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量子脳で覚醒、銀の血脈、異世界のデーモン狩り尽くす ~すべて解析し、異世界と地球に変革をもたらせ~  作者: 藍沢 理
12章 七連合

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238 ラグナへとんぼ返り

 ユライ(クジラの精霊)たちの上空千メートル辺りに転移すると、暗闇と吹雪に包まれた世界が広がっていた。激しく舞う雪片が視界を遮り、遠くから轟く雷鳴が緊迫感を高める。


 ヴェネノルンの血を飲んだ者たちは、おそらくバンパイアに違いない。雪で視界が制限される中、地上を拡大してみても詳細は掴めない。


「ぬっ!?」


 背後に突如現れた気配に反射的に身を翻すと、小型空艇(くうてい)が猛スピードで飛び去っていった。この荒天下で、機体は危うげにふらついている。こんな吹雪の中を飛行するなど、乗員の命知らずぶりに驚かされる。


 その空艇(くうてい)から投下された何かが、地上で激しい爆発を引き起こす。眼下ではユライ(クジラの精霊)たちが木っ端微塵に吹き飛ばされ、純白の雪原が鮮血で染まっていく。爆発の衝撃波が雪煙を巻き上げ、さらなる混沌をもたらす。


 不可解なのは、精霊であるユライ(クジラの精霊)たちから赤い血が流れ出ている点だ。これまで抱いていた精霊のイメージとは大きく異なる。確か、エルフもドワーフもゴブリンも妖精の範疇に入ると聞いたことがある。精霊の中にも、実体を持つ存在がいるのかもしれない。


 吹雪が一瞬収まり、地上の様子が垣間見えた。そこでは、雪原用のかんじきを装備した多脚ゴーレムが颯爽と駆け回っている。搭乗者の姿は見えないが、おそらく寒さ対策のカウルで覆われているのだろう。六本脚を持つそれらは、バイクのようにまたがる形状をしており、その機械的かつ流麗な動きは、雪原を駆ける異様な美しさを醸し出している。


 雪原を縦横無尽に移動する六本脚の数は、優に千を超えているように見える。


『貴様らいい加減にしろ!!』


 突如、爆音にも匹敵する激しい念話が脳内に響き渡り、思わずバランスを崩す。ユライ(クジラの精霊)の姫御子フィアの怒気に満ちた声だ。


『スキル〝超念話(サイコブラスト)〟を確認しました。ニーナ・ウィックローのスキルと同じです』


『うっわ。俺の脳みそ大丈夫?』


 クロノス(汎用人工知能)の冷静な分析に、思わず不安がよぎる。このスキルは確か、脳をおぼろ豆腐のように破壊するやつだったはずだ。


『大丈夫です。液状(リキッド)生体分子(ナノマシン)が、即座に修復を完了しました』


 安堵のため息が漏れる。だが、回復が必要だったということは、確実にダメージを受けていたわけだ。


 眼下の六本脚は、まるで操り糸を断ち切られた人形のように、一斉に動きを停止した。無理を重ねて飛行を続けていた小型空艇(くうてい)も、力尽きたかのように墜落していく。


 スキル〝超念話(サイコブラスト)〟の威力は絶大だ。おそらく敵は全滅したに違いない。デーモンかバンパイアか定かではないが、脳を破壊されては最後、一瞬にして命を落としたのだろう。


 六本脚が向かっていた先は、間違いなくニューロンドン方面だ。正体は不明だが、これが軍事行動であることは明白。状況から判断するに、マリア・フリーマンの一派である可能性が高い。


 ユライ(クジラの精霊)がこれほどの力を持っているなら、ニューロンドンの安全は当面保たれるだろう。(イクリプス)が動く必要もないかもしれない。


『我が名はルベルト。ユライ(クジラの精霊)の長老である。お前は姫御子フィアを助けたソータか?』


 空中に浮かぶ身でありながら、鋭い眼光で俺を捉えるルベルト。その威圧的な口調は、以前と変わらない。


『違います』


『ウソをつけ!! お前の魔力の薄さは忘れられん! ユライ(クジラの精霊)の長老として命ずる! 貴様、名を名乗れ! さもなくば――』


 鬱陶しさが頂点に達し、連続で瞬間移動(テレポーテーション)を繰り出す。ユライ(クジラの精霊)の気配が完全に消えるまで距離を取り、そこから更なる転移を果たした。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ニューロンドンでの探索を終え、およそ一日半でラグナに帰還した。


 得られた情報は膨大だった。じーちゃんが元々そこにいなかったことは諦めがつくものの、マリア・フリーマンを取り逃がしてしまった悔しさは拭えない。彼女の逃亡先は不明だが、子爵(ヴィカウント)エミリア・スターダストなら何か知っているかもしれない。


