261 撤退
四歩脚の放つ黒線は爆発こそ起こさなかったが、異常なまでの貫通力を有する。そのため、倉庫や空艇の発着場も穴だらけとなり、見る影もない状態だ。平原に建てられた砦はすでに壊滅状態であった。
それに加え、サンルカル王国軍と修道騎士団クインテットは、壊滅的な人的損害を被っている。二十隻もあった新造艦、オプシディアンも無事ではない。轟沈三隻、航行不能の大破が七隻と、半数を失う痛手を負った。
艦隊は各オプシディアンの船首に障壁を集中させ、依然としてやまない黒線の攻撃を上空に向けてはじいている。そうやって後退していくのが精一杯の状況だった。
「小型空艇は人命救助を最優先しろ! 船首の神威障壁をさらに増強せよ! 後退速度が遅くなっても構わん!」
テッド・サンルカルは旗艦の艦橋にて、唾を飛ばしながら必死に指示を飛ばす。まさかこのような大惨事になるとは思ってもみなかったのだろう。その表情には焦りが浮かび、額には大粒の汗が滲んでいた。
アイヴィー・デュアメルから、鳥垣紀彦が死亡したと連絡が入ったことも、テッドが焦るひとつの要因である。サンルカル王国は、彼ら四人の地球人に頼り過ぎていた側面がある。
オプシディアンや多脚ゴーレムに神威結晶を提供したのも、ヒロキたちだ。彼らはソータが懸念していた、大量破壊兵器に繋がりかねないことを行っていたのだ。
その隣に立つミッシーは不可解な表情で尋ねる。
「忙しいところ悪いが、どうしても納得いかないことがある。あんな厄介なものが出てくる前に、なぜマールアを空爆しなかったのだ」
そもそも論だ。テッド・サンルカルは、わざわざ見通しのいい平原に駐屯地を作って、防御に徹していた。マールアに民間人がいるいないの話では無い。それを気にして、自軍に被害が出れば本末転倒もいいところである。
神威結晶を動力源とする魔導砲は、派手な虹色のエネルギー弾を放ち、見た目にそぐわぬ大きな破壊力を持っている。二十隻からなるオプシディアンから一斉掃射すれば、街の一つや二つ簡単に焼け野原と化すだろう。
ミッシーの鋭い問いに、艦橋の兵たちが聞き耳を立てる。
「イーデン教の巫女、ヘレナ・クイントスから忠告を受けているんだ。彼女は女神アスクレピウスから天啓を得て、マールアに侵攻すれば誰一人生き残れないと聞いたらしい」
地球でそんな事を言えば、失笑を買うだろう。しかしここには神が存在する。女神の天啓といっても様々だが、一定の信頼性があるのだ。
テッドの話を聞き、ミッシーは難しい顔をする。
「なるほど。……魔導通信機を貸してくれないか。インビンシブル艦隊に連絡を取りたい」
ミッシーの緊張した声が通信士に届き、彼は慌てる。船橋にいる彼らは、ミッシーが何故ここにいるのか、どのような立場なのか一切知らされていない。
「えっ? これはサンルカル王国の軍艦なので、他国の艦隊への連絡はちょっと……」
「構わん。使わせてやれ」
テッドは通信士にそう言って、ミッシーの通信を許可する。
通信士は立ち上がってミッシーに席を譲る。彼女はそこでマイクつきヘッドホンを装着し、インビンシブル艦隊へ通信を繋いだ。
「ミッシー・デシルバ・エリオットだ――――」
すぐに通信が繋がり、彼女が話し始める。どうやら母親のエレノアと話しているようだ。その内容は、スタイン王国への攻撃を見送るように忠告するものだった。
エレノアから反論があったようだが、船橋のみなには聞こえていない。しばらくの間言葉の応酬が続き、ミッシーはエレノアを説き伏せた。
「……ふう。放蕩娘とは、なんという言いがかりだ」
通信が終わって思わず口にした言葉。ミッシーは失言に気付き、顔を赤らめる。
「くっくっくっ……」
そんなミッシーをみて口を押さえるテッド。船橋の中で、ミッシーがルンドストロム王国の王族だと知っているのは、テッド・サンルカル第二王子だけである。
