240 呪い
宣戦布告の話を聞いた直後、俺はすぐさまリアムへ連絡を取った。リアムはファーギから「脱出しろ」との連絡を受けていたが、彼らの居場所が分からず、どうすべきか迷っているようだった。
次に佐々木へ連絡すると、人工衛星神の目を使って、ファーギたちの居場所を探ってくれた。
どうやらファーギたちは、首都トレビの住宅街にいるらしい。俺には詳しい場所が分からないため、建物の配置や道路の形状を聞き、それを頼りに転移するしかない。
姿を消した状態で、首都トレビの上空へ転移し浮遊魔法を使用する。佐々木から聞いた街並みを探していると、不自然に人が集まったタウンハウスが目に留まった。
百人近くはいるだろうか。
そこは佐々木の情報と一致している。しかも、それらの人々はタウンハウスに向けてファイアボールを放っていた。
「……」
何か違和感がある。
すぐにその理由が分かった。ファイアボールを放つ人々が、一糸乱れず完全に同じ動きをしているのだ。
タウンハウスには防御魔法陣が展開されているようだが、壁は既に破壊され大きな穴が空いていた。
違和感は増すばかりだ。住宅街でこのような騒ぎを起こせば、当然近隣住民も集まってくるはずだ。それなのに、野次馬や抗議する人は一人もいない。それどころか警察組織や衛兵たちが駆け付ける様子すらない。
ファーギが救難要請を出すような事態は、容易には想像できない。あの人混みが原因だと直感的に察した。
俺は姿を消したまま地上へ降り立ち、戦慄する。上空から見た人々は、全員が同じ顔をしている。しかも冥導魔法を使っているのだ。
目を凝らして見るも、冥導は可視化されない。つまり使用効率百パーセントということだ。
なるほど。やつらはヴェネノルンの血を飲んでいる可能性が高い。
そして、こいつらの正体はデーモンだ。
障壁を張って慌ててタウンハウスに駆け込むと、ミッシーとマイアとニーナが意識を失って倒れていた。かろうじて意識があるのはファーギのみ。彼の前に立っているのは、外にいる同じ顔をした者たちの一人だ。
そいつは冥導魔法を放とうとしていた。
話をするまでもない。このデーモンは俺の仲間に危害を加え、殺害しようとしている。
躊躇なく獄舎の炎を発動し、デーモンを灰に変える。
めちゃくちゃに荒らされた部屋を丸ごと障壁で覆い、ミッシーたちにヒュギエイアの水をかける。
「……」
しばらく様子を見るが、四人とも目覚める気配がない。相当なダメージを受けたようだ。
――ズドン
――――ズドンズドン
外にいる同じ顔のデーモンたちが、障壁を破ろうと猛攻を仕掛けてくる。状況が把握しきれず、意識を失った四人の安否も気がかりだ。
いったん集団転移でこの場を離れよう。
そう考えた瞬間、背後に突如現れた気配とともに冥導が動く。振り向く余裕はない。
「――くっ!?」
とっさに俺と仲間たちに障壁を張り、放たれた冥導魔法を防ぐ。
『冥導魔法、闇の矢を確認しました。……解析と改良と改善が終了。いつでも使用可能です』
クロノスに礼を言う間もなく、次の闇の矢が放たれる。
このデーモン、何者だ? 魔法の発動速度が尋常ではない。マシンガンのように放たれる闇の矢を障壁がはじいているが、その中にファイアボールやウインドカッターなど、別の魔法が混在している。
障壁にヒビが入り、神威障壁へ切り替える。しかしそれでも持ちこたえられない。魔力、神威、冥導、闇脈、全ての素粒子を用いた障壁を張り直しても、すぐに亀裂が走る。
あまりにも手数が多すぎる。俺は障壁を張り直すだけで精一杯となり、転移して逃げることすら不可能になってしまった。
先手を取られたのが痛手だ。何とかしなければ。俺は隙を見計らい、デストロイモードへ移行する。
途端に身体の反応が向上し、デーモンの放つ闇脈魔法の猛攻に対抗できるようになった。
連続で放たれる闇脈魔法。その刹那で障壁を解除し、スキル〝魔封殺〟を発動。即座に障壁を再展開して効果を確認する。
……成功だ。デーモンは闇脈魔法が使えなくなり、慌てふためいている。
「ソータ・イタガキ。有名人をついでに仕留めようと思ったが、そんなに甘くはないか。俺はレブラン十二柱の序列九位ビガンテ。そして、お前が見る最後のニンゲンだ」
