253 元勇者の六人の引き渡し
こっちへ戻る前に、もう一度シビルに聞いてみたけど、呪詛返しリングの効果は保証するとのことだった。
イノセントヴィクティムの甲板で朝日を浴びながら、俺は医務室へと足を運ぶ。ドワーフ兵たちも、俺が突然現われることに慣れてきたようで、特に咎められることはなかった。
医務室には全員揃っていたので、五人に呪詛返しリングを手渡した。
どうやってこの指輪を作ったのかと問い詰められたが、なだめすかして話さなかった。ドワーフの医者が興味津々で聞き耳を立てていたからね。
「体調はどう?」
そう尋ねると、全員万全だと返ってきた。医者へ視線を移すと、力強く頷いていた。ようやく一息つける。隅っこの椅子に座り、これからのことを考えていく。
しばらくすると朝食が運ばれてきた。プレートに乗せられた料理は肉中心で、病院食とは思えない高カロリーなものだ。俺とリアムの分もあったので、有り難くいただいた。
食事が済む頃、医務室のドアがノックされた。食べたあとのプレートを取りに来たのかと思っていると、艦長のオギルビーと一緒に、メリル、アイミー、ハスミン、ジェスの四人が入ってきた。
みなで喜んでいると、オギルビーが口を開いた。
「おいソータ、こいつらはもう大丈夫みたいだ。モルト・ローから、あとはよろしくだと言付かってる」
「はい。ありがとうございます」
「俺は七連合――いまは四連合か。彼らと協議があるから、そっちへ向かう。あとは自由にしてくれ」
オギルビーはそう言って医務室を出て行った。彼はいつも忙しそうにしている印象だ。
仲間たちは再会を喜び、会話に花を咲かせている。白い医務室は女子の声で華やかになっていく。ミッシー、マイア、ニーナ、メリル、アイミー、ハスミンと、六人が再会を喜んでキャーキャー言っていた。
俺、ファーギ、リアム、ジェス、男性陣は、医務室の医者と共に、部屋の隅っこに追いやられていた。
いまのうちに聞いておこう。椅子を持って医者の近くに座る。
「この国はどうなるんですか?」
「そうだな――」
ルピナス社、マーメイド商店、フェアリー商店、フレイム商店、この四社で、マラフ共和国をとりまとめていく方向らしい。ミゼルファート帝国と安全保障条約を結び、通商関連での交流を活発化させていくとのことだ。
色々と話を聞いていく中で、気になるものがあった。
「地球からの移住って、なんです?」
「ああ、それは――」
日本以外のアジア各国から、マラフ共和国への移住を受け入れるみたいだ。どうやら松本総理がエグバート・バン・スミス皇帝と会談を行なって、遅々として進まないアジア各国の受け入れ先を打診していたらしい。
シビルは日本がつるし上げになっていると言ってたからなあ。日本としても手を回さざるを得なかったのだろう。
マラフ共和国は国土面積が広いので、アジアの人口をまるごと引き受けても土地が余るそうだ。それで問題になるのは、やはり衣食住。この点に関しては、四連合が総力を上げて支援するという。
そもそも、この世界の人口は少ない。魔石を使った魔道具の便利さや、魔法やスキルのある世界だというのに。それは、ニンゲンが食物連鎖の頂点では無い、ということが原因のひとつだと思う。
百万人で大都市なんて言ったら、地球人は鼻で笑うかもしれない。そんなくだらないことで軋轢を生むのが地球人だ。この世界のニンゲンは定義が広く、知性があるものは全てニンゲンだ。ゴブリンでもオークでも、街中を普通に歩いている。
それに様々な種は、それぞれの言語を持っている。しかし彼らは、この世界で統一された言語を喋ることで言葉の壁がない。ゴヤの一族には苦労したけど、ゴブリンの部族はゴヤだけではない。
ゴヤたちのように、ベナマオ大森林に住むゴブリンにとっては、共通言語は不要なのだろう。彼は今でも元気にしているのだろうか。
ああ、でも、地球人とこの世界の人びとは喧嘩しないで欲しいな。
無理だろうけど。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俺たちはイノセントヴィクティムの格納庫に勢ぞろいした。オギルビーの計らいで必要な物資を分けてくれるみたいで、いまは搬入作業中だ。とは言っても食料が中心だ。さすがに軍の装備を分けてくれるわけがない。
そんな中、六名の子爵を思い出す。
山田奈津子率いる、バンパイア化した勇者たちだ。あいつらどうしよう。勇者中村を殺害したことで、佐々木が激怒してたからなあ。ただ送り返すだけだと、デレノア王国でろくな目に遭わないだろう。
六人とも日本へ送り返す、という選択肢がでてきて迷う。
格納庫へ移動し、倒れないように固定された六名の子爵をまじまじと見つめる。勇者の時はおじさんおばさんだったけど、十代の姿に戻っているので、違和感ありまくりだ。
まあでも、彼女たちもこの世界で三十年過ごしてきたからな。デレノア王国へ送り返すのが筋だろう。
外に出て物資を搬入中のファーギに声をかける。
「デレノア王国に行ってくる」
「はあ? お前サボる気か?」
「ちげえよ。元勇者たち六人を送り返してくるだけだ。すぐ戻る」
「すぐ戻る? それってお前がたまに言う、ふらぐってやつじゃないのか?」
くそー、余計なこと覚えやがって。ミッシーたちも不安そうな顔になってるし。
「大丈夫。すぐに戻るよ」
そう言うしかない。俺は格納庫へ戻り、ゲートを開いた。
時間の止まった元勇者たちを、エルミナス城の中庭に放り込む。そのあとで俺はゲートをくぐった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俺が突如現われたことで、当たり前のように一悶着あった。もう慣れたもんだ。念話で佐々木と竹内を呼んで、その場は事なきを得た。
「先に連絡すればいいのにさ」
「お前はほんと行く先々で騒ぎを起こすなあ。ちった考えろ」
言われてみりゃそうだ。……そうかな?