「テッド、助かった」
笑いを堪えるテッドに、ミッシーは王族の顔で礼を言う。彼女の表情を見たテッドは、真面目な顔に切り替わる。ミッシーの言葉は短かったが、テッドの情報でインビンシブル艦隊を救えたという意思が込められていた。
「礼には及ばない。今のところ巫女の言葉は百発百中だからな。アストリッド・ラーソン・ルンドストロム・クレイトン陛下によろしくと伝えておいてくれ」
テッドは礼には及ばないと言っておきながら、さりげなくルンドストロム王国の女王陛下へ話を通せと要求する。ミッシーは苦笑しながら言葉を返す。
「ああ、そうしよう。次に里帰りするのは百年後くらいだが」
「ははっ、百年後か」
「二百年後かもしれない」
「……意地悪しないでくれよ」
簡単にテッドは白旗を揚げた。
「相応の礼はする。それより攻撃がやんだようだが?」
会話をしているうちに、四本脚からの攻撃が途絶えていた。
「そりゃ低空飛行で後退しているからな」
ゆっくり後退しているとはいえ、艦隊は空を航行している。その速度は、地上を走行する四本脚よりもはるかに速い。平原の地面すれすれで後退しているので、二十キロメートルも引き離せば、四本脚の直線攻撃はできなくなる。
惑星は球体であるため、地平線より先は攻撃が出来ないという事だ。
「そうか……。では私は少し席を外す」
ミッシーはそう言って艦橋から出ていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ミッシーが医務室へ入ると、ちょっとした騒動が起きていた。
ベッドに寝かされているトシヒコを囲み、三人が激しく言い争っているのだ。
ヒロキとスズメに対し、アスカが猛烈な口調で激しく非難している。言われているふたりは、うつむき加減で反論の言葉を失っている。
その内容は、ヒロキとスズメが不用意に持ち場を離れたことで、トシヒコが命を落としてしまったというもの。
アスカのあまりの剣幕に、近くにいるマイアとニーナは口を噤んでいる。医者と看護師も口を挟む様子は無い。
「……あれは」
トシヒコのベッドが銀色に染まっている。ミッシーはそれを見つけ、思わず声を上げてしまった。その声には驚きが混ざっており、思いのほか大きな音量であったため、アスカの怒鳴り声が途端に止まる。
その様子を見てミッシーは続ける。
「地球人の三人に聞きたい。それは血液か?」
その鋭い指摘にハッとする三人。
彼ら以外の誰もが疑問に思っていたことだ。ついさっき、ヒロキが運び込まれたときは、気を失っていただけ。黒線で腹を撃ち抜かれていたが、傷口は塞がっていた。液状生体分子は、ヒロキの身体に吸収されていて、見付かることは無かったのだ。
「これはだな……」
口ごもるヒロキ。言い訳を用意していなかったのだろう。しかし、アスカは違っていた。
「これは医療用の薬なの。あたしたちは異世界から来てるでしょ。知らない細菌やウイルスで病気にならないよう、事前に処置してきているの」
アスカの説明は、一見筋が通っている。しかしミッシーの疑念は晴れない。
「ソータも同じ処置をしているのか?」
「……そうよ。彼もあたしたちと同じ処置をしているわ」
「ふむ……」
ミッシーは近くにある椅子に腰掛けて、もう一度問いかける。
「アスカ、君たちは神威結晶をサンルカル王国に提供していると聞いている。ソータも同じように神威結晶を創ることが出来る。それは勇者のように加護を受けているからではないのか?」
「……うーん。加護を受けた覚えはないわね。女神ルサルカから、精霊を借りているけど」
アスカがそう言うと、彼女の前に風の精霊シルフィードが現われる。アスカから透明な魔力が吹き出し、彼女の周りで渦巻く。
そのやり取りを見ていたヒロキとスズメが口を開く。
「何かおかしいことでもあるのか?」
