220 マラフ共和国
砂漠の中にそびえる岩山の中。ラグナはそこに広がる街だった。空艇から降りた俺たちは拘束こそされなかったものの、衛兵たちに囲まれて連行されていく。
位置的に帝都ラビントンが近いからなのか、ほとんどがドワーフだ。
空艇の発着場を抜けると、ガラス戸の先に巨大な空間が広がっていた。この通路は、巨大空間をぐるっと一回りしているようだ。
ゴブリンの族長ゴヤが支配する地下都市を彷彿とさせるが、異なる点も数多くあった。その規模は、ゴヤの地下都市をはるかに上回る。高い天井と太陽並みに明るい発光施設。その空間を生かし、物流用の小型空艇が飛び回っていた。
閉塞感がないのは空間拡張されており、周囲が緑地になっているからだろう。これで人口五万人か。外から見た岩山の規模からだと、信じられないほどの広さを確保してある。
眼下に見える街並みは全て石造りで、二十階建ての高層建築物もある。
「何だろうあれ」
ジェスの呟きで彼のみている方へ顔を向ける。
そこには大きな穴が開いており、下にも同じような街がある。すげえな。多階層に分かれているようだ。
「ほら、さっさと歩け」
ドワーフの衛兵に小突かれた。俺たちは全員外側の通路を歩いて行く。
『ソータ。スキルが完成しました』
『おん? どういうこと?』
クロノスが急に話しかけてきた。
『ソータに使われた鑑定などを無効化する、スキル〝能無効〟です。パッシブなので、意識すれば発動し、効果が持続します。解除しないで常に使っておくことをオススメしておきます』
『おお、ありがとね。んじゃ早速使ってみよう』
スキル〝能無効〟を発動させてみたが、特に変化はなかった。当然だろう。誰かが俺にスキルを使わなければ、反応するわけがないからな。
というか、マリーナに鑑定されたとき、あれだけ驚かせてしまったんだ。これからも誰かに鑑定される可能性はあるだろうから、このスキルが役に立つだろう。
クロノスと話しながら進んでいると、岩山方面への通路に入った。その奥には頑丈そうなドアがあって、立哨が立っていた。街には行かないみたいだ。
執務室かな? 衛兵がドアを開けて、俺たちがどやどやと入っていくと、いきなり舌打ちが聞こえてきた。
「ちっ」
「おいこらグラニット! ワシの顔を見るなり、何だその態度は!」
即座に反応したのはファーギだ。
彼がグラニット・ルピナスか。平均的なドワーフの身長でこんがり日に焼けている。山から出ると砂漠だからかな?
「……テイマーズまでいたのか。おいファーギ、テメエいったいどういうつもりだ!! メリルとテイマーズの四人が、なんでダンピールになっているんだ!!」
グラニットは自分の机を両手で叩く。力が強すぎたのか、机が真っ二つに割れた。何やってんだかな……。
「訳も聞かずに何だその言い草は!!」
俺たちは完全に蚊帳の外となり、ファーギとグラニットの口げんかが始まった。
「あのふたりは面倒なので、こちらへどうぞ」
ドワーフの衛兵が俺たちを案内していく。俺、ミッシー、マイア、ニーナ、佐々木、竹内の六人だ。
ドワーフのファーギ、リアム、メリル、アイミー、ハスミン、ジェスの六人は、グラニットの部屋に残った。
「すみませんね。うちの社長とファーギは昔から仲が悪くて。あ、申し遅れました。私はラグナの街の警備部隊長のスライと申します。ソータさんでしたよね。あなたたちのパーティーは、ラグナで匿うことになっているので心配は無用です」
「ありがとうございます。ソータ・イタガキです」
別の部屋に通され、俺たちは順番に自己紹介していく。そこは俺たち六人でも狭く感じない広々とした応接室だった。
「すこし状況説明をしておきますね」
俺たちがカウチに座ると、警備部隊長のスライが話し始めた。
首都トレビの近くで俺たちに攻撃してきたのは、マラフ共和国の正規軍だそうだ。それを聞いた佐々木と竹内は苦笑い。まさか正規軍だとは思っていなかったようだ。