そう言ったビガンテから、冥導が吹き出す。そのせいでスキル〝魔封殺〟の効果が消失してしまった。
くそっ、厄介だな。何がニンゲンだ。ヒトに憑依してるデーモンのくせに。……ん? いや、同じ顔のヒトがあんなにたくさんいるわけがない。
あー。これが噂のホムンクルスか。
「どうした。俺は名乗ったぞ。自己紹介くらいしたらどうだ?」
ビガンテの顔は鋭い目つきと通った鼻筋が特徴的で、冷徹な印象を与えるアジア人顔だ。髪は黒く短く刈り込まれており、整然としたイケメンだ。しかし口元には薄い笑みが浮かんでおり、奴の狂気と残忍さを隠しきれていない。
というか、なぜ自己紹介しなければならないんだ。デーモンなど俺から見れば、唾棄すべき存在だ。地球のデーモンは、比較的話の分かる奴が多いが、異世界のデーモンは論外だ。
俺は無視して、集団転移魔法を発動する。
「……なにこれ」
ミッシーたち四人と一緒に、ラグナの街へ転移したはずだ。それなのに俺はひとり、闇の中に浮かんでいる。一切何も見えない真の闇だ。普段なら魔力などが見えて、大まかな状況が把握できるのに、それすらない。
『冥導魔法、影の牢獄を確認しました。……解析と改良と改善が終了。いつでも使用可能です。効果はその名の通り、闇の牢獄へ送り込む冥導魔法です』
『あ、そういうことか。いつもありがとうな』
空間魔法の一種だろう。ここは無限に広がっているかのように感じる。
『いえいえ~。どういたしまして』
周囲には何の気配も感じられない。ミッシーたち四人は、部屋の中に取り残されているはずだ。
姿を消して戻ろう。
気配遮断、視覚遮断、音波遮断、魔力隠蔽の魔法陣に加え、今回は万全を期すために冷却と加熱の魔法陣を自身に展開する。自分の身体が透明になったことを確認し、転移魔法を発動した。
――――ガガガガンッ
部屋へ戻ると、ビガンテがミッシーたちの障壁に闇の矢で攻撃を仕掛けていた。俺に気づいている様子はないので、獄舎の炎で焼き尽くす。それと同時にミッシーたちの障壁を張り直した。
するとすぐさま、ビガンテが部屋の中に出現した。
これは間違いなく転移してきているな。おそらく部屋の外にいる同じ顔のヒトたちだろう。恐らく倒しても倒しても戻ってくるに違いない。
俺はまだ姿を消したままだ。ビガンテに気づかれていないので好機と言える。
時間停止魔法陣を展開し、ビガンテの動きを封じる。その上で冥導魔法、影の牢獄を使って、ビガンテを黒い穴へと蹴落とす。
ビガンテは、紛れもなくデーモンだ。
つまり憑依してこの世界に現れている。序列九位などと言っていたが、個体の強さではなく、その特殊な能力のおかげで強いのだろう。簡単に倒せることと、瞬時に同じ顔のヒトに憑依する能力で、ほぼ間違いない。
影の牢獄へ落ちたビガンテは、部屋に戻ってくることはなかった。
あの漆黒の空間から脱出するには転移魔法が必要不可欠だ。ゲート魔法でも可能かもしれない。それが使えなければ、ビガンテは詰みだ。
窓ガラスごと大きな穴が開いている。通りから同じ顔のホムンクルスたちがこちらを覗き込んでいた。しかし何もするでもない。ただ見つめているだけだ。しばらく観察していると、ハッと目が覚めたかのようにフラフラと歩き始めた。部屋に入ってくるのではなく、散り散りに歩き去っていく。まるで何事もなかったかのように。
つい先ほどまでリンクして同じ動きをしていたというのに。
彼らをビガンテが操っていたのなら、そのリンクが途切れたのだろう。
俺はミッシーたち四人の障壁を解除し、ヒュギエイアの水をもう一度かけていく。しかし、なかなか目覚める気配がない。
気付け代わりにファーギの髭をむしってみるも、痛がる様子もなく気を失ったままだ。元々回復済みなのに、なぜか目を覚まさない。
『どう思う?』
クロノスに意見を求めてみる。
『見たことのない症状です。ファーギの頬に手を当ててください』
ん? なぜクロノスは、ファーギのところだけ強調するんだ? まあいいか。
クロノスの指示通り、ファーギの頬に手を当てる。
うん。体内に冥導を感じる。これは一体……。
『呪われてますね……』
『呪い? そんな非科学的なことが……起こる世界なんだよな。ここは……』
