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量子脳で覚醒、銀の血脈、異世界のデーモン狩り尽くす ~すべて解析し、異世界と地球に変革をもたらせ~  作者: 藍沢 理
11章 北極圏

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228 ケンタウロス

 ビックリするくらい簡単に降参した(イクリプス)からも、様々な情報を得ることが出来た。スロー・ベルから聞き出した情報と比較して、ほとんど差が無い。情報の精度が高まったというわけだ。


 それに、降参の意思は、信用していいと思う。


 というのも、(イクリプス)本体が目の前に浮かんでいるからだ。この距離ならいつでも割ることが出来る。降参したというのは本当だろう。


 立体感がなく、どの方向から見ても八芒星(オクタグラム)に見えるという、不思議な水晶。ぐるっと回ってみても、形が変わらない。どういう仕組みなのだろう。


 そうやって観察していると、(イクリプス)は別の話を始めた。


『ソータくんはさ、この世界で何を成そうとしているの?』


『この世界で……?』


『そう、この世界で』


『いまは、マリア・フリーマンを叩いて、じーちゃんを助けることかな。中長期的な目標は、地球人の受入れ態勢を整えること。パンパイアとデーモンは、情報が入り次第叩く』


 言葉にするとこんなものだ。とても困難なことだと思うけど。


『そうかい。君は善人なんだね』


『善人な訳ないだろ。俺はどちらかというと悪人の方だ』


『面白いね。君は自分を悪だと思っているのか。ねえ、君はドストエフスキーの罪と罰を知ってるかい?』


『読んだことはあるよ。てか、何でドストエフスキー知ってんの?』


『僕の地上部分が何だか知ってるでしょ? 図書館の本は全て読んだよ』


『へぇ……。図書館で罪と罰を読んだのか』


『そうだよ。罪と罰の主人公ラスコーリニコフも、君と同じように自分を悪と見なした。彼は罪を犯し、罰を受けた。しかし、真の善悪はどう定義するのか、人々の価値観はどう変わるのか、それは深い問いだ。君は善と悪をどう捉える?』


『善と悪は個人の立場や主観で変わる相対的なものだ。絶対的な善悪は存在しない。俺は俺の正しいと思うことをやっている。それは他人から見て悪と映ることもあるだろう。そんな俺が、自分を善だと言ったら鼻で笑われちまうわ』


『そうだね。だからニンゲンは、法律を作った。やってはいけないことの線を引かなければならなかった。自らルールを作らなければ統制が取れないケダモノ、それがニンゲンだ』


『だろうね。それでも人殺しは起きるし、戦争も絶えない。聖書が唱えた利他主義は誰も信じず、愚かで怠惰な利己主義が蔓延している。その結果が、歯止めのきかなくなった地球温暖化だ』


『どうしてそんな愚かな人類を助けようとする? 君がやっているのは欺瞞だ。自身の力に酔いしれて自己満足してるだけじゃない?』


『俺が介入することで、多くの人の笑顔が見れるなら、それでいい。自己満足だよね。だから否定しないさ。というか、(イクリプス)。あんたが何者か、何となく分かってきたよ』


『へえ……。僕が何だと思うんだい?』


 俺はこの世界に来た当初、地球と同じ星座があることから、量子力学で言う多世界解釈を真っ先に思い浮かべた。


『あんたは俺の住む地球と同じ存在、だろ? ダンジョンコア(イクリプス)なんて言ってるけど、地下にある八芒星(オクタグラム)の魔力を調節し、ニンゲンの生きやすい環境を作っている』


 地上部分のロンドンを見りゃ一発で分かることだ。


『……』


『否定はしない、か。俺は多世界解釈を前提にこの世界を捉えている。本来は理論的に行き来できない世界だけど、それが出来る。理由はこの世界にある魔素、神威(かむい)冥導(めいどう)闇脈(あんみゃく)、それら素粒子の存在だ』


 ゲート魔法を使えば、地球と異世界を行ったり来たり出来る。そもそも、野良ゲートや巨大ゲートの存在で、元から行き来できていたのだし。


『……』


(イクリプス)、あんたさ、地球(クトニエ)と連絡取れてるの?』


『……地球(クトニエ)と連絡が取れなくなったから、地球人の受け入れを手伝ってるんだ――――。そろそろお別れだ。マリア・フリーマンに気付かれる前に、僕は消えるよ』


 (イクリプス)は話の途中で何かに気付いた。それはおそらく、ダンジョンマスター、マリア・フリーマンの動きを察知したのだろう。(イクリプス)は、俺の前からこつ然と姿を消した。


