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量子脳で覚醒、銀の血脈、異世界のデーモン狩り尽くす ~すべて解析し、異世界と地球に変革をもたらせ~  作者: 藍沢 理
11章 北極圏

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229 ゆらぐ信任

 マリア・フリーマンは白い机に向かい、精力的に書類整理を進めていた。その手元には、膨大な量の報告書と綿密な計画書が整然と並べられており、彼女の目はそれらの文字を鋭く追っていた。


 そこへ突如、ドアが勢いよく開かれ、ノックもせずに駆け込んできた女性がひとり、大きな声で報告する。


「マリア様っ! 牛頭人(ミノタウロス)のスロー・ベルが行方不明。半馬人(ケンタウロス)のエリック・バート、人狼のジイ・ウィルソン、マーメイド族のエナ・ロペス、妖精族のサーラ・モーガン、四人が量子(クオンタム)(ブレイン)を切除されて死亡しました!!」


 報告した女性は、バンパイアのタイニー・ベネット。黒いドレスに黒いマントを着衣している。その顔は恐怖で引きつり、目には焦りの感情が浮かんでいた。


 それを聞いたマリアは表情ひとつ変えずに口を開いた。その声は冷静で、まるで何も驚くことがないかのようだった。


「……タイニー・ベネット。生き残りは、あなたと、レオ・ミラーだけ?」


「はっ、はいっ!! バンパイア化病棟の輸血保管庫も破壊されました! ダンジョン内に裏切り者がいると思われます。至急(イクリプス)を使って排除していただければと!」


「わかったわ。あなたは護衛を付けて――――」


 マリアの言葉が途切れ、不審に思うタイニー。よく見るとマリアはタイニーを見ておらず、彼女の背後を見つめていた。


「タイニー、あとをつけられたようね」


 マリアはそう言って転移魔法で姿を消した。


 タイニーが振り返った瞬間、ソータがゲートから姿を現した。


「逃したか……」


 ソータはそう言って、タイニーを見据えた。その声には、どこか冷めた感情が漂っていた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 試作型量子(クオンタム)(ブレイン)の回収は順調に進んでいた。その成功はスロー・ベルと(イクリプス)から得た情報のおかげだ。


 しかし、簡単にマリア・フリーマンの元へ辿り着けないことも分かった。彼女は直属の部下しか入れないよう、ダンジョン内部に空間魔法で特殊な別空間を創り出していた。異世界の神々から見つからないようにと、徹底していた。


 直属の部下とは、試作型量子(クオンタム)(ブレイン)を移植している七人のことで、生き残っているのはあとふたりだけ。


 そのうちのひとりであるバンパイアのタイニー・ベネット。


 俺が彼女の部屋に到着したとき、部下から連絡を受けていた。


 ダンジョンの幹部四名が殺害され、牛頭人(ミノタウロス)のスロー・ベルが行方不明というものだ。犯人はもちろん俺だ。


 報告を聞き終わったタイニーは、姿を消した俺に気づかないまま、必死の形相で部屋を飛び出していった。


「マリア様に知らせなくちゃ」


 そう呟きながら。


 彼女を逃がすわけにはいかない。後ひとりいるマリア・フリーマン直属の部下、ドラゴニュートのレオ・ミラーは外出中だった。彼女を見失えばマリア・フリーマンの元に辿り着けない。


 廊下にはダンジョン内部で働いている実在する死神(ソリッドリーパー)の構成員が大勢いる。彼女は黒いドレスに黒いマント姿で目立つので追いやすい。


 だが、その速さは俺が追いきれるものでは無かった。これが試作型量子(クオンタム)(ブレイン)の性能なのだろう。


 スキルを使って追ってもいいが、それが原因で俺の存在がバレては元も子もない。結局、走って追いかけるしかなかった。


 彼女はダンジョンを駆け抜けていき、地下の最深部へ辿り着いた。そこは光と闇の渦巻く、巨大な空間。中心部には幾重にも障壁が張られた、要塞のような建物がそびえていた。


 姿を消して付いて行く俺に、タイニーは気付く様子も無い。彼女は障壁を次々と解除し、まんまと俺の道先案内人を務めてくれた。


 タイニーが最後の障壁を解除した瞬間、マリア・フリーマンらしき強烈な気配が感じられた。その気配には危険な鋭さがあり、俺の背筋を凍らせた。このままついていけば、必ずバレる。そう確信して、いったん足を止めた。


 砦の中は静寂に包まれていた。感じる気配はタイニーとマリア・フリーマンふたりだけ。俺は部屋に入らず、外の物陰に身を隠して中の様子を探っていた。


 タイニーの報告する声が聞こえると、マリアの気配が薄く広がり、衝撃波のようなものが俺を通り抜けた。その感覚は冷たい風のようだった。おそらくマリアは、タイニーに追跡者がいないのか確かめたのだろう。


 俺の存在に気づかれた。


 慌ててゲートを開いて部屋に入ると、そこには既にタイニーしか残っていなかった。


「逃したか……」


 驚いた顔で俺を見るタイニー。鳩が豆鉄砲を食ったような顔で俺を見つめている。


 あ、しまった!


