266 ハインリヒ死す
俺は地上にいる仲間との念話を切り、改めてモニターを見つめる。
城壁から溢れ出てくるデーモンを、テイマーズが呼び出したカラフルなスライムたちがボコボコにして滅ぼす光景が目に入る。
大きな湖の近くにある屋敷では、ミッシーたち三人がデーモンと交戦中だ。こっちは苦戦しているようだが、大丈夫だろう。
それよりメリルはどこだ。モニターを操作して探しても、彼女の姿が見当たらない。
イビルアイまで制限されてしまったことで、焦る気持ちが募るばかりだ。
「ソータ、しっかりしろ」
ファーギの声が耳もとで聞こえてくる。
「メリルがどこにいるか探してんだよ」
「落ち着け。メリルはフリードリヒ卿の護衛で、地下道にいる。さっき言っただろ」
「地下道……」
「そうだ。この街には網の目のように地下道が張り巡らされている。そのどこかにいるはずだが……」
ファーギの声は、自信が無さそうに先細っていった。地下にいて念話が途絶えたら、どこに居るのか分からない。地上はデーモンの冥導魔法と、スライムの魔法が入り乱れて、余計に誰が何処にいるのか判別できない。視覚情報に頼るしかないのだ。
「ちょっと行ってくる」
「闇雲に探しても見つからない。メリルを信じて待つんだ」
転移しようとした俺の肩を掴むファーギ。確かにそうだ。ではどうすればメリルを探し出せるだろうか。
「……地下道には、ミッシーたちとテイマーズも入ったんだよな」
「ああ、そう聞いている」
「なら、ちょっと道筋を聞いてくる」
「あ、おいっ!」
制止するファーギを振り切り、俺は転移魔法を発動させた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
何だあれ……?
モニターではハッキリ分からなかったが、ニンゲンの形になったスライムの固まりが三体、目にも留まらぬ速さでデーモンを滅ぼしている。
対する灰色のデーモンは、冥導を感じない。ヴェネノルンの血を飲んでいるのだろう。以前見たデーモンと比べて、はるかに強そうだ。
そんなデーモンを軽々滅ぼしていく、三体のヒト型スライムから、テイマーズの気配を感じる。もしかして、身体にスライムをくっつけているのかな……。
『アイミー、ハスミン、ジェス』
『こっちは間に合ってる。おっさんはメリルを捜しに行って!』
念話を飛ばすと、即座にアイミーの返事が返ってきた。間に合っていると言いながらも、かなり集中して余裕がなさそうだ。
ただ、その殲滅速度が尋常ではない。この辺りのデーモンがいなくなるまで、さほど時間はかからないだろう。カラフルなスライムたちも善戦しているし。
『メリルの居場所は分かるか? 地下にいることまでは把握してるんだが』
『地図がある』
ハスミンの念話だ。彼女はひと言だけ残して、地図を落とした。
『助かる』
その地図を拾いに行って、影魔法で百体の影を作り出す。その影にテイマーズの護衛及びデーモンの殲滅を命じ、俺は転移した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
転移先は、地図に書いてあったフリードリヒ卿率いる反乱軍の集結地点。そこは様々な物資が集められた巨大な倉庫だった。小さな広場があって、そこにたくさんの遺体が折り重なっている。不安になる気持ちを抑えながら、彼らに近づいた。
「……メリル」
首を斬り落とされたメリルの遺体が横たわっていた。ダンピールだからなのか、灰にならず肉体が残っている。
近くに肉塊があり、血まみれの服が落ちていた。真っ赤に染まった服は、貴族が着るもの。おそらくこの肉塊は、メリルが護衛していたフリードリヒ卿だろう。
数百名もいる兵士たちは、一撃で斬り殺されていた。
相当な使い手だ。でなければ、メリルがこうも簡単にやられるはずがない。
俺はメリルの頭と身体を丁寧に抱え上げた。……軽いな。こんなに小さな身体でいつも戦っていたのか。
ミゼルファート帝国へ戻って、皇帝エグバート・バン・スミスに謝罪しなければならない。
そしてメリルをちゃんと埋葬してもらおう。
「ほかはみんな荼毘に付するか……」
ファイアボールなどを使うと爆発するので、火属性を意識して炎を発生させる。火力を強めて、遺体を一気に燃やし尽くした。
「そういえば……」