「はい。以後気を付けます」
いちおう謝罪しておく。
ふたりの勇者は俺の言葉にあまり興味を示さず、時間の止まった勇者六人へ注力していた。
佐々木は山田奈津子を殺すと言っていたが、時間の経過で心の整理がついたのだろう。彼は時間が止まったままの元勇者たちを見ても、特に反応しなかった。
竹内はそもそも、興味がなさそうだ。どちらかと言うと、佐々木が妙な動きをしないよう、腰を落としているくらいか。
山田たち六人は、デレノア王国軍が開発したバンパイア用の牢へ運ぶそうだ。佐々木から、そこで時間停止を解除して欲しいと言われた。
俺たち三人と兵士たちで、元勇者の六人を抱えて移動していく。行き先はエルミナス城の地下だ。地下三階まで階段で降りると、何の変哲もない牢があった。床、天井、壁、全て石造り。牢には鉄格子という、バンパイアなら簡単に脱走できそうなものだ。
個別に投獄するみたいで、畳三畳分くらいの牢へ六人のバンパイアを運び込む。
こんなので、本当に大丈夫かな。魔法陣も見当たらないし。
「ソータくん、時間停止を解除してもらっていいかな」
佐々木の言葉は自信満々。そこで気付いた。彼はたぶんスキル〝創造〟で何か創りだしている。それなら安心だ。
「んじゃ解除しますよ~」
時間停止魔法陣を消すと、六人のバンパイアが動き出す。ただ、彼女たちはスターダスト商会の倉庫で時間が止まっているので、大混乱に陥った。
「えっ!? 転移したの? 誰か集団転移使った?」
山田はそう言って周囲を見わたす。背中がこちらを向いているので、俺たちにはまだ気付いていない。他の牢からも同じように困惑した声が聞こえてきた。
「中村くんをなんで殺したのか、理由を聞かせてくれないかい」
その背中に佐々木が話しかけると、よほど驚いたのか、山田は飛び上がって振り向いた。
「佐々木っ!」
山田が叫んで飛びかかろうとした瞬間、白い立方体が出現した。彼女は慌てて立ち止まるも、白い立方体が移動しはじめた。そこは狭い牢の中だ。彼女はスキルや魔法を使う前に、白い立方体に捕らえられてしまった。
これは勇者中村の魔法、量子空間だ。
佐々木のスキル〝創造〟で創造したのだ。とんでもねーチート野郎だ。
ただし、前に見たときはこんな風に移動しなかった。それに、白い立方体の上に、山田の首から上が出ていることも無かった。佐々木が少し改良したのだろう。
「どうだい。これで話せるだろ?」
「佐々木ぃ、これは何の真似? あたしたちをどうするつもり?」
他の牢からも、似たような声が聞こえてくる。見て回ると、全員量子空間の上に顔だけでている状態になっていた。
「どうするつもりって、僕の質問には答えないのかな?」
佐々木と山田が険悪な調子で話している。情報を聞き出したいのだろうけど、このままだと会話にならなさそうだ。どうするんだろう。なんて考えていると、竹内から声をかけられた。
「ソータ、助かったよ。上に行こうか」
あー、これ以降は俺に聞かせられないってことか。
「分かりました」
軍の秘密とか色々あるんだろう。俺もわざわざ聞き耳を立てることも無いので、おとなしく竹内についていく。
階段を上がっていくと、壁を伝って金切り声が響いてきた。その声は、まるで地下の闇から這い上がってくるかのようだった。
なるほど。……秘密がどうのこうのではなく、拷問を見せたくなかっただけか。
黙って階段を上がる竹内の横顔を見つめると、彼は意識的に俺から目を逸らした。その表情には、複雑な感情が垣間見えた。
俺はこうなることを恐れて、元勇者たち六人の時間停止を解除しなかったんだけど、結局徒労に終わってしまったようだ。
一階に辿り着く頃には、断末魔の叫び声が聞こえてきた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
イノセントヴィクティムへ戻ると、船内は出発の準備で慌ただしい雰囲気に包まれていた。船員たちが忙しく動き回り、バンダースナッチは甲板に堂々と鎮座していた。その巨大な翼から徐々に魔力が放出され、まるで空へ飛び立つのを待ち望んでいるかのように見えた。
「おいソータ」
突然の声に、俺は驚いて振り向いた。
「あっ! 今回お世話になりました」
目の前にはオギルビーが立っていた。俺の中での彼は、まだギルマスというイメージが強い。しかし、今回の作戦の総責任者として、その立場は大きく変わっていた。彼の顔には、以前よりも重みと責任感が感じられる。
偉そうにしちゃってもう。
「何をニヤニヤしている?」
「いや別に」
オギルビーの目は俺を疑わしげに見つめたが、すぐにその表情を変えた。
「まあいい。お前らスタイン王国へ行くんだろ?」
「そのつもりです」
「その前に、サンルカル王国で情報収集しろ。デーモンとバンパイアの情報もあるはずだ」
「あ、そうですね。たしかサンルカル王国とスタイン王国は戦争中でしたね」
俺は思い出しながら言った。その言葉に、オギルビーの目に一瞬だけ緊張が走る。
「そうだ。王都パラメダの冒険者ギルドには、こっちから連絡しておく」
「ありがとうございます」
俺はオギルビーにお辞儀をして、その場を後にした。バンダースナッチの黒い機体は、空を舞うのは今か今かと待ち構えているようだった。
次話より新章です。よろしくお願いします!