一度感知した冥導は、手を離しても感じ取ることができた。ミッシー、マイア、ニーナ、三人の体内も同様に冥導が巡っている。四人とも呪いにかかっているということだ。
魔力が急速に減少していく。冥導が浸食していくかのようだ。このまま放置すれば、死かデーモン化か、いずれにせよ碌な未来は待っていない。
さて、呪いを解呪するには、やはり光魔法しかないだろう。
床で目を閉じている四人に手のひらを向け、光魔法を放つ。
攻撃ではなく、ただ優しく照らすだけだ。
魔力だけでは、冥導の減少が遅い。神威で光魔法を使うと、冥導がぐんぐん消えていく。
それほど時間をかけずに、ミッシーたち四人の冥導を完全に取り除くことができた。
「……」
まだ目覚めないな。もう一度ファーギの髭をむしってみよう。
「……」
痛がる様子もなく、目も覚まさない。さっきと変わりがない。
うーん。ここでぐずぐずしていると、デーモンの援軍が来るかもしれない。さっさと退散して、安全な場所でミッシーたち四人を治療しよう。
この部屋の正体も分からないので、俺は集団転移魔法を発動した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ラグナの街の空艇発着場に戻った。俺の足元には、ミッシー、ファーギ、マイア、ニーナの四人が、意識を失ったまま横たわっている。彼らの顔色は青白く、生気が失われていた。
スライや他の衛兵がその異常事態に気付き、担架を持って駆けつけてくる。その中で真っ先に到着した軍医らしきドワーフが話しかけてきた。彼の顔には深刻な表情が浮かんでいる。
「お疲れ様です、ソータさん。ファーギたちはどうしたんですか? 四人の症状と応急処置の内容を教えてもらえますか?」
「体内を冥導が巡っていたので、呪いだと判断して光魔法で解呪しました。外傷はヒュギエイアの水で回復済みですが、目覚める気配がありません……」
軍医はミッシーたちに声をかけたり、頬を軽く叩いたりしている。
「光魔法で解呪……? いえ、分かりました。おい、患者の四人は、呪いによる昏睡状態だ。急いで処置室へ運べ」
衛兵たちはミッシーたちを担架に乗せ、小走りで去っていく。一糸乱れぬ動きは十分な訓練の賜物で、無駄が一切ない。医者は魔導通信機で指示を出しているから、処置室には既に別の医療スタッフが待機しているのだろう。
その手際の良さに、俺は衝撃を受けていた。
この世界には魔法があり、医者いらずの側面もある。だが、そうではないことが分かった。そして、呪いはヒュギエイアの水では治せないという事実。その現実が、俺の中で重く響く。
「俺も――――」
手伝いに行こうと言いかけて、思いとどまる。魔導通信を終えた医者は、俺の言葉の途中で首を横に振った。余計な干渉は控えろと言いたげだ。
「ソータさん。あなたは医療関係者ではないでしょう? ご自身でやるべきことをしてください」
今まで黙っていたスライが口を開く。彼の言葉には、長年の経験に基づく重みがある。
「分かりました。ミッシーたちのこと、よろしくお願いします」
スライと医者に深々と頭を下げる。その瞬間、俺の心は一つの決意に到達した。
――――デーモンを滅ぼす。
スライを呼び止め、首都トレビで起きた出来事を詳しく伝える。同じ顔のヒト族が大勢いて、レブラン十二柱の序列九位のビガンテと戦闘になったことなどを。
するとスライは未確認情報だが、と前置きして情報を共有してくれた。
ミゼルファート帝国の斥候部隊が得た情報によると、首都トレビの住民の半数近くがホムンクルスに置き換わっているという。それだけでも異常なのに、街の人々がそれに気付いていないそうだ。
首都トレビを支配する、アルフェイ商会、ティアラ社、グラック商会、この三社が何かしら関与しているのは間違いないらしく、そこにスターダスト商会が絡んでいるとのこと。
首都トレビは百万人都市だ。その半数がホムンクルスになっているということは、元からいた五十万人はどこへ消えたということになる。
ミゼルファート帝国軍が掴んだ情報は、あまりにも荒唐無稽だ。スライは、真偽のほどは定かではないと付け加えた。
「それを確かめるために、もう一度行ってきます」
俺は再度二人に頭を下げ、転移魔法を発動した。




