218 現状整理
マリーナ・アクアリウスは、俺の前でひざまずいて動かない。俺がニンゲンじゃないと分かって、パニックになってしまったらしい。でも、ここは冷静になってもらわないと。
「この件は秘密にしてくださいね。周りに知られたら困りますから」
「はっ、はいっ!!」
マリーナはひざまずいたまま両手をついて、頭を床に押しつけた。
土下座じゃんこれ……。
「そんなに深く頭を下げなくても大丈夫ですよ。立ってください」
「はい、申し訳ありません」
ようやく顔を上げて立ち上がってくれた。でもまだだ。
「あと、過剰に敬語を使うのもやめてください。威厳がなくなりますよ。あなたはここの領主ですから」
「はい、わかりました」
彼女はもともと敬語で話しているっぽいから、これが限界かな。いやー、俺がニンゲンじゃないとバレた途端これか。これまで秘密にしてきてよかったと思う。
ミッシーやファーギ、俺の仲間たちは、俺のことをどう思っているのかな。クロノスやリキッドナノマシン、俺のアイテール化。この辺りを話した途端、目の前で土下座したマリーナみたいになるかもしれない。
そんなの嫌すぎる。せっかく築いた関係が崩れるなんて嫌すぎる。
もう少しだけでいい。
人類が異世界に避難し終わるまででいい。
それまでは人間のふりをさせてほしい。
「依頼の方は受けさせてもらいます。ただし、正式に冒険者ギルドを通じて指名依頼を出してください」
「いえいえ、滅相もございませんっ! こちらで全て対処します。勇者は無罪放免、ソータ様はご自由になさってよろしいです!」
マリーナはそう言って、後ずさりをする。
「それ、やめてくださいって言いましたよね。領主が冒険者ごときにそんな態度を取れば、余裕で怪しまれるでしょ?」
「はいっ! 以後改めます!」
ああもう。全然戻ってねえな。
その後、同じ応酬が何度も繰り返され、やっと普通に話してくれるようになった。
勇者のふたりを無罪で釈放し、デレノア王国へ賠償金の請求も行なわないとか言い始めて、ちょっと面食らったけど。
カウチに腰を下ろし、改めて話に耳を傾けた。佐々木と竹内は、軍師ヘルミによって操られ、昨晩の凶行に到ったという。
俺がとんこつラーメンを食べたと思い込んでいたのは、おそらく軍師ヘルミによるものだ。彼女が何故裏切ったのか、理由は分からない。けれど、早めにとっ捕まえなきゃならない。
――――子爵リリー・アン・ヴィスコンティを連れているはずだから。
「マリーナ議員」
「……はい」
まだ少し緊張しているけど、これ以上言っても無理だ。俺は話を進めていく。
「亡くなった冒険者の遺族に、これを渡してください」
魔導バッグから金貨の入った革袋を十個取り出した。佐々木と竹内が殺人の実行犯だとすれば、賠償するのが筋だ。俺を鑑定したマリーナがビビって、遺族に補償無しなんてあってはならない。
「……こんなには受け取れません」
「では口止め料も含めて、ということで」
多すぎたようだが、今さら引っ込めるわけにはいかない。これまで稼いだお金の半分も渡してしまったのは失敗だったか。
「……分かりました。私から手続きを進めておきます。ただ、ひとつお願いがあります。これから勇者のふたりを釈放しますが、街の人に見つからないようにしてください」
そうだな。それがいいだろう。デレノア王国の勇者が、この街の冒険者を殺したという噂はもう広まっているはずだ。彼らが目に入れば、石を投げられるかもしれない。
「わかりました。勇者たちのところへ案内してくれますか?」
「はい。こちらへどうぞ」
マリーナは立ち上がって、部屋を出ていく。彼女について廊下に出ると、俺に刺々しい視線が突き刺さる。殺人を犯した勇者たちの仲間だと思われているからだ。佐々木たちとは仲間じゃない。うーん、それもなんか違うな。半分くらいは仲間だと思ってるかな。
とりあえず彼らの感情をさかなでることは避けたい。俺は目を伏せて、足早に歩いて行った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「まさか助けに来てくれるとは思わなかったよ。ソータくん」
「だな、いーつもソータは無表情だしな……」
マリーナと一緒に部屋に入ると、佐々木と竹内が話しかけてきた。ふたりとも椅子に座って鎖でグルグル巻きにされている。太い鎖ではないが、多重魔法陣でいくつも重ねられた防御魔法陣が彫られている。さすがにこれじゃ勇者といえども、逃げることは出来なかったのだろう。
「ふんっ!」
「おりゃっ!」
ふたりの気合の入った声と共に、鎖が千切れた。
「……」
そんな様子を見たマリーナは唖然としている。勇者たちを完全に拘束できておらず、彼らはいつでも逃げることが出来たと分かったからだ。しかし、彼女もこの街の領主。すぐに対応した。
「あなたたちは無罪です。ソータさ――」
「へーっくしょおおおい!」
