246 神界
アルフェイ商会のアルバートは、商売と犯罪の区別が出来ないクズだった。そのうえ彼はマラフ共和国を私物化するため、ヴェネノルンの血を飲んでバンパイア化してた。
俺の前で正座しているアルバートは、命惜しさに何でもかんでも話した。
首都トレビを支配している三大商会については、ドワーフのグラニットとスライから得た情報と一致している。
アルフェイ商会、ティアラ社、グラック商会――この三社が、他の商会を排除するために巧妙な策略を練っていた。
その策略は次第にエスカレートし、スターダスト商会からヴェネノルンの血を調達するようになった。その後、舞台に登場したのは、レブラン十二柱の序列八位、ラギニという名のデーモンだ。
九位のビガンテも関与していたが、今回の作戦の指揮はラギニが執っているということが明らかになった。
ティアラ社のクリストファーと、グラック商会のグラック。このふたりはすでに私兵を引き連れてスタイン王国へと出発していた。これはラギニの命令で、拒否する選択肢はなかったそうだ。
「じゃあ聞くけどさ、このホムンクルス工場は何」
「は、はい――」
結論は、アルフェイ商会が、ヴェネノルンの血を得るための施設。
レブラン十二柱序列八位のラギニは、ヴェネノルンの血と引き換えに食糧を要求した。
そこでラギニから提案があったそうだ。
「この街からニンゲンが減ってしまえば、怪しまれることになる。そうならないために、あたしがホムンクルスを創る」
アルバートはそれを承諾し、元々軍事関連の工場だったここを流用したらしい。
しかしそれがいけなかった。ラギニは街の住人の脳神経模倣魔法陣でホムンクルスを作成し、それにデーモンを憑依させた。
その時点で、アルバートはもう後に退けなくなっていたのだ。
そこでアルバートは逆に考えた。デーモンが地上に進出してくるなら、自分も闇の者になればいいと。それでヴェネノルンの血を飲んだらしい。
アルバートは十年間かけて、マラフ共和国を掌握するため様々な手を尽くしてきた。しかし、計画は遅々として進んでいなかった。
そうした背景があるため、ラギニの提案に乗ったことが、わずか数週間でマラフ共和国を掌握する結果につながった。彼はラギニと手を組んだことに、畏敬の念を抱きつつ感謝していた。
「アルバート、俺はこの国のニンゲンでは無い。あまり口出しはしたくないが、これは言わせてもらう。あんたは都市国家のトップとして失格だ」
「くっ! ……しかし、私はここで引くわけにはいかない」
「だろうね。だからって見逃せねえ」
「お前、たった今、この国の部外者だと言っただろうが! 私はマラフ共和国を掌握しているんだ。この身に何かあれば、国が相手になるんだぞ? 分かって言ってるのか?」
「ああ、もちろん」
「では、どうすると言うのかね――」
アルバートの目が赤い光を放った。そういやこいつ、ヴェネノルンの血を飲んだバンパイアだったな。
正座していたアルバートは目にも留まる遅さで動いて、部屋の壁の赤いボタンを押した。
すると室内にある円柱型の水槽から溶液が抜けていき、アルバートと同じ姿のホムンクルスが目を開けた。そいつらは俺の姿を確認すると牙をむきだし、水槽をたたき割って襲いかかってきた。
獄舎の炎で、バンパイア化した十体のホムンクルスを焼く。すぐにヒュギエイアの水をぶちまけて蘇らないようにした。
一瞬の出来事で、アルバートはまだ理解出来ていない。
「どうするかって、あんたをミゼルファート帝国軍に突き出す。こっちに軍が向かってるみたいだし」
そう言うと、ようやくアルバートは現状を理解したようだ。切り札のホムンクルスがやられてしまい、追い詰められていることに。
「これくらいで私をどうにか出来るとでも思っているのか!!」
「もういいから、おとなしくしてろ」
長引きそうなので、アルバートに時間停止魔法陣を使った。申し開きはミゼルファート帝国軍の前でやってもらおう。
動かなくなったアルバートを脇に抱えて、部屋を出る。そこで俺は、スチールゴーレム百体を創り出し、この工場の制圧を命じる。
そして俺は空に向けて転移した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
首都トレビのはるか上空に到達すると、ドワーフ軍の艦隊が視界に飛び込んできた。旗艦イノセントヴィクティムの周囲には、巨大な空艇母艦が十五隻もいる。
ガチで戦争しに来てんなあ。
到着までの早さから察するに、開戦準備は整っていたのだろう。そうなると、ミゼルファート帝国はマラフ共和国の現状をある程度知っていたことになる。要はきっかけ待ちだったということか。ラグナの街にちょっかい出したのが、運の尽きだったみたいだな。