「デレノア王国の勇者みたいな加護はないけど、私たちは女神ルサルカから精霊を借りているのよ?」
ヒロキがサラマンダーを呼び出し、スズメはアンダインを呼び出す。
そしてアスカは続ける。
「ソータ君も、何か精霊を借りてるんじゃないの?」
「……そうかもしれないな」
自信なさげな表情となったミッシーの声は先細る。
医務室の奥にいるマイアとニーナも同じような顔になっている。彼女たち三人は、ソータが精霊を使う場面など見たことが無い。
それに、アスカたち地球人から、とても強い魔力を感じることが出来る。
対してソータから魔力を感じることがない。
ミッシーは銀色に染まったベッドに疑問を懐きつつ、ソータと彼らは同じではないと確信する。彼女はこれまで、ソータの信じられないような力を目の当たりにしてきた。しかし目の前にいるソータの同輩たちは、あまりにも弱すぎるのだ。
マイアとニーナも同じことを考えていたのだろう。ミッシーへ目をやり頷いていた。
「すまないな、色々聞いてしまって。マイア、ニーナ、いったん戻ろう」
ミッシーはアスカたち三人に挨拶をし、マイアとニーナを連れて医務室を後にする。残されたアスカたちは、何の話だったんだと顔を見合わせる。
だが、ミッシーとの短い対話のおかげで、アスカたち三人の口論は収束していた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ミッシーたち三人は、バンダースナッチのブリーフィングルームへ転移し、操縦室へ移動する。
「お疲れっす」
「無事だったか」
リアムとファーギが心配そうに声をかける。いまの高度は、地上から八十キロメートル離れている。熱圏と呼ばれるギリ大気圏の中だ。それに加え、メタマテリアルで不可視の状態なので、地上から視認することは不可能だ。
そんな高さからでも、操縦室のモニターには地上がクリアに映し出されている。オプシディアンも四本脚も、すべてバンダースナッチに捕捉されていた。
「もちろん大丈夫だ」
ミッシーはそう言って、いつもの席に座って目を閉じる。眠るわけではなく、何か深い思考に沈んでいるようだ。話しかけるなオーラを放ちながら目を閉じて、シートに深く身を沈めていく。
「ここから四人の地球人を見てたっす。あいつらって、ソータさんが言ってた同輩の四人組っすよね?」
「そうよ」
リアムの問いに答えたのはニーナ。
「えらい違いですね。てか弱すぎじゃないっすか?」
リアムも同じ感想を抱いていたようだ。ひとり死亡したことなど気にもとめていない。
「ソータだけが特別強いのは何故だ?」
ファーギも疑問を口にする。
「それがね、あの四人組は、ソータさんと同じ医療的な処置をしていて、変わりは無いらしいんですが……。女神ルサルカに精霊を借りていると言ってたわ」
マイアがつい今しがたオプシディアンで確認した話を聞かせる。そしてミッシーが目を閉じたまま、情報の擦り合わせが行なわれてゆく。おもにソータの異常な強さの謎についてだ。
しばらく話し合いが続いたが、結論は出ず。あまり詮索するのもよくないという結論となった。
「ソータさんは仲間っすからね。何者であろうとも」
そこにソータがいれば、感動して泣きそうなことを言うリアム。彼の言葉は、ファーギとマイアとニーナの心にも響く。仲間に変わりはないという言葉に。
「さて、地上の様子はどうなっている?」
ファーギの言葉で、全員がモニターに注目する。
状況は変わっていない。オプシディアンは撤退戦を続け、四本脚が追いかけている。砦はすでに黒焦げの状態で焼け落ちていた。
「あの四本脚は放っておけないっすね。ここから観測していても、計器が振り切れるくらいの闇脈の黒線を放ってたっす」
「加圧魔石砲で吹き飛ばすか?」
リアムに続いたファーギの言葉は、マイアとニーナへ向けられている。彼はドワーフの兵器で、サンルカル王国の領土を攻撃してもいいかと確認しているのだ。