マリーナは、ソータさんかソータ様と言おうとしたので、強引にとめた。わざとらしいくしゃみになったのは自覚している。リリス・アップルビーから大根役者認定されてるしな。
「ソータに賠償金を支払ってもらいましたので、これから釈放します」
ちゃんと気付いたみたいだ。ここで変な呼び方されちゃ、勇者たちに怪しまれてしまう。俺のくしゃみに訝かしげな表情を向ける勇者たち。何か言いたそうだけど放っておこう。
「そういう訳なんで、佐々木さん、竹内さん、いったん戻りましょうか。――軍師ヘルミの件で話があります」
「あ、待ってくださいソータ。スターダスト商会の件ですが」
「冒険者ギルドを通じてお願いしますね」
「はい、わかりました」
俺とマリーナのやり取りを見て、勇者のふたりはもう一度訝かしげな表情になった。何か言われてもやっぱ誤魔化すしかない。
「佐々木さん、竹内さん、いったん戻りましょうか」
俺はその場でゲートを開き、バンダースナッチへ戻った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ブリーフィングルームでみんなと情報を共有し終わる頃、すでに昼食の時間となっていた。
様々な話題が出たが、主な内容は、リリス・アップルビーや軍師ヘルミのこと。その中で俺は、佐々木と竹内から確認を取られた。お前はこの世界に何をしに来たのかと。
その流れで、もう一度地球温暖化の話をして、世界規模で人類移住計画が進んでいることを話す。これはもう彼らも知っている話だ。
しかし今回それ以上を求められたので、詳細な情報まで伝えることにした。
四人の友人がサンルカル王国南部で、実在する死神と戦っていて、じーちゃんがマラフ共和国の首都トレビで実在する死神に付きまとわれていることを話す。そして俺は、この世界の二カ所で移住先としての街を作っていると話した。
それを確認した佐々木と中村は、俺たちと一緒に行動することに決めた。勇者岡田にはすでに連絡済みである。
ふたりとも色々と同行する理由を言っていたが、根っこはバンダースナッチに保管しているオブジェクト――時間停止中の山田奈津子たちを何とかして持ち帰りたいのだ。
話が済んでまったりしていると、冒険者ギルドから連絡が来て、マラフ共和国七連合から指名依頼を受けることになった。内容はマリーナが言っていた通り、スターダスト商会を潰すというものだ。
ただし、潰すといっても物理的にではなく、経済的にだ。マラフ共和国内にはスターダスト商会の支店や倉庫が数多くあり、七連合の利益を奪っている。だから七連合はスターダスト商会を倒産させるよう依頼してきたのだ。
資料はあるということだったので、ゲート魔法で冒険者ギルドへ行って取ってきた。もちろんそのギルドは佐々木たちが破壊したギルドではなく、別の支店だ。
資料はマリーナが用意してくれたものだろう。スターダスト商会の内部情報や財務状況などが詳しく書かれていた。
バンダースナッチで昼食を取り、俺はいま操縦室でまったりしている。ミッシーやマイアが、休めといって聞かないから仕方がない。今すぐにでも行動を起こしたいところだが。
しかし、まずは頭の中を整理する必要がある。
始祖ルイーズ・アン・ヴィスコンティ伯爵夫人。
子爵エミリア・スターダスト。
スターダスト商会の倉庫に痕跡があったことで、このふたりが組んでいることは分かった。つまり今回の指名依頼と、女帝フラウィアからの依頼は、だいぶんかぶっている部分がある。楽に進めばいいのだが。
中村を殺害した子爵山田奈津子たち六人の勇者は時間停止中。当分解除する気は無い。佐々木が何と言おうとも。
とりあえずバンダースナッチに積んだままにしておく。
中村が死んだことで、始祖磯江良美は脱走した。これは勇者岡田勇たちに任せる。
分からないのが、軍師ヘルミ・ラックがなぜ、子爵リリー・アン・ヴィスコンティを連れていたのか。
子爵リリー・アン・ヴィスコンティはルイーズに咬まれているはずだ。だから、ルイーズに従っていると考えるのが妥当だろう。
そうなると、彼女を連れ歩いている軍師ヘルミは、ルイーズ側と考えられる。
竹内は少なくとも二十日前から、スキル〝精神誘導〟で操られていたから、軍師ヘルミはそれ以前からルイーズ側だったことになる。
結局、ルイーズ、エミリア、軍師ヘルミ、リリー、この四人を追うことになったのだが、行き先はさっぱり分からない。
「ソータさん、冒険者ギルドからの魔導通信で、ライアンって冒険者が話したいみたいっす」
色々考えているとリアムから声が掛かった。ライアン? 知らねえし。俺たちは冒険者なので、冒険者ギルドはバンダースナッチに魔導通信をかけてこられる。
連絡があるのは緊急事態や、さっきみたいに指名依頼の時くらいだし、妙だな。
そばにある有線受話器を取ってみる。
『よお、久し振りだなソータ』
「ブライアンかよ!! テメエ、なにがライアンだ、ふざけやがって――」