ドワーフの艦隊は東の空に浮いたまま停まっている。おそらく眼下にあるイビルアイのせいだ。あんなにでかい目玉が空に浮いていたら、警戒して近づいてこないよな。
とりあえず事情を説明しに行こう。俺は旗艦イノセントヴィクティムへ向けて転移した。
転移した先はイノセントヴィクティムの甲板だ。地上からの攻撃を避けるため、高度は一万メートル近い位置で停止している。凍えるような寒さだ。
そこへ駆け寄ってくるドワーフの兵たち。
「またお前か!!」
帝都ラビントンで顔なじみになった髭もじゃドワーフが、槍を構えて怒鳴りつけてきた。
「すいません毎度。重要なお知らせがあって参りました」
「……これはドワーフの軍艦だぞ。でもまあいい。ソータのことだ、脇に抱えた動かないヒト族に関して、それなりの話があるんだろ?」
「ですです」
とりあえず事情を聞くということで、艦内へ案内された。取調室のように殺風景な部屋でしばらく待っていると、知った顔が入ってきた。
「あ、お久しぶりです」
「やっぱりソータか。あれ以来だな」
帝都ラビントンの冒険者ギルド第二支部マスター、オギルビー・ホルデン。彼がイノセントヴィクティムの艦長をやっていたのか。
「どうして軍艦に?」
「俺は元々軍人だからな」
自慢げな表情を浮かべるオギルビー。まあでも話が早くて助かる。
アルバートの所業や、首都トレビで起きていることを話していく。事務机を挟んで座り、一気に話し終えた。しばらく無言だったオギルビーは口を開く。
「こっちが持っている情報とほぼ変わらないな。序列八位のラギニはどうなった?」
それはオギルビーにとって答え合わせのように聞こえていたらしい。俺は追加でデーモンの動きを説明し終えた。
するとオギルビーは、艦隊をここで待機させたままにすると言い出した。俺と勇者たちの動きを邪魔したくないらしく、ケツ持ちをするから、勝手に動いていいそうだ。
ミゼルファート帝国もオギルビーも信用できる。
時間停止を解除したアルバートをドワーフ軍に引き渡し、俺は首都トレビへ転移した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
佐々木と竹内は、首都トレビの外縁へ移動していた。イビルアイが吸い込むデーモンは消え失せ、転移で脱出してくるデーモンの動きを追っているのだ。ソータの予想通り、何度も何度も吸い込まれては転移で脱出してくるデーモンは、イビルアイの範囲に気付いた。
そのデーモンたちは、転移するだけの能力を持つ、ある程度強いデーモンだ。しかし、神々が介入するほどでもない。それらが世に放たれてしまえば、非常に厄介になる存在だ。
佐々木は神の目で、郊外に転移してきたデーモンを滅ぼしている。竹内はグランウォールで押しつぶす。そのようにして、彼らはデーモンの拡散を防いでいた。
しかしながら、転移してくるデーモンの数が多い。母数が大きいだけあって、転移出来るデーモンの数が多いのだ。おかげで佐々木と竹内はてんてこ舞い。
そんな彼らは、見知らぬゴーレムが動き回っていることに気付いた。
佐々木と竹内は、空に浮かんだまま首を傾げる。
「ねえ竹内くん」
「あれもソータの魔法だろうよ」
「だよねえ……」
突如現われたスチールゴーレム。小さな金属球の固まりでヒト型をしている。そのゴーレムは、変幻自在の動きでデーモンを狩りはじめた。
金属球が数珠つなぎになり、デーモンを拘束する。そこに別のスチールゴーレムが、獄舎の炎を使う。灰になったデーモンへ、また別のスチールゴーレムがヒュギエイアの水をかけていた。
スチールゴーレムは、三体か四体でまとまって行動し、一体のデーモンを集中攻撃して確実に倒している。
そんな状況を目の当たりにして、佐々木と竹内は呆れ顔。
「ソロで活動しろとは言ったけどよ、あいつひとりでこの状況ひっくり返すとはな……」
竹内はソータに発破をかけた。それがよかったのかどうか、ちょっと後悔したような顔をしている。
「だねえ。この世界の神々に、完全に目をつけられたと思う」
のほほんと応じる佐々木。彼の瞳には哀れみの色が浮かんでいた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
おや? 転移先が違う。ここは女神アスクレピウスの神殿だ。久しぶりに来たな。
俺に気付いて、ものすごく怒った顔で近づいてくるマカオ。既視感を覚えつつ、話しかけた。
「なんで俺はここに?」
「ふざけるな! 貴様いい加減にしないと――――」
マカオは何かに気付いて俺から飛び退いた。
「――き、貴様、すでに神へ昇華していたのか」
ああ、その事で驚いたのか。……は? ちょっと待て。神へ昇華? 何言ってんだこいつ。
