231 過激派
ベンチに座って偽物の空を見上げる。蝕の演説は、ようやく終わったところだ。まわりに人影はないが、背後から近づいてくるヒューと妹のエリー。気配を消しているつもりだろうけど、丸分かりだ。
何故こんな状況になったのかと思い返す。おそらくさっきの失言のせいだ。妹のエリーも冒険者ギルドに居たのだろう。気づかなかったが。
知らんぷりして空を眺めていると、闇脈が動いた。それはエリーのものだった。
ああ、なるほど。エリーは、ヴェネノルンの血でバンパイア化しているのか。つまり、マリア・フリーマンの過激派に属している可能性が高い。
地球では、魔術を教えると言って、魔術結社実在する死神が人びとを勧誘していたはずだし。
――――ズドン
エリーの放った爆裂火球が、俺の張った障壁で大爆発を起こした。真っ赤な炎が荒れ狂い、何も見えなくなる。座っていたベンチは消し飛び、まわりの芝生は焼け焦げ、ちょっとしたクレーターが出来上がった。
無警告で殺しにくるか。昨日エリーと会ったときは、めちゃくちゃよく喋る、明るくていい子だと思ってたんだけどな。
「エリー! さすがにやり過ぎだっ!」
ヒューの口調が変わっている。エリーの行動に驚いたのだろう。
「ごめんなさい。……でもほら。跡形も無く消えちゃったよ?」
そう思わせるために、炎が渦巻いているとき、俺は彼らの上空へ転移した。今は姿を消して、浮遊魔法で浮いている状態だ。彼らが本当に魔術結社実在する死神の過激派なのか探ってみよう。
ここで俺が手を出さないのは――――いや、出せないのは、彼らがイギリス人だからだ。ダンジョンにいた七人とは訳が違う。
そういえば、ドラゴニュートのレオ・ミラーってどこ行ってるんだろ? 七人のうち六人は始末できたが、ひとりだけ外出していた。放置するのは危険だから、いずれ見つけて始末しなきゃいけない。しかし今はこっちが優先だ。
「エミリア様、ソータ・イタガキを始末しました――」
エリーはおもむろに魔導通信機を取りだし、通話をはじめた。それを見たヒューは、怒った顔のまま妹のエリーを見つめている。言うことを聞かない妹に腹を立てているように見える。
だがこれで、子爵エミリア・スターダストと繋がっていることも確定した。まだ少し様子を見よう。俺を始末したと言っているエリーの報告を、エミリアが疑っているからだ。
必死に説明をするも、彼女の言葉はエミリアに信用されず、通話を切られた。エリーごときにソータ・イタガキを倒せるはずがない、そんな事を言われていた。
魔導通信が聞こえるのは、もちろんクロノスが俺の聴力を調整しているからだ。
エリーはガッカリした顔で、ヒューに八つ当たりをはじめた。
「ヒュー! なんであいつがニンゲンじゃないと教えてくれなかったの?」
「へ? ソータくんのことかな?」
「当たり前じゃない! 他に誰の話をするっていうのよ!!」
「ニンゲンじゃないってどういうこと? 僕はぜんぜん気づかなかったし、彼から魔力を感じなかったよ? こっちの世界でも、魔術の得手不得手があるみたいだし。ソータくんもそうじゃないかな」
魔力が無いと思われるのはいつものことだ。魔力の使用効率百パーセントというのは、偽装にも役立っている。
それよりもだ。子爵エミリア・スターダストは、俺の何を知っている? 相当調べなければ、俺がニンゲンじゃないと辿り着けないはずなのに。
ああ、ミノタウロスら七人は、俺と同じ手術をしていた。汎用人工知能を頭に埋め込み、体液が全て液状生体分子だ。
ならば、その話を聞いた時点でニンゲンではないと思われたのか。
それは本人に聞けば分かるか。
周囲に人影がないことを確認し、いったん地上に降りる。彼らから少し離れた場所で、透明化を解除した。
「ヒュー」
「ソータくん……」
「あんた何で生きてんのよっ!」
エリーはそう言って、また爆裂火球を飛ばしてきた。
――――ズドン
もう一度障壁を張って、爆裂火球を防ぐ。しかし今度は転移せず、その場に立ったままにしておいた。炎と煙がなくなり、障壁に包まれた俺を見て、ヒューとエリーは驚きの表情を見せる。
「へえ……。ソータくんさあ、爆裂火球を防御できるなんて、すごい魔術だね」