 焦ってゲートを開いたから、時間遅延魔法陣を飛ばしてなかった。


『スキル〝吸血鬼の女王(バンパイアクイーン)〟を確認しました。ソータには使えません』


 お、おう。解析しないで使えない言われたのは初めてだ。


『ソータはバンパイアの女王になりますか?』


『いや、遠慮しとく』


 いやいや、余裕こいてクロノス(汎用人工知能)と喋ってる場合じゃねえ。


 スキル〝吸血鬼の女王(ヴァンパイアクイーン)〟の効果だろうか。タイニー・ベネットの瞳は紫色に染まり、口からは牙が伸び、その先端が鋭く光った。


 そして急に引っぱられる感じと同時に、俺の皮膚から血液(リキッドナノマシン)が滲み出た。たちまち俺の皮膚から離れ、タイニーへ向かって一斉に飛んでいく。その様子は、銀色の蝶が舞い踊るようだった。


 タイニーは、蝶の形になった液状(リキッド)生体分子(ナノマシン)を全身で浴びて、恍惚としながら至福の時を迎えたような官能的な笑みを浮かべる。


「ふふふっ……。これ、液状(リキッド)生体分子(ナノマシン)ね。ということはあなたがソータ・イタガキ。この血もっとちょうだい。そして干からびて死になさい!」


 クッソ、こいつも俺と同じ手術をしているんだった。体液が同じ液状(リキッド)生体分子(ナノマシン)だから、吸収しても害はないのか。


『ソータ、動かないでください』


 なんだクロノス(汎用人工知能)。タイニーのヤバそうなスキルが発動しているってのに、おとなしくしろってどういう意味だ?


 俺の皮膚から滲み出ては飛んでいく液状(リキッド)生体分子(ナノマシン)。タイニーはそれを浴びて、黒いドレスとマントが銀色に変わっていく。その変化は、まるで月明かりに照らされた湖面のように美しかった。


「ああ、これがあなたの過去。これがあなたの力の根源。全て私のものに――――」


 タイニーの言葉はそこで途切れ、身体が硬直した。恍惚とした表情は苦痛に歪み、紫色の瞳から銀色の涙が溢れ出す。その瞳はくるんと白目を剥き、彼女の表情が消えた。


 身体中から液状(リキッド)生体分子(ナノマシン)が吹き出し、タイニーは枯れ枝のように変わり果ててパタリと倒れた。


『バンパイアがアイテール(・・・・・)を体内に入れるとこうなります。安心してください、ソータの液状(リキッド)生体分子(ナノマシン)は既に増量済みです』


『……あー、こうなるって知ってたんだ』


 それならクロノス(汎用人工知能)が言った「動くな」が理解できる。ただなあ、前々から思ってるんだけど、彼女は俺が知らないことをよく知っている。汎用人工知能として、様々な出来事から学習していることは分かるけど……、それでも知りすぎ感が否めない。


 闇の血しぶき(シャドウ・サングイン)って、中二病っぽい名前付けて間違ってたけどさ。


『ぶう!』


『はいはい、クロノス(汎用人工知能)。いい加減、俺の心を読むのはやめなさい』


『ソータは私、私はソータ。私とソータは一心同体』


『面倒くさい。さっさと次に行くぞ』


『ソータが冷たい……』


 冷たくはないさ。クロノス(汎用人工知能)は俺の相棒で、頼りがいのある存在だ。彼女がいなければ、俺はこの世界で何度死んでいたかことか。


 枯れ枝みたいになったタイニーは、いつの間にか灰に変わっていた。万が一の蘇生を防ぐため、ヒュギエイアの水を灰に振りかけた。


 さて、俺はマリア・フリーマンに探知魔法を使っている。彼女がどこに逃げたのかはすぐに分かる――うん? 探知魔法の効果が切れた。


 マリア・フリーマンは、俺の魔法に気付いて効果を打ち消したのだろう。


 一気に片を付けるつもりだったけど、そう簡単にはいかないか。


 慌ただしく逃げ出したマリアは、きっと重要な情報を残していったはずだ。白い机に向かって座り、つけっぱなしのパソコンを操作し始めた。



『やあ、上手くいったみたいだね』


 机の上に突然現われた八芒星(オクタグラム)。ふわりと浮いた(イクリプス)だ。


『邪魔しないでもらって、ありがとね』


『どういたしまして』


 邪魔するな、とかひと言も言ってないが、彼は何もしてこなかった。マリア・フリーマンによって攻略され、ダンジョンの権限を全て奪われているはずなのに。


 そう思って気付いた。


 マリア・フリーマンは、俺の姿を確認した瞬間、転移魔法で逃げた。その逃げっぷりは潔く、逆に感心するほどだった。


(イクリプス)、マリア・フリーマンは何故、ダンジョンの力を行使しなかった……?』


『そりゃあ、マリア・フリーマンはマスターとして相応しくないと思ったからさ。僕は君たちのいう、Sランクダンジョンだ。マスターだから何でも言うこと聞くわけじゃないからね』


