262 ルイーズ確保
爆音が轟いた。城壁の先には巨大なキノコ雲が見える。もちろんバンダースナッチが放った加圧魔石砲が引き起こしたものだ。
その光景を見たルイーズは、出撃した四本脚はもう全滅しただろうと感じた。そして彼女は、デレノア王国で得た情報を思い出した。ドワーフの三人組がとてつもない数のスライムを召喚し、数の暴力で敵を撃破するということを。
「わたくしがヴェネノルンの血を飲ませた、テイマーズという連中ですわね。どこから操っているのでしょうか……。それよりバンパイアとなった同胞が、何故わたくしを攻撃するのかしら」
彼女はテイマーズがダンピールに変化したことを知らない。
広場は今まさに無数のスライムによって包囲され、攻撃が始まったところである。ルイーズの判断と対応が遅れた結果、地球から運び込んだ四本脚を多く失っていた。
四本脚は、地球からのゲートをくぐってきたばかりで、まだ混乱している。人間の脳を移植されているため、この世界の魔力の濃さに戸惑い、焦りと混乱の感情が溢れ出ていたのだ。
本来であれば、時間をかけて異世界の魔力に慣れさせる必要がある。しかし、テイマーズの三人組は、そのような余裕を与えてくれなかった。
スライムたちの攻撃は単純だが、その数が圧倒的だ。体当たりとウォーターボールの攻撃で、四本脚の脚部が破壊され、本体も潰されていく。
ルイーズは四本脚を守ろうと奮闘するも、あまりの手数で効果は乏しかった。ついには自身も危険な状況に陥り、障壁の中に避難せざるを得なかった。
その障壁には、連続してウォーターボールが叩きつけられる。一発一発の威力はそれほどでもないが、百発、千発と続けられれば、障壁の中にいるルイーズも耐えられまい。
彼女は障壁の中ではまともに立っていることも出来ず、転移魔法を使う余裕もなくなっていた。四本脚を呼び寄せるためのゲートは維持できず、すでに閉じられてしまった。
ルイーズは必死にテイマーズの三人を探すため、広場周辺の建物の窓を熱心に観察する。しかしながら、全方位から飛んでくるウォーターボールを障壁で防ぎつつも、その数の多さから視界が確保できない。
「このままでは、四本脚が……」
そう呟きながらも、彼女は自分の身の安全を最優先に考え、スキル〝霧散遁甲〟を発動させた。白い霧が満たされると、障壁はガラスの割れるような音とともに消え去った。
「ぎゃああああああああっ!?」
白い霧に黒い矢が突き刺さる。それはアイミー、ハスミン、ジェスが放った闇脈魔法だ。白い霧から姿を現したルイーズの背中には、三本の黒い矢が突き刺さっていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
広場から遠く離れた屋根の上に立つテイマーズの三人。朝日を浴びても全然平気なのは、ヴェネノルンの血でダンピール化しているからだ。
「闇脈魔法の黒影血矢。これすごいねっ!」
そう言ったのはアイミーだ。ハスミンとジェスは、リーダーの興奮した声に頷いている。ソータからのアドバイスで、バンパイアが霧になったら、闇脈魔法で対処できると、三人はそう聞いていたのだ。
「とどめ刺しちゃおう」
ハスミンの声で、三人は再度黒影血矢を放つ。蛇行しながら飛んでゆく黒い矢は、再びルイーズの背中に突き刺さった。
「滅ぼしちゃダメだよ? でもさ、……こんなに離れているのに、叫び声が聞こえてくるってどうなの? 痛みに弱いのかな……?」
ジェスが呆れている。「背中に矢が刺さったくらいで、そんな大声を上げるな」とでも言いたげである。テイマーズの三人はスラム育ち。物心ついたときから不遇の日々を送っていたので、物理的に何度も痛い目に遭っているのだ。
ジェスの呟きに、アイミーとハスミンが鼻で笑う。
「ぬくぬくと育ってきたんでしょうね。地球人だったよねあれ」
「ニンゲンの痛みを知らないクソバンパイアめ……」
テイマーズは、遙か遠くで悶えるルイーズに、容赦なく冷たい言葉を投げかける。
「滅ぼしちゃいたいけど、捕獲するんだよね?」
アイミーの言葉にハスミンが応えた。
「うん。滅ぼしたらメリルに叱られちゃう」
「よし、仕上げといきますか」
