233 魔術暴発
なんなんだこの状況は? 虫で騒いでいた客がまたしても爆裂火球を放つと、他の客が猛然と応戦をはじめた。
『石巌炸裂、爆轟衝撃波、氷塊爆破を確認しました。解析と改善が完了しました。いつでも魔法として使えます』
こんな風に、爆裂火球の別属性っぽい魔術が飛び交っている。俺はヒューとエリーごと障壁を張っているので、特に危険はない。
『ソータくん、これは逃げた方がいいんじゃないかな?』
『うん、逃げよう』
ヒューとエリーは、早速覚え立ての念話を使ってきた。
『このままじゃ死人が出るから、少し待ってね』
石巌炸裂が放たれ、空中で炸裂する。全方位にはじけ飛ぶ石塊に当たらないように、お客さん全員に障壁を張った。
そんな中、ひとりの客が爆轟衝撃波を放った。障壁内部で魔法を放てば、密閉空間の中で魔法の力が炸裂する。つまり死を意味する行為だ。俺は魔法を放った者だけ障壁を解除し、すぐに障壁を張り直す。
そんな状況でもまだ魔法を使う者がいる。氷塊爆破に爆裂火球と、ふたり同時に魔術が放たれた。今度も同じように、障壁を解除して張り直す。
しばらくそんな状況が続くと、さすがに魔力が無くなってきたようだ。お客さんは座り込んだり、大の字に寝転んだりと、魔力切れの者が目立ちはじめた。
そして最後のひとりがぶっ倒れた。
怪我人は出なかったが、店の中――教会の内装はめちゃくちゃだ。
カウンターに隠れていたホールスタッフが顔を出し、絶望の表情へ変わった。その光景を見たくないのか、すぐに座り込んで姿が見えなくなる。
『みんな魔力切れみたいだね。ソータくん、今のうち逃げた方がいいよ』
『そうそう、サイレンも聞こえて……、あれ? 通り過ぎちゃった』
ヒューが逃げると言ったあと、確かにパトカーのサイレンが聞こえてきた。しかし、店の前には停まらなかった。
「とりあえず出よう」
俺たちを包む障壁を解除して、三人そろって店から出る。
「……なんだこれ?」
声を出したのは俺だ。ヒューとエリーはあんぐり口を開けて、街の惨状を見回していた。
色々な場所で魔術が飛び交っている。窓ガラスを突き破って、空に向かってファイアボールが飛んでいく。ウインドカッターが街灯を切り倒した。ロックバレットは、自動車を穴だらけにした。
離れた場所から爆音が聞こえ、黒煙が立ち上った。街の人びとはパニックに陥っていた。お店にいた客と同じだ。みな意図せず魔術が発動している。
――ドン
俺たちに飛んできたファイアボールを、板状障壁で空に向けてはじき飛ばす。
「ソータくん、いったい何が起きてるのかな?」
隣にいるヒューは、街の光景から目を離さずに聞いてきた。
「さあ? ちょっと聞きたいんだけどさ、地球人って、みんな無詠唱で魔術ぶっ放すの?」
俺の問いに答えたのはエリーだ。
「あ、ほんとね。誰も詠唱してない」
人びとの魔力が増えて、無詠唱で魔術が発動。その上、制御できていない。
このままじゃ街が破壊されてしまう。俺は巨大な魔封殺魔法陣を上空に作り出し、ロンドンの街に落とした。風魔法を使っているので、形は分からないはずだ。
「あ、魔術が止まったね」
「もー、いったい何なの?」
街の人びとは、ホッとしたような、疲れ果てたような、そんな顔で座り込んだりぶっ倒れたりと、様々な光景が見られた。やはり本人たちの意思ではないか。
何が原因だろう。マリア・フリーマン派閥のテロ行為? それくらいしか思いつかないけど、どうやったらこんなことができるのだろうか。
俺たち三人は大混乱の街中を歩いていく。特に何をするわけでもなく、街の惨状を確かめながら。
「そういえば、あたしはなんで魔術が暴発しなかったんだろ?」
歩きながら首を傾げるエリー。確かにそうだ。彼女と街の人びとの違いと言えば……、バンパイアとニンゲンか。
エリーは、誰にも束縛されないヴェネノルンの血でバンパイア化している。そうなったのがマリア・フリーマンのせいだとしても、自由意志を持っているのだ。
「な、なにソータくん」
俺の視線に気づいたエリーは、恥ずかしそうに顔を背ける。まだ十七歳の女の子だ。ちょっと配慮が足りなかったな。自戒しつつバンパイアとニンゲンの差について考えてみる。
「エリーはさ、元々魔力が多かった?」
「ま、魔術は使えなかったけど、そうね。バンパイア化して、一気に魔力が増えたわ」
