257 地球からの増援
カール・フォン・ヴァイセンブルク辺境伯率いるスタイン王国軍は、北方の城壁に到着していた。夜番の兵士との引き継ぎを終え、彼らは城壁の上から北方平原を見渡す。
遥か彼方に、サンルカル王国軍の駐屯地が見える。簡易的な砦が建っているが、上空に浮かぶ無数の黒い空艇が守っている。
修道騎士団クインテットのオプシディアンだ。あの辺りに近づけば、空対地攻撃で、歩兵はたちまち全滅してしまう。それはここ数日の戦闘で、彼らも嫌というほど思い知っていた。
「ふう……」
ひとりの兵士が、城壁を歩きながらため息をついた。
小雨がぱらつき始め、本日の戦闘は長く辛くなりそうだと感じたのか。それともスタイン王国の空艇がほぼ全滅したことへの諦念か。
「おい、また魔力を感じねえ新兵がきてるぞ」
「そんな奴らが、なんで魔法を使えるのかさっぱりだ」
「魔道具使ってんじゃねえの?」
「ヴァイセンブルク辺境伯が来ておかしくなったよな」
「……確かに」
ため息をきっかけに、古参の衛兵たちが愚痴を交わし始めた。彼ら十名は、フリードリヒ・フォン・ローゼンバッハ辺境伯直属の部下たちだ。
「そもそもなんだが、カール卿は、なんでサンルカル王国に戦争仕掛けてんだ?」
「王命だと聞いてる。しかし、攻め込んでもやられるだけだ」
「あの空艇と、黒髪のヒト族が厄介だよな。アホみてえに強えし」
「攻めきれずに、守りで精一杯。今は睨み合いって、何の冗談だよ」
愚痴は尽きない。彼ら十名の班は城壁を東へ進んでいく。
城壁には石造のトーチカが、一定間隔で備え付けられている。一軒家ほどの大きさで、表面には防御魔法陣が密に彫られていた。
上部には砲台が備え付けられており、近づいてくるサンルカル王国の小型空艇へ攻撃することになっている。
ただし、動きが速すぎて打ち落とすことは出来ていない。弾幕を張って、空艇を近付けさせない。そんな役割に留まっていた。
「ドワーフ軍から技術供与されてちゃ、スタイン王国の魔導砲なんて当たるわけがねえ」
ひとりの兵がぼやき混じりにトーチカのドアを開け、中へ入って行く。他の兵たちも続いて入り、夜シフトの兵に声をかけた。
「おーい、寝てるのか? 明かりをつけてくれないか?」
「なんだこれ。油か何かが床にこぼれてるぞ。足を滑らせないよう――うわっ!?」
「お、おい、大丈夫か!」
衛兵の一人が足を滑らせ転倒してしまった。
仲間の衛兵たちが集まってくるも、トーチカ内部は暗闇だ。次々と転んでいく衛兵たち。
「お、おいっ! これ油じゃなくて、血だぞ!」
「まて。奥に何かいる!」
暗いトーチカ内にヒトの気配はなく、代わりに殺意に満ちたデーモンの気配が漂っていた。十名の兵は即座にデーモンに襲われ、抵抗する間もなく身体を乗っ取られていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
城壁の上で小さな足音が三人分。されど姿は見えず。
「ちょっと、偵察だけって言われてるでしょ」
ジェスが言うことを聞かないふたりに注意している。
「だってさあ、ヴェネノルンの血を飲んだデーモンだらけだよ?」
「襲われてるのは敵兵だけど、見過ごすわけにもいかないでしょ?」
アイミーとハスミンが反論する。
テイマーズの三人は、ファーギの作った透明マントをかぶって移動している。そのため姿は見えないが、足音や声などは聞こえていた。
「とりあえず、そこのトーチカはデーモンだらけ。いま入ってった兵士たちは、もうやられちゃってる。叩くわよ」
アイミーは冷静に言い放つ。
ジェスはアイミーの言葉に黙って従う。彼はテイマーズ三人の中で一番まともだが、リーダーはアイミーなのだ。アイミーとハスミンはいつも無茶な行動をするが、時々真剣になることもある。ジェスはその時が来たことを察知した。