ジェスの声で、三人は行動を開始した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
背中に六本もの黒影血矢が刺さって、ルイーズは息も絶え絶えになっていた。霧になっても、また射貫かれるのがオチ。彼女は抵抗する間もなく追い込まれていた。
「次の攻撃をどうやって避けましょうか。おや……?」
ルイーズは地面に伏したまま呟く。スライムたちが消えて無くなり、次の矢が飛んでこない。そのうえ背中に刺さった黒い矢も消えた。
それはテイマーズが呑気に喋っている僅かな時間だった。彼女はその隙を逃さなかった。
二度の攻撃で、矢が飛んできた方角はすでに分かっている。彼女は破壊されて動かなくなった四本脚に身を寄せ、射線から隠れた。すかさずスキル〝霧散遁甲〟で霧へ変化し、石畳に薄く広がってゆく。
霧はすぐに見えなくなった。
彼女は素早く移動していき、屋根の上に立つテイマーズの三人をみつける。そして霧のまま、少し離れた屋根に身を潜めた。
「やはりテイマーズでしたね。闇脈が漏れているから、確かにバンパイアになっているはずですわ。何故わたくしを攻撃してくるのかしら……?」
霧の一部分が少し傾く。おそらくルイーズが頭をかしげたのだろう。そして彼女は実体化し、スキル〝魔封殺〟と〝能封殺〟を使った。
「――――っ!?」
ルイーズは目を見開いて驚く。
テイマーズの魔法とスキルを封じたところ、三人のちびっ子ドワーフが複数のスライムに変化して、屋根から転がり落ちていったからだ。
「――――スライムが擬態していた?」
ルイーズが喉の奥からようやく絞り出した声に、別の方角から返事が返ってきた。
「へへっ。うちのスライム優秀でしょ」
道路を挟んで向かい側の屋根に立つアイミーだ。その両脇にはハスミンとジェスもいる。
「おほほっ。わざわざ姿を見せてくれてありがとう。ところであなたたち、エスペリア港でヴェネノルンの血を飲ませたのに、バンパイアらしくないわね」
ルイーズからテイマーズがハッキリと見えている。彼らが本物なら、スキル〝魔封殺〟と〝能封殺〟で、バンパイアの能力はほぼ使えなくなる。彼女はそう考えてスキルを使用した。
「……え」
ふたつのスキルが発動しない。それどころか魔法も使えない。彼女はこれまで一度もなかった感触で、慌てふためく。
「クソバンパイア、どうした? 得意のスキルを使わないのか?」
口の悪いハスミンの言葉は、スキルが使用不能になったルイーズが激怒するに足るものだった。
「お前たち何をした!!」
彼女は眉間にしわを寄せて牙を剥き、大声で威嚇する。
しかしテイマーズは、そんなの微塵も怖がっていない。それどころかジェスの追い打ちが入った。
「ばーか、ばーか」
幼稚である。しかしそのふざけた言葉もまた、余裕をなくした彼女の燃えさかる怒りに油を注いだ。
ルイーズは屋根から飛び降りて道路を横切り、ひとっ飛びで屋根の上に上がってゆく。テイマーズの三人は、そこで逃げることなく待っていた。
「身の程知らずのガキ共が。……せっかくバンパイアにしてやったというのに、ありがたいと思わないのか」
ルイーズは、いつもの「おほほ」という言葉遣いでなくなっている。こちらが本来の話し方なのだろうか。
「あー、うん。ダンピールになってるから、いい感じよ?」
アイミーの言葉に衝撃を受けるルイーズ。彼女はエスペリア港で拘束した人物を全員バンパイアにしたつもりだった。ところが完全にバンパイアに変化せず、三人ともダンピールになっていると分かった。
「なん、だと……?」
彼女は、地球での過去を思い出す。ダンピールのバンパイアハンターに追いかけ回されていたことを。太陽の光で滅びず、身体能力はバンパイアと同等かそれ以上。それがダンピールだ。
地球という魔素の薄い世界でさえ、ルイーズは逃げ回っていたというのに、目の前にはこの世界のダンピールがいる。しかもヴェネノルンの血を飲んでいるので、その能力は計り知れない。
――ジリッ
ルイーズはその場から逃走を図るため、少しだけ軸足を動かした。魔法もスキルも使えない。とてもではないが敵わない。そう思ったのだろう。
