268 マールア解放
たった今会った貴族三人の話を、俺はすぐには信じない。そんなお人好しではない。
ミッシーたちから話を聞いたあと、念話を飛ばしてバンダースナッチに戻っていたテイマーズやメリルにも確認した。メリルは落ち込んでいたが、体に異常はなさそうで一安心した。
瓦礫と化したマールアの街で、俺は立ち尽くす。真偽はどうあれ、事態を把握するために、貴族三人の話を整理しよう。
この街の領主だったフリードリヒ・フォン・ローゼンバッハ辺境伯は、目の前で拘束しているハインリヒによって殺害された。
地下の広場で肉塊になっていたものは、やはりフリードリヒ卿だった。
ハインリヒは、カール・フォン・ヴァイセンブルク辺境伯の息子である。
この二人は、デモネクトスを飲んだデーモンだった。
マールアの街では、他にデモネクトスを飲んだデーモンがいなかったため、俺たちのパーティーが容易に勝利を収めた。あと数体でもデモネクトスを飲んだデーモンがいれば、メリル以外にも犠牲者が出ていたかもしれない。
彼女がダンピールになって、本当に良かったと思う。ドワーフではなくなったことを嘆く彼女には申し訳ないが、そのおかげで死なずにすんだ。
新たな問題、デモネクトス。これがどんなものなのか調べなければならない。放置すればこの世界全体によくない影響が出る。デーモンやバンパイアが神の目に触れることなく跋扈する。そんな未来は何としても食い止めなければならない。
そのデモネクトスを飲んだデーモンのふたりは、意識も振る舞いもニンゲンのままだ。だから親子の情愛があってもおかしくはない。
デモネクトスはカール卿の物言いから、存在が確定している。出処はどこだ。
考えに没頭していると、カール卿の諦念に満ちた声が響く。
「ジェイソン・マッカーシー」
「誰それ?」
「ソータ・イタガキ、貴様の言う魔術結社実在する死神の一員で、スターダスト商会の幹部だ」
「ほぉん……。つまり、ジェイソン・マッカーシーという人物が、デモネクトスを地球から運び込んでいると」
「その通り」
息子のハインリヒが喋った情報を否定したくせに、急に態度を変えてきやがった。
カール卿と息子のハインリヒ、双方共に念動力で拘束中だ。魔法もスキルも封じているので、いつでも握りつぶせる。それで観念したのだろうか。カール卿は憑き物が落ちたような、すっきりとした表情になっている。デーモン憑きには変わりないけど。
「そのジェイソンが、レオンハルト・フォン・スタイン国王と懇意にしている。それで間違いないか」
「そうだ」
「エミリア・スターダストは?」
「ほとんど見たことがない」
「では、ヨーロッパから運び込まれている物資とは何だ?」
「メタルハウンドと四本脚、デモネクトス、様々な機器、そして大勢の移民だ」
「移民……? それはデーモン憑きなのか?」
「地球に住む一般的なヒト族だ。彼らにデモネクトスを飲ませたあと、この世界のデーモンを憑かせている」
「移民全てにか?」
「……そうだ。初めはデーモンの能力だけを感じられるが、いずれデーモンに変化する」
この状況に頭を悩ませる……。ミッシーたちの方を見ると、悲痛な面持ちで話を聞いている。彼女たちは地球の現状を知り、地球人がこの世界へ逃げ込んでいることも知っている。
新天地だと思って異世界へ来て、デーモンに憑かれるとはなんという皮肉だ。デモネクトスを飲んで、ハインリヒやカール卿のような強力なデーモンへ変化するのだ。
……いやまてよ。
「カール卿、あんたもヒト族だよな。デーモンが憑いてるのに、何で意識を保っていられるんだ?」
「デモネクトスの効果だ。ヴェネノルンの血をチキュウのイデンシギジュツで、作り変えてると聞いている」
「へぇ……。遺伝子組み換えか」
地球の遺伝子組み換え技術は、温暖化が進むにつれ、規制が緩和された。世界中で気温が摂氏六十度を超す地域が増え、農作物の栽培が不可能となる地域も増加したためだ。それゆえ遺伝子組み換え技術を利用して、高温でも健全に育つ農作物が開発された。
遺伝子組み換えの反対運動も起こったが、飢えに勝る道理はない。そうした運動は迅速に消滅した。
それは飢えを凌ぐため、という大義名分を与える結果となった。遺伝子組み換え技術は、家畜にも応用されていったのだ。
今や元の遺伝子を持つ家畜は、希少種と言われる始末である。
現在の地球なら、聖獣ヴェネノルンの遺伝子を組み換え、新たな種を作り出すことなど朝飯前だ。