「落ち着け大将。冒険者ギルドに取り次いでもらったんだ。これがどういうことか理解出来ているか?」
ブライアンは俺の言葉を聞かず、言葉をかぶせてきた。
冒険者が冒険者に連絡を取るとき、冒険者ギルドが取り次ぐ場合がある。
それは冒険者ギルドが冒険者同士の関係性を知っている場合。
もうひとつは、当該冒険者によほどの信頼が置ける場合。
アトレイアの冒険者ギルドは、俺とブライアンの関係を知らない。そうなると、冒険者ギルドがブライアンを信用できる冒険者だと認めていることになる。
「ブライアン、あんたデーモンが憑依しているのに、どういうことだ?」
こいつはドワーフのミゼルファート帝国で、大勢のニンゲンを殺した。そのあと行方不明になっていたが、スターダスト商会の倉庫近くにいるのをマイアが見つけ、神威神柱で攻撃をした。
『そりゃ追々話すとしてだな、今はバンパイアを追ってんじゃねえのか?』
「追ってねえよ」
『またまたー。お前が七連合の指名依頼を受けたのは知ってんだ』
「へぇ……。なんだその七連合って?」
『はいはい。でだな子爵エミリア・スターダストの行方、知りたくねえか?』
ぐぬぬ……。しらばっくれようとしたけど、こいつ俺が知りたい情報を持ってやがる。
「……」
『どうした。俺が何者か知っているだろう?』
「デーモンだろ。いずれ滅ぼしてやるから待ってろ」
『はあぁ……、お前は頭が硬いねぇ。俺はマラフ共和国を中心に、バンパイアハンターやってんだよ。俺の出自を知っているお前なら、なぜ俺がバンパイアハンターやってるか分かるんじゃねえのか?』
受話器から聞こえる音は、ブライアンの声だけでは無い。やつは今、アトレイアの冒険者ギルドから魔導通信機で連絡しているのだ。あいつがデーモンという言葉を出さないように話しているのがありありと分かる。
「で、結局何が言いたいんだ?」
『子爵リリー・アン・ヴィスコンティの居場所を知っている』
「……そっか、頑張って討伐してね――」
『出来るんならやってるっての! 俺が何でお前に連絡したのか、よく考えろ!! リリー・アン・ヴィスコンティは首都トレビだ、そこへ向かえクソが!!』
「……あ」
切りやがった。おちょくりすぎたかな? でも俺はやつとなれ合う気は無い。
通話が終わって、リアムが話しかけてきた。
「珍しいっすね。ソータさんに友達がいたなんて知らなかったっす。ボッチだと思ってたのに」
「やかましいわ!」
「へへっ。というか何の話だったっすか?」
「あー、そうだな。割と重要な話だった。もう一回みんなに集まってもらおう」
「了解っす!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ブリーフィングルームでの議論は白熱した。予想通りではあったが、マイアとニーナ、佐々木と竹内、ファーギとテイマーズが、ブライアンの情報を信用すべきではないと主張した。
リアムとメリルはそこまで強硬に言わなかったけれど、反対寄りだった。
ここにいる全員、俺も含めてデーモンに対して否定的な感情を抱いている。大なり小なり色々な想いがあると思うけど、ひとつだけ共通しているのは、デーモンが敵だということ。それはここにいる面子だけではなく、ニンゲン共通の意識だろう。
だけど、はっきりと説明する必要がある。
「話したと思うけど俺はいま、ドラゴン大陸と大魔大陸で、地球人類を受け入れるための街を作っている。その中にはニンゲンでは無い種族も含まれている」
いったん言葉を切って、仲間たちを見る。続けても大丈夫そうだ。
「ドラゴン大陸は日本政府が主導して街づくりが進められている。んで、大魔大陸の方だけど、あっちは魔術結社実在する死神のネイト・バイモン・フラッシュって悪魔が主導している。要は地球のデーモンが、獣人や地球人類を助けるために動いているってことだ。あいつは一度俺に滅ぼされそうになって、だいぶんおとなしくなったからね」
ここまで詳しくは話してなかったけど、大丈夫そうだな。
「リリス・アップルビーも話したとおり、死者の都に人類を避難させている。ネイトもリリスもニンゲンじゃない。それでも人類を助けようと足掻いている。あいつらは人外でも異端なのかもしれないな」
「ソータくんさあ、何が言いたいのか早く結論言ってくれないかな? だいたいみんな察していると思うよ?」
佐々木の助け船が入った。回りくどい言い方になったのは否めない。だけど必要な事だ。
「だな。デーモンが憑依している、ブライアンの情報。信じて動く価値はあると思うぜ」
竹内の言葉を聞いて、みんなようやく納得した空気へ変わった。
俺がリーダーだからといって、一方的に話を進めれば軋轢を生むだけだ。それならクドクドと説明してでも、ブライアンが今回知らせた情報の信頼性を説く必要があると感じた。そしてそれは受け入れられた。
こうして俺たちは、マラフ共和国の首都トレビへと向かうこととなった。