 ヒューの妹エリーの魔導通信を傍受した際の情報から、エミリアは首都トレビにいるはずだ。


 格納庫に突如出現したことで、ラグナの衛兵たちが一斉に駆けつけてきた。


 バンダースナッチの姿が見当たらないことから、仲間たちは何らかの任務で出払っているのだろう。


「ふう、ソータさんですか。こんな風に現れられては、心臓が止まりそうです」


 先陣を切って走ってきたスライが、安堵の表情を浮かべながら言った。


「申し訳ありません。ここに直接戻るのが最短だと判断しました」


 幸い、誤解はすぐに解けたようだ。集まってきた衛兵たちも、苦笑しながら持ち場に戻っていく。しかし、軽率な転移は危険だということを改めて認識させられた。六義園では銃口を向けられ、帝都ラビントンでは無数の槍に囲まれた経験が蘇る。


 スライの案内で、ラグナの統治者グラニット・ルピナスの執務室へと向かう。わずか一日前、この部屋では机が叩き割られ、ファーギとの激しい口論が繰り広げられていたはずだ。しかし今、目の前に広がるのは傷一つない机と、埃ひとつ落ちていない清潔な床だった。


「早かったな、ソータ・イタガキ。前回はゆっくり挨拶する余裕もなくて悪かった」


 グラニットは立ち上がり、大きな机越しに手を差し伸べてきた。俺はその手をしっかりと握り返す。


「いえ、気にしないでください。それより、仲間たちの行方をご存じありませんか?」


「ソータくん。君の帰還を待って、詳細な作戦内容を伝えるよう言付かっている。応接室で話そうか」


「作戦? ……承知しました。お手数おかけします」


 俺とグラニット、そしてスライの三人で移動する。スライは奥の部屋へ向かい、お茶を用意すると告げた。


「さて、どこから話すべきか――」


 スライが紅茶を持って戻ってきたタイミングで、グラニットは口を開いた。部屋に広がる紅茶の香りが、僅かながら緊張を和らげる。


 ルピナス社が派遣した調査団は、マラフ共和国の正規軍との戦闘で全滅したという。北の巨大ゲートを目指す途中、雪原で不意打ちを受けたらしい。最後の一人が倒れるまで、魔導通信で状況を伝え続けていたそうだ。その言葉に、部屋の空気が一気に重くなる。


 俺は北極圏に存在するニューロンドンの話や、八芒星(オクタグラム)の形をした渦の存在を詳細に説明した。(イクリプス)(アビス)との遭遇、そしてマリア・フリーマンに逃げられた顛末まで、体験したことのほとんどを包み隠さず語った。


 隠し立てする理由はない。ニューロンドンには地球からの入植者たちが暮らしているのだ。万が一にも、誤って攻撃対象にならないよう、事実を伝えなければならない。その思いが、俺の言葉に力を与えた。


 一方で、ニューロンドンを脅かす存在として、先ほどユライ(クジラの精霊)と戦っていたバンパイアたちの存在を指摘した。タイミングから見て、マリア・フリーマンの一派である可能性が高い。その推測に、グラニットは目を細めて深く頷いた。


 彼らの処遇は(イクリプス)(アビス)に委ねるしかない。アスタロトの軍団の活躍にも期待したい。その言葉に、僅かながら希望と期待を込めた。


 俺の長い報告を黙って聞いていたグラニットは、難しい表情で腕を組んだ。彼の目には深い思索の色と、かすかな不安の影が宿っていた。


「通常なら信じがたい話だが、ソータくんの話はファーギからも聞いている。ニューロンドンの存在も、事実として受け止めよう」


 彼の言葉には、重い決意が込められていた。


 ファーギが具体的に何を話したのかは分からないが、信用してもらえたことに安堵する。


「ところでファーギたちはどこに行ったんですか?」


「ああ、それを言い忘れていた――」


 グラニット・ルピナスとファーギ・ヘッシュは、隣室で遠慮なく殴り合い、同時にその場に倒れ込んだそうだ。ヒュギエイアの水で双方を回復させた後、この部屋で冷静な話し合いを持ったという。


 メリル、アイミー、ハスミン、ジェスたち、ダンピールとなった四人は、密蜂(みつばち)のモルトの出迎えを受け、ミゼルファート帝国へ帰還したとのこと。

 彼らの状態を慎重に観察する必要があるらしい。


 ファーギ、ミッシー、マイア、ニーナの四名。

 佐々木と竹内の二名。

 彼らは二手に分かれ、首都トレビへ向けて出発したという。


 リアムはバンダースナッチの操縦を担当しているようだ。


 向かい合って座るグラニットは、真剣な眼差しで俺の表情を探っている。それ以上に、グラニットの背後に控えるスライの鋭い視線が、俺の内面を見透かそうとしているかのようだ。彼は俺がここを発つ前、佐々木と竹内との会話を耳にしていたはずだ。


 あの時、俺はじーちゃんの救出を誓った。しかし、その願いは叶わなかった。巨大ゲートは発見したものの、マリア・フリーマンには逃げられてしまった。この結果に、自分自身へのもどかしさと、周囲への申し訳なさが胸の内で渦巻く。


