこ取りの薬だ。スターダスト商会は、それを一手に担ってるからな。代表のエミリアが倒れたら困る。それくらい分からねえのかボケが」
うーむ。最後の一言は流しておこう。
しかし面倒だな。悪逆非道の行いをするエミリア・スターダストが、ニンゲンを救うためのデモネクトスを扱っているとはね。まあ、魔女マリア・フリーマンの指示だろうけど。
「エミリアの行動には、何か裏があると考えてるんだけど、その辺どうなの?」
「そりゃ当然調べたさ。舐めんなよボケが。やつはスウェーデンの製薬会社を買い取って、デモネクトスを生産している。ヴェネノルンを遺伝子組み換えし、その血液からデモネクトスを生産する国際特許まで取ってんぞ」
「認可されているってことか。てか、レオ・ミラー、あんた地球にも行ってんの?」
「ああもちろん。魔王ヒョータ・イタガキ様から下賜された量子脳と液状生体分子を移植してるからな。自分でゲート開けるぜ?」
「そうかよ」
俺たちの研究成果なんだけど、黙っておこう。
「で、エミリア・スターダストに関しては、納得したかボケ」
「理解したけど納得はしてない」
「……へえ。じゃあ、どうするつもりだ」
「代役を立てたあと、滅ぼす……つもりだ」
「どういうことだ?」
「まあ、その人物に聞いてみないと分からん。その答え次第で、エミリアには退場してもらって、ヒューマノイドに後を継がせる」
「ヒューマノイドに、エミリアの代役が務まるわけないだろボケが」
「まあ、そう言うな。ちょっと待ってね」
そう言うと、疑いの眼差しを向けるレオ・ミラー。金色の瞳で俺を射殺すかのように。それをシカトして念話を飛ばす。
『ハセさーん』
『なんじゃろか』
このレスポンスの早さは相変わらず。
『ちょっとお願いがあるんですけど、ハセさんって、いろんなヒューマノイドやホムンクルスを制御してますよね。一体借りることは可能ですか?』
『使い道にもよるかな。ソータくん、いまスタイン王国のシュヴァルツにいる?』
うお。いきなり場所特定された。
『ええ、シュヴァルツにいます』
『スターダスト商会の代表エミリア・スターダストを排除するんだね。その代役のヒューマノイドが必要になった。これであってるかい?』
久し振りに背筋が寒くなる思いをした。今のは察するどころの話じゃないぞ。元々この状況を把握していたとしか考えられない推論能力。ハセさんの能力はどこまで伸びるのだろうか。
『ええ、あってます! エミリア・スターダストを排除したあと、スターダスト商会を任せられるヒューマノイドが必要なんです』
『わかった。至急送るよ』
『送る?』
念話でオウム返しに聞き返すと、背後に突然なに者かの気配を感じた。
「こんばんは、エミリア・スターダストです。指示を与えて下さい」
振り返るとそこには、エミリア・スターダストと寸分変わらないヒューマノイドが立っていた。送るって、物体を転移させるって意味だと分かって、もう一度背筋が寒くなる。
ハセさんが魔法まで操れるようになったのなら、世界征服さえ容易いだろうね。この事態を予見し、ヒューマノイドまで準備していたということだし。その先見の明に恐れ入ります。
そんな思いが頭をよぎる中、オルズとレオ・ミラーの様子を窺うと、目を見開いてあんぐりと口を開け、呆けた表情のまま固まっていた。
ふははは。ハセさんの能力に驚嘆せざるを得ないだろ!
窓の外からは月明かりが差し込んでいた。
さて、エミリアを殺しに行こう。