「んじゃ、元々魔力の操作には慣れていたって事?」
「んーと、それはバンパイアになって慣れたかなー」
エリーは頭をかきながらばつの悪そうな顔で答えた。
ヒューにも聞いてみよう。
「ヒューは何で魔法が暴発しなかったの?」
「あーうん。スキルはあまり話しちゃいけないんだけど、僕にはスキル〝魔力操作〟ってのがあってさ、自分の魔力を操作できるんだ。そのおかげだと思う。しかもこのスキル、魔力の使用効率も上がって、いいこと尽くめさ!」
そんなスキルを持っていたとは。なんて考えていると、クロノスが話しかけてきた。
『ソータはいつも無意識に使ってますけどね』
『あら、そうなの』
『極めていると言ってもいいでしょう。なにせ使用効率百パーセントですから』
なるほどねえ。
でも何となく分かってきたぞ。俺たち三人の共通点は、魔力の操作に慣れているということだ。魔術にしろ魔法にしろ、魔力をどうやって使うかが肝要になる。魔術が暴発したヒトたちは、魔力の扱いに慣れていなかった。
では、何故そうなったのかと考えると、ユライの姫御子フィアの能力で、魔力の経路が変えられていたことが思い浮かぶ。
マリア・フリーマン派閥へ魔力が集まるように操作されていたからな。
それをよしとしない蝕は、姫御子フィアの処遇を俺に任せた。咄嗟にではあったが、俺が姫御子フィアをドームの外に転移させてしまった。
それで魔力の経路が正常に戻って、ニューロンドンの人々の魔力が増えた。それはいいんだけど、これまで少ない魔力量だった人びとは、急に魔力が増えて制御不能になり、こんな事態を引き起こした。
このドームを満たす魔力の濃さがある限り、二度目、三度目の暴発事故が起きると想像に難くない。
間接的にだが、俺はこの件に噛んでいる。いやいや、ユライの姫をドームの外に転移させたのは俺だ。直接関与してるし。
道ばたに魔力を使いきって、息も絶え絶えなおばあさんが膝をついている。その近くには、血を流して倒れた若者がいる。
彼らを治さなければいけない。
「うわっ、何それ」
「ソータくんがやってるの?」
立ち止まって巨大な水球を作ると、ヒューとエリーが驚きの声を上げる。エリーに関しては、俺の魔法だと察したようだ。
水球はもちろん、ヒュギエイアの水だ。エリーはヴェネノルンの血でバンパイア化しているので、浴びても平気だ。俺はそれを何発も空に向けて飛ばし、ニューロンドンに雨を降らせた。
「さあ? 誰の魔法なんだろう」
しれっとそう言って、次々とヒュギエイアの水を打ち上げていく。この街は広い。この世界で見たどの街よりも。地球のロンドンから、全ての人が移住するつもりなら、人口一千万人を超える規模でなければならない。
だから俺はヒュギエイアの水を、ドーム内の隅々へ行き渡るように飛ばしていく。
土砂降りになったロンドン。みなびしょ濡れになってしまったが、魔力が枯渇していた人や怪我をしていた人が回復していく。雨の効果に気づいた人が、大声を上げて知らせている。彼らは水を手のひらで集め、屋内の人たちに届けに行った。
『あははー、僕の失敗だ。ごめんごめん。すぐ魔力経路と街を直すからさ』
蝕から念話が届いた。彼もこうなるとは思ってなかったようだ。彼の言葉通り、破壊された街が、逆再生するように戻っていく。地上部分もダンジョンの一部だから、そんな事も可能なのだろう。
雨がやむ頃には、怪我人もいなくなり、壊れた街は元通りになっていた。
『お互いのミスだ』
よく考えておけば、こうなることは予想できたはず。俺は改めて気を引き締めた。
『そだね。お互いにフォローしていけば、この世界を管理できる。今のうちにダンジョンマスターに――』
『しつこい』
『釣れないな~。まあでも、何かあったらまた力を合わせようね』
『ああ、そうしよう』
蝕とは、それくらいの距離感で十分だ。
……ん? 世界を管理できる? ああ、そういえば蝕は、この世界の魔力を調整する役割も担っているのだったな。独裁して管理するという意味ではないだろう。
俺をじっと見つめるヒューとエリー。ふたりとも怖がっている。
『ソータくんさ、君はいったい何者なの?』
『回復する水と、壊れたものを直したのはソータくん?』