「ええ、お願いします。テッド様にはあたしから連絡しておきます。ニーナもいいよね?」
マイアはファーギの提案に同意する。撤退戦を続けると言っても限界があるし、オプシディアンは王都パラメダ方面へ向かっている。増援を要請してそうではあるが、このままでは多大な犠牲者が出るのは間違いないだろう。
「分かったっす」
リアムは軽く返事してパネルを操作し、準備を始める。その行動を止めるものは誰もいない。しばらくすると照準が合ったのか、リアムの最終確認が聞こえてきた。
「ほんとにいいっすね?」
「ええ、お願いします」
マイアの声で、リアムは画面をタップ。その瞬間バンダースナッチ内部に大きな音が響き、細かな振動が伝わってくる。
四人はモニターをじっと見つめる。
船底からせり出した砲身から、真っ白な砲弾がものすごい速さで射出。即座に地面へ直撃し、四本脚の集団の中心部で大爆発を起こす。モニターが真っ白に染まり、しばらくののち映像が回復。そこに映っていたのは、真っ黒で巨大なキノコ雲だった。
「これで一安心っす」
リアムは少しドヤ顔をマイアへ向ける。
「ありがとう。助かったわ。でも、マールアはどうしましょう? メリルたち四人で平気かなあ……」
礼を言ったマイアは、別のモニターへ視線を移す。
マールアの街では、大きな広場に何処からともなく四本脚が現われている。広場を隙間なく埋め尽くすほどの数だ。そしてバンダースナッチのモニターは、ゲート魔法を使うルイーズを映し出す。
「あいつが四本脚を運び込んでるんだな。あのクソバンパイア、ちょっとワシが滅ぼしてく――」
「ダメです。ファーギは謹慎中でしょ」
マイアは、しれっと出撃しそうになったファーギに注意する。
「ぐぬぬ」
「そんな顔してもダメです。あんな危険な兵器を作って、ソータさんに叱られたばかりじゃないですか」
「ぐぬう……」
マイアからさらに注意されて、ファーギはおとなしくなる。こっそり操縦室から出て行こうとしていたリアムは、ニーナから通せんぼされていた。
「マールアの街は、メリルたち四人に任せたでしょ? リアムはバンダースナッチから支援。ちゃんとして?」
リアムもニーナから注意され、渋々操縦席に座る。
「お、動きがあったぞ」
モニターを見ていたファーギが声を上げる。地上でゲート魔法を使っているルイーズに、どこからともなく現われた大量のスライムが襲いかかっていた。
スライムたちは圧倒的な数で、四本脚を次々と叩き潰している。
マールアの街中には、スライムに対処するだけの兵が残っていない。ゆえに、ゲートをくぐったばかりで混乱している四本脚は、簡単に撃破されているのだ。
ルイーズは、全方位から飛んでくるウォーターボールを障壁で受け止めるので精一杯になっていた。
「あの子たちすごいわね」
マイアの声にニーナが反応する。
「私もダンピールになろうかな……」
「ちょっと、あたしたちは修道騎士団。さすがにダンピールは拙いと思うわよ?」
ニーナの言葉を即座に否定したマイアは続ける。
「ど、どうしてもというなら、あたしもダンピールになるわ。このままじゃソータさんの足手まといになりかねないし」
前言を翻すマイア。彼女たちふたりは、すでにとてつもなく強くなっている。それこそヒロキたちを上回るくらいには。それでも強くなりたいと願うのは、基準がソータにあるからだ。
ソータの力は日々増している。それに比べ、マイアとニーナはどれだけ努力しても追いつくことができず、その焦りからか、ダンピール化したドワーフ四人組の力を求めるようになっていた。
その力は、モニターで如実に示された。マールアの街を侵略していた四本脚は、すでに大半が壊滅している状態だ。特にルイーズは、転移する間も与えられず、障壁の中で完全に無力化されていた。