そんな事をするのは、やはり実在する死神の仕業だろう。仮に製造していなくても、地球からデモネクトス運び込み、スターダスト商会が取り扱っていればアウトだ。
カール卿の言う、ジェイソン・マッカーシーなる人物を押さえなければならない。
色々考えていると、ミッシーが何か言いたそうな顔で俺を見ていた。
「ソータ、シュタインブルク子爵から話があるそうだ」
「ソータ・イタガキ。今回は感謝する。ヴァルターと呼んでくれ」
そういえば、挨拶もしてなかったな。ヴァルター卿は白人の男性で、五十代。白髪交じりだが金髪のせいでほとんど目立たない。疲れ果てた表情だが、目の奥には強い意志が見て取れる。
「ソータ・イタガキです。いまは冒険者として依頼を遂行中なんで、失礼があった点、お詫び申し上げます」
握手をしながら、ヴァルター卿は話を続ける。
「そこで相談なのだが……。そこのふたりは討たないでほしい」
彼は握手をしたまま、カール卿とハインリヒへ目をやる。
「はい?」
このふたりはデーモンだぞ……。なにより、ここの領主を殺害し、街を壊滅させた主犯だ。
「言いたいことは分かる。しかし、彼らを見たところ、ニンゲンと変わりがないだろう? 今話していたデモネクトス、これは私が王都にいるときから効果を知っている」
「つまり、デーモンに取り憑かれていても、ニンゲンとしての意識が残っているから平気だ、そう言いたいんですか?」
「その通り。彼らがいなくなれば、マールアの街の再建もできなくなってしまうだろう」
めちゃくちゃなこと言ってるなあ……。デーモン憑きだぞ? 中身はデーモンだぞ? 意識がニンゲンでも、デーモンの力を持ってるんだぞ? それも、そこら辺にいるデーモンと一線を画す強さだぞ? こんなのが十人暴れたら、街の一つや二つ簡単に壊滅させることができる。
「それがどういう意味か、分かって言っているんですか?」
「ああ、もちろん。チキュウからの移民も、とてつもない強さを見せていたが、意識はニンゲンのままだった。憑いたデーモンを完全に従えていたよ」
楽観視しすぎでは、と思う。けれどヴァルター卿の目には、自信が満ちている。
「フリードリヒ・フォン・ローゼンバッハ辺境伯の死亡に関しては、どうお考えで?」
そこのハインリヒが殺害したんだぞと、視線を飛ばす。
「死んでしまったものは仕方がありません。子爵とはいえ、私はスタイン王国の貴族です。国王陛下の命には背けません」
何を言ってるんだこいつは。国王のレオンハルト・フォン・スタインもデーモンだろうが。
「ああ、そうか。ヴァルター卿も国王がデーモンだと知っているんですね」
「いかにも。陛下はデーモンを完全に従えています。チキュウからの移民も、みな喜んでデーモンの力を受け入れております」
「分かりました。では彼らを解放いたします」
なーんか怪しいんだけど、相手はこの国の子爵。俺は一冒険者。やんわりと言っているけど、彼の発言には気を付けねばならない。変に背こうものなら、あらぬ罪を着せられかねない。
『これでいいよな?』
『ギリギリ及第点だ』
ミッシーへ念話を飛ばすと、即座に返事が返ってきた。彼女はエルフの族長をやっていたし、母親のエレノアは艦隊司令をやっていたほどだ。こういった貴族の腹芸にも通じているのだ。
マイアとニーナも、了承の意を伝えてきた。彼女たちも修道騎士団クインテットの一員。貴族関連にも詳しい。
ゆっくりと念動力を緩め、カール卿とハインリヒを解放する。暴れ出さないか確認したのち、スキル〝魔封殺〟と〝能封殺〟も解除した。
ミッシー、マイア、ニーナ、三名はそれとなく後ろへ下がって、身構えている。いつ何があっても、対処できるように。
しかし、ヴァルター卿、カール卿、ハインリヒの三名は、特に何をするでも無く、感謝の意を伝えてきた。
これからどうするのかと聞いてみると、少しずつマールアの街を復興するという。王都ランダルから毎日兵が送られてくるので、人手は足りているそうだ。
街を破壊したのはカール卿だけどなー。
貴族って理不尽だよな。
罪の意識とか感じないのかな。
……そうじゃないかも。デーモンを従えていると言っても、その性質が引き継がれるのかもしれない。現にカール卿を蹴ったとき、鉄の塊のような感触があった。肉体があれだけ強化されるのなら、精神にも影響が及んでいてもおかしくはない。
「マールアの街の復興はどうされるつもりで?」
俺の問いにカール卿が答えた。
「戦争どころじゃなくなったからな。まずは臨時で寝泊まりできるキャンプ地の選定、および食料と生活必需品の確保だ」
「サンルカル王国へは攻め込まないと?」