炎を見てふと思い出す。ルーベス帝国のインスラ地区で、バンパイアが何度も蘇っていたことを。
遺体が全て灰に変わったことを確認し、俺はバンダースナッチへ転移した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
バンダースナッチのブリーフィングルームには、時間が止まったルイーズが転がっている。俺は時間停止魔法陣を解除し、念動力でぶん殴った。
「……」
床に転がったまま目が覚めて、何が起きたのか分かっていないようだ。俺は椅子に腰掛けたまま話しかけた。
「よお」
ルイーズはその声に反応し、ゆっくりこちらを向く。
「お、おほほほ。ソータさん、お久しぶりですわね」
「もうネタは割れてんだ、ユハ・トルバネン」
この期に及んで、ルイーズ・アン・ヴィスコンティ伯爵夫人の振りをするとは。
「くっ……」
ルイーズは、悔しそうな顔で俺を睨め付けるしかない。魔法もスキルも魔法陣で封じられ、ロープでグルグル巻きになっているのだから。
「……でさ、ちょっと聞きたいんだけど」
「解放するなら、何でも教えて差し上げますわ」
お、食い気味にきた。この状況がよほど嫌らしい。
「実はさ、魔女のマリア・フリーマンを討ち取ったんだけど、あんたの上司だよな。実在する死神の過激派はどうなる? あんたがナンバーツーなのか?」
「あ、あり得ないですわっ! マリア様が討たれるなんて!」
慌てふためくルイーズ。俺は彼女から目を離さず、黙ってじっと見つめる。
「……ま、まさか本当に?」
「本当も何も、あんたは俺の力をよく知っているはずだ」
俺自身が俺の力をよく分かってないけどね。だけど、ルイーズは俺の言葉を真に受け、慌てて喋り始めた。
「マリア様はどこに?」
「さあ? 魔法で焼き尽くして灰になった。風に乗って飛んでったから、強いて言えば、この世界全体にいるって事になるかな」
これは賭けだ。マリアが地球にいれば、俺の嘘がばれてしまう。
「……ふっ」
「何だその得意げな顔は」
「いえいえ。聡明なソータ・イタガキがミスを犯すとは思ってもみなかったので」
「いや、ミスは犯してない。確かにこの手で、マリアを灰にした」
「それだけじゃダメなんです。ソータさん、あなたバンパイアと戦っていたのでは?」
「ああ」
「バカですねぇ……。マリア様は魔女ですが、ヴェネノルンの血を飲んでます。つまり、バンパイアになったマリア様は、魂の叫びで簡単に甦るのですよ? あなたはマリア様を討ったと勘違いし、取り逃がしたのです。……ぶっ!! ぎゃははははははははははははははははははっ!」
こっちがユハ・トルバネンの素かな? 下卑た笑い声はブリーフィングルームに響き渡る。ロープでグルグル巻きにされているので、彼女は本当の意味で笑い転げていた。
とりあえず賭けには勝った。
『いまの聞いたよな。魂の叫びって、知ってる魔法か?』
『聞いたことはあります。再現しますので少々お待ちください。……闇脈魔法、魂の叫びの最適化が完了しました。これ以降、ソータも使用できます』
『さんきゅ』
『どういたしまして』
ルイーズは、笑いすぎて過呼吸を起こしている。うるさいので、時間停止魔法陣を使った。
笑い声が消えて一段落すると、ファーギが入ってきた。
「上手くいったか?」
「魂の叫びって魔法でいけるみたいだ」
「名前聞いただけで使えるような魔法じゃないだろう? ……あ、やっぱいいや。ワシは操縦室に戻るぞ」
ファーギは俺にツッコんで、ハッとして、納得顔で戻っていった。あんまり根掘り葉掘り聞かれても困るし、ファーギの気遣いに感謝しよう。俺は操縦室には行かず、医務室へ向かった。
ベッドに寝かせているメリルに、冥導魔法、魂の叫びを使う。すると、俺の手のひらから黒い冥導が煙のように現われた。それは拡散せずに黒い固まりのまま、メリルに吸収されてゆく。
効果はすぐに現われた。
すっぱり斬れた首の断面が、まるで磁石のように身体と繋がる。バチンと勢いよく繋がったため、本当に大丈夫なのかと心配になるほどの勢いだった。
しかしてその効果は……。
「んっ……」
ゆっくりと目を開けたメリル。一瞬どこなのか分からない素振りを見せ、彼女はここがバンダースナッチの医務室だと気付いた。
「わ、私は……、どうしてここに」