「はい、ざーんねーん」
「ばーか、たーこ」
こめかみに冷や汗を流すルイーズに、ハスミンとジェスの幼稚な煽りが入る。
「甘いわ……ねっ!!」
突然ルイーズの目の前に現われたアイミーの拳が、彼女の腹部にめり込む。小さく細い腕だが、ルイーズの鳩尾を的確に捉えていた。
ルイーズはその動きを追えなかった。彼女は何が起きたのか理解出来ず、苦悶の表情を浮かべる。
「ぐっ……」
ルイーズはとくに武装していない。貴族然とした服装である。それは自信の表れなのか、あるいは傲慢の表れなのか。
身体をくの字に折り曲げて、ルイーズは嘔吐する。
そこに遅れて現われたハスミンとジェスの打撃が容赦なく入る。
「お前のせいで!」
「僕たちは!」
「ドワーフじゃなくなった!」
最後の一発はアイミーだった。ダンピールとなったテイマーズは、ちびっ子ながらとてつもない怪力を発揮し、たった四発のパンチでルイーズをのしてしまった。
テイマーズの三人とメリルは、ルイーズの行為によってダンピール化されてしまった。四人とも冒険者証にはダンピールとの記載があることで、ドワーフではなくなってしまったと感じているのだろう。
それはテイマーズ三人の怒りを見れば明らかだ。
「頭踏み潰してやろうか!」
怒りの収まらないハスミンが脚を上げたところで、ジェスが羽交い締めをして止める。ルイーズはすでに意識を失い、屋根の上で力なく倒れているのだ。
「これ以上の攻撃は本当に死んでしまう」
「わ、分かったよ」
鼻息の荒いハスミンは、渋々ながらジェスの言うことを聞いた。
「よし、あたしたちのミッション終了。バンダースナッチへ戻るよっ!」
アイミーの言葉で、ハスミンとジェスがルイーズを持ち上げる。そして三人は転移リングを使用して、バンダースナッチへ転移した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
テイマーズがルイーズを拘束した頃、メリルはフリードリヒ卿と共に、マールアの街に潜む衛兵たちと接触していた。彼らは元々フリードリヒ卿の家臣たちだ。薄暗い地下室には、五十人ほど集まっていた。
その中から一人の偉丈夫が歩み出て膝をついた。
「フリードリヒ卿」
その声は仰々しくも、わざとらしく聞こえる。
「ヴァルター子爵か。私の不在を預かってもらい感謝する」
フリードリヒ卿の言葉もまた、どこか芝居染みていた。
「ぶっ!?」
「笑ったな? 私の勝ちだ」
膝をついたヴァルター子爵が吹き出すと、フリードリヒ卿は勝ち誇った顔になる。そしてヴァルター子爵は金貨を一枚取り出して、フリードリヒ卿へ渡した。
それを見ていた他の衛兵たちも、各々の金銭をかけていて、個々でお金のやり取りをしている。どうやらこのやり取りは毎度のことで、簡単な賭け事、あるいは緊張をほぐすための恒例行事のようであった。
蚊帳の外のメリルはその様子を見て、頷いている。こんなやり取りは、一朝一夕で出来るものでは無い。長い付き合いで築かれたお約束というやつで、よほどの信頼関係がなければできないと感じていた。
「メリル、彼はヴァルター・フォン・シュタインブルク子爵。ヴァルター、彼女はミゼルファート帝国の諜報部、密蜂所属のメリル・レンドールだ」
フリードリヒ卿が紹介をする。メリルとヴァルター子爵は握手をし、笑みを浮かべる。しかし、メリルの笑顔は引きつっていた。
まさか密蜂所属だという事までバレているとは思っていなかったのだろう。
「さあ、カール・フォン・ヴァイセンブルク辺境伯を討つための作戦会議といこうか!」
フリードリヒ卿の声で地下室の壁にヒビが入った。そこからガラガラゴツゴツと音を立て、石壁が崩れ去る。その先は非常に古いトンネルが見えていた。
フリードリヒ卿は続ける。
「この街の地下には、サンルカル王国が攻めてきたときのため、網の目のようにトンネルが掘られている。これを知っているものは少ない。ましてや、中身がデーモンのカール・フォン・ヴァイセンブルク辺境伯が知るよしもない。このトンネルを最大限に使うぞ」
「はっ!」
地下室にいる者――メリル以外――全てが返事をした。