「こ、こいつとは何だ!!」
あ、心を読まれるの忘れてた。マカオは驚きつつも、怯えた表情へと変わっていた。いつものキリッとした表情は見る影もない。
身体がアイテール化して初めて来たんだっけ。だけど、そんなんで神に昇華するわけがないか。
「マカオ、その辺にしておきなさい」
神威を含んだ声が聞こえてきた。神殿の奥の玉座に座る巨人――女神アスクレピウスだ。彼女は足を組んで、俺を見下ろしていた。見下しているわけではない。単純に彼女が大きいだけだ。
アスクレピウスの眉がピクリと跳ね上がった。
失礼な事考えてしまったかな。控えよう。
「ソータ、まずはお礼から言わせてもらいます。地球の武力介入を回避したこと、深く感謝します」
アスクレピウスは玉座に座ったまま、軽く頭を下げた。神様が頭を下げるって、そんなことあるのかな。
「はあ」
思わず気が抜けた声が出てしまった。俺がやったことって、魔女シビル・ゴードンの、魔石電子励起爆薬を回避。あとは、アメリカ軍のメタルハウンドを壊滅させたくらいかな? 他は手が回ってないけど、地球の国々が勝手に交渉しているはずだ。
「しかし気を付けてください。あなたに嫉妬している神々が現われてきました」
「うわぁ、めんどくさっ」
「おいコラ、ソータ!! アスクレピウス様に失礼だろうが!!」
どうせ心を読まれるんだから口に出したら、マカオがめっちゃ怒ってきた。ついさっきはビビってたくせに。
「なにおっ!!」
「マカオ?」
「は、はい! 失礼しました!」
マカオはアスクレピウスの一声で、後ろに下がってゆく。
「すいません。嫉妬してる神がいるって、どういう意味ですか?」
「あなたのその異常な能力のせいですよ。神々すら嫉妬する力の持ち主が、ソータ・イタガキ、あなたです。どのような神が接触してくるか分かりませんが、あなたはわたしのものですからね」
わたしのもの、と言われてもなあ。所有物みたいに言われるとあれだけど、女神アスクレピウスにはお世話になっている。彼女の力添えが無ければ、マイアは死んでいたのだから。
そう言われても構わないさ。
「では、またお目にかかりましょう」
え? ちょっと意味が分からないんだけど――
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
突如視界が切り替わった。アスクレピウスの神殿から追い出されたのだろう。言いたいことだけ言って、しかも抽象的な言葉で分からんっての!
いったい何が言いたいのか。神々が嫉妬して接触してくるかもしれない。それくらいしか分からなかった。
ふむ……。目の前に暑苦しい顔がある。
「うおっ!? いきなり転移してくんな、ソータ!」
竹内とキスしそうなくらい顔が近かった。
「あらー」
なんて言いながら、からかうような目つきで俺を見るんじゃねえよ、佐々木! ふたりともいいオッサンなのに、なんかチャラいんだよな。
「あー、すいません! 座標ミスったみたいです」
竹内と離れて、周りの状況を確かめる。
百体のスチールゴーレムは大活躍中だ。神威結晶入りだと、やっぱり性能が全然違う。
「ところでソータくんさあ。最近神々の間に呼ばれたことない?」
地上を確認していると佐々木が話しかけてきた。
「神々の間? 知らないですね。神様の議会みたいなとこですか?」
女神アスクレピウスの神殿はたぶん違うだろう。
「そうそう。そろそろ呼ばれると思うよ?」
「えっ、それはどういう意味――――」
あ、また視界が切り替わった。アイテールの風が吹く中、周囲から歓声が聞こえてきた。ここは佐々木が言った、議会のような場所ではなく、円形闘技場のような広場だ。
周りには何千もの観客が詰めかけており、その熱気と歓声が耳に響いてくる。空を見上げた。青く澄んだ空に、白い雲が浮かんでいる。すべてアイテールで出来たものだ。
ここは神々の世界なのだろうか。
観覧席をよく見ると、アスクレピウスのような巨人たちや、俺と変わらない大きさの神々が見物している。
周囲をぐるりと見わたすと、アスクレピウス本人を発見。俺の視線に気付いたのか、手を振ってきた。もちろん手は振り返さない。
急にこんな場所に連れてきやがって、いったい何がしたいんだ。
足元の砂は微細で、一歩踏み出すごとに軽く沈み込む。この砂は、かつて多くの格闘士が流した血と汗で染まっているのかもしれない。
なぜそう思ったのか。
俺から離れること百メートルほどの位置に、ライオンの頭に、山羊の身体、尻尾が蛇というキマイラが牙を剥いていた。
周囲の神々からの声援が大きくなっていく。
早く戦えと言っている。
「神様、そりゃないだろ。いきなり戦えって、どういう了見だよ」
そう思いながら念動力でキマイラをたたきつぶした。