だからといって、落ち込んだり悔やんだりする様子ではない。
この辺だろうな、ふたりが俺に言っていたのは。もし俺があそこで手を出していたら、ニンゲンを死なせてしまったと悔やむだろう。ミッシーはそれを見越して、俺を止めた。佐々木と竹内は、俺の顔を見て察し、助言までしてくれた。
なんというか、俺が思うより俺のことを見られていて恥ずかしくなってくる。
そんなことを考えている間にも、スライの話は続く。
彼は七連合が決して一枚岩ではないと言った。
アルフェイ商会、ティアラ社、グラック社、この三つの商社がマラフ共和国の国益の七割を占めている。
そうなったのはここ十年間での出来事だという。
以前の七連合は、だいたい均等に国益を上げていた。歪んだ収益になった原因は、アルフェイ商会だ。現在のマラフ共和国では、この商会だけで国益の五割を稼いでいるらしい。
そのためアルフェイ商会の発言力は強くなり、ヒト族を中心に構成された三社が、マラフ共和国の舵取りを行なうようになった。
ファーギと口喧嘩中のグラニットは、ルピナス社の代表だ。それに続くマリーナのマーメイド商会、フェアリー商会、フレイム商店、この四つが、マラフ共和国で力を失いつつある。
「要するに、国益の七割を稼ぐ三社が、残りの四社をこの国から締め出そうとしているんですよ。七連合なんて呼び方ももう時代遅れですね……」
スライの話は愚知に聞こえるけどそうではない。何か意図を感じる。
「実はあなた方を撃墜しろと命じてきたのは、アルフェイ商会の代表者、アルバート・アルフェイです。そして彼は現在、スターダスト商会と手を組んでいます」
愚知っぽく丁寧に説明したのは、スターダスト商会が関係していると言いたいからか? ここにいるマイアとニーナは怒りの表情になり、佐々木と竹内は「やっぱりかー」みたいな顔になった。
ミッシーは心配そうに俺の顔を覗き込んだ。スライからもっと聞かなければならない。
「そうなると、首都トレビに接近したとき、バンダースナッチを警告無しで打ち落とそうとしたのは……」
「アルフェイ商会、つまり首都トレビに駐留する軍ですね。虫の魔物まで操っているとかで」
唖然とする俺たちにスライは話を続ける。
「実は最近噂がありまして……。首都トレビの北にある北極圏で、巨大なゲートが発見されたそうです。そのゲートからは、異世界のニンゲンが次々と現れているとか……」
しんと静まり返る一同。俺はここにいる仲間に、じーちゃんの話をしている。もちろん佐々木と竹内にも。スライはたぶんこれを伝えたかったんだと思う。誰も口を開かないので、俺が聞くしかない。
「スライさん。失礼だとは思いますが、その情報は確かですか? ただの噂という可能性は?」
「ええ、言ったとおり、まだ噂の段階です。ただ、我々も指を加えて見ているわけにはいきません。ルピナス社から調査団を派遣していますので、じきに噂が本当なのかどうか分かりますよ」
「すいません。失礼な事を聞いてしまって」
頭を下げて、仲間の顔を見る。
ミッシーもマイアもニーナも、不安そうに顔を見合わせる。だが、佐々木と竹内は不敵な笑みを浮かべて俺に近づいてきた。
「ソータくんのおじいちゃんさあ、実在する死神に追い詰められて、とうとうごまかしきれなくなっちゃったんじゃない? 巨大ゲートを見つけるって話だったよね」
佐々木はからかうように言う。
「それに関与してるのは、魔女のマリア・フリーマンってやつだろ? どうもそいつが悪の元凶らしいから、叩いておいた方がいいんじゃねえの?」
竹内は歯をむき出して笑顔を見せる。
このふたりは三十年前、デレノア王国の勇者召喚でこの世界へ来た。それ以来デーモンと戦ってきて生き残った。俺は彼らを見習わなきゃいけない。
「ソータくん。僕と君は、数日間の付き合いだけどさ、ちょっと気になってることがあるんだ。君さ、仲間に頼り過ぎだと思うよ?」