「王命であっても、出来ないことはある。この領都を再建する方が先だ」
おいおい。真逆のことを言い始めたぞ。獰猛なデーモンの意識から、真面目なニンゲンに一変した。……うーん。今の段階ではこれが本物なのかハッキリと判断出来ないな。
「では、これで失礼します。色々とお世話になりました」
違和感を抱えながらも、俺たちはヴァルター卿たち三人と別れた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
バンダースナッチへ戻り、パーティー面子全員の無事を確認。一時はどうなるかと焦ったが、メリルはいつもと変わらない様子で安堵した。
いまは、今後の方針を話し合うため、ブリーフィングルームに集まっている。注目を浴びているので、簡潔に説明しよう。
「当初の目的だった、エミリア・スターダストは見つからず、俺のじーちゃんは探す暇もなかった。けど、ルイーズを捕らえる事が出来たな」
ルイーズは時間を止めたまま倉庫に押し込んでいる。
「デモネクトスを取り扱っているスターダスト商会。そこのジェイソン・マッカーシーってやつを捕まえれば、エミリア・スターダストの居場所も分かるだろ。とりあえず、全員無事で良かった。今はそれでよしとしようか」
茶を飲みながらのほほんと言い放つファーギ。それを見たアイミーが噛み付いた。
「あ? こらクソジジイ、お前が謹慎してなかったら、もっと楽に戦えたんだぞ! メリルがやられるって、相当ヤバい相手だって分かってんだろうな! ダンピールじゃなかったら、死んでたんだぞ!」
「やめろって、アイミー」
席を立ってファーギへ向かっていくアイミーを、ジェスが羽交い締めにして制した。アイミーは諦めずに足をばたつかせている。まあ、気持ちは分かる。けど、謹慎を言い渡したのは俺だ。
「アイミー。ファーギをバンダースナッチに留めたのは俺だ。メリルがやられた責任は俺にある。心置きなく殴ってく――――」
――――ゴッ
言い終わる前に、アイミー、ハスミン、ジェス、三人のパンチが、俺の顔面を捉えた。気が早すぎるだろ。あと、本気で殴ってきやがった。久し振りの激痛に襲われながら、俺は頭を下げる。もちろんパーティーの面子全員に向けて。
「今回は済まなかった。変に分散させず、一カ所に集中して事に当たれば良かったと反省してる」
「けっ! 分かりゃいいんだよ」
「次はねえからな」
「さすがに今回は、僕も頭にきました」
テイマーズの三人はそう言って椅子に座る。良くも悪くも、彼らの竹を割ったような性格は分かりやすくて好ましい。
「殴るのはやり過ぎだと思うが、けじめだ。黙って受け入れたのは、さすがだな」
微妙な空気となったブリーフィングルームは、ミッシーの言葉で再び活気づいた。
するとマイアとニーナが、テッドに連絡を取りたいと言い出した。断る理由もないので、操縦室へ送り出す。まだ戦争が終わったわけではないので、マールアの状況を伝えるそうだ。
「ソータはどうするつもりだ」
「へ? ……ああ、じいちゃんね。さっきまで王都ランダルの冒険者ギルドにいたんだけど、朝飯食ってるときに連絡来たからね。何も分かってないよ」
まだ昼だ。今日はなんとも濃密な時間を過ごしているな。
「王都ランダルへ向かうか?」
ミッシーの問いに俺は頷く。じーちゃんの件もそうだけど、ジェイソン・マッカーシーなる人物を捕らえなければ。こいつがスターダスト商会の幹部なら、デモネクトスの仕入れ先や製造元を知っている。ひいてはエミリア・スターダストの居場所も判明するだろう。
「国王のレオンハルト・フォン・スタインに会う。公式には無理だろうから、こっそり行ってくる」
スターダスト商会と懇意にしているのなら、国王に聞くのが早道だ。デーモン化してニンゲンの意識を保っているのなら、という前提ありきだが。
すると心配げな顔でミッシーが話しかけてきた。
「ひとりで行くつもりか?」
「ああ、ひとりで行く。ミッシーたちはサンルカル王国へ戻って、物資の補給を頼みたい。おそらく地球へ行くことになるから、食糧とか山盛り買い込んでおいて欲しい」
「……そうか。そうか?」
「なんで二回言うし」
「いや、何でもない」
「また連絡するから」
「あ、おい、もう行くのか」
「そそ。急いだ方がいいと思う」
「……分かった。気を付けていってこい」
その言葉を聞いて、俺は転移した。
13章これにて閉幕。次話より14章デーモンの国王です。
ここまでお付き合いいただいてありがとうござます。