 スライの厳しい眼差しに、その失望が如実に表れているような気がした。


 グラニットは、やや歯切れの悪い口調で仲間たちの作戦を説明し始めた。その話し方に違和感を覚えつつも、作戦内容自体は概ね予想の範疇だった。


 仲間たちの目標は明確だ。始祖(プロジェニタ)ルイーズ・アン・ヴィスコンティ伯爵夫人、子爵(ヴィカウント)エミリア・スターダストの討伐。

 さらに、軍師ヘルミ・ラックと子爵(ヴィカウント)リリー・アン・ヴィスコンティも標的に含まれている。


 俺の心の中で、使命感が再び燃え上がる。


「スタイン王国へ向かいます。俺のじーちゃんがそこにいるという情報を得ましたので」


 決意を込めてそう宣言すると、グラニットとスライの表情が僅かに和らいだ。彼らは俺のソロ行動を予期していたのだろう。もし仲間との合流を口にしていたら、何か言葉を投げかけるつもりだったに違いない。


 部屋の空気が、(イクリプス)との面接以上に張り詰めていく。


 スタイン王国への道筋は未知のままだ。座標が判明していないため、空を飛んで探すしかない。


「お二方には大変お世話になりました。必ず結果を持って戻って参ります」


 丁重に頭を下げ、上空への転移を試みようとした瞬間、衛兵の一人が扉を蹴破らんばかりの勢いで飛び込んできた。


「申し訳ありません! ああ、良かった!! ソータさんですね?」


 衛兵は息を切らしながら、必死の形相で俺を見つめている。


「はい、ソータ・イタガキです」


「ファーギ・ヘッシュから緊急の救助要請が入りました。直後に魔導通信が途絶えてしまいました!」


 一瞬、頭の中が真っ白になる。何かの悪ふざけか? それとも、何らかの試練なのか? ファーギがそんな通信を送るはずがない。そう思いたかった。


「……」


 駆け込んできた衛兵は、固唾を呑んで俺の反応を待っている。


「おい」


 グラニットの低い声に、我に返る。


「……本当に、本気で言っているんですか?」


「冗談を言っているように見えますか? こんな事で嘘をつくわけがないでしょう!」


 俺の態度に、衛兵の声が怒りに震えた。


「深く、お詫びします」


 心からの謝罪の念を込めて、深々と頭を下げる。


 その瞬間、頭の中で歯車が高速で回転し始めた。


「ソロ行動の件は撤回します。仲間の救助に向かいます」


 衛兵の目をまっすぐ見つめ、強い決意を込めてそう宣言した。すると、グラニットから予想外の言葉が飛び出した。


「実はな、ソータくんがここを離れている間に、首都トレビの軍がラグナに襲撃をかけてきたんだ」


 グラニットの声には重苦しさが滲み、顔には深刻な表情が刻まれていた。


「えっ? それじゃあ、もう内戦状態になっているんじゃ?」


 グラニットの歯切れの悪さは、この事態を伝えるためだったのか。彼の目には、不安と怒りが交錯している。


「そうだな。そして、マラフ共和国の正規軍がファーギたちの身柄引き渡しを要求してきた。もちろん、我々はきっぱりと拒否したがな」


「……一体、何が起きているんです」


「奴らの狙いは、ソータのパーティーだったようだ――」


 グラニットの話に耳を傾ける。彼の声には、疲労と戦いの重圧が染み付いていた。ラグナの街としては、黙って攻撃を受け流すわけにはいかない。保護しているファーギたちを引き渡すつもりなど毛頭ない。


 しつこく要求される身柄の引き渡しを断り続ける中、ファーギから思いもよらない提案があったという。バンダースナッチ単独でラグナを脱出すると。


 ラグナの周囲の岩山は、マラフ共和国の空艇(くうてい)で完全に包囲されている状況だった。グラニットは、それを自殺行為だと必死に止めたという。しかし、ファーギやミッシーたちは、これ以上の迷惑は掛けられないと固く決意を示した。


 彼らの意志を覆すことができないと悟ったグラニットは、せめてもの援護射撃を約束して送り出したのだった。


 ラグナを取り囲んだ空艇(くうてい)の数は、想像を絶するものだったらしい。巨大な旗艦から小回りの利く偵察機まで、空が暗くなるほどの数が集結していたという。


 その包囲網を、まるで一条の光のように突き抜けて、バンダースナッチは飛び去っていったのだ。


「そして、ここからが本題だ」


 グラニットの声に、さらなる重みが加わる。


 ラグナの窮地を知ったエグバート・バン・スミス皇帝は、即座にマラフ共和国への宣戦布告を行った。この街の住民のほとんどがドワーフであることから、皇帝は全力で支援する意向を示したという。その言葉には、皇帝の固い決意とラグナへの深い愛着が感じられた。


 現在、首都トレビへの制圧勅令が発令され、ミゼルファート帝国の軍勢が進軍中だという。


 この予想外の展開に、俺は言葉を失った。状況が一変する中、次にどう動くべきか、頭の中で様々な思考が交錯していた。

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