 しんどいな。色々と。神話は概ね事実、と言っていたリリス・アップルビー。あいつの言葉がしみる。


 (イクリプス)の話が本当なら、地球(クトニエ)は死んでいる。あるいは(イクリプス)をシカトしている。それとも(イクリプス)の問い掛けに応じることが出来ない状態なのかもしれない。


 地球温暖化に嫌気がさして、人類を見捨てたという線もあるか……。地球の北極にも、(イクリプス)のようなダンジョンがあるのかな。



 うん。そっちに構ってる暇はない。いまは目の前のことを片付けないと。


 スロー・ベル、(イクリプス)、二つの情報源から、特定できたことがある。じーちゃんに付きまとっていた実在する死神(ソリッドリーパー)七人の情報だ。その中のひとり、スロー・ベルは倒した。残りの六人は、このダンジョン内にいる。


 そして、マリア・フリーマンもいる。


 まずは試作型量子(クオンタム)(ブレイン)の回収だ。ついでにマリア・フリーマンも〆る。


 そのあと、ラグナに寄って仲間と情報共有しよう。


 スタイン王国へ向かうのは、少し時間がかかりそうだ。じーちゃんを早く助けに行きたいけど、今ここでやることを疎かには出来ない。


 無限空間魔法陣を解除して、部屋を元に戻す。俺は姿を消したまま、静かにドアを開けた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 この内装って、(イクリプス)の趣味なのかな……? ダンジョンの廊下は、古き良きイギリスのホテルのような雰囲気だ。品の良い絨毯が敷かれ、ほこりひとつ見当たらない。壁には所々に絵画が掛けられ、一定間隔で花が生けられた花瓶が置いてあった。

 木製の壁はとても古く、年季が入って見える。


 そんな中を俺は姿を消したまま移動していく。気付いているのは(イクリプス)くらいだろう。万が一(イクリプス)が攻撃してきたら暴れてやろうと思っていたけど、おとなしくしている。


 半馬人(ケンタウロス)、バンパイア、人狼、ヒト族、マーメイド族、ゴブリン族、オーク族、様々な種族とすれ違いながら、ダンジョン下層にある病院施設へと向かった。階段がないのには驚いた。かわりに(イクリプス)が作ったエレベーターに乗って移動すると、目の前に病院っぽい空間が広がる。


 というか病院だな、このフロアは。


 ここでは、魔術結社実在する死神(ソリッドリーパー)に新規加入してきた地球の人びとをバンパイア化していると聞いている。彼らはリリスの眷属ではなく、ヴェネノルンの血でバンパイア化しているのだ。


 マリア・フリーマンには人類を助ける気持ちもあるが、それは付属のようなものに過ぎない。彼女は魔術結社実在する死神(ソリッドリーパー)の看板で人々を集め、自ら人選を行なった後、バンパイアに変貌させ私兵として使っている。彼らの(いのち)は、彼女の(めい)に従って散らされるのだ。


 白衣のドクターはニンゲンとバンパイアが半々。看護師も同じく半々。大部屋がたくさんあって、そこには十人ずつ寝かされている。全員意識は無く、輸血されていた。おそらくヴェネノルンの血だ。


 悪いけど彼らをバンパイア化から救うことは出来ない。俺は目標の部屋を見つけて、中へ転移した。


 そこは地球の輸血保管庫と変わりない。ただし規模が大きかった。左右と前方は果てが見えないほど長い通路になっている。完全にオートメーション化され、車輪付きのロボットが動き回っていた。


 保管庫には血液を保管する冷蔵庫が数多く設置され、そこにはヴェネノルンの血が保管されている。これだけの血を集めるとなると、聖獣ヴェネノルンがどこかで養殖されているのかもしれないし、人工血液として開発済みの可能性まである。


 ロンドン冒険者ギルド、ハイド・パーク支所のバンパイアの姿が脳裏に浮かぶ。彼は自信満々で近づいてきて、爆裂火球(エクスプロージョン)を放った。急に力を得て過信し、判断力まで失っていた。正常ならば、あのような場で使う魔法じゃないと分かるはずだ。


 あんなバンパイアが量産されちゃ困る。だから、手始めに保管庫の冷蔵庫と車輪付きロボットを、風魔法と収納空間魔法を使って。無限収納へ放り込んだ。そういえば収納空間魔法を使ったのは初めてだ。