「ヒュー、聞いてくれ」
「なんだい?」
「ちょっとヒュー! こいつは敵だってば!」
そう言ったエリーは、もう一度爆裂火球を放つ。が、彼女の前に現われた大きな火球は元から何もなかったように消え去った。
ヒューに付与した、スキル〝魔封殺〟の効果だ。
自分の魔術が消えて、唖然とするエリー。初めての経験なのだろう。
「エリー、おとなしくしてて」
「今のはヒューなの!?」
「おとなしくしてろ。何回も言わせるな」
言うことを聞かないエリーに、ヒューは強い口調で注意した。このままだと兄妹喧嘩になりそうなので、話を進めよう。
「なあ、ふたりとも魔術結社実在する死神に属してるのか?」
睨み合っていた兄妹は、しかめっ面をしながら俺の方へ顔を向けた。
「そうさ。僕は魔術結社実在する死神の一員だ。世間では過激派なんて呼ばれてるけどね」
「……」
ヒューはちゃんと返事して、エリーは俺を睨み付ける。
「ヒュー、君は妹がバンパイアになっていると知っていたんだろう? そうなる前に、どうして止めなかった」
「ははっ、僕の言うことを聞くような妹じゃないからね。どうしても魔術を使いたかったみたい」
ヒューは妹を見ながらカラカラ笑う。あの感じだと確かに言うこと聞かなさそうだ。ヒューはしかたなく容認しているということか。
「地球で魔法と魔術の存在が明らかになって、まだそんなに時間が経ってない。実在する死神の魔術に頼らず、魔法を練習すればよかったんじゃない?」
たしか魔術結社実在する死神は、魔法より魔術を使うようにすすめていたはずだ。
「あんた何様のつもり? あたしは魔法が使えなかった! 魔術も使えなかった!! だからバンパイアになった!! それのどこが悪いって言うの!!」
「……」
激高したエリーの言葉に、俺は黙るしかなかった。
この世界でもそうだ。魔法の得手不得手はある。それは個人だったり種族だったり、全てのニンゲンが世界を滅ぼすような魔法が使えるわけじゃない。
魔法や魔術が使えないという劣等感。それがエリーのバンパイア化に繋がったのだ。
地球の人びとは長い間、魔法や魔術は創作の産物だと思っていた。しかし、CERNの上空にゲートが開いて以来、魔法や魔術の存在が明らかになった。
それを上手く利用したのが魔術結社実在する死神。
やつらは魔術を教えると言って、その構成員を爆発的に増やした。真面目にやっていたのは、魔女シビル・ゴードン、真祖リリス・アップルビー、このふたつの派閥だけだ。
ビッグフットの悪魔、ネイト・バイモン・フラッシュは、考えを改め真面目にやっているはずだ。
不真面目というか、地球の人びとを利用し、使い捨てにしているのが、魔女マリア・フリーマンだ。
「マリア・フリーマンは、もうここには居ない。蝕の演説で言ってただろ。この地のマリア・フリーマン派閥は、もう終わりだ」
「……」
「……」
ふたりとも黙ってしまった。
「蝕は、こうも言ってただろ『地球の人びとを受け入れる。マリア・フリーマンの派閥と敵対する』ってさ」
「そんなの誰が信用するの? あたしは実在する死神のおかげで魔術が使えるようになったのよ? 蝕? はあ? ARか三次元映像か分かんないけど、あれがあたしに何かしてくれたの? あたしは現実主義なの!! 目に見えない力より、目に見える魔術を信用するわ! あたしの事情も知らないくせに、偉そうにゴチャゴチャ言わないで!!」
うおっ!? よく喋るのは変わってない。口調が悪くなってるけど。
「そうだね。言い過ぎだったかも」
「よろしい。それじゃあ――死ねええええええっ!!」
エリーはまた爆裂火球を放とうとした。
「やめなさい」
ヒューはエリーの頭にげんこつを食らわせ、再びスキル〝魔封殺〟で爆裂火球を消し去った。げんこつが相当痛かったのか、エリーは涙目になって黙った。
「ヒュー、エリー、これだけは知っておいて欲しい」
「なんだい?」
「……」
俺はリリス・アップルビーの血脈について説明をした。
真祖、始祖、子爵、騎士、一般、落伍者。
本来のバンパイアは階級に従って、厳格な上下関係がある。
マリア・フリーマンがニンゲンをバンパイア化した方法は、真祖リリス・アップルビーとは関係がない。