「あ、それ、俺も思ってた」
佐々木のきつい言葉に、竹内が同意する。
というか、仲間からひとりで行動するなと言われてたんだけど。ここ数日間は、とにかく働き過ぎだから休めとも。
でも、言われてみりゃそうだ。俺は別段疲れてなかったし、動くことも出来た。でもなあ、それじゃ空気読めなさすぎというか、人付き合いとしてどうかと思うんだよな。
「おい、ソータ。俺たちが中学生の頃、この世界に来たのは知ってるよな?」
ニカッと笑った竹内は、突然俺を殴ろうとした。もちろん避ける。
「ほら、その反応速度。俺らはもう四十代だ。しかしそれでも、勇者としての力は衰えてねえ。お前は俺たちを凌ぐ力を持ちながら、何故それを使わない」
今度は背後の気配を避ける。
「ほらー、ソータくん、僕の神威煌刃避けちゃうでしょ?」
佐々木は本気で俺を斬りにきた。短く抑えた神威煌刃だが、いまの太刀筋を避けなかったら、俺の胴が輪切りにされていた。
「その辺にしてくれないか?」
ミッシーが間に割って入った。腰のレイピアに手をかけて臨戦態勢だ。マイアとニーナも、いつでも攻撃できるように構えていた。
「そうそう、君もだよ、ミッシー。ソータくんを過保護にしすぎなんじゃない?」
佐々木の言葉に、竹内が続く。
「ソータはなあ、勇者召喚されたニンゲンじゃねえ。それなのに、こんなに強いっておかしいと思わねえのか? 野良ゲートで迷い込んだ地球人は、ほとんどが野垂れ死ぬのってのによ」
それを聞いたミッシーは、レイピアを握った手を離した。彼女も薄々感付いていたんだろう。これまで、なあなあで済ませてきた事をハッキリさせなければいけないのか。それは何度も考えてきたことだ。しかし俺は、どうしても踏み切れなかった。
俺がニンゲンじゃないと分かったら、みんな離れていってしまう。
「ソータくん。君のお爺さんの件は、君ひとりでどうにかするんだ。こっちはこっちでやっておくからさ」
「そうそう。お前は自分と向かい合って、自己矛盾をひとりで解決してこい。いつまでも甘ったれんな」
佐々木と竹内から辛辣な言葉をもらった。確かにそうだな。じーちゃんのことだから、大丈夫だと言い聞かせてきた。それはただ目を背けていただけなんだ。自己矛盾に関してもそうだ。
「そうですね。いったん俺はひとりで行動して、じーちゃん探してきます」
「ソータ!? そんなことして何になる――」
ミッシーの言葉を、佐々木が遮った。
「ミッシーさん、話を聞いていなかったのかい? 彼はいま、ようやく自身と向き合って、中途半端な状態から抜け出そうとしているんだ。邪魔しないでくれないかな?」
それを聞いたミッシーは言葉に詰まった。彼女自身、一度俺たちの前から姿を消し、武者修行をやっていた。そのときのことを思い出したのかもしれない。
「ソータはしばらくソロ活動しろ。お前のパーティーには、ミッシーやファーギってSランク冒険者がいるだろ。俺と佐々木も、いったんこのパーティーから離れてふたりで行動する」
三つに分けるということか。そうしよう。俺は俺で区切りをつけなくてはいけない。――アキラのように。
「分かりました。俺はじーちゃんが何やってるのか調べに行ってきます」
俺がそう言うと佐々木と竹内は満面の笑みを浮かべた。しかし、ミッシーとマイアとニーナは、悲しげな表情になった。ただ、言葉を発することはない。それは俺の単独行動に同意したことを示すものだ。
「さて皆さん、私のことを忘れてませんか? 重要な話をされていましたが……」
スライが口を開いた。忘れてないし、聞かれても構わないと思ってた。
「忘れてませんよスライさん。俺は首都トレビの北へ向かいます。冒険者としてではなく、個人的な用件で」
じーちゃんがどうなっているのか確かめに行かなければ。
「ほほう……? では当社から派遣している調査団と合流するつもりですか?」
「巨大ゲートの調査団ですよね。スライさんが許してくれるなら、合流して一緒に――」