アイミーはトーチカのドアをそっと開けた。中は薄暗く、小さな矢狭間から光が差し込んでいる。その部屋にデーモン本体がいないことを確認し、三人は一斉に飛び込んだ。
「誰だっ!! これから戦闘が始まるんだぞ!!」
その声はデーモン憑きの兵士のもの。どうやら二階にいるようだ。
テイマーズの三人は、当然返事などしない。すぐにスライムを召喚した。
バスケットボール大のスライムたちが、床を埋め尽くす。常日頃からヒュギエイアの水に浸かっているため、トーチカの中は聖なる気配で溢れた。
次々と二階へ上がっていくスライムたち。
それを眺めているテイマーズの三人は、耳を澄ませる。
上階から、抜剣の音に続いて悲鳴が響き渡った。しばらく争う音が聞こえ、やがて音はパタリと途絶えた。
トーチカには二十名以上のデーモン憑き兵士がいたが、スライムたちはそれを一瞬で制圧した。
テイマーズの三人はダンピールと化した今、身体能力や魔力が大きく底上げされている。召喚されたスライムも、ご主人たちが強くなって張り切っているように見えた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
カール・フォン・ヴァイセンブルク辺境伯は何かおかしいと感じた。時間が来ても、多くの魔導砲が攻撃を開始しなかったのだ。彼のトーチカはひときわ大きく、その小窓から確認できる。カール卿は小窓を覗き込み、他のトーチカが沈黙していると確認する。
「何が起きている」
カール卿はボソリと呟いた。
平原の彼方から、ハラスメントを仕掛けてくるサンルカル王国の魔導砲。そのエネルギー弾は通常の魔石を使ったもので、城壁には届かない。
しかし、トーチカに設置された魔導砲は出力が高く、遠く離れたサンルカル王国の魔導砲まで射程が及ぶ。
ただし、トーチカの魔導砲は高出力が故に、連射がきかない。標的のサンルカル王国軍の六本脚のゴーレムは素早く回避していた。
「ええい! 東側のトーチカはどうして沈黙している! おい貴様、行って調べてこい!」
怒気を孕んだカールの声で、近くの兵士が慌ててトーチカを出て行った。
「聞いてないぞ。サンルカル王国がこんなに強いなんて。……すでに百日以上経ったが、結局、押し戻されているじゃないか」
カールは思わず愚痴をこぼした。彼は今回、サンルカル王国への攻め込み、王都パラメダを落とす予定だった。初めのうちは奇襲作戦が成功し、順調に進軍していた。小さな村々を蹂躙し、サンルカル王国の奥深くまで侵入していたのだ。
「しかし、途中から現われた黒髪のヒト族。あいつらのせいで進軍が止まった。それどころか、マールアの街まで押し戻される始末……」
つまり、ソータの友人である佐山、弥山、伊差川鳥垣、この四名が戦争に参加したことで、戦況が変わったのだ。
量子脳と液状生体分子を移植した四人は、それこそ獅子奮迅の働きをして、サンルカル王国の領土を守っている。
彼ら四人が戦争に参加した背景には、明確な理由がある。それはサンルカル王国を護るためではなく、アスクラ大聖堂を守るためだった。
「くっ……。今日も変わらぬか」
悔しげな表情でカール卿は呟く。そして彼は命じた。
「新型メタルハウンドを出せ!!」
「はっ! 了解しました!」
側仕えの貴族が一礼して出て行く。
しばらくすると城壁の門が開き、弾丸のような速さでメタルハウンドが飛び出して行った。銀色の金属製で、塗装はされていない。四本脚の犬のような姿だが、完全に機械仕掛けだ。
――日米合同で作成されたメタルハウンドとよく似ている。
それらは、ものすごい速さでサンルカル王国軍へ迫っていく。
するとこれまで沈黙していた巨大空艇オプシディアンから、虹色のエネルギー弾が発射された。