彼女はそばに立っている俺を見つけ、事情を聞いてきた。だから俺は簡単に地下道の状況を説明し始めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その頃ミッシーたちは、ハインリヒの猛攻で劣勢になっていた。彼の黒い剣は筆舌しがたいほどの怒りにまみれ、周囲に悪意をばら撒く。魔力や冥導とはまた違う、気迫のようなものが炸裂していた。
「なんなのよ一体。妹がーっ、て言われても分かんないし」
ハインリヒの剣を軽やかに受け流すマイア。彼女は以前と比べ、はるかに強くなっている。新たな魔法とスキルをひっさげ、ハインリッヒに勝てると思っていた。
――――ドン
「きゃっ!?」
灰色のデーモン、ハインリヒが視線を動かすと同時に、マイアは横っ飛びで吹き飛ばされてゆく。
続くニーナもまた、シヴの攻撃が届く前に吹き飛ばされていった。
ミッシーは少し離れた位置から、祓魔弓ルーグで攻撃している。しかし白く光る矢は、ハインリヒに届く前に向きを変えていた。
『大丈夫か、マイア、ニーナ』
『へ、平気です』
『わたしも大丈夫』
屋敷の壁まで吹き飛んでいるふたりは、ヒュギエイアの水を飲んで回復している。
『この力、ソータが使っているものと似てないか?』
『似てますね……』
『同じものかも?』
ミッシーの問い掛けに、マイアとニーナが応じる。
「何をボサッとしている」
目の前に迫っていた黒い剣を、ミッシーは仰け反りながら避け、スキル〝同化〟で姿を消した。同時に気配も消えて、ハインリヒは辺りを見回す。
完全にミッシーの姿を見失ったようだ。
するとハインリヒは目を閉じた。
立ったまま動かない。
何かに集中している。そんな雰囲気だ。
――――ヒュッ
ハインリヒは微細な音を聞き分け、祓魔弓ルーグの矢を掴んだ。ハインリヒは、元からデーモンと相性がよかったのだろう。冥導と完全に馴染んでいた。
――――ヒュッ
次の矢は、人差し指と親指で掴んだ。その頃には、ハインリヒの顔が変化し、元のニンゲンの顔に近づいていた。
ミッシーはスキル〝瞬間移動〟を併用し、様々な角度から矢を射る。しかし全てハインリヒに掴まれ、矢が刺さることはなかった。
「ははっ。冥導が湧き上がってくる。これがデーモンの力なんだ。いつまで続けるつもりかな?」
その頃にはハインリヒの顔は、元の顔と変わりなくなっていた。灰色のデーモンは、肌色のヒト族へ変化したのだ。
ハインリヒは、不意に右手をかざす。その先には、起き上がったマイアとニーナが立っていた。
「なまっちょろいんだな、ニンゲンは」
その声と同時にマイアとニーナが吹き飛ばされる。彼女たちは塀を突き破って、外へ飛ばされていった。
『大丈夫か?』
『平気です』
『時間稼げました?』
ミッシーの問いに、マイアとニーナがすかさず返事する。
『十分だ』
そういったミッシーは、スキル〝斥力〟を使用。
ハインリヒは、これまでと同じ攻撃だと思い、矢を掴む。
その瞬間ハインリヒは身体が硬直し、矢を掴んだ腕ごと吹き飛ばされていった。
「――そんなスキルがどうした」
ハインリヒは、矢を掴んだまま器用に回転し、猫のように着地した。
そこにもう一本の矢が飛来。
「何度やっても同じだ」
ハインリヒはまたしても矢を掴んだ。
しかしそれは、スキル〝頭部破壊〟と〝フレシェット〟を使用した矢だった。
ハインリヒの手からすり抜けて、白い矢は向きを変える。彼はその挙動に驚き、反応できなかった。ミッシーの放った矢が、ハインリヒの頭を貫く。
ハインリヒの身体がビクンと硬直したところに、マイアとニーナが斬りかかった。
「力を得て酔いしれるとは」
「デーモンの風上にも置けないですね」
収束魔導剣で縦に斬られ、シヴで横に斬られる。
「ああっ、なんで僕が殺されなくちゃいけないんだ。ソフィアの仇を――」
スコンという間の抜けた音と共に、ハインリヒの額に矢が生えた。
ミッシーのとどめの一発を食らい、ハインリヒは崩れ落ちる。そして黒い粘体へ変わっていった。
ようやく討伐できたとホッとする三人。
辺りを見回し、生き残りのデーモンがいないか確認している。
屋敷に潜入された形跡はない。
大丈夫だ。再びホッとする三人。
『おーい』
『だれかー』
『ヤバいのでてきたー』
するとそこに、テイマーズからの念話が聞こえてきた。と同時に、極太の黒線が湖畔の屋敷を貫いた。