ヴェネノルンという聖獣の血を錬金術で作り変え、それを輸血するか直接飲むことでバンパイア化する。
「つまり、エリーは誰にも支配されない、自由なバンパイアってことだ」
俺の話が終わると、目の前の空間が歪んで見えた。そこに白く光るヒトの形をしたものが現われる。ちょうど俺とヒューたちとの間だ。
「ソータくん、いつまで話してるんだい?」
「蝕か。念話じゃなく声も出せるんだな」
「それくらいできるさ。いや、そうじゃなくて、このふたりもマリア・フリーマン派閥だよね」
そう言った蝕の両腕が、白い剣の形に変化した。
次の瞬間、蝕はヒューとエリーに斬りかかっていった。
俺は慌ててヒューたちに障壁を張ったが、簡単に斬られた。通常の障壁では歯が立たない。俺は魔力、神威、冥導、闇脈、四つの素粒子を使って、再度障壁を張った。
――――ガキィン
蝕の刃がヒューに届く直前、ギリで障壁が間に合った。
蝕はターゲットを変更し、エリーへ斬りかかった。
しかし結果は同じ。俺が張った障壁で蝕の剣ははじかれる。
「おいこら蝕。いきなり何なんだよ」
「あれー? 君は僕に実在する死神の処遇を任せたよね?」
「そうだな。任せたけど、マリア・フリーマン派閥を殺せとも言ってない」
「それが君の言う、相対的な善悪かな?」
「そう。分かってるじゃないか。マリア・フリーマンの派閥に属していても、個々で事情があるんだよ。そこは考慮してくれ」
「それは面倒だね。僕がこの街の人びとを全員審査しなきゃいけないってことかい?」
「その通り。それくらいやれ」
「ははっ! 分かったよ。個々の事情を調べて、対処するよ」
「ああ、そうしてくれ」
「それじゃあ、またね」
蝕は納得したのか、白いヒト型はスッと姿を消した。
周囲にヒトが集まってきている。爆裂火球の音は、かなり大きかったからな。こうなるのは当然だ。
「ヒュー、エリー。今のが蝕で、ニューロンドンを作ったダンジョンコアだ。とはいえ、ニンゲンに近い思考能力と感情がある。だから話せば分かる奴だから安心してくれ」
「……そ、そうなんだ」
「い、今のは何が起きたの」
ヒューもエリーも、斬り殺されそうになったことは理解出来ている。ふたりとも顔が青ざめて、脂汗をかいていた。
「話していたとおりだ。蝕は、マリア・フリーマンの派閥を皆殺しにするつもりだった。けど、そうじゃないと言ったら理解してくれただろ?」
「へ、へえ……」
「あ、あたしはどうすれば……?」
相当ビビってるな。
「エリー」
「は、はい!」
「エミリア・スターダストが、バンパイアだと知ってるよな。奴とはもう連絡を取るな」
「は、はいっ! ほ、他には何をすれば!」
「とりあえずふたりとも、マリア・フリーマンの派閥から抜けること。ほかの派閥もこの地に紛れ込んでるはずだし、そっちに鞍替えすればいい。オススメは魔女シビル・ゴードンの主流派だ」
「あっ、リリス・アップルビーの派閥がいるって聞いたことある! ソータくん知らない?」
エリーは目を輝かせて言った。どうやら俺が敵でないと分かったみたいだ。
「知らない」
「えーっ! さっきの訳わかんない力で探してよっ!」
「あー、ちょっと待った」
闇脈を感じた。爆裂火球の音を聞いて、集まってきていると思った人びと。彼らは全員バンパイアだった。
それどころか、ドームの上空に大きな気配が現われ、何者かがハイド・パークに落ちてきた。
――――ズドン
振動ですこし身体が浮き上がった。芝生がめくれて吹っ飛んでいき、もうもうと土煙が立ち込める。風が吹くと、落ちてきたものの姿があらわになった。
「我はアスタロト。貴様がソータ・イタガキか」
アスタロトの姿は、一言で言えば圧倒的だった。炎そのものを纏いながら、巨大な黒いドラゴンにまたがっている。彼の目と思しき部分は深紅に燃え、右手には獰猛な毒蛇がぐるりと巻きついている。蛇は時折舌を出し、周囲を警戒していた。
アスタロトの口からは、耐え難い悪臭が漂ってきた。それは彼の言葉そのものが、周囲の空気を腐らせるかのようだった。
アスタロトってなんか聞いたことあるな。アニメだっけ、聖書だっけ、なんてぼんやりと考えながら腰を落とし、何が起きても対処できるように神経を尖らせた。