 ワイバーンと闘ったときから二ヶ月くらいか。随分昔に思える。


 様々なものを吸い込む際、かなりの騒音が発生した。音波遮断魔法陣は使っていない。ここで騒ぎを起こせば、ニンゲンが集まってくるだろう。


 俺はその間に、試作型量子(クオンタム)(ブレイン)の回収へ行くという、単純な作戦を立てていた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 半馬人(ケンタウロス)のエリック・バートは、連絡が取れなくなったスロー・ベルを探していた。ダンジョン内部はほとんどが木製で、通路を歩けば蹄の音が響く。


「魔導通信まで通じないのはさすがにおかしい。おまえたち、スローの部屋を見てこい」


 警備室へ戻ったエリックは、背後に控える部下の半馬人(ケンタウロス)に指示を出す。


「はっ、承知いたしました」


 エリックは、ダンジョンの警備隊長としてマリア・フリーマンの厚い信頼を得ている。彼の身長は約三メートルもあり、体重は約五百キログラムにもなる。

 馬の部分は茶色の毛で覆われており、人間の部分は金色に染めた髪を後ろで束ねている。彼は革の鎧を着込み、弓矢を携えていた。


 ゴツゴツと足音を立てながら部屋を出ていく半馬人(ケンタウロス)たち。彼らを見送って、エリックはため息をついた。


「あいつの無鉄砲さにも困ったものだ。マリア様の指示は出ていないのに、ソータ・イタガキを捕らえに行くとは……」


 この警備室はダンジョンの中心に位置し、壁や床、天井は全ても木材で囲まれている。壁には大きな暖炉があり、そこから暖かい炎が揺らめいている。暖炉の周りにはソファや椅子、テーブルが置かれ、壁には絵画や鏡、時計などが飾られていた。


 部屋の一角には魔導通信装置があり、そこからダンジョン内外と連絡を取ることができる。壁には複数の扉があり、それぞれがダンジョンの別の場所に繋がっていた。


 警備室には見えない、豪華な造りだ。


 魔導通信機が鳴り、エリックが応答する。


「どうだ? いたか?」


『いえ、誰もいません』


(イクリプス)に許可をもらって、地上を探せ。人化を忘れるなよ」


「はっ、了解しました」


 魔導通信を切って、エリックはもう一度ため息をついた。


 もう一度魔導通信機が鳴ったからだ。


「どうした?」


『大変です! 下層にある病院施設で何かが起きたようです!!』


「何かってなんだ。正確に報告しろ」


『今向かっている最中で、まだ分かりませんが、避難してくる医者の話だと、血液の保管庫が消えたと、意味不明なことを言っていまして……。この目で確かめるまでは、不確定な情報をお伝えできないと考えました!』


「そうか……。それは済まないことをした。しっかり現場を確認して、折り返し連絡をくれ」


『はっ! 了解しました!』


 魔導通信を切って、エリックはひとり呟く。


「ここは(イクリプス)の中だぞ……。賊が入り込めるはずがない。つまり内部の犯行……。実在する死神(ソリッドリーパー)の人材を急に増やしすぎた弊害かもな……」


 暖炉の薪がパチンと弾ける音が響く。それと同時にエリックは異変を感じた。暖炉の炎が突如、異常な勢いで揺らめき始めた。まるで何かの前兆のように。不気味な空気が部屋中に充満し、壁に映る影がゆがんで見えた。


「何が起きた!?」


 訳が分からないまま、スキル〝馬神の加護(ホース・ゴッド)〟を使用して声を上げるエリック。しかし、その問いかけに応える者はいない。ただ、空気が震えるような静寂が広がるだけだった。


 そして、馬の身体に誰かが乗った重みを感じ、ほぼ同時に首の後ろに激痛が走った。それは鋭利な刃物が肌を割くような感覚だった。


「くそっ!! 量子(クオンタム)(ブレイン)がっ!! うっ、うがあああっ!!」


 背中の重みがなくなると、エリックは全身に痛みを感じた。それは量子(クオンタム)(ブレイン)を失ったことで、血液の代わりとして循環している液状(リキッド)生体分子(ナノマシン)が機能を停止したからだ。


 彼はその痛みで床に倒れ、もがき苦しむ。顔は苦痛に歪み大きな目から涙がこぼれた。


 エリックの身体は、瞬時に液状(リキッド)生体分子(ナノマシン)を異物と認識し、激しい拒絶反応を示し始めた。筋肉、内臓、そして脳へのダメージが広がってゆく。


 今わの際、その大きな瞳にソータの姿が映った。彼の世界はゆっくりと暗闇に飲み込まれていった。

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