二人とも周りに聞こえないように念話で話しかけてきた。俺の魔力は動いていないのでバレないと思ったけれど、言い逃れできる雰囲気ではない。ヒュギエイアの水は俺の前に現われて、空に向けて連射したのだから。
『人びとを回復させたのは、ヒュギエイアの水っていう万能薬みたいなもんだ。壊れた街を回復したのは蝕。全部俺一人でやったわけじゃないよ』
『は~、心臓に悪いから、これからはやる前にひと言教えるようにしてね』
『ソータくんがマリア・フリーマンみたいな悪党でなくてよかった』
軽い返事が返ってきた。思っていたより深刻な状況ではなかったみたいでホッとする。
周囲を見るとまだまだ混乱している。そこら中からサイレンが聞こえているので、警察や消防が総動員されているのだろう。そりゃそうだ。ヒュギエイアの水で雨を降らせたからといって、屋内の人たちには届かない。
「ごめん、ちょっと待って」
俺は立ち止まって、バス停のベンチに腰掛けた。目を閉じて、ドーム内の空間全ての気配を探っていく。
……やはり怪我人が大勢いる。
このドーム内全てに行き渡るように、回復魔法、治療魔法、解毒魔法、再生魔法、四つを同時に使う。次の瞬間ごっそりと魔力が減って、意識が飛びそうになった。
さすがに人が多すぎる。神威へ切り替えて、もう一度四つの魔法をドーム内部に使った。
怪我をした人びとの気配が、元気なものへ戻っていく手応え。魔法の効果が出たのだろう。
「ふう……」
さすがにこれは無茶しすぎかな。かなりの疲労感が襲ってくる。顔の前にヒュギエイアの水を作り、かぶりつくようにして飲み込む。そこでやっと一息つけた。
すると蝕から念話が届いた。
『ソータこらー! ちょっとやりすぎじゃないかな?』
『怪我人を回復させただけだ』
『そうじゃなくて! リリスの一派が、危うく全滅するところだったよ!』
『ああ、そういえばいたな。ごめんって伝えといて』
『むおおっ! その態度はなんだよ!』
ヴェネノルンの血を飲んだバンパイアは、ヒュギエイアの水を飲んでも何ともない。それはダンピールになったドワーフ四人組の件で明らかになっている。
しかし、リリス・アップルビーの血族は、ヒュギエイアの水や、光魔法で簡単に滅んでしまう。……いや、序列が高ければそうでもないか。
『今度茶菓子持ってお詫びに行くよ』
『おおっ、さすが。ちゃんと弁えてるね』
『社交辞令だ』
『あっ! この――』
下らない話が永遠に続きそうな気がしたから、さっさと念話を切って立ち上がる。ヒューとエリーは、何やってんだろうといった顔で俺を見ていた。
「ハイド・パーク支所に行こう。情報も集まるし、食事できるし、打ち上げはまた今度だ」
延び延びになって申し訳ないけど、仕方がない。これだけ混乱している中でやってる店はないだろうし。ヒューもエリーも頷いてくれたので、冒険者ギルドへ向かって進んでいく。
さっきまで鳴り響いていたサイレンはもう聞こえない。街の人びとはいったい何が起きたのか分からず、唖然としている者が多い。
そんな中、俺たちに近づき、並んで歩き始める紳士がいた。
「ソータよ、お前はネイトとどういう――」
「あー! アスさん! さっきぶりっ!」
その紳士は悪魔アスタロトで、あろうことか悪魔ネイト・バイモン・フラッシュの名前を出そうとした。どんな関係なのか知りたかったのかもしれないが、そんなことを口外してほしくない。
「アスさん? 我のことか?」
「そーそー!!」
「我にそのようなことを言うニンゲンは初めてだ。よかろう。その呼び方を許す」
なんて言ってるけど、仰々しい喋り方で、通行人たちが振り向いている。紳士になったのはいいけど、声もでかいし目立つんだよ。ヒューとエリーは、またビビってるし。
「行く方向が一緒だな! お前も同じか! ふははははははは!」
「……笑う要素がどこにあるんだよ」
「冒険者ギルドに攻め込むのだろう?」
「いや、攻め込まないし。てかアスさんも冒険者ギルドにいくの?」
「そうだ。ふははははははは!」
何だこいつ。マジで訳わかんねえ。なんだかんだ喋りながら、ロンドン冒険者ギルドハイド・パーク支所が見えてきた。
「なんだあれは。先にゆくぞ! ふははははははは!」
パチンと音がして、アスタロトの姿が消えた。目で追いきれない速さで移動したのだ。そして俺の目に映る冒険者ギルドからは、もうもうと黒煙が上がっていた。