「ダメだよソータくん。ソロでやるんだ」
佐々木は否定するために、俺の言葉を遮った。……それもそうか。ソロでやってこその話だ。
こんなに厳しいアドバイスをもらったのは初めてだ。これまで、ファーギやミッシーやマイア、この三人からのアドバイスはあったけれど、どれも俺を気遣うものばかりだったからな。
悪い意味で馴れ合いになっていた。
「分かりました。俺ひとりで巨大ゲートと、じーちゃんがどうなったのか調べてきます」
「ソータ……!!」
ミッシーは俺の言葉に反論しようとしたが、言葉が続かなかった。マイアとニーナも何か言いたそうにしているが、俺の目を見て黙ってしまう。決心した俺の覚悟が伝わったからだろう。
スライの言う、北極圏で見つかった巨大ゲートの噂。これは俺が確かめる。じーちゃんは大丈夫だと言っていたけど、佐々木の言ったとおり、誤魔化しきれなくなった可能性がある。
思い返せば、デレノア王国でのバンパイア騒動から始まり、ルーベス帝国でのバンパイア騒動、そして俺たちはマラフ共和国にまで来てしまった。
始祖ルイーズ・アン・ヴィスコンティ伯爵夫人。
子爵エミリア・スターダスト。
始祖磯江良美。
軍師ヘルミ・ラック。
そして子爵リリー・アン・ヴィスコンティ。
こいつらは、全てマリア・フリーマンが糸を引いている可能性が高い。本丸を落とせばあとは楽だろう。
窓の外を見るとオレンジ色に染まっていた。太陽が地平線に沈むまで、あとどれくらいだろう。今日は本当に長い夕方を過ごしたな……。
だが休んでいる暇は無い。これから準備して出かけよう。空を飛んで行けばひとっ飛びだ。
なんて考えていると、これまで静かだった隣の部屋から怒鳴り声が聞こえてきた。
ファーギとグラニット、ふたりが激しく言い争っているものだ。その後に、ガシャンと物が割れる音や、ゴトンと物が崩れる音だった。
「皆さん、ここでお待ちください!」
スライは慌てて隣の部屋へと走っていった。
「ドワーフの喧嘩って、ヤベェからな」
「そうそう。関わるとついでに殴られちゃうしね」
竹内と佐々木はあっけらかんと言い放つ。ミッシーとマイアとニーナも、関わる気は無さそうだ。ファーギはSランク冒険者なので、どんな喧嘩をするのか見てみたい気もする。しかし、いまはやめておこう。
「さてと……。ちょっと行ってくる。ミッシー、ファーギたちに説明しといてくれるか?」
彼女にそう言いながら立ち上がる。部屋のみなを見回すと、ミッシーはえも言えぬ顔で頷いた。
「……ああ」
ミッシーとマイアとニーナ、三人とももう止めてもダメだと理解しているようだ。佐々木と竹内は俺の顔を見て力強く頷いている。
俺はこれからひとりで、首都トレビの北へ向かう。そこにあると噂されている巨大ゲートの元へ行き、じーちゃんを助け出す。
けれど、どうしても気が重い。それは、じーちゃんを取り巻いているはずの、実在する死神が七人いるからだ。
バンパイア、牛頭人、半馬人……。それらは、試作品のクオンタムブレインを移植され、血液とリキッドナノマシンを入れ替えられた存在だ。元の身体能力からはるかに強化されており、俺には敵わない相手だと分かっている。
それに、じーちゃんは言っていた。ホムンクルスを創り出して、何かを企んでいると。だからじーちゃんは、俺に出来ることをやってほしいと言っていた。
それを言い訳にして、今まで足が向かなかった。でももう言い訳はやめだ。
俺はこの世界に来て様々な魔法や魔法陣、それにいくつかのスキルを取得している。なんなら創り出すことも可能だ。いまならば、じーちゃんを助け出すことも出来るかもしれない。
ミッシーとマイアとニーナ。それに佐々木と竹内。それぞれに向けてお辞儀をして、俺は転移魔法を使った。
10章ここで完結です。次話より11章、北極圏です。
こんなに長く読んでいただいてありがとうございます。