 うん、これはあれか。流刑島のダンジョンコア、アビソルスが、ダンジョンマスター田島(たじま)涼太(りょうた)を見限ったときと同じだ。


『マリアは、俺に攻撃しようとして、ダンジョンの力が行使できなかった。それで逃げたってことかな?』


『そうそう。彼女はもうダンジョンマスターじゃない。あいつはそもそも、ひとりで僕に勝ったわけじゃないからね。ソータくん、君のおかげで、また自由になれたよ』


『俺のおかげ? ……あ、もしかしてマリアは七人の部下と一緒に、(イクリプス)の攻略に来たのか』


『そうだね。それともうひとり。君のお爺さん、魔王(カオスブレイカー)ヒョータ・イタガキもいたよ』


『俺のじーちゃんに恥ずかしい二つ名をつけんなコラ』


 (イクリプス)の話に真面目に付き合うと疲れる。

 つまりマリア・フリーマンは、九人がかりで(イクリプス)を攻略したってことだ。


 その内の六人を俺が倒した。じーちゃんはこのダンジョンにはいない。七人の部下の生き残り、ドラゴニュートのレオ・ミラーは外出中。九人のうち八人がダンジョン内にいない。それで(イクリプス)は、もう攻略されることがないと考え、マリア・フリーマンのダンジョンマスターとしての権限を剥奪したってわけだ。


 でも、ちょっと引っかかる点がある。


『……じーちゃんが手伝った? (イクリプス)の攻略を?』


『そうそう。彼はマリアたちにすごく協力的で、よく働いているよ』


『まあ、そりゃあね。じーちゃん、巨大ゲートを探さないように、のらりくらりしているはずだし』


『そんなことない。僕の地下にある八芒星(オクタグラム)を見つけたのはヒョータ(板垣兵太)だよ』


『まあそうだね。じーちゃん追い詰められて、探さざるを得なかったんだろうし』


『……いつまで目を背けるつもりだい? 現実逃避しても何もならないよ』


『……』


『君のお爺さんは、君を裏切っている』


『……はは。笑えねえ。笑えねえけど、そうだな。(イクリプス)の言葉が、痛烈な真実として胸に突き刺さる』


 じーちゃんは、魔術結社実在する死神(ソリッドリーパー)の過激派七人にぴったりマークされて、自由に動けないといっていた。巨大ゲートを探せという話も、探す振りをするだけだと言っていた。


 けど、ここに来て、そうではなかったと分かった。現実を見れば明らかだ。


 巨大ゲートは発見され、(イクリプス)の力を以て、ニューロンドンが造られている。七人の実在する死神(ソリッドリーパー)過激派は、全員このダンジョンの中にいるというのに、じーちゃんはスタイン王国にいる。


『どうするつもりだい?』


『ずっと疑問に思っていたことが、この地に来てようやくハッキリした。まあ、じーちゃんに聞かなきゃ分からないけどね。行動では裏切っているように見えるけど、何か考えがあってのことだ。俺はじーちゃんを信じるよ』


『君たちニンゲンは、時として不合理な結論を出す。今回はその最たる例だね。君のお爺さんが君を裏切っているという証拠は山ほどあるのに、肉親だからという理由で、目を背けている。それは典型的な確証バイアスだ』


『……俺もたった今自覚したところだ』


『違うね。君はもうニンゲンじゃないだろ。君のアイテールは、神の世界に属してる証拠だ。確証バイアスなんていう、ニンゲンの枠にとらわれてたら、いつか君は死んでしまう。早いところ考えを改めた方がいい』


『……でも、俺はニンゲンでありたいんだ。あと少しだけでいい』


『そこなんだよ。君は利他主義だ。命をなげうってでも、地球の人類を助けようとしている。君の行動がそれを物語っているんだからさ』


『……』


『まあいいさ。僕は地球の人類を受け入れると決めた。マリア・フリーマンがダンジョンマスターでなくなっても、地上のロンドンは守ってやる』


『……そんな事出来るのか?』


『石油を使わないことと、核分裂をさせないことが条件だけどね。代わりのエネルギー源は、この世界に山ほどあるし。――――それでお願いがあるんだけどさ』


『なんだ、改まって』


『マスタールームのユライ(クジラの精霊)を排除してくれないかな?』


 ユライ(クジラの精霊)の長老、ルベルトが言ってたな。姫御子フィアを救い出して欲しいって。


『自分でできないのか?』


『出来ないから頼んでるんだ。とりあえず来てくれるかな』


 (イクリプス)の言葉が終わると、景色が変わった。ダンジョン内を転移させられたようだ。


 そこは広大な空間で、焼けるように暑い。


 突如として、底知れぬ空間へ自由落下が始まった。


 不意を突かれた俺は、咄嗟に浮遊魔法を発動させ、同時に全身を覆う強固な障壁を展開した。

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