それは勇者竹内のグランウォールを破るほどのエネルギー弾である。動力源は神威結晶。その一撃は、地面を埋め尽くす数のメタルハウンドを、まとめて吹き飛ばした。
炎と黒煙の混じったキノコ雲に、バラバラになったメタルハウンドの部品が混じっていた。
ただし、メタルハウンドの数が多すぎるため、その一撃で全て破壊できるわけではない。難を逃れたメタルハウンドは、変わらない速さでサンルカル王国軍へ迫ってゆく。
すると地上からも、虹色のエネルギー弾が発せられた。それは六本脚のゴーレムに備え付けられた魔導砲だ。オプシディアンの魔導砲より遙かに威力は弱い。しかし侮れない威力を持っている。
細い虹色のエネルギー弾は、次々にメタルハウンドを撃ち抜いていく。
メタルハウンドも負けていない。背中に取り付けられた魔導砲が火を吹く。
それは、魔石をエネルギー源とするファイアボールだ。
稼働するメタルハウンドは、まだまだ数が多い。
サンルカル王国陣営へ飛んでいく火の玉は、一点集中を狙っている。
駐屯地に建造された砦だ。
幾百ものファイアボールが、そこへ殺到した。
――――ズドン
砦に命中したファイアボールが、一斉に爆発して炎と黒煙を噴き上げた。
メタルハウンドたちは砦の状況を確認するために足を止める。
「くはははっ! ワンパターンで呆れるな!!」
佐山弘樹の声が響き渡る。
煙が晴れると、そこには障壁を張った佐山が立っていた。
彼から炎のように魔力が噴き上がると、衝撃波が発生。後方の自軍に影響が出ないように指向性を調節し、前方のメタルハウンドへダメージを届ける。
メタルハウンドは、ものすごい音と共にめくれ上がった平原の地面ごと吹き飛ばされてゆく。四本の脚は折れ曲がり、首や胴がねじれた状態で。
他の場所からも爆音が聞こえてくる。
前線に立つ、弥山と伊差川と鳥垣だ。この三人からも魔力が噴き上がって、衝撃波を発生させている。
ほどなくすると、メタルハウンドは全て破壊されてしまった。
その様子を双眼鏡で見ていたカール・フォン・ヴァイセンブルク辺境伯は、眉間にしわを寄せ、机をひっくり返す。
「何度やっても変わらぬではないか!!」
ここ最近は、毎日同じ状況が続いている。スタイン王国の空艇では、サンルカル王国に敵わない。オプシディアンに打ち落とされるだけだ。
ゆえに陸戦部隊としてメタルハウンドを投入していたが、それも簡単に撃破されてしまう。しかも、神威結晶を使った魔導砲は、この城壁にまで届く。
その流れ弾が城壁を破壊し、多大な損害を与えているのだ。石組みの壁に穴が空き、数カ所に渡って城壁が崩れていた。建て直している暇もないようで、そこには土嚢が山のように置かれていた。
トーチカ自体も虹色のエネルギー弾を防げず、木っ端微塵に吹き飛ばされることもしばしばだ。
サンルカル王国へ攻め込んだのはいいが、現在カール・フォン・ヴァイセンブルク辺境伯は、防衛戦で手一杯であった。
「おいっ! 何だ貴様は!!」
カール卿の背後で、兵士が声を荒らげる。誰かトーチカの中に入ってきたのだ。その人物に、兵士が魔導銃を構えていた。
カール卿が振り向くと、そこに立っていたのはむさ苦しいトーチカに似合わない絶世の美女だった。カール卿はすかさず指示を出す。
「撃ち殺せ――――」
「そんなこと言って、本当にいいのかしら?」
美女はそう問いかけた後、一瞬でカール卿の前に姿を現した。彼女はカール卿の喉元に長く鋭い爪を当てながら微笑んだ。椅子に座ったままのカール卿は、その瞬間全てを悟った。
「バンパイアか……。所属と名前はなんだ」
「魔術結社実在する死神ヨーロッパ支部、ユハ・トルバネンですわ。あなた方デーモンに、メタルハウンドと四本脚を持ってきましたの」
ルイーズは妖艶な笑みを浮かべた。




